ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.300 )
- 日時: 2022/05/02 06:32
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: bGiPag13)
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『何言ってるの?』
『お前は信仰心が薄いみたいだけどよ、神は存在する。精霊であるオレサマが、神の力を間違えるはずねえ』
『百歩譲って神が存在するとして、じゃあ、ジョーカーが神だって言いたいの?』
『んなことオレサマが知るか。大体、神が簡単に人前に姿を見せると思うか? それもお前みたいな一般人の』
『じゃあ、何が言いたいのさ』
ビリキナは、返事に詰まったらしい。少し時間を空けて、頭の中で声が響く。
『わからない。ただ、ジョーカーの力は神の力に酷似してる。でも、ジョーカーの魔力を直接感じたのはこれが初めてってわけでもないのに、いままで気づかなかった。よっぽど力を隠すのが上手いのか、それとも精霊よりも神に近い何か──怪物なのか』
ばけもの、か。
『なんなんだよお前! 白眼だし訳の分からん魔法使うし! バケモノ! バケモノ!!』
姉ちゃんは確かに、ばけものと呼ばれる存在なのかもしれない。それは痛罵の言葉ではない。ばけものが人智を超えた存在を指すのであれば。もし、もしも、神が存在するというのなら、姉ちゃんならば、神であると信じられるかもしれない。
そういえば、東蘭も昔〔神童〕なんて呼ばれていたし、笹木野龍馬は〔邪神の子〕と呼ばれている。『神』とは一体何なのだろう。どれだけ優秀だとしても、どれだけ特別だとしても、所詮はただの〈人〉に過ぎない者に『神』の名を与えていいものなのか?
それなら、ボクはどうして姉ちゃんなら『神』を信じられるなどと思ったんだろう。姉ちゃんは人間だ。人間であるボクの姉だ。
どうして?
「ルア、大丈夫?」
さっきの『沙弥』という名の女性が女の子のそばに駆け寄った。目が回復したらしい。あの男性も一緒にいる。
「それに、さっきの魔力は? まさか、あいつが?」
女性が女の子に話しかける間、男性はボクをじっと見ている。先程までの余裕は全く見えない。警戒するように、観察するように、ただ、見ている。
「……意識が無いわ。当然よね。いくら純血の吸血鬼と言ってもさっきのを直撃したのなら、耐えられるはずない」
そして、女性もじとりとこちらを見る。
「そしてそれに耐えているということは、発生源はあいつ。
狼兄。本気でかかるわよ」
「言われなくてもわかってる」
二人の瞳は金色に変わり、爪は猛獣のもののように鋭く、長くなった。バキバキと音をたて、口から犬歯が顕になる。
ボクはぼうっとしていた。諦めたわけではない。この先の未来を予想していたのかもしれない。いや、違うな。負けないことを確信していたんだ。勝つことを、ではなく、負けないことを。
女の子にかけられた、おそらく呪術によって自分の意思で体を動かすことさえままならず、首の肉は抉られ、血液も致死量に至ると思えるほど出ている。さらにビリキナもボクも、魔力の底が見え始めている。成人済みの吸血鬼二人相手に勝てる要素なんてどこにもない。
「本気、か」
限界を越えることが『本気』になるのなら、ボクはまだ本気を出していない。
体が動かないなんて、誰が決めた?
そんなのただの錯覚だ。
体が重い? 気のせいだろう。
魔力が尽きそう? まだ無くなってはいないじゃないか。
痛みも重さも恐怖も、感情を捨てたボクがそんなものを感じるはずがない。全てはただの妄想だ、幻覚だ。
『狂気』を引き出せ。やってやる。
『吸血鬼五大勢力』? それがどうした。花園家は大陸ファーストの『六大家』の一つだ。大きな違いなんてない。そうだろう?
俺は〔稀代の天才〕、花園七草の孫だ。どこの誰ともしれない女の血が混じっていようと、それは変わらない。
俺と目の前にいる二人の間に、どれだけの力の差があるというんだ?
「展開──【シール・サークル】」
俺は手を二人に向け、そう唱えた。直後、うるさい女の声が警告する。
『エラー発生、エラー発生。個体名【花園朝日】の魂に深刻なバグが検出されました。魔法の使用を続けると、修復不可能な魂の破損が予想されます。直ちに魔法の使用を中断してください。繰り返します。個体名【花園朝日】の体内で深刻なバグが検出されました。魔法の使用を続けると、修復不可能な魂の破損が予想されます。直ちに魔法の使用を中断してください』
まあ、そうだろうな。杖もなしに『使えるはずのない』魔法を使ってるんだから。
【シール・サークル】は、『六大家』の当主なら当たり前に使えて、大陸ファーストの一般住民が習得するのはやや難しい、という程度の空間魔法。【封印対象】または【排除対象】を自分の魔法が作用する空間に閉じ込める魔法だ。
この世界には、『限界を越える技術』が存在する。
自分の『才能』『能力』『魔法』を制御し、『限界』を設けているのは魂の役割だ。限界を越えたければ、魂を壊せばいい。簡単なことだ。
魂の中には、自分自身に関する全ての情報が入力されている。故に魂の破壊は自我の崩壊に直結する。また、魂の破壊を行う際に肉体の拒否反応と精神の拒否反応、そして異常行為の補正のための『世界』からの強制干渉に耐えねばならず、耐えられなくともそれらが原因で自我が崩壊するそうだ。そして自我の崩壊により引き起こされるであろう具体的な症状は、主に【記憶障害】、【魔力異常】、それからこの場合の自我崩壊の正式名称【段階的自我崩壊】だ。
それがどうした。
……そういえば、これ、どこで知ったことなんだっけ。魂を壊すって、どうやったんだ?
まあ、いいや。気にするような事じゃない。どうでもいい。
バチバチと激しい音が両手で鳴る。手の平くらいの大きさの光の玉を生み出し、二人に向かって投げつけた。
ドゴォンッ!
重低音が響き、壁の一部が壊れた。二人は【シール・サークル】の中にいたのでその場に留まっている。
「セル・ヴィ・ストラ!」
女性が叫び、爪で【シール・サークル】を引き裂く。限界を壊したと言っても練度は大したことないので、まあそんなものだろう。予想内だし、むしろこれくらい出来て当たり前だ。
そのまま、女性は直線に猛進してくる。幻術がなにかだろうか、数回女性の姿がブレて見え、かと思うとボクの肩は噛み砕かれようとしていた。
あー、やっぱり接触してくるのか。
そう思いながら、ボクは手に持っていた聖水の瓶を割った。魔法は使わず、握力で。
投げナイフに聖水を使ってはいるけれど、だからって聖水そのものを持っていないとは限らないでしょ? 聖水は貴重品だから、浪費しないとでも思ったのかな。
「い゛ッ」
呻いて、女性は離れた。幸い、服のおかげか多量の出血と多少肉が無くなった程度で済んだ。
女性の心配をする前に、男性はボクに飛びかかり、たぶん、爪かな。爪でボクを引き裂こうとした。
その前に両手を男性に向け、目を眩ませるくらいの量の光を放った。
「くっ!」
男性は両手を顔の前、目の前で交差させ、バックステップで下がった。なんだ、もう学んだのか。
「なんで【白】と【黒】を同時に扱えるんだよ?!」
驚愕に染まった声音で叫んだ。さあ、なんでなんだろ。俺にもよくわからない。でも、使えるんだから仕方がないだろ?
使えるものは、使わないと。
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