ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.69 )
日時: 2021/04/01 18:18
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: eUekSKr/)

 8

 息を吸っているはずなのに。
 足りない。足りない。
 この感覚は、嫌いなんだ。
「おい! しっかりしろ!」
 うるさい。
「なんでこんなことしたんだよ。その力を使ったら」
 リュウは私の右腕を指した。

「呪いが進行するんだろ?!」

 真っ黒に染まった右腕を、私は見た。
 呪い、か。
「それが、なに」
 私は声を絞り出した。
「この呪いは、死を招く、ものじゃ、ない」
 息を整えながら、私は言葉を発する。
「ただただ私の身体をむしばむ、毒のようなもの」
 どうしてこんなことを、話しているんだろう。
 頭が、働かない。
「放っておいても、どうせ、進行、するから、それなら、使えるうちに」
 リュウが言葉を遮った。
「お前、どうかしてるぞ」
 静かに、静かに、リュウが言う。
「我が身を犠牲にして守ったところで、なんになる? こいつだって、いつか寿命を迎えて死ぬだろうが」
「『リュウが生きている』ことが重要なんじゃない」
 止まれと思うのに、体が言うことを聞かない。
「『リュウを守れた』ということが、最重要」
 まあ、いい。いつかは話すつもりだった。
 しばしリュウは沈黙した。その後、ぽつりと言った。
「そういうことか」
 そう言うリュウの表情は、それまでの理解が出来ないという困惑ではなく、納得し、半ば興味が失せたような表情だった。
「ようやくわかった。お前とこいつで、そこのすれ違いがあったんだな。
 お前もわかってるんだろ? わかってて、言わなかった。どうしてかまでは知らねえけど」
 ずいぶんと、呼吸が楽になってきた。
「ついでに聞くけどさ、お前、あの二人とこいつじゃ、接し方に明らかに差があるよな。なんでだ?」
 答える義理は、ない。
「ここらではっきりしとけよ。こいつも気にしてたぜ」
「なら、貴方じゃなく、リュウに言うべきだと思う」
「俺が気になるんだよ」
「人格がリュウになっても、貴方はリュウが何をして何を感じて何を思っているかはわかるでしょう」
 リュウはある程度しかわからないと、言っていたけれど。
 リュウはまた、少しの間黙った。
 そして。
「わかった。今回出てきたのは、魂の濃度の俺の分が薄れてたからだしな。乗っ取るつもりはまだないから、今日のところは戻るぜ」
「二度と来なくて良い」
「それは無理だ」
 にやりと、リュウの顔で笑う。
「わかんねえと思うけど、身体がないって、結構不便なんだぜ」
 リュウは地面に座り込み、目を閉じた。
 次に目を開けたとき、髪の色も、瞳の色も、元に戻っていた。
 眠気を振り払うようにぶんぶんと頭を振ったあと、私を見て、すぐ怒鳴った。
「力を使ったのか!!」
 キーンと頭に響く。
「あっ、悪い」
 すぐに申し訳なさそうに頭を下げる。
「この感じ、たぶん、あいつが出てきたんだろうな。何があったんだ?」
 私は先程までに起きた出来事を、かいつまんで説明した。
「そんなことでその力を使うなよ!」
「そんなことじゃ、ない。私にとってリュウは、掛け替えのない存在だから」
 リュウは苦しげに胸をおさえる。
「おれだって、日向が大事だ。日向に苦しんで欲しくない」
 そう。苦しそうに。
「知ってるんだ。日向はおれが弱いと思ってるんだろ? だから、守るって言ってるんだろ?」
「私より、ね」
 苦しそうに、悲しそうに、笑う。
「おれも、日向みたいに、力が欲しいよ」
 私みたいに、か。

 無理、だろうね。

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