ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.297 )
- 日時: 2023/04/05 20:59
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: YC5nxfFp)
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現実世界に戻ると同時に、【スキル・制御】を使用した。遠距離攻撃の命中率を上げるスキルで、ボクが八年の間に習得したスキルでもある。
しかし、そのスキルが無効化された感覚がした。続けざまに声が聞こえる。
『【対精霊武器】は、魔法またはスキルと併用することは出来ません』
「!」
そういう武器があるのは知っていた。でも、まさかいまボクが持っているこれがそれだなんて!
けど、それに気づいたとしてももう遅い。ボクの視界にはネラクが映り、ボクの手はネラクに向けて投げナイフを放とうとしていた。
『【付与効果・一撃必中】を発動します』
投げナイフが手から離れた瞬間、そう告げる声と共に右腕に激痛が走った。右腕の血管を全て引きずり出されたような、何かがブチブチとちぎれる感覚と、指先から肩にかけて激しい電流が走り抜けるような感覚が突如としてボクを襲う。
パリィィイン!
ガラスが割れる音とよく似た高い破裂音と、キラキラと光る透明感のある青い破片が辺りに飛び散る。
そこからは、とても静かだった。
ネラクが張ったのであろう魔法障壁を破壊し、投げナイフはネラクの体に触れる直前に、黒いもやへと形を『戻し』た。八方へ伸びる手のごとくそれはネラクを包み込み、そして捕える。黒いもやは、今度は『檻』に形を成した。
「はぁ、はぁ……」
ボクの息を吐く音だけが、やけに虚しく響く。体はガタガタと震えている。無意識のうちに、痛む右腕を左手で抑えていた。見てみると、右腕に特に変化はない。ただ、全体が麻痺しているようで、力も入らなければ左手が触れている感覚もしない。その癖に痛みは治まらない。
痛い。
「痛くない……痛くない……」
ボクは左手を離し、立ち上がった。ずいぶん暴れてしまったから、屋敷にいる奴らが来るのは時間の問題だ。先を急ごう。
「笹木野龍馬のことを探りながら、ってのは無理そうだな」
__________
『おい、大丈夫かよ』
ツェマと呼ばれていたメイドらしき女が歩いていった方向へ進んでいる道中、ビリキナからそう声をかけられた。
『なに。心配してるの?』
わざと棘のある言い方をした。ビリキナがボクの心配なんてするわけないし、話しかけられても集中が途切れるだけなのでやめて欲しい。
『契約関係だからな、そう簡単に見捨てられねえんだよ。なあ、その腕で戦えんのか?』
『うるさいな。これくらいなんともないよ』
『知らねーぞ。ま、手当のしようもねーけどな』
ボクのこの腕の状態の原因はおそらく、さっきの【対精霊武器】の【付与効果】である【一撃必中】の反動だ。
【一撃必中】のような強力な技(あるいは技術)は、主に【付与効果】と【特殊スキル】の二つに分けられる。【特殊スキル】でも反動はあるにはあるが、これほど強くはないだろう。そもそも【特殊スキル】というのは【習得スキル】から派生したもので、つまりは自分自身の力で得た『技術』だ。この場合身体、もしくは精神に与えられる影響は強い力を使ったことに対する『代償』の分だけだ。
それが【付与効果】となると話は変わる。付与されているものが『魔法』ではなく『効果』なので、実際にはない力を無理やり引き出すため、『代償』に加えて身体に異常なほどの負担をかけてしまうのだ。酷い場合は骨折どころか身体の一部が消し飛んだりもする。でも、ボクは少なくとも見た目はどうともなっていない。なんでなんだろ?
考えても答えが出ないことは、考えてるだけ時間の無駄だ。考えるのはあとでもできる。はやく、笹木野龍馬をみつけないと。
物陰に潜みながら歩いていると、段々人影が少なくなってきた。そしてついに、メイドなんかも含めて一人も視界に入らなくなった。さっきボクが暴れた場所に人が集中してるのか?
きっと、焦っているんだろう。ボクは思い切って走り出した。もちろん周囲に気を配りながら、だけど。慎重さを欠いた。
声が聞こえた。
『……』
近いとは言えないが、かといってさほど遠くもない。風に乗って断片的に聞こえる声。女の人かな、大人とも子供とも言い難い、ボクよりやや年上くらいの女性の声。
ああ、違うな。これは。
歌だ。
姉ちゃんが、昔、たまに歌ってくれていたっけ。母さんが歌ってくれる歌とは歌詞や音程が若干違っていた。
眠れ眠れ幼き子よ
眠れ眠れ春の風に
眠れ眠れ幼き子よ
温かな雨にうたれて
眠れ眠れ
救いの雨に身をゆだね
眠れ眠れ
大地と共に
汝が草木に寝転べば
眠れ眠れ
大地は汝の寝床へと
眠れ眠れ
炎と共に
炎は汝の守り人
眠れ眠れ
安らかな眠りを誓う
眠れ眠れ
春の風に
そよ風は汝のゆりかご
眠れ眠れ
汝はただただ身をゆだね
眠れ眠れ
雨に降られて
水も土も火も風も
全ては汝に安らぎを
眠れ眠れ
光も闇も精霊も
全ては汝に温もりを
眠れ眠れ春の風に
眠れ眠れ幼き子よ
眠れ眠れ春の風に
眠れ眠れ幼き子よ
我らと共に
だったっけな。
なんだか懐かしい気持ちになり、つい、吸い寄せられるように声の主の元へと足を動かしてしまった。この歌声はとても優しげで、頭のどこかで、もっと近くで聞きたいと思ってしまったのだ。
『おい、後ろ!!』
バリィィイイイッ!
ビリキナの大声と壮大な雷の音が、突如としてボクの意識にショックを与えた。
何が起こったのか、すぐには分からなかった。しかし、本能が『逃げろ』と叫んでいる。
振り向くと、雷属性の魔法障壁と、それに『何か』が衝突したことによって発生した猛烈な光があった。ビリキナと視界を共有しているおかげで目が見えなくなることはなかったけれど、視界は真っ白で、そういう意味で何も見えない。
落ち着くように自分に言い聞かせながら、【察知】で周囲を探る。
囲まれてる。
……しまった。
「チッ」
舌打ちをして、投げナイフを両手に三本ずつ構える。視界に色が差し、敵の位置を確認すると同時に【制御】を使って投げた。幸いなことに、大多数がさっきの光で目をやられたらしく、こちらへの攻撃の素振りが遅い。
見つかった以上、もう前進し続けるしかない。正面の敵へ向けて放った三本のうち一本の投げナイフはギリギリのところで避けられた──けど、敵の頬をかすめる。
「ギャアアア!!」
ジュウ、と肉の焼ける臭いの中へ飛び込み、悶え苦しむ二体の怪物族の間を通り抜ける。
怪物族相手に聖水を使ったことはまだなかったけれど、想像以上の効果だ。
ボクを囲んでいたのは、全員がボクの二倍はありそうな大柄で、見るからに屈強そうな男たちだった。なのに、投げナイフが突き刺さった男はおろか、かすっただけの男も、切り口が徐々に抉れ、真っ赤な穴があいていた。それを直視し、思わず吐き気に口を抑える。
「追いかけろ!」
でも、走る足も、ナイフを投げる手も止めない。次から次に湧く男たちの位置を逐一把握しながら、屋敷の中へ入るための方法を探す。騒ぎが大きくなったいま、最悪壁を破壊するという選択肢もあるが、それは最終手段として置いておく。
『防御はオレサマがやってやる。お前はとにかく前に行け!』
『わかってる!』
とにかく走り続けていると、開けた場所に出た。庭か? 屋敷の壁に囲われた空間で、美しい景観で彩られている。等間隔に植えられた木々、丁寧に手入れされた花壇に芝、ピカピカに光る敷石、キラキラと輝く噴水。そして、ずらりと並ぶ男や女。
「真弥様と明虎様を安全な場所へ!!」
そんな声が聞こえてきた。
真弥様と、明虎様? まさか、吸血鬼か?! いや、吸血鬼なら、というより怪物族なら避難はしないだろう。応戦はせずとも威厳を保つためにその場に居続けるはずだ。奴らはそう考えるはずだ。怪物族じゃないのか? だとしたら、誰だ? プライドが高い怪物族が『様』と呼ぶ、怪物族以外の存在?
考えるな。動け。
逃げるなら、あいつらのことを気にする必要は無いじゃないか。
ボクは走り続けた。男たちが近づいてくる。その前に、ナイフを放つ。当たりさえすればいいのだ。怪物族である以上、聖水の効果を逃れる方法はない。
バチッ
時折、背後から何かが弾ける音がする。そんなものは気にしない、後ろは向かない。前へ、前へ。
「どけぇお前ら!!!」
ドスの効いた大声が突進してきた。ただでさえ大きい他の奴らよりも二回りは大きい、巨大な棍棒を持った大男。兵の制服らしきものを着てはいるものの、毛むくじゃらの全身はほとんど隠れていない。青い狼の頭の中の鋭く光る黄金の目がボクを捉えている。真っ赤な舌が、大きく裂けた口から垂れていた。
さあっと血が引く感覚がした。
怪物族の中に存在する多くの種族の中で、『狼』の姿をしたものは、特別強い力を持っていることが多い。あいつは、〈ジャイアントウルフ〉だ。名前の通り体が大きく、とにかく並外れた筋力を持つ。移動速度は飛び抜けて速いということはないが、跳躍力も高く、一度の跳躍で建物三階分は飛ぶことが出来るらしい。
ドス、ドス、と地面が揺れる。振動の音がどんどん近づく。たまらずボクは足を止めた。後ろからも敵が走ってくる音がする。
『おい! とまんじゃねえよ!!』
手が、足が、震える。気を抜けば、意識が飛びそうになる。息が出来ない。
怖い。
恐い。
こわい。
……こわくない。
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