ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書きをお読みください】 ( No.338 )
日時: 2022/09/28 15:27
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: HSAwT2Pg)

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 ゼノイダ=パルファノエは放心して自らの左手を見た。そこにあるのは片方だけの白手袋。花園朝日が身につけていたものは服含め全てが消えてしまったが、消えるそのときまでゼノイダ=パルファノエが握っていたこの白手袋だけは、彼女の手に残り続けたのだ。
 ゼノイダ=パルファノエは自分の目の前で起こった光景が、そして起こっている光景が信じられなかった。自分はどこか元いた世界とは別の世界へ入り込んでしまったんじゃないか、そんな思いにさえ駆られる。それが普通の感性だ。唯一の友人が異形に成り果て消えてしまい、目の前では、神々の争いが繰り広げられている。

「これ、夢だ」

 ゼノイダ=パルファノエは呟く。自分を守るために脳が導き出した設定にすがりつき、それを言葉にして意識に擦りこもうとする。
「そうだよ夢だよそうに決まってる早く目覚めなきゃ。目覚めて、そうだ、わたしは明日、朝日をいつもしている散歩に誘うつもりだったんだ。きっと楽しい一日になるはずだって思いながら寝たんだよ。だから、早く目を、覚ましてよ!!」

 白い閃光、黒い爆発。他の色を置き去りにして強大な二つの色が空間を制する。遠くで戦う三人の神から目をそらし瞼を閉じる。それでも一向に目は覚めない。痺れを切らしたゼノイダ=パルファノエは思いっきり頬をつねった。古典的な方法だ。
「痛い!」
 ゼノイダ=パルファノエは自分が思っていたよりも強い力で頬をつねってしまったらしい。血のついた右手を見て涙が溢れた。涙の理由は頬の痛みだけではない。

「夢じゃ、ない」

 乾いた涙の跡に新しい涙が伝う。
「じゃあ、朝日は本当に死んじゃったの?」
 その問いに答える人物はもういない。
「そんな、わたし、これからどうやって生きていけば」
 ゼノイダ=パルファノエは孤独だった。少なくとも彼女自身ではそう感じていた。〈呪われた民〉である姉を持つゼノイダ=パルファノエはそれだけの理由でも孤立していたし、そもそもの性格が内気なため他人と関係を築くのがとことん苦手だった。ゼノイダ=パルファノエのバケガクの在籍日数は他の生徒と比べてもかなり長い方だが、その長い学園生活の中でできた友人は花園朝日ただ一人であった。花園日向の弟である花園朝日に興味を持ち、話しかけたのがきっかけだった。いつのまにか親しくなり、友人となり、ゼノイダ=パルファノエにとって花園朝日はかけがえのない存在となっていた。勉強も運動も彼女は苦手で、ただ時間を消費するだけだった学園生活が、花園朝日という存在がいるだけで華やかになった。依存と呼べるほどではないが、ゼノイダ=パルファノエは花園朝日を心のよりどころとしていた。生きる理由といえば大袈裟になるが、それに近しい存在だった。

「朝日、帰ってきて」

 嗚咽交じりのその声は、伝えたい相手である花園朝日どころか足元の虫けらにすら届かなかった。しかし届いた者もいた。白と黒だけだったゼノイダ=パルファノエの視界に赤が侵入した。
「花園朝日が欲しい?」
 ゼノイダ=パルファノエは目を見開いた。無理もない。突然現れたその人物はゼノイダ=パルファノエがついさっきまで求めていた花園朝日と姿が酷似している。
 ダイヤは無邪気な笑顔でゼノイダ=パルファノエに話しかけた。
「ねえ、どうなの?」
 しかし、ゼノイダ=パルファノエはダイヤの問いに答えなかった。流れていた涙の量をさらに増やし、かがみ込んでしまった。
「朝日、朝日、もうどこにも行かないで」
 ダイヤはげんなりして面倒くさそうな声を出した
「似てるだけでオイラは花園朝日じゃないよ。オイラはダイヤ」
 ゼノイダ=パルファノエは屈んだ体勢のままダイヤを見上げた。
「なにびっくりしてるのさ、ちょっと考えたらわかるでしょ。オイラの髪とか瞳とか見てみなよ。それにかなり似てるけどところどころ違うところだってあるよ」
 ゼノイダ=パルファノエはダイヤの言葉に納得し、再度絶望した。もう二度と花園朝日に会えないことを再認識させられたような気がしたのだ。だが、ダイヤはそんなゼノイダ=パルファノエの思考を否定した。
「オイラの話聞いてた? 花園朝日が欲しいかどうか聞いてるんだけど?」
「それを聞いて、どうするんですか?」
 ダイヤはにやっと笑った。

「オイラなら花園朝日を元に戻す方法を教えてあげられるよ」

 ゼノイダ=パルファノエの瞳に光が戻った。直後、疑わしそうな目をダイヤに向ける。
「あなたは誰ですか? 別人だと言うけれど、それにしてもあまりに似すぎている。無関係とは思えない」
 ダイヤがスートであることからも判断できるが、ダイヤと花園朝日に血縁関係は全くない。なのに二人の姿形がこんなにもよく似ているのはダイヤがのちの花園日向、つまり当時の支配者マストレスに作られたから、そして、その花園日向と花園朝日が姉弟という極めて近い血縁関係にあったからだ。
 支配者マストレスはいくら転生しようとその姿に大きな違いは生じない。それはその個人の外見の情報が魂に入力されているからだ。魂を元に肉体は構成される。花園日向の魂もディミルフィアの魂も、どちらも同じ支配者マストレスの魂だ。

 転生するにあたってどの親の元にでも産まれられるわけではない。条件がある。子の外見は親の外見に遺伝する。それが世界の設定だからだ。だから転生者は自分の外見と似た外見の情報が入力された魂を持つ親の元にしか生まれることができない。よって同じ親の元に生まれた花園日向の外見と花園朝日の外見は必然的に似る。そして支配者マストレスから作り出されたスートは合計で五十五人いるので、その中で一人ぐらいは花園朝日と外見がよく似た個体が存在するのもおかしくはない。
 しかし、そんなことをゼノイダ=パルファノエが知るわけがない。自分の大切な人である花園朝日と他人の空似にしてはあまりに似ているダイヤを奇異の眼差しで見た。
「それってどうしてもいま知らなきゃいけないこと?」
 ダイヤはあざとく首を傾げた。ゼノイダ=パルファノエはぐっと言葉に詰まる。
「そんなことより、君はもっと気になることがあるはずだ」
 ダイヤはゼノイダ=パルファノエに一歩近づいた。
「花園朝日に会いたくないの?」
 ゼノイダ=パルファノエは首を横に振った。
「会いたい」
「花園朝日を救いたい?」
「救いたい!」
「そうこなくっちゃ」
 ダイヤは開かれた右手をゼノイダ=パルファノエに差し出した。なにをしているんだろうとゼノイダ=パルファノエがダイヤの右手を見る。ダイヤが右手を握り、そしてもう一度開いたとき、ダイヤの手のひらには包装紙にもくるまれていない、赤い飴玉があった。
「残念ながら花園朝日をいますぐに救い出す方法は無いんだよね。オイラもどこにいるかわかんないし。探したきゃ探したらいいけど絶対見つからないよ」
 ゼノイダ=パルファノエはなにも言わずにダイヤの言葉を待つ。

「ただ、時間が経てば結果は変わる。オイラは君に、時を超える能力【タイムトラベル】の力をあげるよ。この力で未来に行って、未来で花園朝日を救えばいい」
 急に突拍子のないことを言われてゼノイダ=パルファノエは当然困惑した。
「未来?」
「そう、未来」
 ダイヤはにこっと笑った。
「悩まなくていいよ。なにも受け取った瞬間いきなり未来に飛ばされるわけじゃない。行きたい時間、行きたい場所に行きたいと思ったときに君自身の意思で行くことができるから」
 ゼノイダ=パルファノエは疑問が浮かんだ。ダイヤの目的はなんだろう。なんのために自分に力を与えようとしているのだろう、と。
「オイラの考えていることが知りたいの? いいよ、教えようか。
 まず大前提として、花園朝日がこうなったのってオイラたちが元凶なんだよね」
「え?」
 楽しそうにからからと笑うダイヤを見るゼノイダ=パルファノエは唖然とした。
「えっとね。簡単に言うと、花園朝日を殺すことで花園日向を狂わせることが目的だったんだ。それで花園朝日はもう役割を終えたからあとはどうなっても別にいいんだよ」

 花園日向の依存対象であった笹木野龍馬がいなくなったことで、花園日向は花園日向であり続けることが困難になっていた。その時点で彼女は支配者マストレスに戻りかけていた。そこでスートたちは彼女の背中を押す為に花園朝日を消すことにした、正確には神に仕立て上げることにした。花園朝日の自我を崩壊させ、無理やり神の力を与えた。その行動も実際は操られていたことによるものだったが。スートたちは生まれながらの傀儡だったため、操られていることを知りながら自ら喜んで神の意志に従った。
「で、オイラたちの役割は終わったし、また前みたいにひたすら暇つぶしする生活に戻ろうかなぁって。それで試しに君に力を与えてみようと思ったんだ。人を超越した力を持った君がこれからどんな行いをするのか観察させてもらおうと思ってさ」
 ゼノイダ=パルファノエは驚きのあとにふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。人で弄ぶ神を目の当たりにした気がした。いや、気がしたのではない。ダイヤたちスートは本当に欠片ほどの罪悪感もなくヒトで遊んでいる。ヒトを暇つぶしの道具としか見ていない。これが本来の支配者マストレスの姿勢であり、その支配者マストレスの分身である彼らだから仕方ないといえば仕方ないのだが、遊ばれる側のヒトとしては許容できるものではない。
 ゼノイダ=パルファノエはダイヤから視線を外した。ちらっと遠くを見やると三人の神はまだ戦っている。それを見て、ゼノイダ=パルファノエは決意した。
「わたしは……!」

 ダイヤの紅玉が楽しそうに揺らいだ。

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