ダーク・ファンタジー小説
- Re: なぜ死んだのかわからない弟 ( No.2 )
- 日時: 2012/08/07 21:19
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: 1人称なのか3人称なのかわからない状態。
どこまでもどこまでも青く澄んだ空が広がっていて、桜の花びらがしずかにふわりと舞い落ちる。絵にかいたようなとてもきれいな色の空。太陽もてらてらと熱く輝いておりました。
それなのにどうしてでしょう?こんなにいいお天気なのに、とある少女の心には、土砂降りの雨が降っていた——。
「誠司君にも見せてあげたかったなぁ。」
穏やかな口調で言うも、暗い感情しか掻き立たない。
窓から降り落ちた桜の花びらを手に受けながら、少女はぽつりとつぶやいた。口ではそう言いながらも、少女の黒い瞳には、何も映らない。まるでその瞳に何かを映すのを制止するための黒い膜が張られた様に、光のない目だ。このうつろな目には、何かがちゃんとうつされているのだろうか?
誰もいない、仏壇のある部屋の窓際。作り笑いをする弟の写真だけが、そんな彼女を見ている。——深く吸った息を吐き出しながら、一週間前のことを思い返した。
——あの日はとてもひどい大雨でした。
「ただいまー、誠司く〜ん、ご飯作ってある?」
夕方、自分がバイトから帰ってきた時間にはもう誠司は塾から帰ってきていたはずなのに。
「…誠司くん?」
返事なんか返してくれない。人の気配のしない生活感をなくした部屋。
ぞくり、嫌な汗が背中を滴った。
誠司くん、どこ?何度も何度も弟の名前を呼んだ。
…ある場所で、ぱたり。足を止めた。とても青白い顔をした、少年が倒れているのが見える。
-—腹には刺し傷があった。赤くて赤くて、赤黒い、血にまみれていた。
「私、おなかすいたんだけど。ねぇ、誠司くん。当番でしょ?つくって…。」
「…。」
何も言ってはくれなかった。色褪せた唇は、とても冷たくて、もう息をしていない。唇に触れるだけでそれが伝わる。確認すると肌がぞわぞわする。
「ちこくするよー?」
冗談めいて言ってみた。顔をぺちんっとはたいてみても。それでも彼は何も言ってはくれなくて。何度も何度も名前をよんだけど、もう弟は返事をすることが出来ないんだ。わかっている。でも、突然すぎるでしょう?何があったのか、自分には理解できない。でも、それでも今はひとつの感情しか湧き上がってこないんだ。
額に皺を寄せてがくんっと、うなだれる様にな姿勢に変わる。
「…お願いだから夢であってよ。」
冷たくなった手を握りしめて、それしか願うことが出来なかった。
二人だけの空間に、激しくなった雨音だけが響いていた。
——
- Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.3 )
- 日時: 2012/08/07 21:23
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: バイト数バラバラだなーっと。
誠司くんに、腹に刺し傷があったことから、殺されたことには違いない。でも、どうしてうちの弟なんだ。どうして誠司くんなんだ。殺人だとか、犯罪だとか、その手のことに、誠司くんは全く関係ないというのに。
(誰かに恨みを買われてしまった———?)
ずっと心に引っかかっているのに、今もその真相はわからないままで——。
「美奈子ちゃん。」
柔らかく、優しい声が後ろから聞こえた。
「…おばさん。」
父の姉、つまり少女にとっては伯母にあたる親族、千秋だ。いつもどこか悲しそうな微笑みを湛えて、ふらりと歩いてくる。少し老けただろうか。立ち振る舞いのせいで、実年齢よりも年老いて見える。実際は、40代あたりの筈なんだが。
優しそうな熟女…いえ、淑女はよろよろと美奈子の隣に腰を下ろした。誠司の遺影を少し見つめた後、美奈子のほうを向いた。
「いったい、何があったのかしらね。」
聞くのをためらうでもなく、率直に聞いてきた。それはまるで、美奈子を疑うような口ぶりだった。きっと、そんなつもりではなかったのだろうけど、その言い方には少しむっとしてしまう。まあ、もし千秋がそのようなつもりで聞いてきたとしたって仕方ないだろう。何故なら私は、なぜならば私は第一発見者なのだから。でも、そんなこと聞かれたってわからない。私だって何があったのか知りたい。だけど、千秋は自分のことを心配してくれているのだろう。だから、そんなことは言えなかった。
「…わかんない。」
「そう、よね…。ごめんね、何言ってるのかしら。」
「謝ることなんてないですよ。それよりも、今日の葬儀の準備、はじめないと。」
「そう、ね…。」
よろり、と倒れそうな勢いになりながら千秋は立ち上がり、仏壇の間を後にした。振り返れば、仏壇の間は座敷とつながっているから、後ろでは親族皆が顔を合せて、宴のように話をしている。きっと、しばらく会っていなかったから、再会が嬉しいのだろう。話題の中にはたまに、自分や誠司の名前も浮かんでいたけれど、葬儀だというのに少しだけむしゃくしゃする。一番身近な人間をなくした、美奈子としては。
誠司の式に、あまり時間はかからなかった。簡素に、簡単に、終わってしまうものだ。本当は3時間もかかったのだけど、美奈子にはあっけなく終わってしまったような気がした。
「じゃあ、ね。美奈子ちゃん。気を付けてね?」
心配だからと言って、アパートには千秋が送ってくれた。心配されるほど美奈子は幼くないけれど、一人で帰らせるには時間が遅すぎると思った千秋の心遣いだったのだろう。
「家まで送ってくれて、ありがとうございます。なんか、すみません…。」
「ううん、いいの。私は、美奈子ちゃんが心配だから、ね?」
「心配されるほど私幼くないですから…。」
「…そうね。」
優しく微笑んだ千秋は、「それじゃあ、お休みね。」と一言いうと、静かに扉を閉めた。なんだろう、千秋が去ったら妙に喪失感が増す。これからは一人ぼっちで暮らさなくちゃいけない。
「…誠司くん。」
いったい何があったの。どうして、ナイフに刺されて死んでいるの。ねぇ、ねぇ、ねぇ。教えてほしい。あなたが死んだ理由を。教えてほしい、私がこれからどうしたらいいのかを…。
ねぇ、誠司くん…。
- Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.4 )
- 日時: 2012/08/07 21:30
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: 僕の過去、君に譲ったら君は幸せになれるの?
去年の夏の日。美奈子、16歳。誠司、13歳。
「ぎゃあっやだやだやだ!ゴキブリ嫌!」
雑誌のページをめくっていた美奈子の足元に、ゴキブリがあらわれた。カサカサと気持ちの悪い音を立てて、素早く動くこの生き物を、誰か好きになんてなれるのだろうか?もういっそ、滅んじまえばいいのに。
美奈子がゴキブリをつぶそうと丸めた雑誌をゴキブリに叩きつけようとする。すばしっこいゴキブリは殺されまいと雑誌をよけるのだ。いつの間にか、誰かの手が、ひょいとゴキブリをつまみ上げた。
「せ、誠司…!」
「だめ、殺しちゃ。死んじゃう。」
淡泊にそういうと、誠司くんはゴキブリを窓の外から投げ捨てた。その行為も十分残酷だが誠司にとっては殺さない方が重要だったのだ。
いつも、虫が部屋に出て来ても殺すことはしなかった。このような事をあっさり成し遂げる。
「美奈は自分が殺されてもいいの?」
「良くない良くない良くない!でもあいつ気持ち悪い!怖い!」
「…美奈は自分がキモいから殺されてもいいの?」
「は、はあ…!?」
睨むようなまなざしで、意味が分かりかねないことを言ってくる弟。そう、このような点で彼はなんだか、変わり種だった。
「良くないでしょ。俺だって嫌。されて嫌だと思うことは、相手にしちゃいけないんだ。」
勝ち誇ったような、説教じみたような言葉を言うと、鼻で美奈子のことを笑った。
「す、すみません。」
「小学校でならわなかったの?」
「習いました…。」
「じゃあ、復習しなさい。」
「はい……。」
もう、どっちが上の立場何だかわからない。そんな状態。皮肉屋の癖にそとづらがいいせいで、友達の数だけは多い。
(小学校で習った事を律儀に守っている方が珍しい気がするんですけど…)
その点で美奈子は誠司を変わった奴だと思っていたけれど、ある意味尊敬するべき人だと思っていた。良くできた弟…だからだろうか。
—誠司を思い出す。変わり種だったくせに妙にまじめで律義で親切で、外面はいいから友達がいっぱいいて、毎日誰か、誠司の友達が遊びに来ている。そんな不思議な子。
私にとっては弟というよりは兄という存在だった。
- Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.5 )
- 日時: 2012/08/07 21:32
- 名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
- 参照: 何故、弟は死んだのか。 一章完。
葬儀から1か月、美奈子の心はまだ晴れぬままだった。
「…誠司くん。」
ぼーっと、「また」美奈子は誠司の名前を呼んでいた。箸を持ったまま、すっかり伸びてしまったラーメンの置かれたテーブルの前に美奈子は座っていた。
誠司の友達や、教師など、身近な人には一人残らず何か知らないか聞き込みをした。そんなの警察がやってくれているんだろうけど、それだけじゃ自分を抑えられない。
『だから知らないですから僕!何度も電話かけないでください!』
「あの、ほんとになにも知らないですか。」
『どういう意味ですか!!知らないって言ってんのに!訴えますよ!』
「あの日、誠司と一緒に塾に行ったのは、三谷君じゃ、ないんですか…?」
『確かにそうですけど…でも、だからってそこまではわかんないですから!』
「あ、あの…!」
すぐに切れてしまった電話。
そう、大体こんな反応。憐れんだり、慰めてくれる人々も中にいるけど、新聞に載ったり、ニュースでこのことが流れたりしたとき、皆は変な目で私を見る。どんな目だって言われたってわからないけど、とにかくいやな目。思い出しただけで両腕をこすり合わせてしまう。
「忘れる…べきなのかな。」
こんなもやもやした状態で、何が何だかわからない状態で、終わらなければいけないのだろうか。
「……。」
コタエなんて出ないけど、だからって無力な自分に何かが出来るとは思わなかった。
そのまま、私は眠ってしまった。このまま…眠り続けていたいな。幻でもいいから誠司くんが起こしてくれるまで。