ダーク・ファンタジー小説

Re: 何故、弟は死んだのか。 ( No.26 )
日時: 2012/08/18 11:31
名前: バチカ (ID: LuHX0g2z)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=6584

 
 ※参照のスレッドにも掲載させていただきました。


【中途半端なところで番外編】

【とある姉弟の冬休み】

 「はぁーっさむー…。」
 部屋の外をみると、空から白い小さな粒が降ってくる。なじんでしまったように、ガラス越しに見たそれは景色にじんわりと広がって、ふんわりとして見えた。
 雪が降っている。しかも初雪。
 「誠司くん、雪降ってるよ!」
 「んー…。」
 まるでやる気のなさそうな、弟の生返事が返ってくる。せっかくの初雪なのに、この子は興味がないのだろうか。
 (こんの、引き籠りが!)
 なんだか燥いじゃった自分が子供みたいに思えて、少々気恥ずかしい気分になった。そんな誠司を振り返ると、勉強机に向かって、教科書なんて眺めている。まったく、今は冬休みだというのに勉強なんかしてどうするんだ。勉強なんか対して役に立つことないし、面倒くさい。せっかくの冬休みなんだから楽しいことした方がいいのに。それが勉強嫌いで快楽主義の美奈子の考えた事。実際美奈子は宿題を少しも進めていない。冬休みも残るところ一週間となったのだが。
それに対して誠司は毎日、遊びもせずに教科書とにらめっこしている。
 (これだから、がり勉は…)
 こんな幸せな期間を勉強なんかに費やして、それこそ時間の無駄使いなんじゃないだろうか。ちらりと横目を見ると、今度はノートを取り出して教科書を見ながら何やら書き込み始めた。
 (本当に残念な奴。)
 冬休みに少しも遊ばない誠司に、少し苛立った。こっちは遊んでばかりなのに、誠司はそうでもない。そんな自分への劣等感も感じ、湧いた悪意で「ばーか、が、り、べ、ん!」と、口パクで叫んでやった。もちろん誠司は勉強に入り込んでいるため、気付かなかったようだが。

 
 
 「美奈子。」
 「はっ!?」
 こちらを振り返りもせず、勉強を続けたまま誠司は言った。突然言われたものだからびっくりしてしまったが。
 口パクしていたため、美奈子は口をパカッと開いていて、何とも間抜けな表情になっていたのだが、誠司は全く気にせず美奈子に問い掛けた。
 「今日も、母さんたち遅い?」
 母さんたち。美奈子の父と母は共働きだ。だからこの家には夕方まで両親はいない。二人とも会社勤めなのだ。
 (寂しいのかなぁ。)
 あまり両親といる時間もないから、誠司も寂しさを感じているのか。
 なんだか、意外だ。
 いつも無表情、いつも無関心の誠司がそんな風に考えているだなんて。この子も、親に甘える時間が恋しいのかな。
 (ママァ、なんつって…)
 誠司のそんなところを想像したら、悪寒が走った。
 「うわ気持ち悪っ誠司キモッ」
 「は?」
 「あ…いや…。」
 思わず、声に出してしまった。誠司からは怒気を含んだ言葉が返ってきた。表情は薄いが、苛立っている時の声だということは、わかった。姉と弟だから。
 「なんで?親がいつ帰ってくるか、聞いただけ、でしょ?」
 誠司の独特のしゃべり方、区切っていってくるところが余計に怖い。
 「あーやーそのーごめーんね?あはは…。」
 本当のことを言うのも恥ずかしいので、適当に言ってみた。
 「…。」
 沈黙。すごく睨んでくる。凝視してくる。変に誤魔化すよりも話を元に戻した方がよさそうだ。
 「お、お母さんは今日も残業があるとよ?」
 「声、裏返ってる。」
 …バレていたか。
 「ま、まあいいじゃん。そんなことは、それにさ、結局…」
 お母さんはいつも残業引き受けちゃうんだし。そう美奈子は言いかけた。でも、それを遮るように電話が鳴る。
 「あああたしが!」
 誠司は美奈子のさっきの言葉に腹立っているのか、相変わらず美奈子を凝視してくる。
 (ったく、気が小さいんだから。いちいち根に持つなっての。)
 「はい、もしもし?」
 誠司の細かい一面にすこし苛立ったせいか、電話に出ているというのに怒っているような態度になってしまった。
 「美奈子ちゃん?美奈子ちゃんかしら。」
 「…え、伯母さん?」
 電話の相手は、美奈子と誠司、ふたりの伯母にあたる千秋からだった。少し声がかすれている。寒くなってきたせいで風邪でも引いたのだろうか。それにしても懐かしい人だ。たしか…美奈子が中学に上がって以来だから相当久しぶりなはず。それでも千秋だと分かったのは、かけてくる人と言ったらこの人しかいないせいだろうか?
 「お久しぶりです!お元気でしたか?」
 「ええ、元気だよ。美奈子ちゃん。」
 優しい声で、千秋は返事をしてくれた。美奈子の態度が悪かったことを気に留める様子もなく、話してくれる。
 「…千秋さんか。」
 誠司がぽつりとなにかを言ったような気がしたけれど、ここは無視。あまり重要ではないし。
 「…それじゃあ、皆さん相変わらずお元気なんですね!よかった。」
 「……ねぇ、そんなことより、美奈子ちゃん。」
 「…?」
  明らかに千秋の声のトーンが変わった。
 「あなたのお父さんとお母さんのことなんだけど…落ち着いて、聞いて下さる?」
 なんだか、悪い予感しかしない。千秋のこんな重い声、聞いたこともない。
 
 もしも、あなたは今日出て行った両親がたった今、交通事故に逢ったとして、それを知らされたらどうしますか?

 「…美奈子、どうかしたの?」
 何も知らない誠司が、暗い顔をしてうつむく美奈子に歩み寄る。
 
 初雪、それとともにやってきたとある一つの終焉。

 「お母さんと、お父さんがさ…交通事故に逢ったんだって。————意識不明の重態。」


 【とある姉弟の冬休み】