ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.328 )
- 日時: 2022/08/31 09:46
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: GbYMs.3e)
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姉ちゃんに言われた一週間後の日になった。
学園長室に呼び出されるなんて一体どうしたんだろう。全く思い当たる節がない。いや、全くは言い過ぎか。だけど今更呼び出されたりするかな。あの出来事から数ヶ月は経過している。
思い出しているのは真白のこと。もちろんリンやじいちゃんのこともあるけど、それらは学園が首を突っ込んでくることではない。だからもしあるとしたらそのことかなと思うんだけど、うーん。
「やあ、よく来たね、待っていたよ」
姉ちゃんが学園長室の扉を開けると、すぐ側に立っていた学園長がにこやかに出迎えた。学園長は高身長で、姉ちゃんの後ろに立っていることもあって部屋の中はよく見えない。誰かの気配がする。誰だろう。
ボクの左手が掴まれた。見ると、姉ちゃんの冷たい右手が包む形でボクの手を掴んでいた。込められる力は優しいけれど、絶対に離さないという強い意志を感じる。どうしたのだろうと頭に疑問符を浮かべるがそれに対する答えが返ってくることはなかった。姉ちゃんの考えていることを知らないままに部屋に入る。中にいるのは担任のロアリーナ先生かな、それともどこかの大陸の役人かな。
幸か不幸かボクが思い浮かべていた誰でもなかった。そこにいたのはボクの知らないやつらだった。
老いぼれた女性と二匹の猫。目の前の光景が理解出来ずに固まった。猫はとりあえず女性の使い魔だとして、女性は何者だ? 教師だとしてもあんな先生は見たことないし、役人だとしたらもっと若いはずだ。そりゃ歳をとってからも働く人はいるし、なんならじいちゃんもそうだったけど、でもこの女性は違う気がする。根拠はない、ただの勘だ。
「さあさあ、そんなところに突っ立ってないでこっちにおいで」
学園長が誘導したのは女性が座っている長椅子の、机を挟んだ向かい側。学園長は会話の意思がないのか奥の仕事机に腰掛けた。なにがなんだかわからないけれど、とにかく相手の出方を見てればいいのかな。
そう結論を出して黙っていると、大声で怒鳴られた。
「なにか言うことがあるんじゃないの、花園朝日?!」
びっくりした。ボクの名前を知っているのか。なんで? 一体誰なんだ? 言うことがあるってなんだよ、たとえあったとしても開口一番に怒鳴ってくるやつに言う言葉はない。
「モナ、お、落ち着くニャ」
「落ち着けるわけないでしょう? 夢に出てきたことだってあるのよ!? この! ましろの! 仇が!」
真白?
「気持ちはわかるニャ! でもまだダメニャ、耐えるニャ!」
毛を逆立ててボクを威嚇する白猫と、それを止める黒猫、二匹を黙って見つめる女性は、ボクに用があってきたんだろうけど肝心の用件がわからない。そろそろ教えてくれないかな。面倒くさいしさっさと終わらせたいんだけど。
「モナ、いいかげんにしなさい」
女性が口を開いた。穏やかであると同時に空気が痺れるような凄みのある声だった。モナという名前らしい猫もビクッと身体を震わせ、殺気まで感じられたとげとげしい雰囲気も収まり、おとなしくなった。女性はさっきの一言以外なにも言わない。しばらくすると先程とは打って変わって落ち着いた口調で白猫は言った。
「ワタシはモナ。こっちの黒猫はキド。そしてこちらの方はアニア様。ワタシたちはましろの──家族です」
ふーん、それで、どうしたんだろう。
「自分が手にかけた人の遺族と聞いても顔色一つ変えないのね、この悪魔」
心外だな。ボクは人間から生まれたれっきとした人間だ。勝手に種族を変えないでほしい。それにボクが直接真白を殺したんじゃないし。濡れ衣だ、不愉快極まりない。
「どうしてワタシたちがここにいるかわかる?」
えっと、答えたらいいのかな。なんて答えるのが正解だろう。
やっぱり、正直なのが一番だよね。
「いいえ」
モナはギリ、と歯を食いしばった。
「ある日、ましろが家に帰ってこなかった。思えばあの日のましろは変だった。いつもは上手く飛べないほうきに軽々と乗っていたわ。もっと遡ればそれより前からおかしなところがあった。ましろが契約していた精霊であるナギーが失踪したり、ましろの母親が訪ねてきたり。不思議なことが起こった時期と被ってましろの口からよく出てくる名前があった。
それがお前だ、花園朝日」
うんうん、なるほど、やっぱり関わっていた時期と事件が起こったときが近いと怪しまれるよね。予想していたよりも真白が早く堕ちたから身を引くタイミングを見誤ったんだよな。
「最初はお前がましろを殺したなんて思っていなかった。なにか知っているんじゃないかって、それだけだった。だけどいざ話を聞きに学園を訪れたら理由の説明もなく『花園朝日との面会は後日にしてください』なんて! こっちは真実を知ろうと必死なのよ!? 学園も共謀して、お前がましろを殺したに違いないわ!」
「それは聞き捨てならないなあ」
学園長が声を出した。
「精霊様は名誉毀損という言葉を知っているかい? 世間知らずは知らないかもしれないけど、立派な不敬だよ。自分が誰に話しているのかわかっているのかな」
学園長が言い終えると隣から負の気配を感じた。姉ちゃんだ。怒りの矛先を学園長に向けて睨んでいる。学園長は肩をすくめた。
「失礼、朝日くんの処遇はまだ決定ではなかったね。失言だったよ」
ボクと一緒に置いてけぼりになっているモナがむっとした様子を崩さないまま、学園長に問いかける。
「どういうこと?」
「言葉の通りさ、君たちは精霊だというだけでなにをしても許されると勘違いしているのではないかい? 精霊は天使と並ぶ高位種族だけど、更に上位の存在はごろごろいるよ。例えば私とかね」
え?
学園長の言葉に驚き、思わず学園長を凝視する。
いやいや、精霊はこの世界における最高位種族の一つだぞ? 精霊より高位の種族って言ったらそれこそ神しかいない。どういうことだ、学園長が神? そんなわけないよね。もしそうならなんで神が学園長なんかやってるんだよ。
「自分が神だとでも言いたいの? それこそ神に対する不敬よ。あなたからは神としてのオーラを感じないわ。あなたなんかが神なわけない。精霊であるワタシたちが神であるかどうか見誤るわけがないわ!」
モナの叫びを笑い飛ばし、学園長は言葉をかけた。
「私が神だなんていつ言った。私が神であるわけないだろう。さて、私に構っていていいのかい? 君たちが用のあるのは私ではなく朝日くんだろう?」
モナは悔しそうに学園長を見た。
「あとで話は聞かせてもらうわよ」
「いいよ、むしろ好都合だ。
違うか、都合のいいように神に操られているんだね」
学園長の意味深な発言にモナは眉をひそめたが、無視してボクに視線を戻した。
「ワタシたちは真実が知りたい。なんでましろなの? なんの目的でどうやってましろを殺したの? ましろが悪魔化するなんてあり得ないもの。精霊の力と悪魔の力は相反する。一体どうして?!」
真白って精霊だったのか、こいつの発言からしてそうだよな、へー。
ってのんきに考察している場合じゃない! なんて答えるなんて答える? ごまかさなきゃごまかさなきゃ、どこからどうやって?
「ボクはなにも知らない」
全て知らないわけではないけど、嘘ではない。なんで真白かなんてボクだって知らない。ジョーカーに言われてやっただけなんだから。何の目的でってのも知らないよ。どうやってしか答えられない。
「なにふざけたこと言ってるの?」
「答えようがないよ、本当に知らないんだから。ボクが真白を殺したんじゃないよ」
「じゃあ、誰が殺したって言うの? いいから知ってることも全部言いなさいよ!」
「だから知ってることなんて」
知らないと言ってるのに。嘘じゃないのに。この理不尽に涙が出てきた。どうせ泣いて許されるとでも思ってるのかとか言われるんだ。許されたくて泣くんじゃないし泣きたくて泣いてるんじゃないよ。ボクはそんなに器用じゃない。
「泣いてないで答えなさい!」
ああ、ほら。そんな風に言われたら余計に声が出なくなる。息が詰まって視界すらも濁って見える。
右手が急速に熱を帯び、すぐに冷えた。元の温度よりも大きく下回る冷たさに心が落ち着く。心臓も魂も魔力も凍りつきそうな感覚に陥り、どこかから破壊衝動が顔を出してきた。
右腕がむずむずする。
「朝日」
姉ちゃんの声がして、ふと右手が温かくなった。姉ちゃんがボクの右手を握っている。姉ちゃんよりも冷たくなった右腕が徐々に人間らしさの取り戻し、自分じゃないみたいな強い情動も収まった。感覚を失ったはずの腕が伝えた姉ちゃんの温もりは、もしかしたら偽物なのかもしれないな。
それでもいい。偽物だったとしてもボクは、愛を知っていたい。
「落ち着いて、話して」
姉ちゃんはボクを見ていたが、そこに映るのは虚無だった。いや、ボクが姉ちゃんの瞳の中に、虚無を見ているのかもしれないな。
「いいえ、花園朝日に話をする気がないのならもういいわ。ワタシたちは真実さえ知ればいいの。代わりに話せる人はいないの? あなたとか」
モナが姉ちゃんに尋ねる。思ったけど、なんでこいつはタメ口で話してるんだ。図々しいな。
「朝日が言わなきゃ意味がない」
姉ちゃんは至極落ち着いた声で淡々と告げる。
「確かにワタシは知っている。しかしあなたたちにそれを教える義理も意味も持ち合わせていない。真白のことは私にも責任がある。ただそれに対するあなたたちへの罪悪感は一切持ち合わせていない」
姉ちゃんは徹底して無表情で、それがモナの神経をさかなでしたらしい。モナは猫のくせに般若のお面をつけたみたいな顔をした。
「モナ、落ち着くニャ」
キドが言った。
「まずはこっちの事情を話すのが先ニャ。真っ白がいなくなって辛いのは分かるニャ。だからこそ、ちゃんと話をしないといけないのニャ」
そして、ボクを見てぺこりと頭を下げた。
「ぼくたちの話を聞いてほしいニャ。それで、知ってることを教えて欲しいのニャ」
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