ダーク・ファンタジー小説
- Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.12 )
- 日時: 2021/04/02 10:37
- 名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)
四話:「隣で笑う者がいるのは」
──────「……で、結局逃げてきたのね」
ゆったりとした淑やかなその声音とは程遠くスナイパーのようにライフルで的の中心を狙うような言葉を放ち、見事にイザックの胸にダメージを与える。
「……情報屋、おまえはわかってない。俺は逃げて来てねえよ、利益の為にちゃんと仕事をしたまでで……」
「嘘」
納得出来る言い訳をしようとすればすぐさま、遮られ否定されてしまう。手元にある酒から目線を動かせば突き刺すような一瞬で凍り付いてしまう眼差しで自分を見る彼女にイザックは怯み黙り込んでしまう。
「ブランクネス、貴方は何時もそうやってヴァンパイアハンターとしての仕事のせいにして逃げているだけよ」
組んでいた足を組みなおす仕草は豊満な色気を持っていてあっと心を奪われそうになるがその核心を突いた言葉にイザックの心は冷えしゅうぅうとまるで空気が抜けていくが如くの音を立てていくように萎んでいく。
「……あの子の時から、ずっと」
違う、そう否定出来ればよかった。胸で叫び否定した言葉は口には何故か出せなく、代わりに分かったように口を出す情報屋と何も出来ない自分自身に対する沸々とどうしようもなく当てどころもない怒りと出し尽くしたはずの哀しみがそっと隠していた胸の奥から侵食してくる。
「……あいつの事なんか、引き摺ってなんかない。好きとか嫌いとかそういう感情を抱いてもなかった知り合いに過ぎないあいつの事なんか……」
「それも嘘。貴方は当時、国が特別に選び抱えたハンターの精鋭部隊から抜け出してまで、あの子を殺した、ヴァンパイアを殺すことを願いとし依頼を受け続けているじゃない。レティシアって子と貴方、何が違うの」
かつて、イザックは国が特別に選び抱えた最高の技術を持つハンターの精鋭部隊の少佐であった。
普通のヴァンパイアハンターでは倒すことが困難である主に上級吸血鬼を中心とし最前線で闘う危険性が高いものであったがコロアと一緒に普段の生活で使う硬貨も給料として貰え、怪我をしたときには最高峰の治療が受けられるところな為、ヴァンパイアハンターの中にはこの部隊に羨望を抱き日々国の目に留まるよう活躍しようとしている者も少なくはなかった。
そんな部隊の少佐だったにも関わらず自ら抜け出し少なく収入の不安定なフリーヴァンパイアハンターになったイザックは異端児としても有名で、その理由は謎に包まれたままだった。
「俺とレティシアは違う。命懸けられる程レティシアは強くもないし覚悟もない」
「違うわ、レティシアちゃんはもはや身一つなのよ、家族も居ないと同然じゃない。そんな雛鳥みたいな子を貴方は優しいから放ってはおけない筈」
面白がるような、さぞ愉快そうな微笑にイザックは「情報屋、おまえって奴は……」と厭きれた言葉を言うもまた遮られてしまい人の話しっかり聞けよとつい胸に過ぎった本音を漏らしてしまう。
けれども気にも留めてないような、全てわかったような表情の彼女の得意げそうに伸びたような鼻が目について苛々としてしまう。
「あたしに図星突かれて苛々してるその表情が、その言葉が証明じゃない。命懸けられるぐらい精神的強ければ、覚悟があると分かれば、連れていけるのに。そう言ってるみたい」
イザックは図星を突かれたみたいに目を見開き、あからさまに眼を逸らす。よく考えて見れば自分は無意識のうちにそう言っていたのかと自覚するように酷く焦ったような困ったような表情で。
「帰る!」
これ以上、此処に居座ってはいけないものを知るような気がして反射的にそう叫んでしまう。「……すまん、仕事があるんだ。先に帰る」と付け足し、自分が呑んで食べた分の硬貨をテーブルに置いて店を飛び出す。
- Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.13 )
- 日時: 2021/04/02 10:42
- 名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)
◇
──────「ッ待って、ブランクネス。逃げないで、お願い話を聞いてッ」
店を飛び出してきた筈なのにも、すぐ後ろには情報屋が居た。
「そんなに、そんなに貴方は大切な者が出来るのが怖いことなの? 一度喪ってしまった貴方から見たら大切な者を作ろうとするのは愚かに見えるかもしれないけど、それって本当に、愚かで無謀な事なのかしら」
情報屋は長い髪を乱し頬を紅潮させて悲しい光を宿らせた瞳で見つめ返してくる。堪らなく居たたまれなくなり、ぱっと顔を背け背を向ける。表情を見られないように。
「大切な者を護ろうとする人間は強いわ、貴方が彼女を喪ったのは仕方ないことなのよ、レティシアちゃんと会ったのを機に前を向いて見たらどうなの?」
イザックは情報屋と話すのが好きでもあるが一方で嫌いでもあった。こういう事を口に出すのが嫌であった。核心を突いてきて自分を保っている何かを違うと前を向けと言い張るこの癖が嫌であった。情報屋が正しいと言う事はイザックも頭では分かっている。
それは痛い程、だからこそ、納得がいかないのだ。正しいと言う基準では測れないものだと思っているから、これは正しさではどうにでもならないことなのだと。
「……余計なお世話だ、正しさなんか前なんか興味がない。俺は、過去を疎かにしていれば前が向けないと、思っている」
嗚咽が聞こえてきて何事かと振り返ってみれば情報屋は泣き出しそうなくらいに顔を歪ませて胸に手を押し当てて「疎かにして居るって言うけれど、貴方は、それで、貴方は辛そうじゃない!!」と声を荒げる。
「ッ貴方は楽になりたくないの、何時も貴方は、辛い道を選んで抱え込む。あの子だってそれを心配していたじゃない、こんなこと……」
「望んでないなんて言わないでくれ、俺は……あいつの為にやっているわけじゃないんだ。俺が、唯一殺せなかった相手だから殺したいんだ……俺の為だ、だから、もう、もう放っておいてくれ」
放った言葉に心底傷付いた表情で情報屋は項垂れる。掛ける言葉もなく、それは心配してくれているのは解っているありがとう、でも前を向くことを頑張ってみるでもなかった。そっとしておくのが一番。
時間を置いたら元通りになることは過去の経験上分かっていたからイザックは何時もと同じように「また来る」と告げて走り去る。
冷たい空気が、風が、頬を痛めつけてくる。どれだけ足が痛くなろうが泣きたくなるだろうが進む足は止まることない。
気付けばレティシアの家に足を運んでいた。
どうしてだろうか、ああ、情報屋にあんなにも言われたからか。此処に来たからって何も出来ない、手渡した者は相手の所有権に在る。レティシアはあの家から出ては来れない、あの夫婦の金稼ぎで逆らうことも出来ない。行く当てもない、行く当ては自分だと言い切った時、何故だか実は、本当は嬉しかった。だがしかし、仕事だと自分を騙して何もないレティシアからほんの少しの願いと希望を奪ってしまった。
「すまない、すまない……レティシア……ッ」
突っ立っていたイザックは何時の間にかしゃがみ込んで嗚咽交じりに陳謝していて。冷たい風が涙と体温を攫っていた。
- Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.14 )
- 日時: 2021/04/02 10:47
- 名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)
◆
「そこにいるのは情報屋か、自分の店の前でジャガイモのように丸まってどうした」
イザックに言われたことが脳裏を過ぎり心へのダメージが絶頂になったと何て言えるわけがないと情報屋は被りを小さく振って「別に」と口にする。
「えー情報屋さん、泣いてますぅ? どうしたんですかーもしかしてですけどぉ男性にでも振られました?」
溢れ出ようとしていた涙は吃逆声のような音を立てて瞳に戻っていく。
甲高い声からああ面倒臭い奴を連れて来やがったと露骨に顔を顰めてしまう。はあと嘆息を吐きつつ連れて来た男と愉快に目を細める女を睨み付ける。
「泣いている? ……確かに何時もの情報屋と違って元気がないな、顔を覆ってたメイクも落ちている気がする」
「レディに向かって顔を覆ってたメイクが落ちている気がするだとか、すっぴんが“アレ”だって言ってるみたいじゃないですか。やめましょうよ、一言多いんですよー大佐! だからモテないんです」
五月蠅いと鬼のように厳つい顔に皺を寄せる。うわぁと声を上げたくなる全身の血の気が引くような表情を見て無理に微笑を浮かべる情報屋は「あたしのことはお気にせず……ええ、まあ、ようこそ情報屋へ。アルゴン大佐とクラム少佐、今日はどんな御用で」と言い店の中へと招く。
「込み入った話は後でにしようか……まずはブランクネス、だったか。奴は、元気か」
「え、ええ……何時も通りよ」
手渡した紅茶を啜りながらアルゴン大佐は男らしい眉を八の字に下げる。逢う度にされる同じイザックを心配していることが伺える問いに未だ戸惑いを隠し切れない情報屋は苦笑気味に伝える。何時も通りだと、そう何時も通りに彼女の殺したヴァンパイアを探し続けていると。
「……えっ、と……奴は、何か言っていたか、それよりも奴は、オレ達の……」
「んも大佐!! 訊きたいことはちゃんと言いましょーね、代わりに私が訊きます。少佐は、いえ、ブランクネスさんは、隊に戻りたいと言っていましたか? 説得は、どうでしたか?」
ヴァンパイアハンターの精鋭部隊、大佐と中佐がこの情報屋に来る理由は決まって一つ。自ら隊を抜け出したイザックの動向を探ると共にまた戻るように説得してくれないか、反応を教えてくれ、戻りたいと言っていれば皆で迎えに行けると言うことであった。
心配していたブランクネスの為であったことから情報屋は快くその依頼を受け入れた。ただこうやって彼と関わっていくうちに分かったことが二つある。
無慈悲に見えて慈悲深く、情が無いように見えて人情深く、冷酷に見えて優しいお人好しで誰よりも誰かを心配し過保護なくらいに護ろうとしている。
それはあの子を喪ったからなのかもしれないし、本人ではないからはっきりとしない事なのだがこれだけは言える。決して傲慢には、悪魔にはなれない善人であり天使なのだと。
それに加えイザックは変だ。下しか見ていない。前を向けば自分の帰りを必死に待とうとする仲間がいると言うのに居ないとばかりに死んだ人間しか、唯一自分が最初に愛した人間しか見ていない。
けれどそれは彼なりの努力と言うか甘えを断ち切ろうとしようとしているのではないかと情報屋は見ている。
「彼は、戻りたいとは一言も……勿論、説得もしてみたけど、彼は、余計な世話だと、楽になることなんて求めてはいなくて彼女の為だと思っていると思うがこれは自分の為にしていると言っていました」自分に言われたことを思い出しながらゆっくりと告げていけば二人の表情は次第に淋し気な、棄てられた犬のような表情になっていく。
「……愛していた人間だからこそ、目の前で死なれると盲目に殺したくなる。だからか、だから、ヴァンパイアハンターは美しさにも、愛しさにも心奪われてはいけないとナイフを持った時から」
「大佐、何時、何時、少佐は……帰って、来るのでしょうか、もう、私たちの前には……」
無邪気に笑っていたクラム中佐は何時の間にか泣きじゃくっていて、嗚咽交じりにたどたどしく紡がれる言葉は酷く残酷で堪らなく情報屋は項垂れてしまう。イザックを説得できなくすまないと言う気持ちを込めて。
「クラム、もう、言うな……このことは、また訊く。それと……」
その言葉の響きはどんな言葉よりも重く、それと同時に軽く。あっと言う間に虚に溶けて消えていった。
─────「世話になった、情報収集はくれぐれも内密に。言えることは近々、精鋭部隊≪ファルキス≫は動き出す」
「それだけ伝えておきますねー、他のヴァンパイアハンターには。何処から洩れるかわかりませんからねー。ハンターを装って≪ミツバチ≫で金稼ぎをしている悪い奴もいますし……あ、ブランクネスさんにはやんわりとお伝えください!」
平気だと言うように胸張って帰っていく二人の影を情報屋は見つめていたが無理をして爛々としているのだと思えば見てられなくなりほんの少しだけ顔を背け送っていた。
- Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.15 )
- 日時: 2021/04/02 10:55
- 名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)
「結構貴方って泣き虫で可愛らしいのね」
頭上から透き通った声が降ってきてイザックは一瞬石と化してしまい、凍り固まった喉を必死に動かして「れ、てぃ……し、あ?」と掠れがさがさとした声音で名前を呼ぶ。
「ええ、そう。レティシア、そんな名前の頼りない働き蜂も居たわね、わたしの中に」
「なん、れ」
顔を上げた瞬間、イザックは眼を見開いてしまう。あの紫色の宝石のような美しい銀や金やらが入り混じった髪が耳の下で綺麗に結い上げられていたのだ。だらんと清潔感の欠片もなく下ろされていた髪、みすぼらしくしわしわの服が可愛らしい藍色のドレスに変わって。まるで駒鳥のような愛くるしさを感じさせていた。
「こっそり手紙を置いて出て来たの。スパイみたいな気分だったわ、下の階に居るあの人たちに気付かれないように窓から降りて高い塀をよじ登るの、凄く、大変だった」
何だか楽しそうに脱走を語り始めるレティシアにイザックは虚を突かれてしまい、ぽかんと呆けた表情になってしまう。こんな子供を見たことが無くて、凝視してしまう。
真っ暗になった空を見上げふふっと鼻を鳴らしていたレティシアの眼は自分の方に向いており、その美しい惹き込むような瞳に捉えられ、イザックは何だか変な気分になってしまう。
ふんわりと花のように微笑んだレティシアは地面に手をついて冷え切った手を掴んで握り締めて言う。
「その後、身寄りがないからどうしようかって思って断れちゃったけど貴方のところに行こうとした、貴方が出入りしている処で待ち伏せしてれば会えるって……そうしたら貴方がしゃがみ込んで泣いているんだもん。驚いた」
「…………すまなかった、振り払って、おまえを受け入れて仲間を作りたくなかった。甘えたくなかった、生温い仲間関係何て、協力関係何て安らぎに浸りたくなかった」
自分勝手だなと嘲笑して俯くイザックをレティシアはふるふる首を振って、「違う、そんなことない」と否定する。違くないと言えばすぐさま違うよと言い返してくるやり取りに堪らなく幸せを感じまた泣きそうになるイザックの頬に手を添えて。
「わたしとネスって、似てるね。だけど違うのはネスは優し過ぎるんだよ、だから一緒に居るとわたしも優しくなれる。笑ってられる、全然悪くない。こんなわたし見捨てていく人が多かったのに貴方だけは戻ってきてくれた」
大丈夫だよと年下に何励まされてるんだろうと思いながらもその頭を何時の日かの母親のように撫でてくれる手つきに愛しさと安心感を覚え猫のように眼を細めてしまう。
安心感など、必要ない。楽に何てなりたくない。幸せ何て必要ない。仲間何て持つ資格もない。ましてや愛何て抱いてはいけないのだ。
「 正しさ何て要るものか、我儘に生きてやろう 」そう言った俺は、自分自身を閉じ込めていた。
ヴァンパイアを殺す為に孤独であろうと。
今もなお、あいつを愛しているから涙を呑んで花を送れるように。
このナイフで、追い込んでやろうと。
そうしていた俺の隣に、同じように大切な者を喪った少女がいる。酷く図々しく子供らしくもなく世渡り上手で勇気ある大胆不敵な一見自分と正反対な少女が笑ってくれる。
なら、今度こそ今度こそ。隣にいる奴を護り切ろう。彼女が、復讐を遂げる日まで。彼女が死ぬ日まで。