ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.329 )
- 日時: 2022/09/01 06:54
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /JJVWoad)
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キドはゆっくりと話し始めた。真白のことなんて興味ないけど、これは聞かなきゃいけない空気だ。あー、やだやだ。
「ぼくとモナはましろの守護精霊ニャ。ましろは精霊士の家系に生まれた女の子ニャ」
え、そうだったんだ。
ボクはキドの言葉を聞いて驚いた。
前に精霊について調べていたときに、精霊士という職業のことも目にしたことがある。
個人が使える魔法は遺伝に大きく左右されるが適正のない魔法が全く使えないということはない。そもそも魔法は白と黒、その二つから生まれたものだ。属性という点で越えられないのは白と黒の壁であり、火や水などの壁は決して越えられないということはない。向いてるか向いていないかがあるだけだ。
ただし精霊士が使う精霊術は違う。生まれながらに使えるか、使えないかがはっきりと決められている。それはそもそも魔法と精霊術は全くの別物として世界に登録されているからだ。魔法使いが持っている遺伝子と精霊士が持っている遺伝子とは明らかな違いがある。精霊術はそれを使って世界に異変をもたらすというものではなく自身の体を使って妖精界と魔法界の架け橋を作るというものだ。
「ましろが生まれた家は、最後の精霊士のルーツを持つ家ニャ。精霊士が絶滅しかけているのは知っているニャ?」
力を遺伝子に頼るしかない精霊士は元々の数が少なかった。そして、その遺伝子を正常に受け継げられないことだってある。精霊士は年々数を減らしていき、とうとう絶滅の危機に瀕した。
「うん、知ってるよ」
「そうかニャ」
キドは悲しそうに顔を伏せた。悪いけど、演技にしか見えないよ。嫌悪感が顔に出ないように気をつけながら、ボクはキドの言葉に耳を傾ける。
「ましろは実の家族に捨てられた女の子ニャ」
「ああ、そう」
心の中で思っていたつもりだけど、間違えて口に出してしまった。キドの、いまの言葉で同情を引こうという意志が透けて見えて腹が立ってしまった。同情なんてしないよ。あいにくそんな感情は持ち合わせていないからね。ボクはボクが一番可哀想だと思っている。誰だって心のどこかではみんなそう思ってるんじゃないかな。ずっとじゃなくてもそういう時期があったのは確かだと思うよ。
違う、ボクは可哀想なんかじゃない。認めようよ、ボクはかわいそうだよ。うるさい、うるさい。
かわいそうなボクに誰かを哀れむ余裕なんてないんだよ。
「その理由は、ましろの家族がましろの精霊士の才能を見つけられなかったからニャ。絶滅という危機に追い詰められた精霊士たちは赤子を選別するという習慣を覚えてしまったのニャ」
ボクの態度に疑問を持った表情をしつつも、キドは言葉を続ける。
「精霊士が思う優秀な精霊士が、ましろの生まれた家には既にいたのニャ。でもぼくたち精霊にとってより優秀な精霊士の素質があったのはましろだったニャ。ましろは魔法を使うのに向いていなかっただけで、本来の精霊術である魔法界と妖精界の架け橋となる媒体の素質はずば抜けていたニャ。その証拠に、ぼくたちがいるんだニャ」
時間が経てばどんな真実もねじまがる。精霊術と魔法は違うものだ、しかしそう思わない人の方が多い。精霊術にも魔法と似た面があるからだ。魔法も精霊術も精霊の力が関与するという点では共通している。精霊を呼び出すことで魔法に似た術を使うというものも精霊術に含まれ、人々はこれを魔法と勘違いしたとボクが読んだ本には書かれていた。実際他の本を読んだときも精霊術と魔法は元は同じものであると記されているものが多かった。ボクが精霊術と魔法の違いを知っていて精霊士が知らないというのは一見おかしな話に聞こえるかもしれないが、真実と信じているものを改めて調べようとはしないだろう。そういうことだ。
「証拠?」
ボクが言うと、キドは大きく頷いた。
「本来精霊は妖精界以外で実体を持つことはできないのニャ。でもそれには例外があって、精霊士の力を借りて実体を作り出してもらうことができるんだニャ。ただ精霊の実体を外の世界に作り出す精霊術は数多くある精霊術の中でも最も難しく最も力を必要とする精霊術の一つニャ。術者がなかなかいないんだニャ」
そうだろうね。つまり無から有を作り出すということなんだから。それは神の所行だ、神の真似事だ。魂という情報があるからこそ人でもできるというだけで。
「だけどそれを可能にするだけの力をましろは生まれながらにして持っていたのニャ」
ボクは本で得た知識しかないからそれがどれだけ凄いことだかはわからない。キドの話からしてすごいんだろうなと客観的に判断するしかない。
「ぼくたち精霊にとってましろは失えない存在だニャ。守護精霊であるぼくたちとアニア様はましろの力を借りてこの魔法界に来たんだニャ。捨てられたましろを救うために」
「強制的に?」
ボクは尋ねた。
真白からそんな話は聞いたことがない。猫がいることもおばあさんと一緒に暮らしていることも知っていたけど。つまりこいつらはましろに真実を隠していたということ。真白の力を借りて、なんて言っているけど要するに真白の同意を得ずに勝手に力を使ったってことだ。それは借りたんじゃなくて奪ったってことだ。
偽善者は嫌いだ。
「それは!」
キドは言い返そうとしたけど言葉が見つからないらしい。はは、図星か。やっぱりね。
『精霊ともあろう者が守護対象に負担をかけるなんて不甲斐ないな』
ボクが言うとキドは目を丸くした。モナも同じ顔をしてるし、なんなら老婆も口を押さえている。横でがたっと音がして姉ちゃんが言葉を発した。
「朝日、まさか」
「おやおやおや、まさか朝日君は本当に神に──」
愉快と言わんばかりにそう叫ぶ学園長の声が破壊音にかき消された。見ると学園長室の壁に学園長が刺さっている。なにしてるんだ。
「いっ、たたた、酷いなぁ。事実じゃないか。そろそろ認めなよ」
壁から身体を引き抜きながら訴える。
「うるさい!」
姉ちゃんが一喝すると学園長は肩をすくめた。
「はいはい、悪かったよ」
なにを話しているんだ? 姉ちゃんに訊こうと口を開く直前、老婆に言われた。
「貴方は、ああ、そうだったのですね……」
勝手に納得されても困る。老婆は絶望して額に手を当てた。
「貴方は、いえ貴方様は、神として愚かなワタシたちに罰をお与えになったのですね」
「は?」
心の底からの本心だ。わけのわからないことを言わないでほしい。説明をしろよ説明を。
「お許しください、我らが神よ。罪を償うためならばどんなことでもいたしましょう」
「ちょ、ちょっと、まってまって! なんのこと?」
「どうして気づかなかったのでしょう。貴方様から感じるオーラはまさしく神のもの」
ボクの言葉が届いていないのか、老婆は言葉を切らさない。そろそろうんざりしていると、学園長が言った。
「そろそろ話を戻してくれないかい? 日向君も落ち着いて」
姉ちゃんは学園長を睨みつけた。おお、こわいこわいとわざとらしく肩を震わせ、学園長は自分の机に戻っていった。
「失礼いたしました」
老婆はそう言うとすっかり黙った。話し手の座を猫たちに譲る。
口を開いたのはモナだった。
「仰る通り、ワタシたちはましろの力を奪い取りました。その結果、ましろは魔法も精霊術も自由に使えなくなってしまったのです。しかし、あの子の持っている魔力は強く、濃く、特別なものでした。使えなくなっただけで存在はしています。だからこそ魔物を呼び寄せてしまうのです」
なにやってるんだよ。ましてやそれを本人に伝えていなかったなんて。守護精霊ってそんなものだったっけ。理想と現実は違うっていうのはよくある話だけど、実際に体験すると少なくともいい気分にはならないな。
「あの子がいなくなってから色々なことを考えました。そしてワタシたちが犯した過ちに気付いたのです。あの子は他と変わりない人間であることを忘れていました。精霊であるワタシたちはものを食べる必要がありません。しかし、ましろは食べなくては死んでしまう。そこまでは理解していました。ただ、ましろがもっと食べたいと言わなかったことを遠慮ではなく我慢だと気付けなかったのです。ワタシたちはましろを特別だと思うあまり、人間を超越した精霊に近い存在だと思い込んでいました。人並みにものを食べなくても生きていけると信じて疑いませんでした。
あの子は不幸なまま死んでしまった、それはワタシたちの責任です。そう思いたくなかった。ワタシたち以上の悪を探し求めていたワタシたちは、腐っています」
あー、なるほどね、そういうことだったんだ。
でも、モナが言っていることもある程度は正しいかもしれない。真白の食生活は聞いている限りだと普通の人間ならすぐに倒れてしまうようなものだった。それでも真白は生きていた。健康だったかどうかはわからないが、目に見えて体が弱っている様子もなかったし深く心を病んでるわけでもなさそうだった。
「虐待」
ボクはこの二文字が頭によぎった。
ボクと対面する全員が苦々しい表情を浮かべる。事実じゃないか。お前たちがしてきたことは、立派な虐待だよ。まあボクには関係ないけど。今更だしね。
「はい、そうですね」
キドはうつむくが、モナは懸命に顔を上げる。
「他にもきっと、ワタシたちはましろに償いきれない不幸を与えてきたはずです。ましろは人としての幸せを願っていたはずですから。それを私たちが知らないばかりにあの子を不幸にしてしまった」
モナは一度そこで言葉を切り、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ワタシは精霊失格です」
「ぼ、ぼくもだニャ! モナだけじゃないニャ! ぼくとモナは二人で一つニャ! モナだけじゃないニャ!」
「そして、それは私もです」
「おや、アニアもそう言うのかい?」
すっとぼけているようにも聞こえる学園長の声。学園長はあははと楽しげに笑ってからこう言った。
「精霊の女王たる君が簡単に精霊失格だなんて言っていいのかな」
「女王?!」
驚きのあまり声が出た。えっ、アニアってえっと、えっと、ティターニアから取ってアニアか? そうなのか?
精霊の女王、ティターニア。まさかこんなところで出会えるなんて。
「はい。ですが、私はこの座を降ります。幸いにも私には優秀な後継者がおりますから。私にティターニアの名を名乗り続ける資格はありません」
ティターニアというのは精霊の個体名ではなく称号の名前だ。ティターニアの名を受け継ぐ者、その者こそが次期女王となる。
「なんせ一人の優秀な精霊士を死なせてしまったのですから」
「真白君が死んだのは君たちのせいではないのではなかったかい? 君たちがそう言ったんじゃないか。さっきまで朝日君が殺した殺したと言って攻めていたのはどこの誰かな」
学園長の言葉にモナが顔をしかめた。
「アニア様……」
本心ならボクが真白を殺したと責めたいのだろう。しかしボクが神であるとわかった以上そういうわけにもいかない。その葛藤の狭間で揺れているという顔だった。
「情けない限りです。私はあろうことか神に責任転嫁をしようとしていたのです。どうか神よ、私に裁きをお与えください」
そう言って精霊の女王は胸の前で手を組み、まぶたを閉じた。
「ええぇ」
困惑して姉ちゃんを見る、姉ちゃんは何も言わない。
「まあまあそんなことはどうでもいいからさ、私の話を聞きたまえよ」
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