ダーク・ファンタジー小説
- Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.83 )
- 日時: 2021/04/24 08:21
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)
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私はとりあえず短剣を構え、距離をとった。
「待って」
無機質な声で、感情のない声で、少女が言う。
「ワタシに戦いの意思はないの。さっきの攻撃は、謝るわ」
少女は、両手を広げた。
「話がしたいの。あなたたちなら、わかると思って」
私はリュウたちの様子をうかがった。
戦意は、ない。それなら、私は、戦わない。
短剣は持ったまま、手を下ろした。
「話?」
スナタが尋ねた。
「話というか、おねがい、ね。
出ていってほしいの。ここから」
「どうして?」
少女はすこし、間をおいた。
「ここは、世界にダンジョンと認識されてしまっただけの、ただの、ワタシたちの家。
勝手だとは思うわ。ワタシたちも、ずいぶんと、あなたたちに被害をもたらしたもの。
でも、だからこそ。
おねがい」
「なんでそれを、わたしたちに言うの? わたしたちよりも、沈んだ人たちの方が、この場所をどうにか出来る権利を持ってると思うよ」
また、少女は間をおいた。
「あの人たちの正義と、ワタシの正義は、相性が悪い。ワタシの正義を、あの人たちは、理解出来ない」
そして、少女は語り出す。
「あの子は、ワタシが育てたの」
少女が示した方向には、足場の円の十周りぐらい上回った大きさの、クラゲがいた。
「でかっ!!」
蘭が声を上げた。
「元々は、他の子達と変わらない、ただのクラゲだったの。
だけど、お察しの通り、ワタシは元・神。万物の成長を司る、海神。
ワタシが加護を与えてしまったことで、この子達は、異常な成長を遂げてしまった」
ぽこんぽこんと、キャノンボールクラゲが、次々に水面から顔を出しては、また水の中に消えていく。
「でも、それだけなの。それだけなのに、世界はこの子達を、あの子を、危険視して、この場所をダンジョンと指定し、この場所に閉じ込めた。
ワタシはこの子達を守ると決めたの。
理解は出来るでしょう? ワタシ、知ってるわよ。この間、あなたが冒険者を殺したの。その理由も」
私はほとんど話を聞いていなかったので、そのまま無視した。
「それから、もう一つ。この場所の入り口を、外から隠してほしいの。中からは閉じられないから」
「ああ、いいぜ。その代わり、うちの生徒たちを返してくれ」
リュウが言った。
「勿論よ。記憶は消させてもらうけど」
話が進んでいく。
こいつは、リュウに、怪我を追わせた。
……………………
よくない。
よくない。
よくない、けど。
……………………
でも、リュウが、それでも良いなら。
さすがに、神格を剥奪されただけの神には、勝てないだろう。
それなら。次に。次はないと。
つぎ?
次を、起こさせるの?
それを許すの?
だめ。思考が回らない。
「ねえ」
口が勝手に動く。
「殺して、いい?」
視界が揺れる。焦点が合わない。
消さなきゃ。消さなきゃ。こいつを。
だけど、だけど。いまの私の状態じゃ、またリュウたちに迷惑がかかる。
「殺すって、誰を?」
少女の言葉に対して、私は、歪む世界の中で、少女を見つめた。
「ワタシなら、ワタシは、良いわよ。でも、そしたら、ダンジョンの均衡が保てなくなる。それでも良いの?」
それはだめ。世界が壊れる。世界が、崩れる。
リュウたちと、離ればなれになる。
『日向!』
ベルの声。
『眠りを司りし春の風よ、契約に則り、我が主に穏やかなる眠りを与えよ!』
その言葉が、私の魂に浸透し、私は、そこで、意識を失った。
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「ひーなーたー」
青白い光が、目蓋の上から感じる。
ぺちぺちと、頬を軽く叩く音もする。
「がっこーについたよ! ひーなーたー!!」
「なに」
「うわあああっ!」
スナタが華麗に吹っ飛んだ。
周りを見渡す。
ここは、学校の、正門。
「おっ、起きたか」
私は、リュウの腕の中にいた。
「運んでくれたの?」
すると、とたんに顔を真っ赤にして、ぱっと体を離す。
すこしよろめいてしまった。
「ごめん。迷惑、かけて、ばっかで」
リュウは私の頭に手をおいた。
「終わったぞ。全部」
また、私は、なにも出来なかった。
「じゃあ、あとは任せたぞ。おれたちは寮に帰るよ」
「えっ、帰るの?」
「ん? 帰らないのか?」
「んー。蘭が帰るならそうする」
そうやって、蘭とスナタは、仲良く二人で帰っていった。
「あー。で、おれが日向を運んだ件についてなんだけど。
勿論スナタが運べたらそれが一番よかったんだろうけどなんせスナタは一番魔力が弱いからおれか蘭が運んだ方がいいってことになってだけど蘭は泳げないから万が一のときを考えておれが最適だろうってことになって決してやましいことはかんがえてなかったというかその」
リュウの話は聞こうとした。だけど、不安に逆らえなくて。
私はリュウの体にしがみついた。
「えぅっ」
リュウが訳のわからない言葉を口にしたけど、反応する気力もなかった。
「そばにいて」
「どこにも行かないで」
必死に、それだけ言った。
リュウは何も言わない。
だから、私は、リュウの服をつかむ力を強くした。
「大丈夫。おれは、どこへも行かないから」
大丈夫。その言葉すら。
だんだん、信じられなくなってくる。
第一章・Hinata's story【完】