ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.87 )
日時: 2021/04/25 08:37
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: AUvINDIS)

 4

 おれは食事を終えて、二人がいると思われる、居間に向かっていた。
『別に行かなくてもいいだろ。ほっとけよ』
 そんなことしねえよ。おまえと一緒にするな。
 懲りずに何度も言われて、そろそろおれもイライラしてきた。
 ろうそくの火だけが点々と灯る、暗く長い廊下を歩いて、おれは目当ての部屋に到着した。
『なんでわざわざガキのために五分もかけて移動するんだよ。呼べば来るだろ、あいつらなら』
 だから、おまえと一緒にするな! 反吐が出る!
『きったねえな。吐くなよ?』
 言葉の綾だ!
 頭の中で押し問答を繰り広げながら、おれは扉をノックした。

 コンコンコン

「ルア、明虎? 居るか?」
 そう言い終わるや否や、勢い良く扉が開いた。
「げっ」
 目に飛び込んできた巻き毛の黒髪。
 気の強そうな紫の瞳と目があって、思わず声が出た。すぐさま肩に腕を回される。
「お姉さまに向かって『げっ』はないでしょう?」
『相変わらず香水臭い女だな』
 おれはなんとも思わないが、一般からするとかなり強い力で、華弥かや姉はおれの首を絞める。かなりほっそりとした体型であるにも関わらず。体を流れる血がほとんど吸血鬼なだけある。
「華弥姉、離せよ。ってか、なんでいるんだよ。男と暮らしてんだろ?」
 なにかわけありなのはすぐにわかった。吸血鬼、ということを念頭に置いても、華弥姉の顔は青白い。
 華弥姉は、空いている右手で演技めいた動作をしながら、やれやれと首をすくめた。
「あんなの、ポイよ。聞いてよー。あいつったらすっかり太っちゃってさ、血が不味いのなんの。つい最近まで健康的だったのにね。私まで太っちゃうわ」
「つい最近って、何十年前だよ。成長速度が全く違うんだから、仕方ないだろ? 学習しろよ」
 言った直後に、後悔した。
 おれはあまり、この人(吸血鬼)が得意ではない。やたらとベタベタ絡んでくるタイプは、苦手だ。
「人間の血が一番美味しいんだって! 栄養価も高いしね。知ってる? 美しい人間の血を飲み続けると、若返るんだって! ちょっとあんた、バケガク通ってんでしょ? しかも、なんだっけ? Ⅱグループ? って、優良物件多いんでしょ? あんた顔も外面そとづらもいいんだから、交友関係広いでしょ? 良さそうなの何人か見繕みつくろってきなさいよ。そうね、女がいいわ。あごがつかれないし。とにかく美味しい血を飲んで、口を洗いたいのよ」
 一度にまくし立てられ、おれは自分でも、げんなりとしているのを感じた。
『あごの心配するって、こいつも老けたな』
 こいつの相手をしているというのも、その理由の一つだろう。
「やだよ、めんどくさい」
「てかさー、なんであんたは血を飲まないわけ? 潔癖性とは言うけどさ、他のことはそうでもないじゃない? 綺麗好きとは思うけど。
 この屋敷の貯血庫ちょけつこにあるのは、どれも一級品だし、保存方法にも細心の注意を払ってるから、舌の肥えてないあんたには十分すぎるほど美味しいわよ?」
 おれの話を聞いているのか。
 いや、それよりも。
 華弥姉は話すことに意識を向けているらしく、おれの首を絞める強さが弱まった。
 すぐさま、振りほどく。
「それなら、華弥姉がその血を飲めばいいだろ。好きなだけ口を洗え」
「舌の肥えてない、って言ったでしょ。あたしはSランクの血を求めてさ迷ってるのよ。一級品とはいえAランクの下の方の血なんか、飲めたもんじゃないわ」
 舞弥姉が聞いたら、怒るだろうなあ。食材には感謝って。
 食材、か。
「舌の肥えてないおれに、華弥姉の舌を満足させる逸品を見極められるわけないだろ」
「はあー。冷たいわねえ。だからあの二人もへそを曲げてるのよ」
 華弥姉は、くいっと親指で部屋の中央の椅子に座る、ルアと明虎を示した。
 特に何をするわけでもなく、茶色い革製の大きなソファに腰かけて、うつむいている。
 さっきから騒いでいたのだから、おれが来ているのには気づいているはずだ。なのに、一向にこちらを見る気配はない。
 おれは二人に近づいて、机を挟んだ向かい側に座った。
「ルア、明虎」
 一瞬だけ、目が合った。
「「ふんっ!」」
 明らかに拗ねている。
「ごめんな、二人とも」
『謝んなよ。悪いことしてねえだろうが』
「おれ、ちょっと疲れてたのかな。八つ当たりみたいなもんだ。ごめん」
『む、し、す、ん、な!』
「お詫びに、今日一日、二人がやりたいことに付き合うよ。それで機嫌を直してくれないか?」
 沈黙が、この部屋を支配した。
『はーあ。このヘタレ。クズ。なあーにが『ごめん』だよ。悪いのはそいつらだろうが。あほらし。こんなガキ相手に頭下げんじゃねえよ!』
 おれの頭の中以外。
「じゃあ」
 ルアが口を開いた。
「読んで欲しい本がありますの! 異国の言葉で、わたくしには読めませんから」
「そっか、わかった。後で一緒に取りに行こう」
「はい!」
「あ、おっおれは!」
 慌てたように明虎が言った。
「魔法教えて欲しい! 火属性の攻撃魔法!」
 火属性か。
 おれの適応属性は闇と水。しかし、明虎に教えるくらいのものならば、一人前以上に使いこなせる。
「ああ、いいぜ」
「剣術も教えて! あと、一緒に鬼ごっこしよ! それからかくれんぼと、えっと、えっと、あっそうだ! ステータス見せて!」
「ちょっと明虎! 多すぎますわよ!
 お兄様! わたくしもまだしていただきたいことがありますわ!」
「わかったわかった。とりあえず落ち着け。順番に一つずつやっていこう。おれの体は一つだぞ?」
 おれはいま、苦笑いを浮かべていることだろう。
 しかし、全く、苦い感情はわき出てこない。

 世界は、これを、『幸せ』と呼ぶのだろうか。

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