ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.85 )
日時: 2021/04/17 09:54
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: wECdwwEx)

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 舞弥姉が食事を取りに部屋を出た直後に、声が頭に響いた。
『何で血を飲まねえんだよ。理性吹っ飛ばそうぜ』
 なんでだよ。
『俺が体を乗っ取りやすい』
 知ってる。だから飲まないんだ!
『そうでなくても、おまえが理性飛んだところは見てて飽きねえからな』
 それも含めて嫌なんだ!!
『つまんねえの』
 それで良いんだよ。
 おれの両親は、人間と〈吸血鬼ヴァンパイア〉。おれはいわゆる、〈半怪人ハーフ〉。ハーフには様々な『異形』が生まれるが、その中でも、特におれは特殊とされている。
 ヴァンパイアとしての血と、人間としての血の割合が、ほぼ一対一。しかも、その両方の『良い部分』のみを受け継いでいるのだ。
 具体的に言うと、一般的なヴァンパイアの、人間とはかけ離れた優れた能力を持ち、なおかつ、太陽の光に弱いといった、ヴァンパイアの弱点がないのだ。
 適応属性が闇ということもあり、≪光の御玉みたま≫や≪聖水≫には拒否反応を示してしまうが、そこを含めても、他のヴァンパイアと比べると、弱点が異様に少ない。
 故におれは幼い頃から、〔邪神の子〕として、期待に包まれて育ってきた。
 それはいい。
 だけど、不満が一つある。
 血を飲むと、理性が飛ぶのだ。
 良いところ、というのは、ヴァンパイアたちが欠点としている部分以外、ということだ。
 他のヴァンパイアたちは、自分の理性が飛ぶことをさほど気にしてはいない。それはごく普通のことであり、恥ずかしいことではないからだ。
 感情をコントロール出来るに越したことはないが、おれの家系の本家の祖父ですら、完全なコントロールは出来ない。
 そして、おれは、理性が飛んだときの記憶が残る。
 別に、それ自体も問題ない。
 要は、日向の目の前で理性を飛ばすのが嫌なんだ。
 思い出すのも嫌な記憶が、おれの頭の中で再生される。
 苦い味が、口の中に広がるのを感じた。
『てかさ、なんでそこまであいつに気を回すんだよ。理解できねえ』
 こいつに思考を読まれることには、もう、諦めた。
 理解してもらう必要はないので、おれは無視した。

 どどどどどっ

 突如、部屋の外から、大きな音がした。

 ばあん!

「お兄様!」

 大きく開いたドアの向こうから、特徴的な、やや青紫色の光を帯びた黒髪の、ドリルツインテールの少女、ルアが現れた。
「ノックはしような?」
 おれは努めて笑顔で言った。それに対し、ルアはわずかに頬を赤らめた。
「お兄様に、すぐにお会いしたかったものですから」
「ルアが来たってことは、明虎あきともいるのか?」
 すると、ルアは機嫌を損ねたらしく、そっぽを向いた。
「あんなやつ、知りませんわ」
「そう言うなって」

 どどどどどっ

「ルアー! 抜け駆けすんじゃねえよ!!」

 先ほどのルアと全く同じ動作で、明虎が部屋に入ってきた。
 新緑を思わせる鮮やかな緑色の髪に、おれは目を細めた。
「ふん! 出来損ないの人間が、ヴァンパイアのすることに口を出すんじゃありませんわ」
「はあっ?! おれと龍にぃは実の兄弟だぞ!? ただの従妹のおまえこそ、口出すんじゃねえよ!」
 ぎゃいぎゃいと元気に喚く弟と従妹の声で、おれの耳は痛かった。
「なんの騒ぎ?」
 舞弥姉が、またジャストなタイミングで部屋に入ってきた。
 天の救いだ!
「龍馬、朝食を持ってきたけど、あとにする? こんなに騒がしいと、ゆっくり食べれないでしょう」
 じと、と、舞弥姉が二人を睨む。途端に、部屋は静かになった。
「あら? 舞弥さん、お兄様の朝食が、何故、人間が口にするものですの?」
 ルアが厳しい口調で言った。
「龍馬のリクエストよ」
 舞弥姉はそう言って、机に次々と中身の入った食器を並べていく。
「お兄様?」
 おれはため息を吐いた。
「おれは血に関しては潔癖なんだ。誰のか知れない血なんか、飲みたくない」
 ルアは腑に落ちない様子だったが、しぶしぶ頷いた。
「そう、そうでしたわね。それなら、仕方ありませんわね」
 ぶつぶつと、自分に言い聞かせるように、繰り返し唱えていた。

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