ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.335 )
- 日時: 2022/09/01 06:56
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: /JJVWoad)
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「朝日っ!!!」
遠くでくぐもった女の声がした。と思ったら、いきなり体を突き飛ばされた。動かなかった足が外からの力によって無理矢理動かされ、ボクはその場から逃げることができた。真っ黒だった視界には再び色が差し、恐怖心も幾分か和らいでいる。
「朝日、大丈夫?!」
ボクをあの場から逃がしてくれたのは、この目の前にいるゼノイダ=パルファノエらしい。息は荒く、目は見開かれている。焦りの感情が肌で感じられるほど剥き出しになっていた。
「なんであんなところに!? さっきまでわたしと一緒に、馬車に乗っていたはずなのに、どうして!」
どうしてという言葉に疑問の音はついていない。ならば、質問ではないので答える必要もないだろう。
「ゼノイダ=パルファノエ、ありがとう、大丈夫だよ」
ボクの呼び方に不信感を覚えたゼノイダ=パルファノエは一瞬顔を曇らせたが、すぐにほっとしたように息を吐いた。自分の呼び方よりも、ボクの安否の方が気になるようだ。
「よかっ」
た。そんな些細な音さえ発することは許されなかった。男はもう一度声を上げる。
「mleusamauaammlaalaoxumeasmumsmaelmexoemxelluaaouellslaueaueuaataasaoaosmtomtsaelmxaeseuaulatlaluatammaaxemsumameemesemsslexuaettsmemsetusmlxsmeexauoleao」
再び空間に文字が現れた。しかしそれは空間を覆い尽くすには至らなかった。それを止めた者がいた。真っ黒な文字たちがボクたちの後ろから飛んできた光の玉に吹き飛ばされて散り散りになる。
「haatinhatthaanhaihaatnthhhtnaaanainhntitnaaniaahhannhhtnataatiihntahantanihaiaiaiahiiithanhtnaaahatnainattaaainiaiiitatahinata」
空が黒くなる度に光が黒を溶かしていく。黒と白が溶け合って、空は灰色になっていた。まだ雨は降りそうにない、曇り空。
ボクは後ろを見た。なんとなく光の玉の主には心当たりがあった。あいつか、あいつ、どっちだろう。
その人物は離れた場所にいた。ボクたちがいまいる砂浜は傾斜になっていてその人物は上の方にいる。そういえばボクはいつの間にか西の海岸へ来ていたみたいだ。ダイヤはどこに行ったんだろう。百歩譲ってそれはいいとして、種がなぜここにいるんだ? さっきまでボクがいた場所はここではなかった。断言できる。自信がある。ボクと種が同時に飛ばされたというのか?
「花園先輩」
ゼノイダ=パルファノエが呟いた。希望を込めた声だった。種と対峙して恐怖に染まっていたゼノイダ=パルファノエの目に光が宿った。
「朝日逃げよう、ここにいると危険だよ!」
ゼノイダ=パルファノエはボクの右手を引いた。ボクはゼノイダ=パルファノエの力に逆らって、その場に居続けた。本来ならばここでゼノイダ=パルファノエはボクが動かないことに疑問を覚えて不思議そうにボクを見るところだろう、しかしそうはならなかった。ゼノイダ=パルファノエはボクが動かないことに気づかなかった。ボクの右腕が伸びたからだ。ボクの右肩からズルズルと液状の黒い右腕が伸びていく。違和感なく。
遠くなっていくゼノイダ=パルファノエの背中をぼーっと見ていると、ゼノイダ=パルファノエは振り向いてボクに声をかけた。
「少しでも遠くに行かなくちゃ。朝日大丈夫?」
そう言いながら振り向くと、ゼノイダ=パルファノエは異形と化したボクを見ることになった。ゼノイダ=パルファノエは遠くにいるから声は聞こえなかったけど、ヒッと小さく悲鳴をあげる口の動きが見えた。思わずといった表情で、ゼノイダ=パルファノエはボクの右手を離す。そこで悟った。ゼノイダ=パルファノエはボクを怖がっている、受け入れてはくれないんだろうな。既にボクはゼノイダ=パルファノエのことはどうでもよくなっていた。なので、視線を姉ちゃんにずらす。
姉ちゃんは無詠唱で、しかも魔法を発動する動作もなしに光の玉を投げていた。右手を掲げたり、手のひらを種に向けたりすることもなく。次々に光の玉が姉ちゃんの体の周りに浮き上がり、数秒後、打ち出されて種の文字を溶かす。
「綺麗だなぁ」
無意識のうちにそう言ったあとに自分が言葉を発したことに気づいた。
「ΔουγιηίμραmrseγορrmτΚμaaτsseaηmΔeυsesαrσmssρήesersttίastsαetιseοφαΚροιγσφαίυαήοΔτρμτηαΚαίοφeττetήμsmΔsοσυαaρφήγρΚυομαιοηsίρατηρΔrτιασγαΚeφrρααοΔυσμτtργηeίsssτmaήοιαΚφμΔιtaρορίστυγsηsαήοeeαmτsrαΚΔριμτργτίηοααφυοήσαΚφτροαατσή」
種が文字を生み出す速度が上がった。それに合わせて光の玉が飛んで来る間隔も短くなる。あの光景をボクはぼんやりと眺める。いつまでも見ていられると本気で思った。絵画のようだと思った。
美しい。
心を奪われるとはこのことだ。ボクはこのとき傍観者だった。
「あれ、なんでここにあいつがいるの?」
緊張感のかけらのない、まるで世間話でもしているかのような口調で疑問を示す者がいた。その声はボクの近くで聞こえた。彼女は潮風で乱れた灰がかった桃色の髪を煩わしそうに耳にかけた。感情がほとんど失われた銀灰色の瞳で、種を睨みつける。
「まあいいや、好都合。ワタシ、気づいちゃったんだよね」
スナタはニヤリと笑って口元に歪な弧を描いた。幼い子供が悪巧みを思いついたような笑みだった。
「ねー、なんだと思う?」
スナタはボクに問いかけた。まさか声をかけられるとは思っていなくて、ボクは焦って首を横に振る。
「つまんないなぁ、ちょっとは考えてよ」
口を尖らせてそう言うも、すぐにスナタは模範解答を口にした。
「邪魔なやつは消しちゃえばいいんだよね」
そう言ってスナタが種に近づく。なにも持たずに、その身一つで。光の玉は止んでいた。
「άχάςηάςηοοηάητχςχτηςάχρρσςσάοοτχάοοάτχρστχσηηςηάάροςχοτοσορχορχςςάτσάράχτςτητρηροςσοηητάςησσχςάτορρσχστστςχορτσρροχςσχρσρστηάηης」
すかさず種は言葉を発する。落書きが文字を編んで空間を黒で埋めていく。光の玉の代わりに今度はスナタが文字を吹き飛ばした。ごうっと強い風が吹き荒れて文字は散っていった。これは魔法ではない。スナタは風の使い手であったが、いまの風は風魔法によるものではない。風が吹いたと錯覚しただけで風など吹いていない。スナタは種が生み出した文字に権力という力の塊をぶつけただけだ。スナタはゆっくりゆっくり歩いて、種に近づいていく。
「うわあ、気持ち悪、なにその顔」
スナタはしかめっ面で種の目の前に立った。
「じゃあさよなら」
スナタは右手を種に向けた。
種は抵抗の素振りを見せない。変わらずぶつぶつと言葉を発して、変わらず文字を生み出すだけだ。三日月は、スナタのことは見ていない。
「やめろぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」
悲鳴に聞こえなくもない怒声が飛んできた。空からだ、空を見上げると隕石が降ってきていた。巨大な岩が炎をまとって降ってくる。合計で三つかな。中でも一番大きな隕石がスナタを狙って落ちてきた。隕石の上に金色の青年が立っている。
「もおおっ! しつこいなああああ!!!」
スナタは左手を動かして両手で隕石をとめた。実際に触れて止めたのではなくこちらも権力を行使した結果だが。
隕石の一つは海に穴を開け、一つは地面を抉りとった。岩石に炎を纏わせた偽物の隕石なので本物の隕石よりは威力は弱い。ちょうど姉ちゃんが立っていた辺りに隕石が落ちる。姉ちゃんは隕石が直撃する前に転移魔法でボクのすぐ側にやってきた。
「こっちにおいで」
姉ちゃんはボクの左手を握って歩き出した。連れられてきたのはゼノイダ=パルファノエのもと。言い表しがたい表情でボクを見るゼノイダ=パルファノエを、ボクは不思議そうに眺めた。
「朝日」
ゼノイダ=パルファノエは明確な恐怖をボクに向けた。やっぱりこうなるのか。ボクはがっかりしたよ、ゼノイダ=パルファノエもみんなと一緒なんだ。傷はつかない。期待なんてしていなかったから。
「これ、なに?」
ゼノイダ=パルファノエは握りしめていたボクの右手だったものを見て言った。手を離していなかったのか。気持ち悪くないの? そんなわけないよね、じゃあどうして?
「ボクの右手だよ」
ボクはきょとんとした顔でゼノイダ=パルファノエに言った。しかしその回答をゼノイダ=パルファノエは気に入らなかったらしく困ったように眉を八の字型に寄せた。
「ねえ、朝日、朝日になにがあったの?! 教えてよ、ねぇ!」
「いいよ」
ボクは笑った。教えるって言ったもんね。約束は守るよ。友達もどきには媚びを売るのがボクの生き方だ。
「えっとねー、まず真白を殺したのはボクだよ。それから精霊も殺したんだ。厳密には殺したんじゃなくて、悪霊にしたんだけど。あとはじいちゃんとばあちゃんを殺したよ」
ゼノイダ=パルファノエは目を見開いて、目の中に水が溜まっていった。それが一粒溢れただけでゼノイダ=パルファノエは両手で顔を覆う。一秒後、ゼノイダ=パルファノエは声を上げて泣いた。
「だからね、ボクは神になるらしいんだ」
姉ちゃんがぎゅっと左手を握った。
「朝日、それは違う」
「違わないよ」
姉ちゃんの否定の言葉を否定した。
「違う。朝日は神にはならない。私がそうさせない。朝日だけは守りたい、だから」
もう遅いよ。
ボクは姉ちゃんににっこりと笑ってみせた。
「神になるのはボクの意思だよ」
姉ちゃんの手を優しく解いて自分の胸に手を当てた。
「ボクは神になりたい。別に力が欲しいわけじゃないよ、そういうのじゃない。なんでだろうね、漠然とそう思うんだ」
「だめ」
「そう言われてもなぁ」
ボクは苦笑した。それでボクは姉ちゃんに抱きつく。
「姉ちゃん」
ボクはもうじき神になる、完全に人間ではなくなる。つまりそれは、花園朝日であるボクが死ぬということだ。ボクがボクであるうちに、ボクが姉ちゃんの弟であるうちに、姉ちゃんにはボクの思いを伝えたい。
「ボク、姉ちゃんのこと」
何度も何度も言ったけど、足りない足りない、ちゃんと言うんだ好きだって。大好きだよ、姉ちゃん。
「大き──」
……いま、ボクはなんて言おうとした? 大好きじゃない。ボクはいま、なにを。
嗚呼、そうだ。ボクは姉ちゃんのことが好きじゃない。好きなふりをしていたんだ。姉ちゃんのことを好きで居続けなきゃ、ボクはボクでなくなる気がした。狂ってしまいそうだった。心の支えがなくなることは怖い。
心の支え、それは姉ちゃんの存在自体を指すのではなく姉ちゃんを好きだというボクの感情だった。それに気づいていながらもボクはそれを意識的に無視していたんだ。
『だってボクは』
『だって俺は』
『好きなんて』
『嫌いなんて』
『……愛なんて』
『「……わからない」』
ボクはもう一度口を開いた。
「だいっっっきらい」
姉ちゃんから体を離す、姉ちゃんは相変わらず光のない虚無を宿す瞳をボクに向けていた。この瞳も白眼も嫌いだ。なにもかもが嫌いだ。
突然その虚無の瞳が感情を宿した。驚愕に目が染まり、姉ちゃんはボクに手を伸ばした。
「朝日っ!!!」
ボクは後ろを見た、姉ちゃんがボクの後ろを見ていたから。背中の方に伸びていたボクの影が地面から離れて立っていた。
影はボクを飲み込んだ。
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