ダーク・ファンタジー小説
- Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.10 )
- 日時: 2012/08/08 21:57
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: 自分の人生から逃げること。過去から未来から、げること。
果たして、僕が生まれたのは、幸運だったのでしょうか?それとも——
「hello,mybaby.」
(ムカつく奴らを消したくない?)
ここは、実験台や実験道具の棚、標本に天文図、理科室みたいなところ。どこかの実験室なのだろうか。窓の外には樹海が広がり、どうやら森の奥にあるらしい。内装も、狭くて小汚い。実験なんて大したことできないんじゃないかというほどに、使いづらそうな部屋。
時計の秒針の音だけが響く部屋、少年は、両手首を背中の後ろで縛られて膝をついていた。動けない少年の目の前に、底の剥がれそうな靴をはいた足があらわれる。見上げればそこには、白衣に身を包んだ長身の男が立っていた。全体は黒髪なのに前髪の一部に金髪のメッシュが入っていて、しかも片目が隠れていて。ちらりとのぞく耳には、モチーフの付いたピアス。全部の指に、何だかよくわからない形の飾りのついた指輪をつけている。
新品できれいな状態なのは白衣だけで、ボタンを占めていないから下に来ていたものも見えた。黒いタンクトップにサルエルパンツ。清潔感があるのは白衣だけで、その他は全体的にちゃらけていた。その姿に少年は、夜の街を仲間と遊びまわる行き場をなくした不良。そういう人を連想した。あくまでも、すべて彼の主観的な思想だが、それが第一印象だった。
それにしても危険な雰囲気ではないだろうか。薄気味悪い実験室に、危なそうな男。自分自身は手首を縛られて歩けない。立とうとしても力も入らなくなっている。これではまるで囚われの身だ。
男はゆっくりとしゃがみ込み、彼と目線を合わせると、爽やかに優しく微笑みかけた。その笑顔は、憂いとか偽りとか我慢とか、微量ではあるがそんなものが感じられた。彼の姿には不似合いな、不自然な笑顔のような気がした。
「hello.ようこそ、可愛い子。握手しようじゃないか。」
- Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.11 )
- 日時: 2012/08/08 22:01
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: 自分の人生から逃げること。過去から未来から、げること。
ちゃらけた口調で、軽く挨拶をする。さっきの笑顔は君が悪いのに、この声にはなぜか親しみがこもっていて、暖かい。どうしてそう感じるのだろうか?もしかして、騙されるのだろうか。今から利用でもされるのだろうか。…この人、悪い人なんだろうか?そう思ったのは、昔小学校で教わったことを思い出したから。
(皆さん?このことをよく覚えておいてください。子供を誘拐する怖ーい人は、最初は優しく、感じのいい人を装ってきます!)
(そういうことを言う人は、子供の心をつかむのが上手で、うまいこと言ってくるから、気をつけなさい。)
最初、誘拐犯は優しい人に見えるんだって。
(まあ、全員がそうだなんて俺、思ってないけどね。)
優しくふわりと、差しだされたその手を、少年は無視した。そのかわり、じっとそいつの顔を睨みつけてやった。
なんだか怪しいし、本性はもしかしたら自分を誘拐した変質者かもしれない。そうしたら、こいつは仮面をはずすのだろうか、本性を現すのかな。
「…怖いのはどっちなのかな?他人?それとも、こんな怪しい場所に暮らす、俺?」
そう言いながらも握手を求める手は引き下がらない。
…たにん?
なぜかはわからない、少年はその言葉に身震いした。ぞわぞわと、肌がひきつる。
「…。」
「他人が怖いんか。ハハハッ」
他人は、怖い。
僕、他人が怖いんだ———
何故だかわからない。何故、他人が怖いのかは分からない。何も身に覚えもないし、つい最近までは他人だなんてどうってこともなかったのに。今さらなんなのだろう。この不自然な感情は。
- Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.12 )
- 日時: 2012/08/09 07:51
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: 本当に澄んだ目をしていますね。あなたは…
(いや、違う。僕は他人が怖いから握手しないんじゃない。誘拐するような人と干渉なんてしたら、どうなるかわからないからだ)
ふっと、男から自然に顔を伏せた。頭の上から男の「ふ…」とかすかに笑う声が聞こえる。何がおかしいというのだろう。
「まあ、わかるよ?俺もこう見えても人見知りの構ってクンだからさぁ。フハハッ」
そのまま姿勢を崩し、楽に座り込むとそのまま少年に話しかけつづけた。
「まー、そんなムキにならないでさぁ、楽になれよ。」
…白衣の袖口からたばことライターをだし、火をつけて咥える。
…楽になれと、自分が言ったからって、この男は楽になりすぎじゃないだろうか。緊張感全くなし。何だかこっちの力が抜けてしまう。力が入らないというのにこの男のせいで更に。
いったいこの男は、何者なのだろう。チャラチャラした見かけに中身も軽い。それなのにこんなところに居座っているようで、で、なぜか自分はその男のところにいる。この、なぜ自分はこの男と、この実験室にいるのかというところが一番の謎。怖いわけではないけれど、気味が悪くて仕方ないから、正直言って帰りたい。…そうだ、自分の両親はどうしているだろう。もしかしたら今頃自分を探しているに違いない。自分が失踪したというのならニュースになったり、新聞に載ったりしているに違いないだろうし。
だとしたらなおさら帰らなくちゃ。少年は自分の手首に巻き付けられた縄を解こうと、手首を動かす。そう簡単に外れるモノじゃないとは思っているけれど。
目の前から、くくっと笑い声が聞こえる。それはだんだん憎たらしいものへの嫌悪を示すような不気味な声に変わってくる。ほら、頭のクレイジーな悪役とかが映画でしているような。だらりと汗が額を伝う。
「逃げる気満々にならないでくれる?」
じゅわり、熱いものが自分の腕に当たった。それは痛みに代わって当たったケ所に大きく響く。男が咥えていた煙草を自分の腕に押し付けてきたせいだ。「うっ」と思わず呻くと男は満足そうに鼻で嘲笑い、「しゃべれるんじゃん。」と言い加えた。
「その縄を解くかとかないかは、boy次第にしとくわー。」
…ほんの少し間があいた。
「どういうこと。」
もう、これ以上無視をしたって悲しいだけってわかっている。そう思ったのか少年は口を開いた。「しゃべれるんじゃん。」なんてまで言われて、もうどうあがいても自分は救われないだろうし、この腕に着いた火傷みたいに、痛い思いをするのは嫌だ。
「んふ、用はねぇ、俺と契約して嫌いな奴ブッ倒してみませんかーってこと。」
…ああ、駄目だ。完全にこの男は頭がおかしいらしい。アニメの悪役気取りだろうか?嫌いな奴をぶっ倒すだなんて…。
(そんな非常識なこと誰が…)
「あ、で、そのうえで質問。」
「…なに?」
「お前さぁ…。」
名前、無いだろ。
- Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.13 )
- 日時: 2012/08/09 08:02
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: 今回でアク禁かからないか若干ドキドキしているバチカ。
「え…?」
「やっぱり、無いのか。」
男の言葉は少年の頭の中を真っ白にしてしまった。さっきまでは誘拐だの帰りたいだの、そのような目の前にあることにしか頭が行かなかったのに。無理やり思い出そうとしても名前がないことに頭の中が混とんとして、思い出せない。その事実にまた汗を流す。焦った。名前のない人間だなんて——。
男は肩をすくめ、ため込んでいた息を吐き出した。まるで何かに呆れているみたいで腹立たしいけど、この男を倒すことなんてできないのだから、悔しいことだ。
「無いんだな。りょーかい。」
男が納得しても、もう少年の心の中は、真っ白だった。
「ま、とりあえず、名前なんて考えたってそうそう思い出せないわけでー、だっかるぁ、お前の名前は後で適当なのを選ぼうか。」
適当に名前を決められたくないが。まぁ、そうせざる負えない。
「…まー、名前は忘れても嫌な奴の顔は絶対に忘れられないと思うわけ。」
「だからなんだよ。」
「お前、嫌いな奴いるっしょ。」
——そんなのわんさといるさ。頭の中に教室の風景が浮かぶ。そこには、自分を嘲笑っているクラスメイトの姿がある。先生なんてその光景に背を向けて。
「思い出したく、なかったのに…。」
「あれ、これまで忘れてたわけ?」
思い出は、言われたり何か連想づけられるものを見たりするとよみがえってしまう。すると、「そういえばさぁ」なんて、会話が出てくるように。それは、名前がないことに混乱していたように、今はこの状況に混乱していて忘れていたことなのかもしれないが。
彼は思い出してしまう。これまでの嫌な記憶。牛乳を掛けられたあの日、筆箱を隠されたあの日、クラスメイトの教科書が無くなった時、泥棒だと言われたあの日、皆に無視されたあの日、信頼できる友達がいなくなったあの日、無理やり首を絞められかけた時。
「殺されかけたんだ。」
ああ、もう憎しみしか出てこないよ————
- Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.14 )
- 日時: 2012/08/09 17:20
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: 何故、弟は死んだのか。 2章完 1章と比べて短い。
『そうそう』と、男は首を縦に振った。
まだ未熟な彼の心には妙な感情の目が噴き出た。これまで感じたどんな想いよりも大きく、そして重たく冷たく刺々しい憎しみ。
(僕は何も悪いことしてないのに…何でこんなところ毎日来なくちゃいけないんだ…!)
そう、ぼこぼこにされた帰り道にそう思った。
(明日になったらあいつらに絶対仕返ししてやる。絶対!)
そう、思っていたのに結局できなかった。奴らの目の前に立つと、どうしても足がすくんでしまう様にすらなった。今となってはそんな自分にすら腹が立つ。あの時、怯えながらでも何か言ってやればよかったのに。
…あいつらのこと、今度こそブッ倒さなきゃ気が済まない。
「俺と手を組めばブッ倒せるわけよ。お前を殺しかけた同級生らを。」
ああ、こいつのいうことを聞けば、奴らを倒せるのか。
(そんなわけないじゃん、何しようとしてんのかわかってんのか?)
そんな自制の声すらもいまは聞き入れることなんてできない。
「名前、なんて言うの?」
「え?俺の?」
「あいつらのこと、シバかなきゃ気がすまねぇぇよ!!!」
なぜか、憎しみが増すと体に力が入る。勢い余って立ち上がりながらなんと少年は縄を自力で説いた。めりめりと音を立てて縄ははらりと下に落ちる。
「手を組む気になったんだ。嬉しいね。」
にこりとまた、不自然に笑うと、男は真顔になった。
「———刀山玲人。一応そう呼んでくれよ。」
——銃声の音が響く、そのたびに倒れる誰かと、悲鳴と、それから凄惨な紅。
ナイフを突き刺す音がこだまする。そのたびに倒れる誰かと、泣き声と、その誰かの体に刻まれる見にくい傷跡。
ああ、楽しいよ————
そしてまた、命を消し去る音を発する。
「すっげぇなぁ。血の出てる死体は。最初はグロいと思ったけど、2回目以降は堪らないんだよねぇ。美しいなぁ…アハハッ」
「…お前、何なんだよッ!お、お前なんか人じゃねーや!!」
そんな風に抗う声すらも、彼の耳に届かず。それはむなしく流れ落ちる砂のようなもの。
「人じゃないのは君も一緒だよ。非道なのは僕だけじゃないのさ。」
傷つけ続けるこの狂人は人ではなかった。しかし、傷つけられている被害者たちもこの狂人より前から人でなかったは。ここにはまともな人間なんてただの一人もいない。決して。