ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.304 )
日時: 2022/06/02 05:08
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 46h1u6ru)

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 笹木野龍馬は座ったままジョーカーを見上げる。光を失った虚ろな目をジョーカーに向けて、か細い声で問いかけた。

「あの方に、なにを」

 言いきらずにそこまで言うと、また人形に戻った。その先は言わなくても通じるだろうという意思を、なんとなく感じた。

「あの方には、何もしないよ」

 ジョーカーは感情が見えない笑みを浮かべた。

「その必要が無いからね。君はボクを信用出来ないだろうけど、これは信じてもらっていい」

 同じく感情が見えない空虚な表情を浮かべた笹木野龍馬を見ながら、説明口調で語り出す。

支配者マストレスを、君はどこまで知っているのかな。君はあの方からろくに話を聞いていないようだけど。でも、その様子だと少しくらいは知っていそうだね」

 さっきから言っている、マストレスってなんだ? 聞いたことすらない言葉だ。

「ここは、『世界』だ」

 右手の人差し指で自身の足元を指し、ジョーカーは当たり前のことを言った。

「ここが神界だという意味じゃない。それは世界ではなく『領域』だ。ボクが言う世界というのは、神界も魔法界も悪魔界も天界も、全てをひっくるめた世界のことだ。
 そして、世界というものはここだけにあるものではない。同じような、あるいは全く違った世界が数多存在する。

 ここから先は少しややこしい。ボクは理解することは求めない。理解したければすればいい。ボクは契約に従って、説明をするだけだ」

 そう言いながら、ボクを見る。契約?

 ──ボクの、姉ちゃんを知るという目的のことを言っているのかな。だとしたら、姉ちゃんとどう関係するっていうんだ?

「この世界が生まれる前、ここではない別の場所せかい支配者マストレスはいた。そしてまたその前には、そこではない他の場所せかい支配者マストレスはいた。逆に言えば、支配者マストレスは世界の創造を繰り返し、世界を転々と移動している。そう。マストレスは支配者であり、かつ、創造者でもあるということだ。
 そうして種子マストレスが移動してきた道筋を、『世界線』と呼ぶ。

 また、世界線は枝分かれする。一人の種子マストレスが新しく世界を創造するとき、創造する世界は一つじゃない。厳密には、『Aという世界を作る種子マストレス』や『Bという世界を作る種子マストレス』が存在し、世界は無数に出来ていく。つまり種子も無数に増えていくということだね。そんな、一人の種子マストレスが生み出した無数の世界線をまとめて『次元』と呼ぶ。

 そして最後。世界線が枝分かれする前、無数に増える前の種子を、『芽生えの種子たね』と言う。この『芽生えの種子たね』は複数いる。つまり、次元も複数あるということだ。こういった、複数の次元を合わせて『時空』と呼ぶ」

 あまりにも情報が、多くて、頭の中がぐしゃぐしゃになりそうだ。それに加えてジョーカーは理解させる気がないから余計にわかりにくい。それでもボクは何とか思考回路を動かし、多少無理やりに自分自身に理解させた。

 でも、それがどうしたって言うんだ? ジョーカーは、何が言いたい?

「……と、ここまで種子たねの具体例としてマストレスを出してきたけど、マストレスはこの世界にいる種子たねの一人だけだ。他の種子たねはただの種子たねにすぎない。
 ただし、マストレスになる権利はどの種子たねにも平等にある。マストレスの象徴であり、種子たねがマストレスになるための条件が」

 ジョーカーは言葉を切り、表情を消した。睨むような目つきで、しかし宿す光は緩くもなければ鋭くもなく、ただ単純に、笹木野龍馬を見た。

「君だ、笹木野龍馬──いや、ひとり

 ひとり? また知らない言葉が出てきた。ひとり。笹木野龍馬が、ってことだよな。でも、ひとりってなんだ?『一人』ではないと思うんだけど。『独り』? それもなにか、違う気がする。

「君が特に知らないことは、君自身のことだろうね。君はあの方から直接聞くことを望んでいるようだけど、そんなの、待っていても無駄だよ。あの方は臆病だ」

 待って。まだ喋るの? これ以上情報を詰め込める余裕ないよ。
 ああもう! 仕方ない。ジョーカーの言うことを信じるなら、姉ちゃんに関係することなんだ。ジョーカーが嘘をついているという懸念はある。でも、根拠がない。少しでも姉ちゃんを知れる可能性があるのなら。

「何から語ってあげようか。君の役割なまえひとり。独と書いてひとりと読む。世界に一人いる種子に対し、一つの時空の中でたった一つしかない特別なたね。種子は、そしてあの方は、君を探すためだけに世界の創造を繰り返してきた。
 君は、魔力に色がついていることは、知っているには知っているだろう? 大きく分けて白と黒。白は最も純粋な魔力。黒はあらゆる魔力が混在し、その中に青や黄など、様々な色の魔力が混在している。まあ、純粋な黒、というものもあるんだけどね。ボクの力もどちらかと言えばそれに近い。
 下界人ひとびとは忘れているようだけど、白と光、黒と闇は等しい関係ではない。もしそうであるとするならば、大陸ファーストの民の象徴である金髪は明らかにおかしい。光で金の色を作ることは出来たとしても、光の三原色に『黄』はない。白の隷属、黒の隷属という表記は誤りだ」

 またか。また知らない言葉が出てきた。光の三原色ってなんだよ。でも、納得出来る部分もある。キメラセルの神々に服従する種族が白の魔法を使えるのなら、キメラセルの最高神、ディミルフィアが白と黒の魔法を使えることは多少の違和感がある。

「一度は気にしたことがあるだろう。この世界には、赤い見た目をした存在はいない。なぜ、という疑問に対する解答はあまりにも単純。『許されていないから』だ。
 だれも赤い魔力を持っていないということではない。紫だったり橙だったり、他の色と混ざった状態で、赤の魔力は存在している。ただ、純粋な赤の持ち主がいないだけだ。そして、種子たねを除き、唯一純粋な赤の持ち主である君も、普段はその特徴は隠れている。髪の色にも瞳の色にも赤は表れていない。だから君を含め、君が赤の持ち主であることに気づけない。それでも種子マストレスは、君が赤の持ち主だとわかる。自身の不十分な要素を埋める『道具』に、気づけないわけがないんだ。君がいてはじめて、『支配者マストレス』は完成する」

「どうぐ……」

 笹木野龍馬は言葉を繰り返す。

「ほら、思い出してみて。あの方の外見、足りない色は? 純粋な黒、数多の色が混在する黒を操るあの方に、足りない色」

 そこで、笹木野龍馬の目が大きく見開かれた。

「そう。そういうことだよ。理解出来た? 理解出来ても出来なくても、ボクはどちらでもいいけどね。

 種子マストレスは世界を創造し続ける。ある世界にひとりがいなければ次の世界を創り、そこにもひとりがいなければ次の。同じことの繰り返し。通常の精神ならとっくに朽ち果てているだろう。何万年何億年の規模じゃない。兆、京、垓……無限の刻を、あの方はそうやって過ごしてきた。それが種子マストレスの役割。この虚無のループを止める鍵となるのは君だ。嬉しいだろう? あの方を救えるのは君だけなんだ。あの方にとって君は唯一無二の、自らの解放のための道具なんだよ。
 他の種子たねは救われない。救われるのは支配者マストレスだけ。きみを使って新しい時空を生み出す。そこで支配者マストレスの役割は終了する。その時点で他の種子は最後に創り出した世界に、永久に閉じ込められる」

 ジョーカーはしゃがみ、笹木野龍馬と視線を合わせた。目を細め、自身の両手を笹木野龍馬の頬に添わせる。

「だけどそれでは退屈だ。ありきたりでこれまでの繰り返しで、あまりにもつまらない。それよりももっと面白いことが出来る。君の持つ、もう一つの特徴。君を使うことで、他の方法でもあの方を救うことが出来る。

 ──支配者マストレスの権限の譲渡だ」

 幼い、少女の声がこだました。

「ねぇ、まだ?」

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