ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも…… ( No.30 )
日時: 2022/02/04 10:49
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: p3cEqORI)

 7

「蘭、大丈夫だって」
「だって、溺れたらどうするんだよ!」
「見た目どおりだったらスナタも溺れるから大丈夫」
「どこがだよ!」
「真白さんも溺れるよ」
「日向とリュウは溺れないだろ?! 他人事だからって!」
 このやり取りを、もう十分は繰り返しているんじゃないだろうか。
「蘭、大丈夫だって」
「溺れたらどうするんだよ!」
「ねえ、いつまでするの?」
 とうとう、スナタが呆れた顔で会話に入ってきた。
「だって見ろよ! 渦潮だぞ、どう見ても!」
「違う。ダンジョンの入り口」
「入り損ねたらどうするんだ!」
「蘭に限ってあり得ない」
「蘭、諦めろ」
 ついにリュウも入ってきた。
「それともなんだ」
 リュウは海面を指さして。
「海の藻屑もくずになりたいか?」
 黒い笑顔でそう言った。
 海はリュウの庭のようなもの。リュウが本気を出せば、海戦であればほとんど負けることはない。
 以前蘭がいつも以上にごねた時、リュウが本当に蘭を海に引きずり込んだことがある。その事がいまだにトラウマらしく、蘭は押し黙った。
「……わかったよ」
 リュウはニコッと笑った。
「ほら、もう。手、繋いどいてあげるから」
 スナタに子供扱いされながら、蘭は渦に飲まれていった。
「やっとか。お前たちもさっさとはいれよ」
 フォード先生が言った。
「はい」
 リュウが答え、渦に飛び込んだ。
「真白さん」
「え?」
 私は手を差し出した。
「震えてる」
 真白は手がカタカタと震えていた。
 真白は、『魔物が寄ってくる』異常体質。バケガクの入学理由は、それだけだ。バケガクの中では一般人に近い。ダンジョンに入ることを恐れるのも、無理はない。
「あ、ありがとうございます」
 真白は私の手をとった。
 海に渦巻くダンジョンへの入り口。それは嘲笑う悪魔の口のごとく、人の恐怖心を煽る。
 私は渦に飛び込んだ。

 スウゥ

 意識が薄れる。

 ゴポッゴポッ

 水の感覚。蘭はさぞ恐がっただろう。
______________________
 ピチョン……ピチョン……

 水の、音?

 ピチョン……ピチョン……

 ぽた、と、私の頬に冷たいものが当たる。
 これは。
「水だ」
 頬を撫で、確認する。
 倒れていた体を起こす。
「真白」
 隣には、真白が倒れていた。
 三人も、ちゃんといる。まだ、意識は、ないけれど。
 先生もいる。生徒より先に起きられないとは、如何なものだろうか。
 関係のないことだ。
 北の海の[ジェリーダンジョン]。地下へ地下へと進む、下層型。
 薄暗い。わずかな明かりは、地上の太陽の光を水が反射したものだ。

 ピチョン……ピチョン……

 聞こえてくるのは、水の音。
 それだけ。

 8 >>31