ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.320 )
日時: 2022/10/07 12:47
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: Cnpfq3rr)

 12

 Ⅴグループ寮に移動してきて数日が経過した。ご飯は決められた時間内に取りに行かないといけないって話だったけど、別に取りに行かなくてもしばらくすると部屋の扉の前に置かれることがわかった。ネイブから嫌味とかも言われないし、面倒なのであまり取りに行くことはない。取りに行ったとしても鉢合わせるのはゼノくらいで他の人はあまり見ない。自室に引きこもっているのはボクだけじゃないみたいだ。Ⅴグループの生徒なんてみんなそんなもんか。
 この数日間で外の世界にも動きがあった。カツェランフォートの標的が大陸ファーストからバケガクに変わるかもしれないらしい。大陸ファーストとの戦争が全く進展しないそうで、その原因はこの間の一件にある。大陸ファースト全土が炎に包まれたあの後、花園家と東家は完全に消えてしまった。しかしそれが幸いし六大家(今は四大家だろうか)が連携して、カツェランフォートの攻撃を防いでいるんだとか。六大家の和を乱していたのはあの二家だったからなくなってよかったんだ。他大陸の女を家に入れた二家を他の四家は認めず、六大家は内部分裂状態だった。

『おい、そろそろ出かけろよ。いつまで引きこもってるつもりだ?』
 なにをするでもなくぼーっとしていると、ビリキナにそう声をかけられた。そういえば、全然外出してないな。
「出かけるって、どこに?」
 行きたいところなんて特にない。
『図書館だよ。ほら、さっさと行け』
「ちょ、ちょっと押さないでよ。どうしたの?」
 若干の焦りも見えるビリキナに聞くと、抑え気味な声で叱責された。
『本当ならもっと早くに行く予定だったんだ。なんならこっちにきた翌日でもいいくらいだった。それがなんだ、もうすぐで一週間経つじゃないか!』
 何が悪いんだ。することもないしやる気も起きなかったんだって。
『怠惰なやつだな。そのうちお前が悪魔にとりつかれるんじゃねえの?』
 ああ、怠惰を司る七つの大罪の悪魔もいるんだっけ。あと、勝手に心の中を読むの辞めてくれないかな。
『んなことはどうでもいいんだよ、早く行け! ゼノイダとかいうやつが起きる前に寮を出るぞ!』
「ん、なんで?」
 ゼノが起きると何かまずいことでもあるの? ゼノは図書館が好きだから、なんなら一緒に行こうと考えてたんだけど。ゼノからも「寮を出るときは私も行きたいから誘ってね」ってこの間言われたし。
 ビリキナは眉間にしわを寄せてぽそっと一言。
『いろいろあんだよ』
 それだけ言われた。いろいろって何だよ。

『わかった。行くよ』

 ボクが言った言葉を聞いて、ビリキナは満足そうだった。
 最近、考えるよりも先に声が出ることが多い気がする。

 ビリキナがしつこく急かすのできちんと支度を整えられないままに部屋を出る。部屋から出てすぐに異変に気づいた。霧が立ち込めている。なんだこれ。建物の中でも霧って出るんだ。それかどこかの部屋で誰かが変なことしてるのかな。
『チッ』
 ビリキナが舌打ちした。
『おい、さっさと行くぞ。歩け』
「いちいち命令口調なのどうにかならないの?」
『他の住民が起きるかもしれないからお前はしゃべるな』
「あー、はいはい」
 話を聞いてるのかな。見るからにそれどころじゃないって顔だけど、何をそんなに焦っているんだ。
 霧の色は真っ白だ。この黒い寮内でもそう見えるのだから随分濃い霧だ。どこから発生してるんだ? 霧のせいなのかいつもより階段までの距離が遠い気がする。錯覚かな。前がよく見えない。無事に階段にたどり着けても階段を見つけられずに落っこちてしまうかも。
『かなり強い結界だな、なかなか破れねえ』
 ビリキナが呟いた。結界? 何のことだろう。この霧って結界なの? だったらなんで歩かせたんだ、意味がわからない。まあこの外出自体ビリキナが言い出したことだし、言う通りにしておこう。後から怒られても面倒なだけだ。それにしても遠いな、今ボクはどこを歩いているんだ?

 突然、ぐいと手を引かれた。白い霧から出てきた白い手に左手を掴まれた。ひんやりとした心地の良い冷たさに身を委ね、手を引かれるがままに足を踏み出すと、ざわざわと寒風が森の木々の葉を揺らす音が耳に飛び込んできた。そこで気づく。霧の中では音が全くしていなかった。そしてそれに気づいた瞬間、キーンと耳鳴りがした。不快感のせいで無意識にしかめっ面になるのを感じながら自分の状況を確認する。ボクは寮の外にいた。どうやらボクは階段を降りて玄関の扉を抜けて、いつの間にか外に出ていたらしい。そんな馬鹿な。でも事実だからしょうがない。
「大丈夫?」
 白い手の主はボクに尋ねる。なのでボクは姉ちゃんに笑顔を見せた。
「うん、平気だよ!」
 少し頭は痛いけど、それだけだ。耳鳴りだってすぐに治まるはず。大丈夫、大丈夫。
「そう」
 今はまだ太陽が登り切ってから時間は経っていない。なんでこんな時間に姉ちゃんはここにいるんだろう。制服を着ているけど、寮の敷地から出るつもりはないんだろう。だってネクタイをつけていない。姉ちゃんは元々休日も制服を着る人だ。
「図書館?」
 対してボクはネクタイを締めてブレザーも着ている。ボクはちゃんとした私服を持っているし、当然そのことは姉ちゃんも知っていることなので、ボクが出掛けようとしていることは一目瞭然なんだろう。
「なんでわかったの?」
 だとしても行先まではわからないはずだ。
「分からなかったから確認した」
 うーん、なるほど?

「送ってあげようか?」
「送るって?」
「転移」
「あっ、そっか。でもいいの?」
「問題ない」
「じゃあお願いしたいな」
「わかった」

 あの黒い馬車が移動手段なのはわかるけど、どこに行けば使えるのかわかんないから実はどうしようか悩んでたんだよね。帰りはまた馬車庫に行けばいいのかな。
 そんなことを考えていたら足元に青白い光を放つ魔法陣が展開された。『真っ黒に染まった』姉ちゃんの両腕がボクに向かって突き出されている。

 ボクの腕の黒はこんなにも醜いのに、姉ちゃんは黒にまみれてもなお美しいんだな。

 なぜ姉ちゃんが黒にまみれているのか。その時のボクはそんな簡単な疑問を思いつきすらしなかった。いま思えば、本当に狂っていたんだろう。

 転移が終わった。自分がいまいる場所が把握出来なくて数回瞬きをする。姉ちゃんはボクが図書館に行くということを知っていたから、ここは図書館のはず。ボクはてっきり図書館の入口の前、つまり外に出ると思っていたんだけど、どうやらここは建物の中らしい。図書館の中かな、それにしても見覚えがない。ゼノを何度か迎えに来たことがあるから図書館の内装はある程度頭に入っているはずなんだけど。
 ちょっと考えてから気付く。ここは図書館の最上階だ。道理ですぐにピンと来なかったわけだ。ボクは初めて図書館の最上階に来た。いや、正しくは二度目か。『本を読む』ことが目的で来たのは初めてだ。姉ちゃんはボクがなにを調べに来たのかもわかっていたのか?

「こ、こんにちは」
 以前のことがあったからか、ボクは目の前の小さな老人に対面して緊張した。けれど老人──番人さんはボクを見て、穏やかに笑った。
「やあ。初めてのお客さんかな。こんにちは」
 そうか、確かあのときはボクの肉体を持った姿は見ていなかったから、わからないのか。
「閲覧利用かな?」
「はい。お願いします」
 番人さんはがさごそと受付台を探った。それをしながら、ボクに問いかける。
「君に会えるとは思っていなかったよ。花園朝日」
 それはさっきの話し方とは違う、重い威圧感のあるものだった。あまりに唐突で、思わずボクの身体は強ばる。
「私は君に忠告をしたね。このままだといつか身を滅ぼす、と。だけどそれは間違いだった。君が身を滅ぼすことは神が望む未来らしい。ならば私は、もう何も言うまい。哀れな子よ」
「かみ……?」

 この人(本当に人なのかはさておき)は何を言っているんだろう。神が望む未来? ボクが身を滅ぼすことが? そんなわけはないだろう。根拠はないけど、常識的に考えて。それとも、まさか。
 ボクは頭の中で渦巻く仮説を思い出し、ごくんと唾を飲み込んだ。

「これが閲覧者用の鍵だよ。これであの扉を開けて、入ったら中から鍵を閉めてね。持ち出し、貸し出しは出来ないから注意するように。中にある書物はどれも、歴史的にも文化的にも貴重なものばかりだ。慎重に扱うこと。唯一無二のものだってあるからね」

 受付台の隅に置かれてある注意書きの一部を口頭でも伝えられた。ボクははいと頷いて、鍵を受け取った。鍵は想像通り重かった。鍵にしては重量の大きいそれを手の平に受けると、ボクはぺこっとおじぎをしてから扉へと向かった。

 体の大きな種族でも入れるようにするためか、扉はかなり大きかった。ボクが小さいというのもあるのかな。鎖が何本も巡らされ、その中心部に南京錠がある。位置が高い。南京錠が遠い。
 そう。ボクは小さい。背が低いから、届かないのだ。背伸びをしても、指の先で南京錠に触れることすら出来ない。どうしよう。この鍵って魔法使ってもいいのかな。魔法を使うと崩れたり壊れたり錆びたりする物も存在するからわからない。
 ボクが唸っていると、ふと、鍵が手から離れた。ボクの声が喉から発されるよりも早く、鍵は南京錠に吸い込まれる。かちゃりと心地よい音が小さく響き、南京錠は鎖を全て取り込み、そのままそこに静止する。そしてまた、ボクの手に鍵がぽとりと落ちた。なるほど、そもそも鍵が魔道具だったのか。それもそうか。ボクより小さい種族が利用することも想定に入れてるはずだし。
 南京錠はその場に留まり続けるらしい。だからボクはそれを放置して中に入る。鍵を閉めるように、と言われたけど、中の鍵は勝手に掛かった。

 13 >>321