ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.330 )
- 日時: 2022/08/31 09:48
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: GbYMs.3e)
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場違いなほどに弾む学園長の声。顔を見るとやけに生き生きしていて不気味なくらいだ。なにがそんなに楽しいんだ、こんな疑問さえ浮かんでくる。
「急になに?」
「朝日君は相も変わらず冷たいな。そろそろ我慢の限界なんだよ。早く私に仕事をさせてくれないかい?」
「仕事?」
「私に与えられた役割を果たしたいんだ。なんせ私は精神をいじられて仕事をこなすことに快楽を感じるようになっているんだからね」
あー、随分前にそんなことを話していた気もする。ところで、その仕事ってなんなんだ?
「犬が散歩をおあずけされているようなものさ。耐え難い耐え難い。十分待ってやっただろう、そろそろ私にも出番が欲しいよ」
学園長はぐるぐると回りを見渡す。この場にいる全員の顔を見てから、誰かが口を開く前にはっきりとよく通る声で話し出した。
「まずは『正式な』自己紹介をしようかな!」
仕事机に座ったまま、歪む口元を隠すように机の上に乗せた手を組んで口の前に置いた。にやける目元は隠せていない。学園長の後ろにある大きな窓から差し込む光が、学園長の姿をモノクロに映し出す。
「私は〔最後のスート・理事長〕。五十五人目のヒメサマの下僕だ」
驚愕の前に納得がボクの心の底から湧いて出た。感情を司るのは心臓ではなく脳だから正確には頭の底からになるけれど。今はそんなことはどうでもいい。
スート。つまり、学園長は仮想生物というわけだ。なるほどなるほど。もう驚かない。いままで変な仮想生物をたくさん見てきて、既にお腹がいっぱいだ。驚きを食べるには満腹度が高い。
「なにから話そうかな」
学園長はにやにやと笑う。この状況が楽しくて仕方がないという表情だ。
「まずは、そうだね。ここは学園ではない。学園という名前がついてはいるが、生徒に学びを与える場という目的で作られた場所ではないんだ」
へー、そうだったんだ。まあ、確かにちょっとそこは気になっていた。この学園は神の建造物。どうして神が人のための学校を作ったのだろうと疑問に思ったことがある。そもそもここは学校じゃないと言われたら納得がいく。
「私はただの人形だ。自分に与えられた仕事をこなすことにしか興味がない。だから言ってしまうと生徒たちに愛情なんてものは一切存在しないよ。よって、申し訳ないけど真白君のことは残念だと思う、ただそれだけだ。学園として償う気はないよ。そもそもバケガクに入学するということは、バケガクの行事で命の危険があることを了承したということだ。バケガクが他の学園とは違って生徒により多くの危険が伴うことは、入学前からわかっていたことだろう」
バケガクは他の学園よりも危険な行事が多い。モンスターが侵入してきたりもするしバケモノが集まる学園だし。だからバケガク生徒は常に命の危険と共にある。一年間で必ず誰かが死ぬ、それも一人や二人じゃない。度々遺族に対応していたらキリがないということだ。バケガクが危険ということは入学前に注意事項として知らされていた。バケガク生徒の家族も覚悟はしていたはずなのだ。
「なっ、それが学園長の言うことなの?!」
「私は学園長ではない。この場所を管轄する理事長だ。
私は人を愛せない、その感情を持ち合わせていない。不要な感情だからだ。生徒が何千人死んだとしても私は一向に構わない。その生徒が神でなければね。私は私に与えられた仕事をこなせさえすれば、それでいいのだから」
モナは歯ぎしりをして唸った。
「あなたねぇ!!」
そこでふと思いついた。
「じゃあ、なんで学園なんてしてるんだ?」
元々ここが学園でないのなら、どうして学園という形をとったのだろうか。学園長が言う仕事となにか関係があるのか?
学園長はよくぞ聞いてくれましたとばかりに目を輝かせ、ボクに向き直る。
「私の仕事は神の収集」
神?
「神の座を捨て、下界人として転生する神々。生まれる時間も場所もバラバラ。そんなんじゃ、会いたいと思ってもそれは難しいだろう?」
せっかく同じ時代に生まれたとしても他の神がどこにいるかわからない状態になるということか。
「私は神が集まれる場所を用意し、神を見つけて収集する。そのために学園を名乗っているに過ぎない。神も転生すれば、幼少期は子供の姿だからね。なるべく早く集まるためには、子供が集まれる場所でなければいけないんだ」
「その神って、まさか」
学園長は笑った。
「君の想像通りだよ」
学園長は「与えられた役割を果たしたい」と言った。学園長の主な仕事が『神の収集』だとしても、いまこの場におけるさっき言っていた役割は違うはず。その役割がもし『学園長が知っていることをボクに話すこと』だとしたら。
そう思う根拠は一応ある。スートという言葉をモナたちが知っているとは思えない。実際いまも困惑しているみたいだし。学園長が話しかけているのはボクに対してだ。
だったら。
「まって」
ボクが口を開こうとしたところでモナが言った。
「色々わからないわ。スートってなんのこと? ヒメサマって? 神を集めるって、なんのためにそんな」
学園長は嬉しそうに目を細めた。
「君の質問に答えているという形式で話しているから、そうだね、答えてあげよう。
スートとはヒメサマが作った仮想生物の総称だ。ヒメサマはこの世界の創造神。神を集める理由はただ一つ。『神にそう命じられたから』」
「創造神? ディミルフィア様ってこと? ディミルフィア様があなたを作ったの?」
「そういうことだ」
モナは怪訝そうに顔をしかめた。
「デタラメじゃない?」
「どうしてそう思う?」
「確かこの学園にはあなたが作ったっていう仮想生物がいたはず。仮想生物が仮想生物を作るなんて聞いたことがないわ」
その疑問ももっともだ。もっともなんだけどボクはあまり不思議と思わなかった。散々型破りな仮想生物を見てきたせいか、仮想生物が仮想生物を作るぐらいのことでは驚かなくなった。いいことなのか悪いことなのかはわからない。感覚が麻痺するということはあんまり良くない気もする。
学園長はモナの質問を笑い飛ばした。
「アハハッ、なにを言っているんだい。君たちのそばにもいたじゃないか、仮想生物が作った生物が」
まだいるのか。なんでボクの周りにいる仮想生物はおかしなものばかりなんだ。え、周りの仮想生物がおかしいんだよね? ボクはおかしくないよね?
「精霊を生物とするかは個人で考えが違うかもしれないがね、世界からすれば精霊も生物だ」
仮想生物が作った精霊? なんのことだ? 真白のそばにいた精霊といえば……。
「なんのこと? もしかして、ナギーのことを言ってるの?」
「以外に誰がいる。まさか気づいていなかったのかい? アニアも含め? やれやれ、精霊も堕ちたものだね。あんなに分かりやすい異質さに気付けないなんて」
ナギー。リン以外にボクが捕まえた、もう一人の精霊。いまはどこにいるんだろうか。
「確かにナギーは他の精霊とは違っていたわ。アンファンではないみたいだった。だとしても!」
モナは一度言葉に詰まって、いいえ、と呟いた。
「改めて考えてみればあなたの言う通り、ナギーは異質だった気がするわ」
「モナ?」
キドがモナに視線を移した。不安そうに揺れる瞳をモナに向ける。
「ナギーは自分が何者かもわかっていなかった。精霊は自分の使命を潜在的に理解しているものよ。ナギーは精霊ですらなかった、精霊に近いなにかだった。仮想生物というのも、あながち間違っていないのかもしれない。ただ疑問があるわ。仮想生物ならナギーに術者から与えられた役割があるはず。でもナギーにそんな素振りはなかったわ」
「私は一言も彼が仮想生物だとは言っていないよ。彼は仮想生物が生み出した、唯一の完全なる不完全な生命だ」
学園長の言葉は矛盾している。完全なのに不完全?
疑問が顔に出ていたのだろうか、学園長はボクに向き直り、答えを出した。
「生命は不完全なものだからね。完全な生命というと語弊が生まれるだろう?」
生命が不完全だとなにをもってそう言える?
問いかけてみようとしたけれど、唐突に理解した。生命は不完全なものだ、完全にはなり得ない。完全というのは欠点のない状態のこと。欠陥が皆無である状態のこと。生命は欠陥だらけだ。欲という欠陥、感情という欠陥、寿命という欠陥。生命である以上、欠陥を抱えて生きることは避けられない。ああしかし、そんな不完全な生命だからこそ、こんなにもいとしく感じるのだろう。完全を望み、完全になれない生命が哀れで哀れで、可哀想で可愛そうで仕方ない。そんな彼らがたまらなくいとおしい。
「仮想生物が生命を生み出すなんて、そんなことありえないわ!」
モナが叫ぶ。
「だが、事実なのだから仕方ないだろう。まあ受け入れろとは言わないよ。私には関係のないことだ」
突き放すような冷めた口調で、学園長はモナに言った。そして顎に手をやり、思案する。
「お次はなにを話そうか。めぼしい情報はもう今度全て公開してしまったね」
「き、聞いてないことがまだあるニャ!」
キドの声は震えていた。学園長は『はて』と顔に疑問符を浮かべて、キドを見る。
「ましろ、ましろはいまどこにいるニャ?」
学園長は数秒の間を置いてから「ああ」と呟いた。
「さあね。私は知らないよ。あいにく七つの大罪の悪魔との交流はない。何百年も前に会ったことはあるがね。向こうも私のことは覚えていないんじゃないか?」
「そんな! それじゃあ、ましろはもう助けられないのニャ?」
「そんなのはわからないよ。私は私の仕事をこなすために必要なことしか知らないんだから。でも、アドバイスくらいはできるかな」
キドは暗い表情に光を混ぜて希望を込めた目で、学園長を見上げた。
「なにニャ?」
「聞きたいのかい?」
変にもったいぶる学園長にやや苛立った様子で、しかしぐっとこらえてキドは言う。
「聞きたいニャ!」
学園長は淡々といった。
「長い時間をかけて、ゆっくり方法を探せばいい」
誰でも思いつきそうな単純な回答に呆然として、キドはぽかんと口を開いた。学園長は大真面目に言う。
「大罪の悪魔には寿命がない。大罪の悪魔に憑依されている限り、真白くんの体も老いないはずだ。そして真白くんは死んだのではない。半永久的に意識を眠らされている状態だ。真白くんを覚醒させることができればそれは、真白くんを解放することにつながる。
まあ、君たちにそれができるとは思えないけどね。なんせ彼らは強大な力を持っている。彼らもまたヒメサマが直々に自らの力を割って生み出した存在なのだから。
生まれもって所有している力が違う」
仕事以外に興味がないと言っておきながらベラベラとこんな事をしゃべるということは、これも仕事の一環なのかな?
「そうすれば、ましろは助かるのね?」
「モナ!?」
学園長の言葉を飲み込もうとする様子のモナにキドは驚きの声を上げた。
「時間がかかりすぎるニャ! ぼくたちはそんなに長く生きられないニャ!」
精霊には寿命が存在する種族と寿命が存在しない種族がある。モナたちは、その中で寿命が存在する種族なのだろう。それがなんなのかまでは特定できないが。
「だったらどうするって言うの?!」
キド以上の大声で、モナは言った。
「ましろを救いたいの。キドだって気持ちは同じでしょ?」
「当然だニャ! だけど」
「じゃあ、決まりね」
モナは座っていた長いすからひらりと降りて学園長室の扉へ近づいた。
「おや、帰るのかい?」
「なら聞くけど、これ以上なにかを話してくれる気があるの?」
「ないよ」
「だったら、私たちがここにいる理由はないわ。アニア様、帰りましょう。キドも行くわよ」
つんと澄ました顔で立ち去るモナといまだ困惑するキド、なにも言わずにぴんと背筋を伸ばして歩く老婆を見送って、学園長はボクに問いかけた。
「なにか聞きたいことはあるかい?」
質問をしたって答えてくれないくせに。
「いいえ」
心の中で毒づいて学園長に否定の意を伝える。
「そうかい。なら、茶菓子ぐらい食べていかないか?」
そういえば、机の上に茶と茶菓子が置かれてあった。
「いりません。失礼します」
学園長室を出て、校舎から出たところで姉ちゃんに会った。
「姉ちゃん! 待っててくれたの?」
Ⅴグループ寮からここまで転移魔法で送ってくれた姉ちゃん。とっくに帰ったと思っていたのに。冬も終わりかけているけれどまだ寒い。そんな中待っててくれたんだ。
あったかい気持ちが湧いて出る。姉ちゃんは落ち着いた口調で言った。
「帰ろうか」
差し出された手を握る。冷たい。
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