ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.333 )
- 日時: 2022/12/10 10:19
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: CKHygVZC)
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「あんな奴にキミのことを話す価値なんてないよ、あんな奴ってゼノイダのことね。オイラが止めなかったらあのままペラペラ話したでしょ。だめだめ、罪の吐露なんて、贖罪なんてしなくていい。キミはそのまま神に堕ちなきゃ。
ねー、あの御方のこと知ってる?」
たまに色んな人の口から出てくるあの言葉か。
「知らない。特に興味もないからそんなに気にしたことがない」
「ふーん。でもこれがオイラの役目だから言うね、あの御方はヒメサマの生みの親だよ」
えっ?
予想外の言葉がダイヤの口から出てきた。ヒメサマって姉ちゃんのことだっけ。でもいろんな人(?)は姉ちゃんとヒメサマは別人だって言ってたし。
「困惑してるね。無理もないか、みんなわかりにくい言い方ばっかりするもんね。仕方ないよ、これを告げるのはオイラの役目だから。
初登場が遅れたけど、これも神が望む順序に従ってるだけだから許してね」
ボクと見た目が似ている割に、声はあまり似ていない。ボクは声変わりがまだなので声が高く女性に聞こえることもあるみたいだけど、どちらかと言えば男声だ。対するダイヤの声は中性的に聞こえなくもないがおそらく女性の声だ。低めの女性の声。
「ヒメサマはキミのよく知る花園日向とは全くの別人だ。だってあれはキミと同じ女の腹から出てきた人間だし。でも世界からは同一人物として処理される。その理由は、世界は肉体で存在を認識しているわけじゃないから。花園日向なんていうのは肉体に付属する名称だ。花園日向はなんの変哲もない人間だ。少なくともオイラたちにとってはね」
ダイヤは気づかないうちにボクと距離を詰めていた。視界いっぱいに映るダイヤの笑顔は、鏡の中でも他人の瞳の中でも見たことがない種類のものだった。
「特別なのはその魂だ。支配者であり、ディミルフィアであり、ヒメサマでもある魂。つまり支配者とディミルフィアとヒメサマは同一人物だよ。花園日向は違う。なぜなら花園日向になったヒメサマは支配者としての権限をある程度喪失しているから」
遠くで爆音がした。目をそちらへやるとそこら中で煙が立っている。どうやらここは現実世界の戦争をしているどこからしい。
「正しくは喪失したんじゃなくて分裂したんだけどね、魔力とか権力とかが。
ベルって知ってる? 花園日向の契約精霊のことなんだけど」
当然知ってる。ボクは頷いた。どうしてここでベルの名前が出てくるんだ?
「あれだよ」
「あれ、って?」
「わからない? 気づける場面はあったと思うよ」
ダイヤはくるっと回ってボクに背を向け、ボクから距離をとった。
「バケガクを修復したとき。あのとき一回、二人は同化していたよ。その証拠、と言えるかはわかんないけどヒメサマはキミに左目を見せないようにしていたはずだ」
その言葉に衝撃を受けた。そのときのことなら、よく覚えている。忘れられるわけがない。つい昨日のことのように思い出せる。そういえば姉ちゃんに抱きしめられて、急に姉ちゃんの体が光ってベルが現れたんだっけ。
「そうそう、あれ。あのとき花園日向は一度ヒメサマになって、もう一度花園日向になった。花園日向のままヒメサマの力を使うと体の負担があまりにも大きい。花園日向は自分の体を大事にしていないから、ヒメサマに戻りたがっていない割には簡単にヒメサマとしての力を使う。けどさすがにあのときは戻ったんだよ。花園日向のまま分解魔法と創造魔法を使っていたらあっという間に力に飲み込まれちゃうからさ」
ダイヤはコテンと首を傾げた。
「花園日向の腕が魔法を使ったあと、たまーに黒くなってたりするでしょ? あれってヒメサマとしての力を使ったからなんだよ。あの力を使って花園日向の体が黒に染まりきったとき、花園日向は完全にヒメサマに戻る。だから、あとちょっとなんだけどぉ……」
なにがあとちょっとなのかをぼかしたまま、ダイヤは嬉しそうに言葉を並べた。
「あの御方自らが動いて花園日向をヒメサマに戻すんだってさ。あとちょっと、あともう少しでヒメサマが帰ってくるんだ」
姉ちゃんの腕がたまに黒くなっていたのにはそういう理由があったんだ。
どうしてボクは姉ちゃんのことを疑わなかったんだろう。思い返してみれば、変なことだらけじゃないか。腕を黒くする魔法以外の魔法を使って腕が黒くなるわけないし、白と黒の魔法を同時に扱える存在がいるわけないのに。
「そもそも〈スカルシーダ〉って器なんだよね、神の力の。笹木野龍馬の契約精霊にも会ったことあるでしょ? あいつもそうだよ。ディフェイクセルムおよびフェンリルの力の器。神を人に変えるには器が必要だったんだ。だって考えてもみてよ。神の力を持ったままじゃ、人の体はもたない。種族によって耐えられる力の量、つまり器の大きさは差があるけれど神の力はその比じゃない。一番器の大きい精霊族だって神の力には到底及ばない。天使族に転生するのは、あいつらは神に仕える身だから論外。だから、わざわざ〈スカルシーダ〉という神の器としてしか存在価値がない種族を生み出して転生したんだ」
『おれはネラク、第二の器』
ネラクの名乗りの意味がようやくわかった。てことは、第一の器はベルってことになるのか。
「なんでそこまでして転生したかったんだ?」
そうだよ、そこだ、そこが気になる。どうして神という座を捨ててまで下界で生きることを決めたんだ? 捨てる理由がわからない。だって、神は世界の頂点だぞ? ディミルフィアならなおさらだ、神の頂点だ。捨てようなんて思うかな。そもそも生きる種族を変えようなんて思いつくか?
「それはね」
ダイヤはそんなことまで知っているようだ。ニコニコの笑顔を崩さずに、ボクの問いに答える。
「理由は二つあるんだよね。ヒメサマ自身と、それから種」
一つの理由だけじゃ動けなかったということか、そりゃそうだよね。
「ヒメサマはね、悩んでいたんだ。自分という存在について。一言で言ってしまえば支配者を辞めたがっていた。なんでかわかる?」
わかるわけないだろ、そんなこと。ボクは首を横に振ろうとして、それをダイヤに止められた。
「ちゃんと考えて。考えたらわかるはずだよ」
そう言われてもわからない。ダイヤはちょっと首を傾げてこういった。
「んー、じゃあヒント。支配者には悠久の時間がある」
ボクが黙っているとダイヤは腕を組んだ。
「まだわからないか、ならもう一つ。孤独ってどう思う?」
ヒントと言いながら質問してるじゃないか。そう心の中で突っ込んだが口には出さない。この質問なら答えられるかと思って考えてみる。
孤独、か。
ボクが孤独だと感じたのは、姉ちゃんがいない、花園家の本家で暮らしていた八年間。ボクは透明人間みたいだった。みんなみんなボクという存在じゃなくて、それに付随する魔法の才能とか花園家当主の資格とか、そんなものばっかり見ていた。誰の目にもボクは映っていなかった。別にそれはよかった。わかりきっていたことだし諦めていた。いや、諦めもまた違うな、そもそも興味がなかった。ただ姉ちゃんがいなかった、それがものすごく。
「つらい」
ダイヤはうんうんとうなずく。
「そうらしいね。オイラはよくわかんないけど。
支配者ってさ、孤独だと思う?」
ボクはもう一度悩む。でも支配者のことがいまいちよくわからないから結論に困るな。
「想像しにくいよね。わかりやすく例えてみようか。君に大切な人がいたとしよう。花園日向やゼノイダがそれに当たるのかな。その人たちが死んだらどう思う?」
ボクは即答する。
「悲しいんじゃないかな」
するとダイヤは意外そうな顔をした。
「どうしたの? 今までの君なら花園日向が死ぬって想像するだけでパニックになりそうな気もするけど、なにかあったの?」
そういえばそうだったっけ。なぜと問われた返答をボク自身も持ち合わせていない。まだ起こっていないことを想像するのは難しい。
「本当にそれだけ?」
「どういうこと?」
「気づいていないなら、まあいいや。
そうそう、悲しいね、そうらしいね。でも人って単純で、時間が経てば傷は癒えるんだよ。他に大切な人ができたりしてね。じゃあそれがずっと続くって考えたらどう? 自分以外が年老いて、自分以外が死んでいく。十や二十で収まりきらないそれこそ無限の数。傷は癒えるよ。癒えるけどさ、そのときそのときの悲しみの大きさは変わらないらしいんだよ。その悲しみを、これから何度も何度も何十も何百も繰り返すって思ったら、嫌になるんじゃない?」
ダイヤがなにを言いたいのかなんとなくわかってきた。
「それと似たような感覚だよ。ヒメサマに人を愛する心はないから見知りが死んだとしても悲しんだりはしないけど」
人を愛する心がない? でも、姉ちゃんは笹木野龍馬を愛していたようだった。あれは違うのかな。
「あれはただの人の真似事だね」
ダイヤは言う。
「ヒメサマってね、人を狂わせる才能があるんだ。ヒメサマに関わった魂は、全部全部狂っていく。中にはもちろん例外も含まれるけど。そういう魂をときにはヒメサマが消去することもある。でもヒメサマの狂信者たちはヒメサマに殺されることに至福を感じる。とても幸せそうに死ぬんだよ」
それを気持ち悪いと思う反面気持ちはわかると思う自分もいる。どうせ死ぬなら、姉ちゃんの手にかけられたい。どうしてと尋ねられたらこう答える。人生においてたったひとつの経験を姉ちゃんの手で行ってもらえるなんて、幸せ以上のなにものでもないじゃないか、と。
「ヒメサマはそれを見て不思議に思った。死を恐れる人間が多い中、どうして彼らは幸せそうに死ぬのかと。そして気付いたんだ、なにかを盲信している彼らだからこそ、死を恐れずに死ねるのだと。
ヒメサマは羨ましいと思ったんだ。それからふと愚かしいことを思いついた。溺れるようになにかに尽くすことができたとしたら、自分は救われるんじゃないかって。つまり、死ねるんじゃないかって」
ダイヤはけらけら楽しそうに笑う。
「おかしな話だよね。そんなわけないのに。ヒメサマとその他は根本から違う。ヒメサマはただの道具だからさ、道具に感情があるわけないじゃない。道具に感情が芽生えるわけないじゃない。それをヒメサマは理解してるはずなのにね。ヒメサマを変えたのはあいつだ」
それが誰かはボクにもわかる。
「ディフェイクセルム、リュウだかフェンリルだか知らないけど。
あいつだよ」
知ってる。ボクは頷いた。
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