ダーク・ファンタジー小説
- Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.8 )
- 日時: 2021/03/07 14:48
- 名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)
三話:「彼岸に飾られた出逢い」
喩え、この出逢いが自分が苦しむ枷で禍の起こる原因となっても、俺は。
この手を離さないだろう。
◇
───────「どうしよう、ベル。いやよそんな風に笑わないで、ねえ!! ねえ!!」
起きてと血が付いた頬を優しく触れ、軽く何度も子供のように叩き胸倉を掴んで揺らす。そのレティシアの行動を見てははは、と掠れた笑い声を上げれば力なくレティシアの頭を撫でる。
「ね、え………レティ、いつもみた……いにさ、笑ってよ」
途切れ途切れの言葉にリーベルの望む笑顔を浮かべられなかった。
どうしてだろう、ああ、なんでどうして。
「出来ないよ……ベルが、手を引っ張ってくれなくちゃ、わたしは、笑えないよ!!」
瞳から一粒、二粒それから数え切れない程の大粒の涙を溢し唇を噛み、薄汚いお揃いの服を乱暴に掴んで言う。人房の綺麗な紫色の髪がリーベルの頬に当たり触れる。
「生きて、生きてってば!! ベルッ!!」
ひんやりとした冷たい温度が首に感じる。伏せてしまっていた瞳を開けば瞬きを繰り返し、無理だよと言うように魂此処に在らず、死の淵のような表情の失った瞳で見つめ返し。
“ごめんね”
と口を動かした。あ、あああと声のならない言葉を吐けばふるふると被りを振って見せ。リーベルは、耐えきれなくなったのか口から血を吐いた。それが掌を侵食し真っ赤に染め上げる。
──────また血。血だ。赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤……あかくて、どろっとしてて生温かくて変な鉄みたいな臭いがしてこわいのこわいの。
「いや、いや……や………」
堪らずパニックに陥り、勢いよく立ち上がり駆け出す。
足が痛い。先程斬られた傷跡が痛い、頬が痛い。目が痛い。涙が止まらない。何も考えが思い浮かばない。
“リーベルが居なくなったら、わたし、どう生きていけばいいんだろう”
──────「わたし………生きていけない……ッ!!」
物凄い速さで走っていたからか立ち止まること、バランスを保つことが上手く出来なく転んでしまう。
「……ッ! う、うあ、……うあぁああぁああああああッッッべる、べるべるべるッッ!!」
ぎゅうぅうっと掌を握り、爪の跡が残っても、どんなに痛くても気にする余地はなかった。ただ、叫び続ける。
誰も助けてなんかくれない。リーベルを救おうとは大人はしない。吸血鬼は愉しむだけ。神も、天使も、悪魔も、何もかも。
「だったら、だったら、わたしが貴方が、居た………証になる。絶対に、吸血鬼に、………復讐、してやる………」
復讐という名の刃を持った、レティシアは涙を堪えるように顔を顰め、息を吐いていた。
「誰が泣き叫び、恐ろしい血肉を喰らうヴァンパイアに唾を吐いてると思えば……こんなにも雛鳥だとは」
考えもつかなかったな、と苦笑気味に近付いてくる男を見つけ、ひっと声を上げる。吸血鬼だと思ったのだろう、その表情は見事に固まっており可愛らしい小鼻だけがひくひくと恐怖に煽られるかのように震えていた。
そんな少女を前にして苦笑を浮かべた男は蜂蜜色の、まるで満月のような透き通っているのにも光のない何処か儚げで翳の感じる瞳をフードと野暮ったい艶めいた黒髪の間からレティシアに向けた。
「レティシア・フォンテーヌ、おまえを救いに来たヴァンパイアハンターだ」
- Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.9 )
- 日時: 2021/03/10 18:34
- 名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)
◇
目の前の少女は自分の探していたレティシア・フォンテーヌに間違いないだろうとイザックは確信する。
印象深い全体的には鮮やかな紫だが一つ一つの髪の毛を見ていけばわかる銀の混じった髪と光の具合から変わる吸い込むような瞳の色。色白の華奢な体躯。男爵家夫婦、もとい伯爵家夫婦に彷徨っていただけで拾われただけのある可愛らしい容姿。
「ヴァン、パイア……ハンター……? わたしを、救いに……?」
色味のなく艶のない青白い唇を静かに動かし掠れた声でそう言う。ああ、と短く頷いたイザックはレティシアを見つめ返した。
「……で、どうして………ッッ!! わたしを助けるくらいならリーベルを、リーベルを助けてよッッッ!! わたしはあの子が居なくちゃ……だってだってだって……どうしてよ……どうして、来るのが……」
何度も繰り返し、厭きずに、悔し気に、涙して床を拳で叩く。次第に手の甲は遠目でも分かるぐらい赤く赤く腫れてしまっていた。でも、その行為を決してイザックは止めることはせずただ眉根を顰めて、ずっと見つめていた。イザックの眼差しはとても哀し気なものだった。
「おまえは、何がしたい。今、おまえはそのリーベルと言うやつの為に泣いているのか」
イザックはレティシアに不機嫌そうな顔でそう訊く。レティシアはぴたりとして俯いていた顔をイザックを見上げるような形で上げた。
「わたし、が……した、い……こと? リーベルの為に、泣いてる……?」
自分でも何が何だかわからなくなっているのだろう。苦しそうに頭を抑え答えが出ないもどかしさを表すようにがりっと大きく音を立てて唇を噛む。
「ああ、そうだ。おまえはこれから何がしたい。生きるとしてもこのまま《ミツバチ》としてあの家に金稼ぎとして居続けるのか……それとも」
目の前でへたりと座り込んでいる少女に言っていた口が閉じた。思いもよらない答え。自分の声を遮った鋭い切実な、声であり真面目なわからない、それが苦し気に悩んだレティシアの答えだった。
「わからない、わからないの。リーベルが居なかったらわたしの存在意義はなくなる、だってだってだって!! リーベルがわたしの光だったから、リーベルと一緒に生きるのがわたしの、したいことだったから!! もう、わからない……リーベルが、居なくなったら、わたし……!!」
行き場を失った羊に、親鳥を亡くした雛鳥にそのままにしてイザックの満月のような瞳には映った。
この子は壊れてしまったのだ。
リーベルと言う存在を喪ってしまったせいで。光が陰に奪われてしまったから。
“自分と何処か似ている”とイザックは写真や資料ではなく声、を聞いたときに直感的に思った。
出来ればこの子を自分が救い道を示してあげたいともイザックは本心から、思っている。
けれども、イザックは一般の人間とは違う。
感情で動くことが許されない、特別な役職に就いている。
吸血鬼を殺す者、ヴァンパイアハンターであるイザックは公平性と言うものに縛られている。自分の助けたい者が助けて欲しいと自分の声で言葉にしない限り助けられないのだ。
依頼されない限り、動くことも出来ないまるで牢に居る囚人のようなのだ。
そういう生活を望みこの世界に足を踏み入れたのは自分だとしても、そんな手を差し伸べられない悔しさと未熟さに苛立ちを感じるのがイザックの弱さであった。
◇
「とりあえず、わからないんだったらわからないでいい。関係が無いからな。俺はさっさとおまえをフォンテーヌ家に連れて行って報酬を貰い仕事を終わらせる。さあ、立て」
レティシアと早く別れなければならない、これは直感だった。何か嫌な予感がするとイザックは感じる。この少女はヴァンパイアハンターと言う職に就いている自分にとって大切なものを、ぐちゃぐちゃに掻き回し何もかも壊す、そんなような気がした。
「やだ」
レティシアはすっかり泣き止み、その不思議な吸い込むような瞳をイザックに向け短く言っていた。あの家に帰るのは嫌だ、と。想像もしていなかったその言葉に、イザックは拍子抜けしていて「は?」と声を出し呆然と立ち竦んでいた。
「おまえ何言ってんだ、自分のこの先が分からねえんだから家に帰るんだろ?」
「おまえじゃない、レティシアだもん」
どうでもいいこと言ってんじゃねえとイザックは顔を露骨に顰める。当のレティシアは小さな唇を尖がらがし腰に手を当てて顔を顰めたイザックを猫のように細められた瞳で睨んでいた。
「おま……れ、レティシア、じゃあ何処で生活するんだ? フォンテーヌ家以外に何処に行く当てが……」
表情を引きつらせながらイザックは悪い予感を胸に抱きながら失笑を浮かべながらレティシアに訊く。レティシアは飄々とした顔で何でもない当然の事のように答える。
まさかな、と言う予感はすぱっと当たってしまう。
「貴方についていく、今決めた」
イザックは「は、ははは……」と力もなく笑い声を腹の底から押し出し口元をひくひく震わせる。
「まさか、本当に!!? はぁああ!!? どうして、何で!!?」
急に慌て声を大にし、両手で虚を斬りそう訊いた。どうして、何で俺についてくるんだと。
そんな取り乱した様子を見たレティシアはほんの少し眉を上げ眼を見開き驚いたように表情を変化させるもののそれから人差し指をイザックへと向け、左右に動かし言った。勝ち誇ったように堂々と。
「わからないんだからあの家に帰すんでしょ? 行きたくないし行く当てもない、だったら何がしたいって選択肢を与えてくれるようなことを言った貴方についていく。ヴァンパイアハンターの貴方となら吸血鬼に復讐できるでしょ」
反論の隙も無い言葉にイザックは口を噤み押し黙った。自分に似ていると何処か共感を覚え調子に乗って何て言う事を言ってしまったんだ、七、八分前の自分を恨み後悔する。
──────前言撤回だ。レティシアと俺は全然似ていない。むしろ真逆だ!!! 救いたいなんて馬鹿じゃないか!!
イザックは心の中で有りっ丈に叫んだ。
何なんだこの図々しい程に真っ直ぐで頭の切れる少女は。出会ったこともない未知の生物を見るかのようにイザックは凝視してしまう。
外見は幼い世間を何も知らない只泣いているだけしかできないような可愛らしい少女、では中身はどうか? 中身は世知辛い世の中を上手く生きることが出来る要領の良い出来過ぎた頭を持つ狡賢い悪魔のような天使とかけ離れている。
「……さておき、貴方の名前は何? わたしの名前を知ってるのだから教えて頂戴よ、これから共に生きていくのに私だけ何時までも貴方、じゃ狡いわ」
ついていくことが決まったような口ぶりだった。レティシアは自分の名前をまるで嫌っているのだろうか、そんな言葉だとイザックは思う。
ああ、そうか。名前の由来が「喜び」だからか。
彼女にとって、喜びとは程遠い生活。
彼女が喜びで満たされるとき、それは、リーベルが生き返り彼女のそばで笑っていること。
喜びなんてそんなものはない、喜びがあるなら、それは幻。
誰も助けてくれる人なんていない、神なんて悪魔だって天使だって自分たちの事を助けてはくれなかった、そういうだろう。
俺だって、その気持ちでいっぱいだと思うイザックは胸に残った傷と生々しい感覚を拭いきるように手を添え深呼吸した。
「俺の名は……“ブランクネス”」
レティシアは瞬きを繰り返して「ブランクネス? それは」と考えるような顔つきで言った。ああ、その名前は自分の呼び名、であり本名ではない。ヴァンパイアハンターとしてタブーな事。本名を周りに明かさない。これは、守るべきことだった。
「ねえ、ブランクネスって呼ぶのは長いからネスって呼んでいい?」
本名じゃないとこの少女も先程気が付いたはずなのにも笑顔を浮かべるレティシアをイザックは凝視し、何故だか感じる胸の温かさが心地良くてそれも何だか悔しくてイザックは「行くぞ」と口にする。
「ねえ、ネス」
何だ面倒臭いと嫌悪感を丸出しにして厭きれつつも振り返ってみればレティシアがこちらを向いて淑やかな微笑を浮かべながら手を差し出していた。
「手を貸してくれる? 力が出なくて立てないの」
イザックはつられて笑みを浮かべそうになり、慌てて堪え顔を俯かせ差し出された手を掴んだ。
ほんのりと温かい、けれど冷たいそんな曖昧な体温が掌に乗せられ、イザックは瞬きを繰り返す。
これもまた、久し振りな感じ。誰かの手を掴んで握り、誰かを立たせるなんて、久し振りだ。
「ありがと、貸してくれて」
しっかりとイザックを見つめて礼を告げるレティシアの前にすっと移動し、前を歩いた。今は良い、吸血鬼だとかレティシアの養親の家だとかそんなこと、考えなくて、良いのだ。
- Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.10 )
- 日時: 2021/03/10 18:42
- 名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)
◆
「かわいい、かわいいあたしのーあなたはあたしのおにんぎょうさんー」
一人の少女の歌い声が聞こえる。その後にけらけらと笑い声。小鳥のさえずりの如く可愛らしい歌声、残酷な悪魔のような、笑い声。
「どうしたの、きみみたいな気高い子がこんな地べたに血塗れで寝っ転がってさ、何があったんだい?」
銀色の輝く髪が視界に入る。自分とはまた違う瞳の紅さ。何もかもを奪うような赤黒さ。この吸血鬼が自分に話しかけたり近くに居たりするとき、少女はとても緊張するのだ。なんか気持ちが悪い、とその一言が埋め尽くす。
「これはこれは殿下、あたしのことより貴方さまの方こそこんな場に一体何の用かしら?」
「やだなあ、まずは僕の質問に答えてよ。ブランシュ・リットン」
朗らかな笑みの下に隠された高圧的で獲物を何時だって探している飢えた猛獣の顔が合間見える度にブランシュの白雪のような肌は粟立ってしまっている。けれども此処で彼を怖がっているとなればこの吸血鬼の態度は一変することなんて見続けていたブランシュは知っているのだ。
「……その子とただ遊んでただけに決まってるじゃない」
「案内役だった吸血鬼からは二匹子供が逃げ出したって聞いたんだけどこの子で一匹でしょ? あとの一匹は?」
意識もなく朦朧とし死の間際のリーベルを一瞥しブランシュを赤黒い全てを喰らいつくすような瞳で睨んだ。
「何の事かしら、そんな家畜を取り逃すわけないでしょ、このあたしを誰だと思っているの?」
流石のブランシュの笑みも引き攣ってしまう。その家畜に撃たれて取り逃がしたなんて知られれば殺されるのは明確だ。どんだけこの蓄えてきた力で目の前でうさん臭く笑っているこの吸血鬼に抵抗しようとも捻じ伏せられるのは目に見えている。
「そうだね……疑って悪かったよ。頭、貫通してたみたいだからお大事に。ああ、それとこの子はどうするんだい? 要らなかったら処分しておこうか?」
処分? あたしのリーベルを?
思わず吐き捨てるように嗤う所だった。リーベルを処分するなんてそんな勿体無いことしない。
「……いいえ、必要ないわ。その子は一番あたしが可愛がってる子なの、死んでるけど、何とか自分の手元に置くわ。腐らないようにね」
其処でやっと起き上がり乱れた髪を手櫛で梳きながらリーベルに近付き、抱き締める。体温はなかった、先程息を引き取ったか。ブランシュは瞬きを繰り返し大きな猫のような瞳を伏せ、愛おし気に琥珀色の髪を優しく撫でる。
「ああ、あたしのリーベル……乱暴をしちゃってごめんね」
その様子を横目で見ていた吸血鬼を顔を歪める。気持ち悪い女、目障りな自分の次に力を持つ貴族である吸血鬼。その気になればこの吸血鬼は自分の事を殺すことぐらいできるだろう。
そういえば彼女の抱き締めているリーベルと言う西洋人形のような人間とあの子は同い年くらいか。まだ、誰にも喰われずに生きているだろうか。
「……ちょっと長く設定しすぎちゃったかな……でも丁度いいよね、多感な時期の終わり頃はとっても甘いから……」
くすくす笑い、眼を細めた。舌なめずりをする、また言いたいあの言葉。
「愉しみだなぁ……」
◇
「ったく、何時までもその身なりってわけにもいかねえからな………臭いもあるしな」
怪訝な顔してイザックじろじろと爪先から旋毛までレティシアを値定めるように観察し、溜息を吐いた。その様子にレティシアはむっ、と眉を吊り上げ「わたしだって一人前のレディなんだから、そういうこと言わないで」と頬を膨らませて言う。
「ああ。悪いな、俺にはレディーファーストなんつーもんはない。ヴァンパイアハンターである限り、俺は男女平等主義者だ」
その捻くれた考えにレティシアも流石に頬を引き攣らせてしまう。何が男女平等主義者だ屁理屈男と罵り感情の籠ってない冷たい瞳でイザックを睨み付け。
唐突に浮かんだ疑問をレティシアは片手を挙手しながら口にする。
「疑問に思ったのだけれど一体、この馬車、何処に行くの?」
今、イザックとレティシアが乗っているのは馬車。
「歩けないわ足が痛いの、配慮してよ」と駄々を捏ねたレティシアを背負おうとしたイザックが腰を痛める寸前までにきてしまい、蹲ったイザックに「失礼ね、わたしが重たいとでも言うの」と今思えば本当に下らない喧嘩していたその時偶然にも通りかかった馬車に駄賃を払い乗せてもらったのだ。
行先を振り返れば本当に邪魔で図々しい奴だなと殺気籠った視線ですまし顔のレティシアを刺すイザックは渋々と言った感じで不愛想に「おまえのうち」と答える。
「ちょっと待ってよ、なんで!!?」
「おまえを救ったけど帰りたくないって駄々捏ねてるって言う、そうしないと報酬貰えないだろ?
おまえの母さんと父さんは救って家に帰すことで報酬を払うっつってんだからな」
仏頂面で淡々と告げられる言葉にレティシアの顔は徐々に真っ赤に紅潮して、破裂寸前の風船のように膨らんでいく。
「ッ一緒に連れてってくれるって、言ったじゃない! 話が違うわ!!」
それにお母さんとかお父さんじゃないし、と静かに悲し気に呟くレティシアにイザックは眉根を顰める。
「あーもう、そう情に訴え掛けてくるようなこと急に態度を変えて言っても無駄だ、とにかくもう、おまえみたいな邪魔になる奴はいらねえからっ!」
苛立った声を上げて、艶めいた黒髪を軽く掻く。
暫くの沈黙を破ったのは大人びた、凛とした少女の声だった。それはとても、悲し気で渋々と言った感じだった。
「………わかったわよ……大人しく家に帰れば貴方は困らないのね……」
ああいってもこういっても引き下がらず自分の後を鬱陶しいくらいに尾いてくると思っていたイザックは意表を突かれたように目を見開いた。その、満月の瞳を。
それからは何も喋らず思い詰めた表情で何かを必死に模索しているようなレティシアをイザックは見つめていた。
何だか腑に落ちないのだ。これは正解の筈なのにも、イザックの心には靄が掛かっていた。何か、何か間違っている。
それは、何だろうか_______?
- Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.11 )
- 日時: 2021/03/21 15:52
- 名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)
「ありがとうございました、ほんとに……お帰り、ああレティシア……っ」
「僕らの可愛いレティシア、生きていてくれてありがとう」
金髪の中年夫婦に抱き締められても声を上げず、嫌な顔もせず、黙ってその場をやり過ごそうとしているレティシアにイザックは目を背けてしまう。
これが、正しいことだ。そうイザックは繰り返す。自分に尾いてきたって残酷で残虐な現場を目の当たりにし、吸血鬼への復讐心を余計に高ぶらせて危ない橋を渡らせてしまうことになる。
ならいっそ、此処で……けれど、≪ミツバチ≫はどうなのだろう。それをしていてまたあんなことがあったら今回の用には済まないで彼女はリーベルと言う人間のように、死んでしまうのではないか。
また逢うことはなくなるのではないか。
ぐるぐると考え続けてもイザックらしい答えは見つからない。
「……」
「ハンターさん、報酬を」
「………ああ、貰う」
手渡された切手の枚数を確認し、懐に仕舞う。夫婦は満足げな顔で「ありがとうございました、レティシアを助けて下さいまして……」と決まった礼の言葉を口にする。
嘘に塗れたこの夫婦が堪らなく嫌いであっても依頼人なのだからと思いながら笑顔で愛想よく「仕事だからな、こちらこそ依頼をありがとう」言い90度に腰を曲げて丁寧に対応した。
「それでは」
これでレティシアとの関係は終わった。
これであの面倒臭く図々しい小生意気なガキとは離れられる。
これで、いいんだ。
「……」
貰ったコロアを取り出して、見つめ握り締めた。コロアが溜まっていく様を見ては何時も嬉しくなっていたのにも見るのも嫌になっていた。
(ああ、嫌だ)
何が間違いだったんだろう。そもそもこの依頼を受けなければコロアが大好きでいたのにも。こんなの要らないと思ってしまう自分がいなかったかもしれない。
かも、ではなく確定だ。
多分、あんな自分に似た声や眼をする子供に出会ってしまったから。
「……ばかだな、俺」
はあっと重たい溜息を吐いたイザックは振り向き、レティシアの家を見た。もう、振り返ってはいけない、なかったものにしなければいけないその決意を固め、一歩踏み出しす。
ずんずん、と足音を鳴らして。
頭の片隅にあるのはレティシアの苦しそうな顔だけだった。