ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.298 )
- 日時: 2022/03/30 22:28
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: l2ywbLxw)
24
後ろは気にするな。後ろの奴らは気にするな。前を、前を。
投げナイフを構える。投げる。一つ一つの動作を丁寧に行い、投げナイフが飛んでいく様子もじっと見つめる。その間も足は止めない。大男を避けて、大男から見て左へ大きく回って走り続ける。目線は投げナイフに固定し、ボクが走る先々にいる敵の位置も把握する。
右から剣撃が来る。無視。
バチッ
後ろから矢が飛んでくる。無視。
バチッ
前から魔法による氷の塊が降り注ぐ。これも、無視。
バリッ!
雷の魔法障壁が変形し、前にいる奴らを飲み込む。
大男が動いた。目にも止まらぬ速さで棍棒を一振りする。投げナイフが木っ端微塵になるのが見えた。爆風がこちらにまで襲い来る。棍棒を振ったときに生じた風だ。それは木々を薙ぎ倒し、ボクを含めた範囲内のほぼ全員の体を吹き飛ばした。
体が浮いた。足が地面から離れる。視界がものすごい速度で広くなる。
視界の端で、さっき「真弥様」、「明虎様」と呼ばれていた子供が見えた。一人は姉ちゃんと同じくらいの年の女の子。一人はボクよりも小さな男の子。怪我でもしたのか、体のあちこちに包帯が巻かれてあったり、湿布が貼られていた。
この騒動での怪我じゃないよね?
ガッシャアァァァァアアン!!!!
派手な音をたて、ボクの体は窓ガラスに衝突した。ガラスが広範囲に弾け飛び、ボクは屋敷内の侵入に成功した。そのまま廊下の壁に激突する。壁はヒビが入り、ところどころ崩れ落ちた。
「ケホッ」
砂埃が舞って、咳が出た。服の効果のおかげで骨は折れていない。動ける。行こう。
立ち上がった途端、床が揺れ、ボクはよろけた。
ズシン、と、重い振動音がすぐ近くで鳴る。音の発生源を見ると、庭側の壊れた壁に出来た大穴に、大男が器用に立っていた。外から見たよりも屋敷の天井は高かったが、〈ジャイアントウルフ〉からすればまだ足りないらしく、背を丸め、足を曲げてそこにいる。
「死ね」
手に棍棒は握っていなかった。生来備わっている鋭利な爪が、ボクの体を狙う。巨体に似合わぬ素早さで腕がボクの方へ伸びてくる。
「待て」
しかし、その爪がボクの体を引き裂くことは無かった。廊下の向こうから聞こえてきた制止の声に従い、振りかぶったところで腕はピタリと止まる。
「なんの権利があってカツェランフォートの屋敷を破壊してんだ?」
声の主を見た大男の表情がみるみる強張る。目は大きく見開かれ、分かりやすく体が震えた。
ボクも声がした右側を見た。そこには二人の男女がいた。大人らしいが見た目はまだ若く、姉ちゃんとさほど年は離れていないように見える。見た目は。
「が、雅狼様、それに、沙弥様まで……。一体なぜここに」
男性は緑味のある長い髪が特徴的だった。髪の長い男性はたまに見かけるけど、あまりいない。束ねることもせずに後ろに垂らしている。切れ長の目の中にある水色の瞳は楽しげで、口元も歪んでいた。怪物族らしい高身長で、洋風の貴族らしい煌びやかな衣装を身につけている。
女性は男性よりも深い青の髪を編んで、肩に垂らしている。キュッとつり上がった黒い目は男性とは違って冷たい光を宿している。こちらも貴族らしいドレス、しかし落ち着いた雰囲気のものを着ていた。男性ほどではないにしろ、やはり怪物族らしく高身長だ。
その二人を見た瞬間、散らばっていた点が一つに繋がった。
尖った耳に鋭い牙。二人にはそれがあった。それくらいなら怪物族なら当然だ。しかし、名前に『様』をつけて呼ばれていることと服装から、二人が吸血鬼であると確信する。つまり、笹木野龍馬の血縁者だ。
『沙弥』という名前から、『真弥様』と呼ばれていたあの人、そしてそばにいたあの男の子が笹木野龍馬の血縁者であると推測出来る。思い出した。笹木野龍馬は、人間と吸血鬼の〈ハーフ〉だ。確か父親が人間のはず。だから『あの男』は昼だっていうのに屋敷の外で歩いていたのか。
「俺は質問したんだよ」
雅狼と呼ばれた男性は拳を握り、少し自分の体の方へ引いた。
「ヴッ!」
すると、大男は苦しげな声を発した。そしてそれ以外の言葉を出さぬまま、体が後転し、庭へ落ちていった。
「まさか、『虫』を屋敷内に入れるなんてね」
「本当だよ」
「別に、殺したって良かったんだがなぁ」
最後の言葉は、ボクに向けられた言葉だ。
男性が、話しかけるように呟きながらボクに近づく。その一歩遅れて、女性もそれに続く。
「新月の日、しかも龍馬があんな状態になってる今日にわざわざこのカツェランフォートに入り込むなんて、ただの虫がすることじゃねえよな?」
『あんな状態』?
「なんか知ってんじゃねえの? お前」
ボクは両腕を突き上げ、出来得る限りの力で振り下ろした。
「あ?」
わざわざおしゃべりに付き合ってる時間はないんだよ。
ドオ……ン
重厚な爆発音にも聞こえる、強烈な落雷の音。
精霊であるビリキナの大量の魔力を使って、巨大な雷を落とす魔法【焼失地帯】を発動した。
倒すことが目的じゃない。
雷は天井を突き破り、半径三メートルの範囲にある物を焼失させた。そして、それ以上の範囲に強い『光』を振りまく。
怪物族は、夜目が効く代わりに光に弱い。暗い中に急にこれだけの光にあてられたら、しばらく目が見えなくなるはずだ。
いくらビリキナがいるとはいえ吸血鬼と本気でやりあっても、力と時間を消耗するだけだし、命だって危ない。だから雷のサイズも抑えた。本来ならもっと大きく出来るけど、目的は『光』だから、あれくらいでいいのだ。
ボクは二人がいた方とは逆を向き、廊下の先に進んだ。
『おい! 魔力を大量に使うなら先に言え!』
『そんな暇あった?』
『あのなぁ……。魔力練り直すから数十秒魔法障壁張らねぇぞ』
『わかった』
それを聞き、ボクは一層周囲に気を配った。【察知】や【索敵】に加え、感覚そのものも使い、そう時間のかからないうちに来るであろう敵に備えた。
そのつもりだった。
「え」
気づけば、ボクの腹に、ナイフが刺さっていた。
25 >>299