ダーク・ファンタジー小説

Re: この馬鹿馬鹿しい世界にも……【※注意書をお読みください】 ( No.92 )
日時: 2022/04/19 19:16
名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: IfRkr8gZ)

 9

 おれは学園長室の扉をノックした。

 コンコンコン

「入りなさい」
 若い女性の声がする。
 学園長、しかもバケガクのともなれば、それなりに経験を積んだ者が勤めるもの、と、世間では思われている。実際にそうなのだが、どうしても年配の男性を思い浮かべてしまう人が多いらしく、また、あまり表に顔を出さないので、よくびっくりされているのを思い出した。
「失礼いたします」
 先に声をかけてから、入室する。
「CクラスのⅡグループ、教室番号三◯二、出席番号六番、笹木野龍馬です。お呼び出しを受けて、参りました」
 おれの家にもあるような、大きなはめ殺し窓を背にしているせいか、艶のある女性にしては大柄な体の腰まで伸びた髪は、光を反射し輝いているように見える。
 黒縁くろぶちの眼鏡の奥にある、きゅっとつり上がった細い目が、かすかに、満足げに揺れた。
「うんうん。笹木野君は、相変わらず礼儀正しいね。
 君も見習ったらどうだい?」
 細くしなやかな指が両手で交互に組まれ、その上に顎が乗せられる。
 学園長の視線が、おれから見て左に移った。
 誰に言ってるんだ?

「うわっ!」

 気づかなかった。おれのすぐ横に、日向がいた。他の二人はいない。日向はおれをちらりと見ると、すぐに学園長と視線を交わす。
 二人が会話しているようだったので、水を差すようなことはしないが、どうしても言いたいことがあった。

 日向、絶対おれを驚かそうとしたよな?

 日向は表情に出さないだけで、ちゃんと感情はある。いまもそうだ。おくびにも出さないが、内心は笑ってるに違いない。
「別に、言わなくても、分かりきってる」
 日向は言った。
「いやいや。たしかにそうかもしれないけどさ。それでも、いまは学園長と生徒って関係な訳だから、花園君は、きちんと礼儀を通さなきゃ」
 苦笑いしつつ、学園長は言った。日向はまだ、入室の挨拶を済ませていないらしい。
 日向は分かりやすく、嫌そうに眉を潜めた。

 こうした、半ばふざけたような仕草を日向がすることは、滅多にない。それ故に、日向と学園長が旧知の仲であることを、暗に語っていた。

「君だって、下に立つ者が敬意を持って接しなかったら、怪訝に思うだろ?」
「別に」
 日向は即答した。学園長はしばらく制止し、ため息混じりに言う。
「君に聞いた私が馬鹿だったよ」
 どういう意味だと、日向は目で尋ねた。
「言葉の通りの意味だよ」
 演技臭く、学園長は肩をすくめる。

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