ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.301 )
- 日時: 2022/06/02 05:02
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)
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そうだ。使えるもので思い出した。ジョーカーから投げナイフを教わってからしばらくして、受け取っていたものがある。
『ボクの投げナイフは特別製だから、何かあれば使うといいよぉ。持っているだけでご利益があるかもね? 一本で充分とは思うけど、一応三本渡しておくねぇ』
鞄を探り、目当てのものを取り出す。ギラギラと輝く鉄色の投げナイフ。ボクが普段使う投げナイフよりも、一般のナイフの形状によく似ていて、ずしりと重く、受け取ったときに最初に思ったのは、投げにくそうだなということだった。使わないだろうという気持ちもあった。ただ、投げナイフは消耗が激しい武器なので、あればあるほどいい。それだけの理由で持っていた。
使ってみようか。
深い考えはなく、単純にそう思った。
柄を持ち、構えて、投げる。思っていたよりスッと投げナイフは手から離れようとしていた。
なんだ、思っていたより投げやすいんだな、と思っていた、次の瞬間。
『【神創武具・スートの忠誠】の【付与効果・一撃必中】を発動します』
無慈悲な歌声のように、無機質な声は告げた。
え、と思う間もなく、ボクの体は『激痛』に襲われた。
二度目の【一撃必中】。
今度は、肩の関節が熱を帯びた。ゴキッと骨が外れる音がした。腕全体が熱を抱いた。血管がドクドクと蠢き、今にも破裂しそうだ。左手を右腕に当てる。左手が触れた感覚がしない。
糸が切れたように、身体中が痛みを叫んだ。
身体がぐらりと傾いた。
首に、肩に、防ぎ損ねた名前も知らないような奴らに付けられた些細な傷すらもじくじくと痛む。いや、当たり前だ。針で刺しただけでも痛むのだ。人間の体とは、そういう風に創られていたはずだ。剣で、弓で、武器で傷を負わされたのなら、痛むに決まってる。そのことをいまのいままで忘れていた。
熱い。
身体の周りが熱に覆われているような、そんな感覚。不快な熱が、まとわりつく。熱と疲れと出血で、頭がくらくらする。ボクはとっくに限界を迎えていたのだと、そのとき初めて気がついた。こんな状態で魂を壊したのだから、そりゃあ、ぶっ倒れもするはずだ。
「は、は……」
自分自身を嘲笑った。なんとも渇いた声だった。音ではなく空気と認識できるほどのか細い声。
そうか、と、頭の中で呟く。『負けない』と確信していた理由を知った。ボクはボクが死ぬことを予感していたんだ。『勝つ』ではなかった。『負けない』と思った。自分で自分を殺すのだ。『殺されない』自信があった。
痛みと共に、吐き気がするくらいの血の匂いも感じた。鼻が曲がりそうな刺激臭。ボクだけの血じゃない。女性や男性の血の匂いもすることは、血の匂いに敏感な吸血鬼でなくとも理解出来た。自分の着ている服に付いた血が、ボク自身のものだけでないことも。
視界に投げナイフが身体に突き刺さった男性の姿が見えた。肩を抑えて掠れた息を吐く女性の姿が見えた。
罪を自覚した。
恐ろしかった。
自分が自分じゃなくなる──人間じゃなくなる気がした。
予感に過ぎない。予想でしかない。でも、確かにそう感じた。
戦闘時間は、とても短いものだった。こんなに短いものか? そう感じざるを得なかった。女性は聖水を浴び、男性は投げナイフが刺さった首元を抑えてうずくまり、ボクはもう動けない。
『勝利』も『敗北』もない。
何かがおかしい。
脳内でほんのわずかな違和感を見つけた。けれど、それの正体を探す前に、男性と女性が動くのが見えた。近接戦は諦めたのか、呪術の兆候を感じた。
「……」
ボクは目を閉じた。ここで終わりを迎えるのも、悪くは……。
『何を考えてる? 姉ちゃんのことはどうするんだ!』
声が聞こえた。
「もう、やめてよ」
疲れたよ。いいんだよ。もう、いいんだ。疲れた。これだけ体をボロボロにしてまで、これ以上何をするっていうんだよ。疲れた。疲れた。疲れた。
大人しく、殺されよう。
このままじっとしていれば、この世界に殺される。それでいいんだ。これがボクの運命だ。それがボクの末路だ。
ボクは、もう、
死にた──
「予想以上だ、ガキ」
突如廊下に響く声。その声は、聞き覚えがあった。
どこから聞こえてきたのかわからなくて、前にいる男性と女性を見ると、呆然と前(つまりボクの方)を見て、目を見開き、動きを止めている。
振り向くと、そこには、見たこともないような凶悪な笑みを浮かべるあいつがいた。
「よお」
海、というよりは空の色と形容するべき水色の短髪。透き通るような蒼色の瞳と、それ以外にも端正に整えられた顔のパーツ。男性が着ているような洋風の貴族らしい、それでいて派手すぎない洋服。主に黒と青で形作られているそれの足元は、べっとりとした赤で染まっていた。
前髪が一房黒く塗られていたり、右目が夜空のような黒に変わっていたりとボクが知っている姿と少し違う。だけど間違いない。その顔は見間違うことはない。ボクがこのカツェランフォートに侵入した目的そのものである、笹木野龍馬だった。
「使いの分際で俺を呼んだんだから、腕の二つや三つちぎってやろうかと思ったんだがな。面白いもんが見れたからチャラにしてやるよ」
使い? 呼んだ? 何の話だ?
そう考える隙もなく、ボクの体が勝手に動いた。ビリキナが動かしているのだ。
ボクは笹木野龍馬に跪いた。
『何してるの?』
『黙ってろ! お前が死にたくてもオレサマは死にたくなんかねぇんだよ!!!!』
疲労困憊していたボクは必死さが滲むビリキナの声に気圧され、ビリキナに任せることにした。
興味もないしね。
「龍馬!」
男性が大声を張り上げた。
「華弥はどうした! まさか、その血は」
「俺と『こいつ』を一緒にすんじゃねえって、何度も言っただろうが」
低い、苛立ちを隠さない声が、『男性の近くで』聞こえた。
顔を向けた頃には、もう、男性の体は吹き飛んでいた。
ドゴォンッ
凄まじい破壊音が、廊下の先で聞こえた。
「あ? 何見てんだよ」
ボクではない。笹木野龍馬は隣にいた女性に言った。
「い、いえっ」
女性は青ざめ、ぱっと笹木野龍馬から視線を逸らした。
「ふうん?」
満足気に笑い、ボクを見た。
「お前のことは気に入った。随分待たされたけどよ、殺さずにおいてやる。お前みたいな頭のネジがぶっ壊れたやつは好きなんだ」
ゆっくりと、こちらに歩み寄る。一歩一歩、音が大きくなるごとに、怖いくらいの静寂を感じた。
「出せ」
何を、というのはすぐにわかった。あの『ボタン』とやらのことだろう。それはビリキナも察したらしい。
『おい、どこにあるんだ?!』
『鞄の中』
右腕が乱暴に鞄を探る度に、痛みが増した。でも、耐えることすら億劫で、ボクは黙って痛みを受けいれた。
ビリキナは何故か焦っている様子で、落ち着けばすぐに出せるはずのボタンを出すのに手間取った。なんとか出せると、笹木野龍馬に差し出す。
「お前も来るんだろ?」
ボタンを受け取ると、不思議そうに言い、ボクの右腕を雑に掴む。そして、ボタンの突起を押した。カチッと音が鳴り、突起は凹んだ。
疑問はあった。ボタンのことを笹木野龍馬は知っていたようだった。笹木野龍馬の様子もおかしい。
でも、とにかくボクは……もう、疲れた。
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