ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.302 )
- 日時: 2022/06/02 05:04
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)
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どこかから、嗚咽混じりの泣き声が聞こえる。
彼は、すぐ近くにいた。
ボロボロの服とマントを身につけ、傷だらけの両手で何度も何度も涙を拭う。その繰り返し。
「なにしてるの?」
問いかけても、返事はない。聞こえていないらしい。
暗く、冷たく、たった独りの空間で、少年は泣いていた。
「どうしたの?」
もう一度問う。返事はない。
だけど少年はこちらを見た。その顔を見て、驚いた。髪は長く、結われて肩から垂らされ、姿も小さかったが、それ以外はあいつに瓜二つだった。
息を呑む程に綺麗な『蒼』の瞳が、まっすぐに虚空を映している。
どこかから、罵声が聞こえる。
彼らは、やや離れたところにいた。
似たような服を身につけ、髪色は、濃淡の違いはあるが全員同じような青系。顔は見えないが、何となく、兄弟なんだろうと思った。
「うっわ、きったね!」
「また吐いたのか。全く、情けないな」
「仕方ないよー。〔出来損ない〕だもん!」
そう言う三人の少年と、何も言わずにクスクスと笑う少女。そしてその四人に囲まれてうずくまる、さっきの少年。
「こんなんが片割れの俺の身にもなれよ。もっと王家らしくしろ!」
嘲笑を含んで少年を怒鳴りつける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
舌が上手く回っていない声が、小さく聞こえた。その声にも、聞き覚えがあった。
どこかから、声が聞こえる。なんと言っているのかはわからない。さっきまでの暗い場所ではない、どこか。風景すら見えない。真っ白い光の中から、声が聞こえる。
言葉は聞き取れない。だけどそれが先程までの悲しい言葉ではないことだけは分かった。
光はとても暖かく、そして、冷たかった。
どこかから、声が聞こえた。
「おーい、朝日くん?」
ジョーカーの声だ。
「ん……なに」
「ああ、良かった。生きてたんだね」
「なに、を」
声を出した瞬間に先程までのことを思い出し、ぼやけた意識を無理やり覚醒させ、自分の状況を確認した。
視界が元に戻っている。ビリキナとの【一体化】が切れているんだ。顔に被っていたマスクも取られている。でも、身につけている服はそのままだった。
「お疲れ様、朝日くん。外も中もぐちゃぐちゃだったからとっくに死んだと思ったよ」
その言葉を無視して、横たわっていた体を起こそうと身動ぎした。
「動かない方がいいんだけど……うん、座った方がいいね」
矛盾したことを言いながら、ジョーカーは笑みを顔に貼り付けながらボクを見ている。
ボクがいたのは、なんとも暗い場所だった。ぼんやりと青黒く光る円柱が等間隔に立てられていること以外なにも分からない。円柱は神殿にあるようなデザインと形で、見上げると、天井がなかった。どこまでも伸びている。
それから、とても静かだ。ボクの呼吸音すらも響くほど。
そしてなにより、この空間に充満する異様に濃密な魔力に吐き気を覚えた。空間そのものが『歪んでいる』と錯覚してしまうほど、異質な魔力。
「ここは?」
ジョーカーは楽しそうに、いや、面白がるように笑った。
「うーん、そうだね。天界の[負の領域]なんだけど、信じる?」
「天界?」
「天界というか、神界だね。神々が住まう場所。ただ、人間である君が来るとなったから少々弄っているよ」
急に突拍子のない話をされても、受け入れられるかと言われれば答えはノーだ。
「何言ってんの?」
「あはは。君らしい答えだけど、神の前でその言葉を口にするのは控えた方がいいよ」
その言葉を聞いた途端、背筋に悪寒が走った。ジョーカーの言葉に恐れをなしたわけではない。
本能が導くままに振り向いた。そこには、さっきまで居なかった──気づかなかった、『神々』がいた。
中央の玉座にどかりと構える、獣よりも雄々しい、顔の見えない毛むくじゃらの巨漢。黒いもやをまとい、全体像を捉えにくい。ただわかるのは、離れていても感じる、ビリビリとした威圧感。
腕を組んで仁王立ちをし、鋭い眼光をこちらに向ける、強面の、大きな男。正面から見ると髪は短く見えるが、後ろで編んでいるのがちらりと見える。下唇から飛び出た長い牙と、腰に差した大振りの剣が特徴的だ。
玉座の肘掛けにちょこんと座る、男か女かわからない人物。ほかの二人と比べれば五回りくらい小さく、子供っぽさが滲んでいる。可愛らしい顔立ちで、肩甲骨あたりまでの髪の長さも相まって中性的な印象を受けた。口元には笑みが浮かんでいるが、その笑みは嘲笑に見える。
通常の羊よりも毛の量が多く、体格も大きい黒羊に乗った少女。くるくるした髪に羊の角が埋まっていて、どことなくゼノに似ている。真っ黒な瞳には光が一切なく、虚ろだった。
異様な四人が、石像のように、佇んでいた。
「彼らは君に興味が無いみたいだから、ボクが説明するね」
ボクは何も言えなかった。薄々その正体に気づいていたから。気づかざるを得なかったから。疑う理由がわからなかった。ジョーカーの口の動きを凝視し、言葉を待つ。
「組織の名前は[ニオ・セディウム]。目の前にいる彼らはテネヴィウス神をはじめとした『六帝』だ」
そう。四人──四神の姿は、本に描かれたニオ・セディウムの神々の姿にそっくりだった。
獣の姿の最高神、テネヴィウス神。大剣を持った戦神、プァレジュギス神。性別を持たない、与奪を司るイノボロス=ドュナーレ神。六帝の唯一の女神、新月を司るノックスロヴァヴィス神。
『これは、神の力だ』
ビリキナの言葉を思い出し、震える声を絞り出す。
「じゃあ、ジョーカーも」
「いや、ボクは神じゃないよ」
「で、でも、組織の幹部だって」
「ボクはね、元々組織にいたわけじゃないんだ。言ってしまえば協力関係にあるだけ。立場として『幹部』の肩書きを預かってたんだ。それももう、終わるんだけど。
ボクは〈スート〉。ただそれだけだよ」
スート。その言葉を、どこかで聞いた覚えがあった。どこだっけ?
ああ、そうだ。確かあの時。
『【神創武具・スートの忠誠】の【付与効果・一撃必中】を発動します』
ジョーカーから貰ったあの投げナイフの名前に、スートという文字が入っていた。神創武具とはその名の通り、神が創った武具のこと。そういうアイテムはダンジョンや遺跡で見つかったり、歴史ある国や家で厳重に保管されていたりする。だけど、そういう場合、当たり前だけどアイテムは一つ、多くても二つであることがほとんどだ。いくら数が必要な投げナイフだって例に漏れないだろう。少なくともボクはいままで神創武具の投げナイフの話なんて聞いたことがなかったから、本当にそうかはわからないけれど。
なのに、ジョーカーはボクに『三本』の投げナイフを渡した。その上で、ジョーカー自身も大量の『同じ』投げナイフを持っていた。明らかにおかしい。そんなにたくさんの神創武具を一人が所有しているなんて、ありえない。
それこそ、神でなければ。
そして、【スートの忠誠】という名称。普通、武具の名称は、例えば剣なら『〜〜剣』、『〜〜ソード』というようにひと目でそれが何の武器なのかがわかるようになっている。たまに固有名を持つ武具で、『剣』や『ソード』などが省略された武具はあるにはある。でも、【スートの忠誠】のような、文のような名称の武具は聞いたことがない。さらに武具の名称は一般的にその武具の特徴がわかる名称になっているのに、その要素も含まれていない。スートってなんだ? 忠誠ってなんだ?
わからないことだらけだ。
「ああ、そうそう。一応治癒魔法をかけておいたよ。まだ死なれちゃ困るからね。君は君の役割を、全うし切ってはいない」
そう言われて初めて気がついた。体のあちこちにあった傷が治っている。所々破けてしまっていた服も元に戻っているし、染み付いた血も消えている。
黒魔法による治癒は、基本的には外傷にのみ適用される。でも、疲れやそれ以外から来る気だるさもある程度解消されている。これは白魔法による治癒と考えていいだろう。つまりジョーカーは、白と黒の両方の魔法を使えるのか? ますますジョーカーについて不信感が増す。
全ての生物は、白か黒のどちらかの隷属だ。それは決して覆らない。だから扱える魔法の種類も白か黒のどちらかになる。白の隷属の生物が黒魔法を扱うなんて有り得ない。逆も然り。ボクはボクの人生の中で、その有り得ない人物を一人だけ知っている。
当然だと思っていた。当たり前だと思っていた。それに疑問を抱いたことがなかった。姉ちゃんなら、非常識なことも常識に思えた。
初めからそうだった。少なくとも、記憶にある限りでは姉ちゃんのすることに違和感を感じたことがない。あまりにも、『違和感が無さすぎた』。
「りゅーくん、起きてるー?」
ジョーカーはボクから離れた。見ると、そこには笹木野龍馬が倒れていた。転移前と同じ格好で、眉間にはシワが寄っている。苦しげな表情だ。
「気を失ったままだね。魂に相当負荷がかかってたから、疲れてるのかな?」
すると、静かだった四神のうちの一神、イノボロス=ドュナーレ神が動いた。
「起こすよ。どいて」
いつの間にかジョーカーの隣、笹木野龍馬のすぐ近くに移動していた。そして、ジョーカーが何かを言う前に、笹木野龍馬の腹部を強く蹴った。ドゴッと重い、打撲音。
「いつまで寝てんだよ! さっさと起きろ!! ハハハハ!!!!」
あくまで楽しげに叫ぶ。あどけなさの残る顔に浮かんだ狂気の笑みは、子供が虫を殺すときのように、無邪気なものだった。
「ていうか、重くなったんじゃない? 幸せに生きてるみたいでよかったね!!」
その言葉が意味するもの。それは、つまり。
ボクは大体のことを察した。この状況になれば、誰でもそうならざるを得ないだろう。
「うっ……」
何度も何度も蹴られ、笹木野龍馬は呻き声を上げた。それを聞いた直後、イノボロス=ドュナーレ神はしゃがみ、笹木野龍馬の髪を掴んだ。
「やあ。ようやく起きたんだね、〔出来損ない〕」
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