ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.319 )
日時: 2022/10/07 06:13
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rrGGtC6v)

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 姉ちゃんの部屋で過ごしていたら、外が暗くなっていることに気付けなかった。姉ちゃんの話によると、この寮は各部屋にお風呂なんかがあるらしく、共有スペースとやらは団欒部屋だけだそうだ。これは全ての寮がこうなんじゃなくて、これもⅤグループ寮の特殊性なんだって。Ⅱグループ寮とかになってくると部屋の質が上がってお風呂も付いていたりするんだけど、IVグループ寮とⅢグループ寮は他の学校の寮と同じで共有で使うものが多いらしい。だけどこれにもちゃんと理由があって、ⅡグループやⅠグループの生徒は貴族や王族が多く、他人と物を共有して使うことに抵抗がある人が多いからなんだと姉ちゃんは言っていた。ならⅤグループ寮の共有スペースが少ない理由はというと、バケモノ同士の接触を減らすため。納得できるようなできないような。

「ただいま」と言いながら部屋の扉を開ける。寮の部屋の扉は扉に手をかけたときに、それぞれの部屋の主の魔力を認証して鍵が開く仕組みだ。そんな技術があるのかと聞いた直後は驚いた。
 部屋の中は静かだ。イロツキは帰ったのかな。明かりもついていない。見えなくもないけど見えづらいな。
 ボクは魔法で灯りをつけた。違和感があった。なんだろうと考えたかどうかわからないくらいすぐにその正体に気づく。
「ビリキナ、いないの?」
 返事がない。どこに行ったんだろうか。

『いやはや、流石でございます。貴方は二度も精霊を捕まえていてー』

 まさか連れて行かれたのか? それか場所を変えて話したのかもしれない。てっきりここで話していたのだと思ったのに。
『ああ、ここで話したよ』
「わあ! びっくりしたな。あと心の中を読まないでくれる?」

 ビリキナの声は確認できたけど、どこにいるのかはまだわからない。キョロキョロと辺りを見回し首を上に回してようやく見つけた。
「なにしてるの?」
 なにもない空中の、しかもボクの目線よりもはるかに高い場所で停止している。異様な光景だ。本当になにしてるんだ?
『万が一お前が暴走状態で帰ってきたら、オレなんてすぐに死んじまうからな』
「なに言ってんの? ボクが暴走状態ってなんのことだよ。そもそもビリキナは精霊なんだから死なないでしょ」
『精霊だって死ぬときはある。死ぬっつーか消滅だな。世界から外れたり長生きしたり、神が気まぐれを起こしたりしたらあっけなく消えるぜ』
 ビリキナは喋りながら下降をしてきて、机の上に座った。
「え、なにそれ」
 世界から外れたら神によって存在を削除されることは知っている。それは精霊に限ったことではない、世界の共通認識だ。種族によってその線引きは違っていて、それを越えることはなかなかないから前例は少ない。

「気まぐれでも消されるの?」
『安心しろよ、それは精霊だけだ。種族精霊の中のごく一部の、特に神に近い精霊だけ。例外もなくはないけどな。勘違いされちゃ困るから言っとくが、そのことに関して不満はないぜ。オレたちは生まれたときからそう考える存在だ。オレがいま消えたくないのは人間みたいに本能から来る感情じゃなくて、まだやることが残ってるからだ』
「やり残したことでもあるの?」
『すぐにでも死にそうなやつに言うことだろ、それ。お前が暴走さえしなけりゃ少なくともまだ消されねーよ』
 ボクは自然と笑顔になった。ビリキナとこんなふうに話したのは久しぶりだ。なんだか嬉しい。
「元気になったんだね。欠片ほども心配してなかったけど、ずっと暗い顔されてて鬱陶しかったから良かったよ」
 ビリキナは溜め息を吐いた。
『お前ってたまに辛辣になるよな。
 まあ、そうだな、やっと頭の整理ができたよ』
「なんで急におかしくなったの?」
『一言で言えば、お前のせいだ』
「へ?」
 ビリキナの顔には大きく『面倒くさい』と書かれていた。

『知りたきゃ教えてやるよ。オレが許されている範囲でな。知りたいか?』

 考える前に言葉が出た。
「別に。そんなに勿体ぶられたら聞く気なくしちゃったよ」
『空気を読まないやつだな』
 ビリキナは頭をガリガリとかいた。
「ビリキナ自身に興味なんてないし。様子がおかしかったことについてはちょっと気になってたけど、理由が知りたいほどではないかな」
『お前の姉も関係するぞ。いいのか?』
 そろそろお風呂に入ろうかな、それかご飯にしようかな。ビリキナの言葉を聞きながらそんなことを考えていたけど、すぐに消し去りビリキナが座っている机の椅子に座ってビリキナに尋ねた。
「どういうこと?」
 ビリキナはニヤリと笑った。なのに憂いを帯びた不思議な表情だ。見間違いかもしれないけどその微妙な表情の中に、同情によく似た慈しみがこちらを伺い見ていた。

『オレは神に会った』

「それで?」
『驚かないってことは、お前も会ったのか』
「うん。ニオ・セディウムの神々にね」
 ビリキナは少し驚いた顔をした。でも特にボクになにかを尋ねることはなく、続きを話す。
『オレが会ったのは、ディミルフィア神だ』
 なるほどね、ビリキナの言葉の意味がなんとなく分かったよ。この話を聞く気が強くなった。確かこの寮のご飯は自分で取りに行かないといけなくて、その時間も決まっていると聞いた。だからそろそろ行かないと今日のご飯がないかもしれない。そんなのどうでもいい。一晩ご飯を抜いたくらいで人間は死にやしない。
『神から聞いた話はにわかには信じがたかった。精霊であるオレはなにかと神が気まぐれを起こすところを見たことがあったけど、あんなことを告げられたのは初めてだ。しかも誰もいない空間でオレ一人に向かって。なんだと思う?』
 そんなこと聞かれたってわかるわけないだろ。ボクは首を横に振った。

『お前は神になるんだとよ。よかったな、ただの人間が神になるなんて前例のないことだ。喜べよ』

「は?」
 本心からそう言った。なにを言い出すかと思えば。
「ふざけてんの?」
『オレもそう思ったからさっきまであの状態だったんだよ。わかったか』
 ボクは言葉選びに時間を要した。言いたいことはなんとなく理解できた。確かにそんなことを言われたら思考を放棄して頭がおかしくなってしまう。精霊であるビリキナに神の言葉を疑うなんて選択肢は与えられていないだろうから余計に混乱したはず。
「わかったけど、どういうこと? なんでボクが神なんかに」
『神なんかなんて言うな。言葉には気をつけろ』
 ビリキナは見たことがないくらい鋭い目でボクを睨んだ。
「ご、ごめん」
 確かに失言だった、反省。つい最近まで神の存在を信じたことはなかったけど、この目で神を見てしまったいまとなっては神に敬意を払わざるを得ない。
『ったく』
 呆れた色がビリキナの目の中に表れる。
『オレも全てを知ったわけじゃない。そんな権利はないからな。あくまでオレに与えられた役割を果たすにあたって必要なことしか知らされていない。神はどうやらお前の神化を止めたいらしい。引っ張りだこだ、羨ましい限りだよ』
 知らないよ、そんなの。引っ張りだこ?
 むっとしてビリキナを見ると、ビリキナはふっと笑った。
『なんて顔してんだよ、事実だろ。ほとんどの干渉をやめた神に存在を認識されるなんて光栄なことだ。
 でも同情するよ、神々の都合に振り回されるんだからな。お前はなにも悪くない、誰も悪くない。お前は道を踏み外したんじゃなくそうさせられた被害者だ』
 ビリキナが浮かべる、楽しい感情から来るものじゃない作られた微笑とその中に見える慈愛の色に既視感があった。

「姉ちゃん?」

 ビリキナは表情を崩して変な顔をした。苦虫を噛んだみたいなバツの悪そうな顔。
『オレの中にあの方が見えたのか。オレも元はあの方に作られた身だからあの方の一部が残ってるのかもな。知ってるか? 闇の隷属の種族の全てがニオ・セディウムの神々に作られたわけじゃないんだぜ』
「あの方って、姉ちゃんのこと? 姉ちゃんは神なの?」
 ビリキナの言葉の後半は意識に入れずに問う。言葉を被せて半ば強引に言ったので、ビリキナは不快そうに口をひん曲げながら答えた。
『そうとも言えるし、違うとも言える。実質的にはそうだし、厳密には違う。花園日向は神ではなく正真正銘人間であり天陽族であり、お前の姉だ』
「どういうこと?」
『オレはあの方につく。お前はもう救われない。これは結論であり、神が組み立てた物語の順序だ。抗うことはできない。それでもオレはあの方の望むように動く。しかしこれはオレの意思ではなく既に決められていたオレの使命だ』
「ちょっと、答えてよ!」
『いいか、何度でも言ってやる。お前はもう救われない。なにもかもが遅すぎた。経緯や理由はどうあれお前が犯した罪は間違いなくお前の罪だ。神はお前の贖罪をご所望であり、オレもそれに従う。お前の意思は関係ない。この地に生きる我々は神に逆らうことは許されない』
 ビリキナは立ち上がり、机の上に置いていた鞄に近づいた。
『オレはお前の罪に巻き込まれたくない。だけど、オレの意思は無視される。とことんお前とお前の運命と、お前の罪に付き合ってやるよ』
 鞄を開けて中に入り、最後にボクを見て言った。
『神は気まぐれだ。気に入られる行動をしていれば、もしかしたら助かるかもな』
 鞄がパタンと閉まる乾いた音が部屋全体に広がってから、ボクはぽつりと呟いた。
「なんだそれ」

 結局なにもわからなかった。ビリキナの言葉だけを考えると。だけどいままでに起こったことを思い返して整頓すると答えに近いものにたどり着ける気がする。もっと情報が集まれば、きっと。ビリキナからはもう情報は得られない。次は誰を当たろうか。確か東蘭もスナタも寮暮らしだったよね。やろうと思えばいつでも聞きに行けるか。とりあえず近いうちに図書館に行こう。あそこにもまだ謎があるはず。今日はもう寝てしまいたい。お風呂に入って歯磨きもして。疲れた。なんだか疲れた。ベッドの寝心地はどうだろうか。たとえ悪くてもこの眠気なら床でだって寝られる気がする。

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