ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.332 )
- 日時: 2022/08/31 20:28
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: 8GPKKkoN)
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コンコンコン
「朝日、おはよう。ちょっといい?」
ボクがベッドの上でぼーっとしていると部屋の扉が叩かれた。ベッドの上にいたけど身支度は整っている。どこに行くわけでもないけどね。誰かの前に出ても恥ずかしくない格好をしているのでボクはすぐに出た。声から判断するに訪問者はゼノだ。
「どうしたの?」
扉を開けた先にいたゼノは制服だった。ゼノは服を持っていないのか、いつも制服だ。しっかりと赤いリボン結んでいる。Ⅴグループの生徒は赤いリボンやネクタイを疎ましく思っている場合が多いが、ゼノはそうでもないらしい。それどころかⅤグループであることに誇りを持っているようでさえある。ちなみにボクは姉ちゃんと同じネクタイをつけられて嬉しいし、その姉ちゃんはまずネクタイの色に欠片ほどの興味がないみたい。
「一緒に散歩しない?」
「散歩? ああ、ゼノってよくバケガクの中を散歩してるんだっけ」
「そう。いつか誘いたいなって思ってたんだ」
にこにこしているゼノの表情が突然変わった。焦ったように言葉をくっつける。
「も、勿論、迷惑だったらいいよ!」
そんなゼノを見て思わずボクは微かに笑ってしまった。
「ううん、大丈夫だよ。誘ってくれてありがとう。寮から出るんだよね。すぐに準備終わらせるから玄関の方で待っててくれる?」
「うん、わかった」
いまボクは部屋着で、寮から出るときは制服着用が原則だ。元々服以外はいつでも外に出られる状態だったから着替えただけでボクは玄関に向かった。
「お待たせ」
待たせた時間はほんの五分程度だろうから待たせたとは思っていない。ただの社交辞令だ。
「エヘヘ。じゃあいこっか」
ゼノは偽物だなんて気付けないくらい嬉しそうな顔で笑った。つられてボクも笑う。ボクとゼノとの間に感じる溝は無視しておいた。
寮から出ると例の黒い馬車が止まっていた。馬だけじゃなくて馬車そのものが仮想生物で、利用者がいたらそれを感知して出現するんだとか。何だそりゃ。馬車そのものが生物だなんて。模造品ならまだわかる気もするけど。姉ちゃんからこの話を聞いた直後は頭がこんがらがった。黒い馬は久々に見たまともな仮想生物だと思ってたけどそんなことはなかった。仮想生物って何だっけ。
きっとゼノは慣れているんだろう。特に何かを気にする素振りもなく馬車に乗り込む。続いてボクも馬車に乗り、ゼノの向かいに座った。
「どこか行きたいところはある? 散歩する場所じゃなくてもいいよ。例えば図書館とか」
「ボクが決めていいの?」
「うん。せっかくだし、朝日が行きたいところに行きたいな」
うーん、どうしようか。別に行きたいところなんてないんだけどな。図書館には前に行ったし。
そう悩んでいると、ふと口が開いた。
『西の海岸へ』
口が勝手に動いて、ボクの意思とは関係なく言葉が飛び出た。びっくりして固まっていると同じように驚いた顔をしたゼノが口を開いた。
「西の海岸はわたしも行こうと思ってたの。帰りに寄りたいなって」
ゼノはまた笑った。
「同じこと考えてたんだね」
違うとも言えず、ボクは頷いた。どこでも良かったし。馬車は寮を取り囲む森の中に入った。ここを抜けた先が西の海岸だ。一種の転移魔法かな。
「戦争のこと、知ってる?」
行き着くまでの話題にゼノが選んだのは、戦争の話だった。やけに物騒な話題を選んだな。
「標的がこっちに移ったってやつ?」
かなり省略して言ったけど、ゼノには伝わったらしい。
「そう、それ。花園先輩は大丈夫なの?」
カツェランフォートの連中は屋敷に忍び込んだ大陸ファーストの人間を姉ちゃんだと思い込んでいるらしい。そんなことが最近の新聞に載っていた。正解は弟であるボクだから近からず遠からずってとこかな。姉ちゃんが黒と白の魔法が使えることは『白眼の親殺し』の事件直後にもうバレていたからそれで勘違いしたんだろう。無理もない。黒と白の魔法が使える人間なんてそもそも存在すること自体がおかしな話だから、他にそんな人間がいるだなんて考えもしないだろうし。あとは笹木野龍馬ど個人的に親しかったのも大きいかな。
「姉ちゃんなら心配いらないよ。ボクたちは飛び火を心配しなきゃ」
カツェランフォートの連中ごときに姉ちゃんがどうかされるなんて、想像すらできない。
「どうしてそう言い切れるの?」
ゼノがボクを見つめる。ゼノにしては、こちらを探るような目を向けてくる。
ボクが嫌いな目だ。
「どうしてって」
『そう定められているからさ』
ボクが言うと、ゼノは眉間にしわを寄せた。
「朝日、怖いよ。わたしが知ってる朝日じゃないみたい」
ゼノはスカートを握りしめた。ボクを見つめる目が訴える感情は恐怖だ。
「お願い、教えて? 朝日に何があったの?」
「何って別に何もないけど?」
ゼノの呼吸が乱れたのが見えた。馬車の振動音が実際以上に大きく聞こえる。
「その、手袋、どうしたの?」
ゼノが絞り出した言葉を聞いて、声が出なくなった。多分ゼノは緊張している。顔を真っ赤にして、大柄な体が居心地悪そうに小さくなっている。だけど、ゼノ以上に緊張している自信がボクにはある。ゼノはいままでこういうことに首を突っ込んできたことはなかった。ゼノはボクをいままでとは違うって言うけれど、それはゼノだって同じじゃないか。
「わたしがネイブさんに言われたことも教えるから、朝日も教えて欲しい。友達として、朝日の助けになりたいの。わたしじゃ頼りにならないかもしれないけど」
それきりゼノは黙ってしまった。
ボクは考える。ゼノが本心からこう言っているのはわかってる。ゼノのことを信用もしている。腕が黒く染まっているくらいでボクを嫌ったりしないだろうし、それを言えばゼノだって肌は黒い。そう。頭ではわかってる。時には人に助けを求めることが大事なんだってことも。だけど頭と心は別物だ。ゼノの言う通りボクは明らかに前とは違う。嫌われるのが怖い。
思えばボクは誰かに嫌われることに恐れたことはなかった。誰に好かれようが嫌われようがどうでも良かったし、にこにこしていれば勝手に人が寄ってきた。姉ちゃんに関しては家族なんだから嫌われるわけがないと思って安心していた。でもゼノは違う。ゼノは他人だ、ボクを好きで居続ける理由がない。いつ嫌われてもおかしくないし、いまこの瞬間一緒にいることが奇跡に近い。罪に侵され汚れきっているボクと、辛い過去を背負いながら地に足をつけて懸命に生きるゼノ。本来同じ空間にいることがおこがましいんだ。そしてそのことを、ボクの罪を、ゼノは知らない。知らないからこそ、ゼノはいまボクとこうして過ごしているんだ。ゼノが黙り、ボクが黙った。二人きりのときにこんなに重い空気になったのは初めてだ。
ゼノはこういうのが嫌いだ。好きな人なんていないだろうけど、ゼノは人一倍嫌うんだ。こうなることはわかっていたはずだ。なのに言ってくれたんだ。
わかってる。言うべきだ。嫌われたくないからこそ、言うべきなんだ。
「ゼノ」
ボクは意を決してゼノの名前を呼んだ。
「嫌ってくれてもいい。嫌な気持ちにさせてしまったら、森を抜け次第馬車を降りて帰りは歩く。ボクの話を聞いてくれる?」
ゼノの表情が明るくなった。ボクが話し終えたとき、ゼノが浮かべる色は何色だろう。
ボクは息を吸った。頭の中で話すべきことをまとめて、もう一度覚悟をして──
『だめだよぉ、そんなことしちゃ』
一瞬視界が真っ暗になってもう一度目の前の世界に色がさしたとき、そこにゼノはいなかった。赤い血液が滴る黄と灰が混ざったような大地と、その上にかさばる肉塊。人間だけではない、獣人なんかの種族の体もある。どの遺体もぐちゃぐちゃで原型をとどめているものは少ない。命を失った状態で、大陸も種族も超えて、物理的に一つになっている光景がとても美しく思えた。
自分はどうかしてしまったのだろうか。
ふと湧き上がってきた疑問に蓋をして見入っていると、突然空間が歪んだ。その歪みはすぐに止んで、ボクの正面にはさっきまでいなかったはずの人物が立っていた。
炎よりは大地に流れる血液に近い色をした癖のある鮮やかな赤い髪。つり上がっていると言えなくもないという程度の控えめなつり目、それもまた紅玉を彷彿とさせる赤い煌めきを放っている。顔は全体のバランスを見ると十分に整っていて、でも人懐こそうな子どもらしいあどけなさが前面に出た親しみやすい顔だ。体格は小柄で手足は作り物の人形のように細い。格好は道化師のものみたいでそれも真っ赤。こんな人は見たことがない。そもそも赤を持った種族なんていないからいまボクが見ているものは明らかにおかしい。いままで散々おかしいものを見てきたけど、さすがにこれはあり得ないだろう。でも辺りに漂う強烈な腐敗臭はボクにこれは現実だと告げている。
初めて会ったはずだ。なのに初めて会った気がしない。この顔は毎日鏡の向こうに見ている顔だ。
ボクに笑みを向ける彼は、些細な違いはあれど、それでもボクと瓜二つだった。
「わあ、間近で見るとより一層よく似てるってわかるね」
向こうも同じことを思ったようで、まず初めにそう言った。
「はじめまして、オイラはダイヤ。スートって言えばわかるかな? ほら、ジョーカーの同類だよ」
そういえば着ている服がなんとなく似ているような。あまりに色が違うから気付けなかった。色って大事なんだね。
「君のことはよく知ってるよ、花園朝日くん。しばしば観察してあげていたからね。ああ、ごめん、もうこんなふうに上から話しちゃだめなんだっけ。君の場合、オイラたちと同等になったんだから。むしろあの御方に作り替えられた君はもしかしたらオイラよりも上になるのかな。よくわかんないや」
ダイヤの言うことが理解できない。頭の中を疑問符で埋め尽くそうとしていると、ダイヤはふふっと笑った。
「ごめんごめん、置いてけぼりにしちゃったね、ちゃんと説明してあげるから」
ダイヤは両手を広げた。ボクとそっくりな顔で、心底楽しそうな顔をする。
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