ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.306 )
- 日時: 2022/08/19 10:35
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: TFnQajeA)
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見方によっては雷の光にも見えなくもないあの雨は、数秒も経たずに闇に溶けた。あれは、一体なんだったんだろう。わかることは、目の前の神々が力なくその場に崩れていること、光の雨の主が神々に危害を与えられるほどの存在だということだ。
「馬鹿って、お前、わたし達に何を?!」
ノックスロヴァヴィス神が叫んだ。腹よりは喉から叫んでいるような声だ。見ると、顔を真っ赤にしてジョーカーを睨んでいる。自身が乗っている黒羊の毛を掴んで、なんとか体勢を保っていられているという状況だろうか。
「ごめんね、りゅーくん。少しだけ待ってくれるかな」
神の言葉を無視したジョーカーがそう言うと、フェンリルの周囲から鎖が現れた。フェンリルは抵抗したが、あっという間にその巨体を囲い、縛り上げてしまう。重たい呻き声をあげながら鎖から逃れようともがくも、鎖が重なったところからチリチリと小さな音が鳴るだけで、それ以外には何も起こらなかった。
「答えなさいッ、ふざけないで!! こんなことが許されるわけない。神に逆らうことは最大の禁忌!!! すぐにパパに罰される!」
ノックスロヴァヴィス神の言葉を合図に、テネヴィウス神の腕が持ち上げられた。床の藍色が闇色に変わり、どろりと沼のようにぬかるんだ。
「うわっ」
ボクは驚いて少し動いた。動くと軽くはない頭痛に襲われ、バランスを崩して手を床につく。すると、手が床に沈んだ。体の芯を凍らせるような冷たさに、手を引っ込めようとするも叶わず、むしろどんどん引きずり込まれていく。床自体が意志を持ってボクを取り込もうとしている。
「なんだ、これ」
自分の力ではどうすることも出来ないと悟った。これは神の力なのだから。縋る思いでジョーカーを見る。助けてくれるわけがない。そんな義理はない。でも、じゃあ、他に誰に助けを求めればいい!?
闇はジョーカーを襲おうと、床から飛び出して渦を巻いた。ジョーカーを取り囲み、すぐに黒で包み込む。
「……だから、馬鹿だと言ったんだ」
闇に阻まれ、くぐもって聞こえるジョーカーの声は、聞き取りにくいが確かにそう言っていた。
そして突然、床に魔法陣が浮かび上がった。半径百メートルくらいの大きな赤い魔法陣。これは、よく見る五芒星か? けど、術者であるジョーカーが向いていた方向からすると模様が逆向きだ。なにか意味があるのかな。
現実逃避気味にそう考えていると、魔法陣が一際強く輝き、気づくと床は元に戻っていた。
「語る前に、まずは『正式に』自己紹介をしておこうか。
ボクはジョーカー。モノクロジョーカー。黒と白のモノクロの魔力を宿す、〔初めの下僕〕。ヒメサマの力を最も多く受け継いだ仮想生物さ」
仮想生物だって?!
ボクはあの『通達の塔』にいた二人を思い出した。たしかあの二人も仮想生物と学園長は言っていたはずだ。
仮想生物。つまりジョーカーも、『作られた』存在ということか?
……。
待って。
あの時、学園長は何と言っていた? 確か、そう。
『私はこのバケガクを管理・維持するためだけに作られた者でね』
作られた、者。
作られた、存在。そしてあの、二人の仮想生物。
無関係じゃない、よね?
「カラージョーカーと区別するために、〔イロナシ〕なんて呼ばれたりしているね」
カラー。モノクロの反対? もう一人ジョーカーがいるのかな。そのジョーカーもまた、作られた存在?
「それじゃあ、種を明かそうか」
それまでとは打って変わった、落ち着いた口調。ジョーカーはゆっくりと、優雅とまで思える動作でシルクハットを取り、一礼した。顔には嘘くさい笑みを貼り付けて、──それでもどこか、楽しげだった。
「上には上がいる。下界でよく言われる言葉だけれど、それは神々にも同じことが言える。何も能力や強さだけを意味するものではない。子の上には親がいて、親の上には親の親がいる。神々もそうだ。君たちで言えば、[ニオ・セディウム]の神々の頂点に君たちがいて、君たちの最頂点が最高神テネヴィウス神だ。では、テネヴィウス神を生み出したのは誰だろう?
下界では弱者が強者を打ち破るなんてことは稀に起こるけど、神の世界でそれは起こり得ない。何故に答える理屈は存在しない。ただそう定まっているだけだ」
さっきのテネヴィウス神を見る限り、あの光の雨は力そのものを奪うものではないようだ。しかし神々は静かにジョーカーの言葉を聞いている。まるで、抵抗することを忘れたかのように。まるで、『抵抗』という選択肢そのものを忘れ去っているかのように。
「それに、君が支配者の称号を得るためにボクやイノボロス=ドュナーレ神の力を借りようとしたよね? あの方だって、一人で全てをこなすことは出来ない。一人で完結した存在だけれど、一人で完成しきった存在だけれど、だからと言って全てを押し付けてしまうのは酷というものだ。支援者が必要だ。ひとつの種子につき一人支給される、ナイトが。彼はあの方の忠実な下僕だ。彼が、君たちが支配者になることを許すはずない。ボクは偽りは言ってないよ。真実を隠していた。それだけだ」
ナイト? 騎士のことだろうか。違う気もする。騎士は主を守るものであって、支援者とは言い難いんじゃないか?
「他に言い残したことは……。いっか。報酬に見合うだけの情報は与えただろうし」
ジョーカーはボクに歩み寄った。コツ、コツ、と靴と床が当たる音が低い位置で響く。
「お疲れ様」
根拠はないがなんとなく、感じた。ジョーカーとはもう会うことはない気がする。ジョーカーもきっと、そう感じているのだろう。
「もうすぐで君の役割も終わるだろう」
ああそれと、と、何かを思い出したようにジョーカーは言った。
「そういえば、ヒメサマと日向ちゃんは別人だから、それは勘違いしないでおいてね」
は?
「あとはボクらの仕事だ。今までありがとう。きっと君とは永遠のお別れだ。
じゃあね」
ボクの両肩に、ジョーカーの手が置かれた。にこにこと、いつもと全く変わらない本心ではなさそうな笑みがボクの目の前にある。
「また会おう」
ジョーカーの言葉に困惑する暇も与えられず、ボクの体は両肩にかかった重みに従い、ぐらりと後ろに傾いた。
その先に穴なんてなかったはずだ。しかしボクはその場所から真っ逆さまに落ちていった。
あの空間の外に広がっていたのは、果てしない暗闇。ここは一体どこなんだろう。
空で、満月が、輝いていた。
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