ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.296 )
日時: 2022/03/30 22:00
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)

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 最近は聞くことのなかった、どちらかと言うと女性的な声。感情のない淡々とした口調で、続けざまに言葉が降りかかる。

『称号【神に背く大罪人】・職業【精霊殺し】を解除アンロック。これにより使用可能武器【対精霊武器】・使用可能魔法属性【黒魔法】を解放します。職業【魔法士】を【魔術師】にランクアップ。使用可能武器が十に到達、【魔術師】level1に到達したことにより、使用可能魔法【武器生成】を解放します』

 時間という概念から完全に隔離された意識だけの空間。白いような黒いような訳の分からない空間で、ボクのステータス画面が大きく表示されていた。その中で、次々に文字が増えていく。それにつれて、ボクの脳内で欠けたピースがどんどんはまる。知識とピースが合わさり、形になる。

 この感覚は、久々だ。気持ち悪いのか心地いいのかわからない。確かに言えることは、『自分に出来ることが増えた』ということ。理解ではなく実感として得られる感覚。

『現在これらの武器が使用可能です。使用しますか?』

 声はボクに選択を迫った。画面が切り替わり、少数の武器の名称の一覧が表示される。属性付きの武器のようで、そのほとんどの属性が、先程解放された黒魔法だ。なぜ、大陸ファーストの生まれであるボクが黒魔法を? 精霊殺しと言っていたが、〈スカルシーダ〉があの程度の攻撃で死ぬわけがない。となると、まさか、リンか? あの紫髪むらさきがみの精霊は弱ってはいても死ぬような様子はなかったはずだ。リンが死んだのか? それとも、『堕ちた』のだろうか。

 それを確かめる術は今はない。故に悩むだけ時間の無駄だ。ボクは画面に向けて手を伸ばした。

 ここは時間という概念から完全に隔離された意識だけの空間。現実世界ではボクの体は眩い光に包まれていることだろう。ボクがここでいつまで過ごそうと、現実むこうでは一秒の時間すら経っていない。
 ボクは戦闘中にこの現象が起きることがとても嫌いだ。なんせ、集中が切れる。危険から切り離されたこの空間から敵からの攻撃が降り注ぐ戦闘に戻るときの頭の切り替えが苦手だ。
 緊張を維持しつつ、少しでも早く現実に戻ろう。そう思い、ボクが選択した武器は。

 伸ばした手から、黒いもやが噴き出した。今まで体感したことの無い未知の感覚。ビリキナの魔力を使って魔法を使うときのものによく似ている気もする。でも違う。これは、ボクの魔力だ。魂を中心にしてボクの体内を循環する、他の誰でもないボク自身の魔力だ。噴き出した大量の魔力もやはいつまで経っても収まらず、ボクは頭痛がした。魔力切れの兆候、とはなんだか違う。体の中を風が吹き抜けるような、そんな感覚。そういえば、ランクが【魔術師】になったとか言ってたっけ。魔力量が大幅に底上げされたのかな、魔力が尽きる様子はない。
 やがて、もやは一点を中心に形を成し、そして三つに分かれ、それぞれが一つの武器になった。短剣によく似た、しかしそれよりもやや単純な見た目の、『投げナイフ』。

 冒険者を含め、自分の武器として投げナイフを選ぶ人はとても少ない。そもそも投げナイフというものは、メリットよりもデメリットの方が目立つ武器だ。
 弓でもそうだけど、消耗が激しく戦闘中の回収も難しい、いわば使い捨ての武器なので、出来るだけたくさんの武器(投げナイフ)を持っておく必要がある。重さだったりかさばったりなんかの問題はアイテム・ボックスに入れることで解消されるけど、そうするとアイテム・ボックスの容量が少なくなって魔物を倒したときに手に入る素材が持ち帰れなくなる、という問題が発生してしまう。魔法を使わずに投げナイフで魔物を仕留めるのは至難の業だから、素材と言っても手に入るのは大抵魔石くらいのものだけど。

 切れ味も、投げた時は通常のナイフよりは切れるけど、近接戦になるとてんで役に立たない。遠距離攻撃の手段はそれこそ弓があるので、人に教えられる程の技術を身につけている人が少ない(習得が難しい)投げナイフよりも、数は限られるとはいえ一般の学校で習得出来る弓の方が扱う人は多いのだ。

 でも。それでもボクは投げナイフを選んだ。理由は単純。『姉ちゃんに褒められたから』、ただそれだけだ。欠点が多いという投げナイフの特徴も理解した上で、他の武器は二の次にひたすら投げナイフの技術を磨いた。
 たった八年間、されど八年間。何かの役に立つなんて思いもしなかった。姉ちゃんとの思い出が廃れてしまうのが怖くて、何度も何度も教わったことを繰り返していた。誰かに教わることもせず、遠い昔の記憶を頼りに。姉ちゃんから教わった姉ちゃんの技術が、他の誰かの技術にすり変わるのがどうしようもなく嫌だった。

『朝日くんの武器も、ボクと同じ投げナイフなんだねぇ』

 いくら長い間同じことを繰り返していたとしても、必ずどこかで歪みは出てきてしまう。一度歪んでしまえば、その歪みはどんどん酷くなる。自分の投げナイフの技術が誰のものなのか自信を持てなくなったときに、ジョーカーに出会った。

『すごいね、それって独学でしょぉ? 戦闘技術として評価すればヘッタクソで荒いけど、芯はちゃんと出来上がってる。磨けば光るだろうねぇ』

 最初は拒んでいた。受け入れる訳にはいかなかった。ジョーカーの技術と姉ちゃんの技術が同じであるはずがないから。ボクの中にある技術ねえちゃんが消えてしまうと思っていたから。
 でも、ジョーカーはこう言った。

『本当に君が『日向ちゃん』の投げナイフの扱い方を覚えているのなら、ボクの技を見て気づくことがあるはずだよ』

 そのときのジョーカーの表情は、今でもよく覚えている。いつもと同じ何を考えているのか分からない不気味な笑みの中に、一欠片の『優越感』が埋め込まれていた。
 ジョーカーの技術は、姉ちゃんのものとよく似ていた。どうしてなのかは分からない。もしかしてジョーカーも姉ちゃんに投げナイフを教わったことがあるのかもしれないとも思ったが、なんとなくそれは違う気がした。逆にジョーカーが姉ちゃんに教えたのか、それも考えたが、そうなると姉ちゃんの上にジョーカーがいるということになるので、それはありえない。
 ただ一つ言えることは、ジョーカーと姉ちゃんの間には無視ができない『何か』があるということだ。その事実に目を瞑ることはしたくなかったけれど、そのとき優先すべきだったのは、ジョーカーから戦闘技術を教わることだった。

『ボクなら、君が望むように出来るよ。約束する。投げナイフに関して言えば、ボクと日向ちゃんの技術はほぼ等しいよ』

 ジョーカーの言葉そのものを信じたわけでは無い。ボクはボク自身の目でそれを見て、その上で判断したんだ。

 ボクはジョーカーから技術を分け与えられた。今でもそれを後悔することは無い。利用できるものを利用したまでだ。

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