ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.321 )
- 日時: 2022/08/31 08:35
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: yZSu8Yxd)
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さて。
ここに来てみたはいいけど、なにから調べてみようかな。まずは神話を読んでみようか。そういえば、キメラセル神話伝の内容はかなり頭に入っているけれど、ニオ・セディウム神話伝はほとんど知らない。最高神テネヴィウス神がいて、その下にコラクフロァテ神を始めとする五帝がいて、さらにその下に多くの神がいて……その程度しか知らないな。まあ、とりあえずキメラセル神話伝を探そう。たぶんある。[黒大陸]以外の全世界の共通語はディミラギア語だし、この学園の共通語もディミラギア語だ。もしキメラセル神話伝がなかったら確実にニオ・セディウム神話伝はあるだろうし、それならそれで問題ない。
やることをはっきりさせて一度思考を停止すると、あることに気がついた。
あれ、ビリキナはどこに行ったんだ?
いつからはぐれたんだっけ。記憶を辿ると、そうだ、姉ちゃんに転移してもらったときから既にビリキナはいなかった。きっとあの霧の中ではぐれたんだ。気づかなかった。興味ないしね。まあ、あれでも精霊だしきっと大丈夫でしょ。帰ったらどうせケロッとした顔で部屋にいるんだ。そしてなんでオレを置いて行ったんだとか、また文句言われるんだ。ああ面倒くさい。
結局あの霧はなんだったんだろう。ビリキナは結界とか言ってたっけ。なんで寮の中に結界が張ってあるんだ。しかもボクの部屋の前に。興味があるとまでは言わないけど、気になるな、ボクに当てられたあの部屋は特殊なⅤグループ寮の中でもさらに特殊な部屋らしいし、もしかしたらそれと関係があるのかもしれない。
後のことは後で考えよう。今のことは今考えるべきだ。せっかくこの図書館の四階に来たんだ、ここじゃないと出来ないことなんて山ほどある。それに、あの予言のこともあるしね。まさかビリキナがあんなに図書館に行きたがっていた──というよりも、ボクを図書館に行かせたがっていたのにはあの予言と関係があるのか?
ボクは頭を横に振った。とにかく今は本を探そう。ここに来た目的を果たすのが先だ。考えるのはいつでもできる。今考えたってわからないことだ。考えてもわからないことをいつまでも考えているのは時間の無駄でしかない。
探し始めてからしばらくして、ようやく目当てのものを見つけられた。まただ。またボクの手が届かない場所にある。首を痛めそうなくらい見上げないと視界に入らない。高過ぎだろ。
きょろきょろと周囲を見回して、脚立を探す。少なくとも近くにはない。どうしたものかと考えてから、本に向かって手を伸ばした。もちろん届かない。そんなことわかってる。
「来い」
ぼそっと呟くと、複数あるキメラセル神話伝の本のうちの一冊が本棚からそろりと出た。ふわりふわりと落ちてきて、ボクの腕の中に収まる。片手で受け止められるかなと思ったけど、無理そうだった。
脚立はないけど、椅子ならある。ボクは本を抱えた体勢のまま一番近くの椅子まで歩き、どさっと座った。そして一度目を閉じて、考えていたこと、調べたいことを頭の中で整理する。
姉ちゃんには親しい人が三人、三人だけいる。思い返してみれば、不思議で、不可思議で、奇妙な関係だ。東蘭はまだわかる。というより、東蘭だけは自然な関係だと思う。同じ天陽族だし、花園家と並ぶ『六大家』の一つ、東家の長男だし。性格もどことなく似てる気がする。達観してるというか、無欲というか。
笹木野龍馬やスナタは、まず接点からわからない。スナタは他大陸の[ナームンフォンギ]の出身だし、笹木野龍馬なんか怪物族だ。姉ちゃんや東蘭が種族や出身で個人を計らないことは知っているけど、同時に同種族であっても人と関係を持とうとしないあの二人がなんの繋がりもない人(人ではないけど)と関係を持つこと自体が奇妙だ。あの二人はそう簡単に他人に心を開かないし、はっきり言って心を開くまで待ってもらえるような人間性は持っていない。
それに、どうしても気になる。いままではそれが当たり前だと思っていて、それが当然だと思っていた。思い込んでいた。だけど一度引いて見て、『ボク』以外の視点に立ったつもりで見てみると、明らかに不自然なことがある。
どうして姉ちゃんは、白と黒の魔法が使えるんだ?
だって、おかしいじゃないか。この地に生きる生物は、白か黒のどちらかの魔法しか『使えない』と、『神によって』『定められている』んだから。
そう、『この世に生きる生物』ならば。
では、『この世に生きない生物』ならば?
そんな仮説がボクの頭の中にふと芽吹いた。この世に生きない生物。例えば、神。そう。神ならばどうだろう。神界ならいわゆるあの世にあたる。ああ、ほら、いるじゃないか。白と黒の魔法を使える、司る、神が。思考が飛躍しているという自覚はある。でも、じゃあ、他に何があると言うんだ? 答えは一つ。何もない。だって、姉ちゃんがあの神だとすれば、本当にそうであるとするならば、全ての説明がつく。姉ちゃんが白と黒の魔法を使える理由。『姉ちゃんが』笹木野龍馬と関係を持った理由。姉ちゃんが──白眼である理由。
キメラセル神話伝の本を開く。そこには、こう記されてあった。
『ディミルフィア神は太陽の光が染み込んだような眩い金糸の髪に、快晴の空を封じこめたような青眼を宿す、この世の何よりも美しい神であった』
金髪に青眼という外見の特徴は、有名なものだと天使族に見られるものだ。ディミルフィアが美しさの頂点として自分を基準としたときに、自分に近い外見を持った者を美しい者と定め、天使を作るときに自身に近い見た目をさせて作ったのだと思っていた。姉ちゃんが金髪で青眼なのは、ただの偶然だと思っていた。たまたま金髪の一族である天陽族に生まれ、たまたま母親が他種族の青眼の一族で、たまたま魔力が強い家系である花園家に生まれたのだと、そう思っていた。でも、本当にそうだとすれば、『あまりにも偶然が重なり過ぎではないだろうか』。
金髪に青眼というのは、実はそんなに多くない。金髪というものは大陸ファーストの民にしかない髪色で、大陸ファーストの中で一番多い天陽族の瞳の色は基本的には暖色だ。そして他の種族でも、緑とか紫とか、ほんの少数だけど銀とか。『青』はなぜか、あまりいない。
姉ちゃんはこう言っていた。
『私はその昔、とても大きな魔法を使った』
『私はその魔法を使ったことにより、片目の色素を構成する分の魔力を失ったの』
と。この言葉を説明出来る、疑問がある。
『なぜ神が、この世の生物としてこの世に存在している?』
姉ちゃんだけじゃない。笹木野龍馬だってそうだ。なぜ神が、人間として、吸血鬼として、この世界にいるんだ?
こう考えることは出来ないだろうか。神を種族だと考えて、神から人間に、神から吸血鬼に、『種族を変えたのだ』と。もちろんそんなことは出来ない。難しいのではなく、出来ない。本で読んだだけの知識だけど、どうにかこれを成し得られないかと取り組んだ研究者がことごとく失敗に終わった。そして結論を出した。『不可能である』『これは我々が手を出していい領域ではない』『神に対する冒涜だ』『神に対する反逆だ』。
『これは禁忌の術である』、と。
神への冒涜。確かにそうかもしれない。我々を生み出したのは神であり、神が定めた生まれながらの種族を変更するという行為は神に逆らう行為となるのだろう。では、神という種族は誰が定めたのだろうか。神と呼び始めたのは他でもない我々ではないのか? 神が定めた種族に名前をつけたのは我々ではないのか? いや、そんなことはどうでもいい。とにかくボクが気になることは、『神が自身から神という名を剥奪する行為も禁忌となるのではないか』ということだ。これの答えを仮に肯定とおいたとき、謎を解く糸口が見えるのではないだろうか。
ボクはさらに本に目を通す。すると、こんな文が見える。
『ディミルフィア神の弟神である太陽神、ヘリアンダー神は、審判を司る法の神である』
火と光、そして太陽がヘリアンダーを象徴するものだ。一部地域では生と死を司る死神として恐れられているそうな。
…………。
あと一人。でも、それらしい神は見つからない。思えば、あいつはある意味異質だった。姉ちゃんでもない、あいつでもないあいつでもない。あいつはある意味、あの四人の中で特殊だった。なぜならば──
「こんにちは、朝日くん。何か調べ物?」
突然ボクに掛けられた女の声に驚いて、大きく肩が跳ねた。
声も出さずに振り向くと、そこには、スナタがいた。
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