ダーク・ファンタジー小説
- 行商人と半人半馬 ( No.6 )
- 日時: 2024/05/02 21:09
- 名前: 柔時雨 (ID: ..71WWcf)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13011
翌朝。
俺とシルヴィアは宿屋の爺さんに挨拶をして宿を後にし、門を守る衛兵さんにも軽く挨拶をして
アルガスの町を発ち、平原に造られた石レンガの街道を、この未だに名前も知らない大陸の
南へ向かって歩いている途中である。
「なぁ、シルヴィア。」
「はい。何でしょう?主様。」
「スキルの習得はさ、先日経験してるから良いんだけど……シルヴィアが使った
【 Absolute Zero 】みたいな魔法スキルって、どうやって習得するんだ?やっぱり、シルヴィアが
そうしたように何かの魔導書を読んだり、誰かに教えてもらわないと無理かな?」
「そうですね……その方法でも習得できますし、自分で『こんな技が使えたらなぁ』と思うだけでも
習得できると思います。私も『 回復魔法が欲しい 』と、ふっと思った時に、スキルを習得した時と
同じようなメッセージが表示されましたから。」
「ほぅ。」
「おそらくですが、スキルと同じで、主様が『 自分はこうしたい・こんなことができたらいいのに 』と
思えば習得できるのではないでしょうか?申し訳ありません。曖昧なことしか言えなくて。」
「いや、充分だよ。ありがとな、シルヴィア。」
「はい。」
そんな話をしながら平原を歩いていると
「のあああああああぁぁぁぁぁあ”あ”あ”!?」
静かな平原に、男性の悲鳴が響き渡った。
「何だ?今の野太くてちょっとハスキーな声は?」
「近かったですね……行ってみますか?」
「あぁ。」
俺とシルヴィアは時々聞こえる男性の悲鳴と、シュー……シュー……という音を頼りに平原を駆けた。
声を頼りにしばらく走ると、俺達よりかなり歳上っぽい小太りな男性がアフリカゾウと同じくらい巨躯な
双頭の蛇に睨まれていた。
男性は腰を抜かしながらもそこそこ大きな荷馬車を背にして、護身用の短刀を蛇に向けて突き付けている。
「へぇ……双頭の蛇か。突然変異ってヤツかな?」
「ツインヘッドヴァイパー相手に短刀とは……無謀と言っても過言ではない所業です。」
「確かに……唯一の護身用の武器なのかもしれないけど、相手が悪すぎるな。」
アフリカゾウ級のデカさの蛇相手に短刀って……皮膚とか鱗のことも考えると、刺さるかどうかさえ
怪しいぞ。
とりあえず、【 超解析 】で目の前の双頭の蛇のステータスを確認してみる。
【 ツインヘッドヴァイパー 】 Lv・38
種族・モンスター
年齢・-
性別・♂
移動ユニット・【 歩 】
属性・土
【 使用武器 】
—
【 ステータス 】
HP・9700
MP・0
【 STR 】・300
【 VIT 】・680
【 INT 】・50
【 MND 】・210
【 DEX 】・2
【 AGI 】・400
【 スキル 】
-
「へぇ……さすがにゴブリン共よりは強いな。」
「主様、どうされますか?このまま見殺しにするという選択肢もございますが。」
「……そうだな。正直、人間と極力関わりたくない。けど……此処であのおっさんを見殺しにするってのも
寝覚めが悪くなりそうだ。仕方ない……助けるぞ!シルヴィア!」
「はい!主様、先行してください!私は【 Absolute Zero 】でツインヘッドヴァイパーに攻撃を
仕掛けます!」
「おうっ、了解!」
俺が蛇に向かって走る背後から、冷たい風が追い風となって吹き荒れ、双頭の蛇に襲い掛かった。
変温動物の性なんだろう……頭や長い胴体に雪を積もらせた蛇の動きが目に見えて鈍くなる。
すぐに矢での援護ではなく、まずは氷の魔法で援護してくれるあたり
本当にシルヴィアは頼りになるな……と、改めて実感する。
「そういや、蛇って食べると鶏肉みてえな味がするんだっけ?いや、蛙だったか?」
そんな独り言を呟きながら、俺は構えたツヴァイハンダーを振り下ろして、双頭の蛇の右首を斬り落とした。
同時に蛇の金切り音のような悲鳴が周囲に響き渡る。
「何だ?鮮度の良いバターを切るみたいに手応えが無かったぞ。……なぁ、シルヴィア!」
「はい!」
「こいつ……ヒュドラみてぇに、首の断面から新しく2本の首が生える……なんてことは無いよな?」
「あら?主様はヒュドラを御存知なのですね。とりあえず、問いに対する答えは、いいえです!
ツインヘッドヴァイパーにそのような能力はありません。首を斬り落としたら、そのままです!」
「それを聞いて安心した。なら、安心して左の首も斬り落とせるな。」
俺はツヴァイハンダーを構え直し、蛇がこちらを向いた瞬間……横に薙ぐように振って、一閃で蛇の
左の首を斬り落とした。
「……討伐、完了。おい、そこのおっさん。立てるか?」
「お……おぉぉお!ありがとうございます!貴方達は私の命の恩人です!」
へたり込んでいた男性がゆっくりと立ち上がり、近くに居た俺の両手を掴んで深々と頭を下げてくれた。
「いや、たまたま近くに居ただけだから……」
「貴方……見た感じ、行商の方の様ですね?目的地はアルガスですか?」
「えぇ。此処から南にある『 ユルギア 』って町から商品を積んでね。アルガスのお得意様の処に
商品を卸に行くところだったのです。すいません、あなた方のお名前を御聞きしても?」
「ん?あぁ……俺はユーヤ。」
「私はシルヴィアと申します。」
「ユーヤさんにシルヴィアさんですね。ありがとう!本当に助かりました。あっ、私は『 グレン 』と
申します。以後、お見知りおきを。」
「……なぁ、グレン殿にちょっと訊きたいことがあるんだが……」
「はい!何でしょう?」
「俺はそのユルギアって町に行ったことないから、この大陸のどの辺りにあるのかは知らないけど……
こんな荷馬車で大事な商品を積んで移動するんだ。この蛇然り……モンスターや賊から、あんたの
命や商品を守ってくれる護衛は雇わなかったのか?」
「それは……」
「まさか、その短剣を携えて御1人で此処まで来られたわけではないのでしょう?その……
失礼かもしれませんが、先程の様子を見る限り、主様や私のように武術や魔法の心得があるとは
とても……」
「はい。シルヴィアさんの仰る通りです。私に武術の心得は全くありません!私にあるのは良い
商品を見極める【 鑑定眼 】とか、商談を上手く纏めるためのトークスキルくらいです。
はっはっは!」
「まぁ、商人には必須スキルだな。」
たぶん、俺に商売や貿易の才が無いからよく判らないけど、この荷馬車を見る感じ……
たぶん、グレン殿はそれなり……かなり?優秀な行商人なんだろう。
「先程、ユーヤさんが私に訊いた質問の答えなのですが……確かに最初、ユルギアを発つ前に、
ユルギアの冒険者ギルドに依頼を出していました。アルガスまでの護衛依頼を……」
「まさか、依頼しても誰も引き受けてくれなかったから、依頼を取り下げて御1人で……?
無謀すぎますよ。」
「いえっ!依頼を引き受けてくれた4人の冒険者チームが居たんです。これで私も安心して
アルガスまで行けると思っていたのですが……」
「安心していたところに、この蛇か。もしかして……その冒険者共は、この蛇の腹の中か?」
「いいえ。そのツインヘッドヴァイパーが出現した途端、その冒険者達が……えっと、逃げ出したのです。」
「「逃げ出した!?」」
グレン殿の発言に、俺とシルヴィアは思わず声を合わせて驚いてしまう。
「依頼を途中で放棄して逃げ出すとか……戦士としても、人間としても終わってるな。」
「まったくです!私達は冒険者ギルドに所属していませんから、冒険者ランクというものはありませんが……
ちなみに、グレン殿が雇ったという冒険者の方々のランクは?」
「えっと……確か、Bランクって言ってたような……」
「ランクとやらが低い冒険者達なら依頼放棄しても……いや、許されないな。護衛っていう人命に
係わる依頼を放棄してるんだから……しかも、『 Bランク 』っていう、そこそこの修羅場を
乗り越えてきたと思われる連中がだもんな……クソがっ!」
「グレン殿。この依頼の報酬は?まさか……」
「はい……実は、依頼を引き受けてくれた時点で……ギルドの紹介でしたし、信頼できる相手だと思って、
前渡しで……」
「何てこった!それじゃあその連中、金だけ前もって貰っておきながら、仕事の途中で
逃げちまったってコトか!?ふざけんなっ!」
「まったくです!そのようなこと……盗人と何も変わらないではありませんか!」
「この際、お金のことは良いのです。見抜けなかった私の落ち度ですし、与えた分のお金はまた
稼げばいいだけですから。ただ……今、困っているのは……」
グレン殿はそう言って、荷馬車の方を見る。
「そうだ。荷馬車があるってことは、それを引く馬と馭者が居たはずだ。そいつ等はどうしたんだ?」
「馭者は私がしていました。ただ……馬はツインヘッドヴァイパーから逃げている途中で、手綱が
切れてしまって……」
「そのまま逃げてしまったのですね。」
「はい……」
「それで荷馬車だけが此処で立ち往生してるワケか……」
「仕方ありません。荷馬車は此処で捨てて、アルガスの取引相手の皆さんに謝罪に行かなくては……」
「(このまま此処に荷馬車を放棄か……グレン殿にとっては、今回かなり大損することになるんだろうな。
気の毒に……馬さえ居れば……)」
俺が声に出さずに頭の中で考えていると、俺の目の前にふっとメッセージが表示された。
【 スキル『 Soul of Centaur ( ソウル オブ セントール ) 』を習得しました。 】
「え?」
「どうされました?主様。」
「何か、新しいスキルを習得したみたいだ。」
俺はステータス画面を開き、今覚えたばかりのスキルの詳細を確認する。
〔 使用魔法 〕
〇 Soul of Centaur ( ソウル オブ セントール ) 『 補助魔法スキル 』
属性:闇
消費MP:5
攻撃威力:-
攻撃範囲:-
射程距離:-
*自分の下半身に闇を纏わせ、腰から下を馬の身体と脚にする変化魔法。
*このスキルが使用されている間、発動者の【 AGI 】の値が5倍になる。
*移動中に闇で作った馬の身体、足に当たった敵に、威力・500のダメージを与える。
*発動者の任意のタイミングで馬の身体を構成している闇を掻き消し、人の姿に戻ることができる。
「なるほど……ちょっと発動してみるか。【 Soul of Centaur 】!」
俺が技名を宣言すると、何処からともなく漂ってきた闇が俺の腰から下を包み込み……西洋の騎士が
ジョストという競技の選手が跨るような、黒い鐙で完全武装された黒馬の半身が完成した。
自分もある意味乗馬しているようなものなので、物の見える位置が少しだけ高くなる。
「おぉぉ……格好良いですね、主様!ですが、これ……今、主様の元々の人間の足は、どのように
なっているのですか?」
「ん?あぁ。正座したみたいに、胴体に折り曲げて入れてるよ。移動するときは、正座をしたまま
滑空する感じになるんだと思う。」
俺はそう言いながら上半身を少しだけ曲げ、手を伸ばして馬の身体に触れてみた。
「……うん。ちゃんと触れるな。シルヴィア、今来た道を引き返すことになるけど……構わないか?」
「もちろんです!急ぎの旅をしてるワケではありませんから。それに、そのケンタウロス状態……
試してみたいのではありませんか?」
「ははっ、まぁな。グレン殿、手綱の方は……」
「確か、積み荷の中に新しい物が……ですが、本当に宜しいのですか?」
「あぁ。俺のこのスキルの習得と発動を無駄にしたくないんで。」
「主様のスキルの練習に付き合うと思って、私達に任せていただけませんか?」
「はっ、はい!本当にありがとうございます、御二方。」
数分後
俺は補強された手綱を持ってシルヴィアとグレン殿、たくさんの商品を乗せた荷馬車を引き、
馬の脚で力強く補正され街道を踏みしめてアルガスの町へと向かった。
俺の元々のSTRと、馬が持つパワーが合わさっているのか……荷馬車を引くことに疲労が伴わない。
「うおおぉぉぉぉ!気分は赤兎馬、心はスレイプニル!馬の半身ってのも悪くねぇな。今ならいつまでも
どこまでも走って行けそうだ!あっははははっ!」
「主様。楽しそうなのは一向に構いませんが、安全走行でお願いします。グレン殿の商品を
駄目にしてしまったら、意味がありませんので。」
「うっす!気をつけます……ん?」
「どうされました?ユーヤさん。」
「いや……アルガスの関所に、何か人だかりが……」
「おや?本当ですね。いつもの様な整理の行列でもないようですし……」
「何かトラブルでも遭ったのでしょうか?主様、このまま速度を落としつつ、関所に向かってもらえますか?」
「おう。わかった。」
俺は荷馬車を引いて関所に近づき、門の所に居る衛兵さんの前で変身を解き、話しかけた。
「あの、何か遭っのか?」
「ん?あぁ。彼等はユルギアから来たBランク冒険者なのだが……何でも、この近くに
ツインヘッドヴァイパーが出たみたいでね。護衛対象だった商人は丸吞みにされ、自分達も奮戦したが
力及ばず、危険を知らせるために此処へ駆け付けてくれたんだ。それで今、我々衛兵で討伐隊を
編成しようとしているところだよ。」
「へぇ……連中が……」
俺の目の前で、4人の男女混合チームの冒険者達が真剣な表情で、護衛対象が蛇に丸呑みされたことを
『自分達はその護衛対象を助けるために必死で戦ったが、結局力が及ばなかった!』
『護衛対象を助けられなかったことが無念でならない』
……等ということを、口々に話していた。
まったく……反吐が出る。
「それより、君は……確か、今朝方、ダークエルフのお嬢さんとこの町を発った方……だよな?
町を出る時は、そのような下半身ではなく、荷馬車も所持していなかったはずだが……まさか、
彼等の言う商人の遺品を見つけて来てくれたのかい?」
「ん?あぁ。その前に衛兵さんに会ってもらいたい人が……」
「私に……?」
「お~い。出てきて良いぞ。」
俺がそう言うと、荷馬車の中からシルヴィアとグレン殿が降りてきた。
「おや!貴方はグレン殿ではないですか。本日も商品の卸で?」
「はい。そうなのですが、その前に……衛兵さん。あの4人は虚偽の報告をしています。」
「虚偽の報告……ですか?」
「はい。なぜなら、彼等に護衛の依頼をお願いしたのは、他でもないこの私ですから。」
「何ですって!?」
衛兵の声に、周囲に居た人がざわめき始め……こちらを見た4人の冒険者達の顔が一気に青白くなっていく。
「グレン殿から聞いた話だと、ユルギアの冒険者ギルドでそこに居る連中を紹介してもらって……信頼して
報酬を前金で支払ってたんだと。」
「そこまでは良かったのですが、このアルガスに来る途中でツインヘッドヴァイパーと遭遇した際に
彼等は護衛対象であるグレン殿を置き去りにして、敵前逃亡をされたそうです。」
「ちなみに、そのツインヘッドヴァイパーは討伐しておいた。」
俺は【 アイテムボックス 】を発動し、ギルドで売れると思って収納しておいた蛇の胴体と
2つの頭を、グレン殿の荷馬車の隣に出現させる。
「衛兵さん。御二人の言っていることは本当です。ユルギアの冒険者ギルドで手続した書類もこちらに。」
そう言ってグレン殿は衛兵さんに1枚の紙を見せた。
「大体さ、衛兵さん。連中をよく見てみろよ。そこの4人の防具、『 必死に戦いました! 』って
言うわりには、まるで昨日新調したのかってくらい綺麗だぜ?」
「確かに……グレン殿から頂いた書面はちゃんと受理された本物ですし、それに、君とダークエルフの
お嬢さんが討伐してくれたツインヘッドヴァイパーという物的証拠もある。どちらが虚偽の報告を
しているのかは一目瞭然だな。」
そう言って衛兵や周囲に居た人達が4人の冒険者達に冷ややかな視線を送る。
「商品だけなら仕方ないで済ますこともあるが、今回は人命に係わる依頼だったうえに途中で放棄した挙句、
『 対象者は死に、自分達は必死に戦った 』という虚偽の報告……これは立派な犯罪で
重い罰に処される!おいっ、この者達4人を縄で拘束しろっ!」
「「はっ!!」」
威勢良く返事した他の衛兵達が、抵抗する4人の冒険者達を縄で縛り、そのまま詰め所へと
連行していった。
「なぁ、あの4人はどうなるんだ?」
「とりあえずは、この町の冒険者ギルドとユルギアの冒険者ギルドに今回の件を報告するよ。少なくとも……
いえ、確実に冒険者としての地位を剝奪され、ギルドから追放されるだろうな。」
「ん?それって、追放されたら俺とシルヴィアみたいな自由な旅人、冒険者になるだけなんじゃ……?」
「そうですね。処罰としては少々軽いのではないかと……」
「ユーヤさん、シルヴィアさん。ギルドに加盟したということは、彼等はそこの職員と同じ扱いに
なるのです。そんな職員が仕事を放棄したのですよ?しかも人の命に係わる内容の仕事を。」
「あぁ~……そりゃ、確かに上の立場の人……特にギルドマスターとか呼ばれる人は本気で怒るだろうな。
そのギルドの看板に泥を塗ったようなモンだろ?」
「そういうことです。あの4人もギルドを追放された後、かなりの額の賠償金を請求されることに
なるでしょう。」
「しかし、それでも……主様と私がしてるみたいに、偶然遭遇したモンスターを討伐して、素材を
ギルドで買い取ってもらえば……あっ、そうか。追放ということは、そのギルドに出入りすることも
できなくなるのですね?」
「はい。この町のギルドやユルギアのギルドから、他の町の冒険者ギルドに彼等の情報が伝達されることに
なるだろう。虚偽情報の申告、正義感の欠如など……おそらく他にも余罪があると思われますが、
それ等全てがこの大陸の冒険者ギルドの中で共有情報として扱われることになるんだ。そして、
その情報はギルドから我々のような関所に居る衛兵にも回ってくることになっているのだよ。」
「つまり、俺達や他の人達がこういう関所を通る時にやっているステータス画面表示の他に、
取り調べ内容が増えるのか。」
「その通りだよ。どこの関所でも身分証明の後、持ち物・身体検査が加わります。男性、女性問わず
全裸になってもらい、所持品をくまなく検査したうえで、町や村に入る許可を得ることになるね。」
うわっ!予想以上にキツい処罰だぞ!
確か、刑務所に入った犯罪者達が最初にする内容もこんな感じだったハズ……薬物とか脱獄に
使えそうな物とか……何かそんな感じのアイテムを持ち込んでいないかを確認するために、
お尻の穴や、女性なら大事な場所の穴の中も、くまなく調べられるんだっけ?
「そんな検問を終えて町に入っても、ギルドの建物にすら入ることが許されないから素材を売ることが
できない……じゃあ、国外へ行って新たな土地のギルドに入ろう!ってなっても、そもそも他国へ
行くための路銀もまともに稼げないってことか。」
「そういうことになりますね。それにです、ユーヤさん。こういうお話は広まるのが速いし、
人はなかなか忘れない。私もこの町や他の町のお得意様に、今回の件を話すつもりですから。
そもそも、私達商人の間にはギルドからギルドに登録されている冒険者達のリストが出回っているんです。
護衛として雇う冒険者を決める基準にするためと……絶対に雇ってはいけない、ブラックリストに
登録されている冒険者を知るために。」
「そうですよね。自分の命と商品を守る護衛を依頼するのです。グレン殿のような商人の方々は、
事前に知る権利があって当然でしょう。」
「シルヴィアさんの仰る通りです。ギルドの登録は当事者がギルドを自ら脱退、今回のような追放、
依頼を受けた冒険者が何らかの理由で命を落としてしまっても記録として永遠に保管されます。
ですから、また冒険者として活動しようと思うなら、先程ユーヤさんが仰ったように、今回の件が
絶対に伝わらないような遥か海の向こうの異国の地でスタートし直すしかありません。しかも、
また1から……もしかしたら、マイナスからね。」
「厳しいな……けどまぁ、それもこれもあいつ等の自業自得か。」
「その通り。君達が同情するようなことは、何も無いよ。」
まぁ、今後の連中の処罰に関しては納得したし、俺達は( たぶん )衛兵の隊長さんに挨拶をして
アルガスの町に入った。
再び下半身に闇を纏わせて馬の形にして、グレン殿の荷馬車を取引先の相手の店の前まで運んだ。
「本当に、本当に何から何まで、ありがとうございました!ユーヤさんとシルヴィアさんのおかげで
大事な商品を無駄にしないで済みました。」
「どういたしまして。」
「しかし、グレン殿。私達が行った後、どうするのですか?言い方に語弊が出てしまいそうですが……
馬役の主様が居なくなってしまっては……」
「そうですね。今回の売り上げで新しい子を1頭買うか……此処の商談相手さんに譲ってもらえないか
話してみます。」
グレン殿は微笑みながらそう答えた。
「それより!ここまでお世話になったんですもの。何かお礼の1つでもしたいのですが……」
「ん?別に何か欲しくてやったわけじゃ……なぁ、シルヴィア。」
「そうですね。これから私達もツインヘッドヴァイパーを売って、幾らになるかは判りませんが、
報酬を貰うつもりですし……」
「それでも!何かお礼をしないと私の気が済みません!何でも言ってください。何か欲しい物とか
ありませんか?」
「ん~……欲しい物……あっ!じゃあ、グレン殿。地図を売ってもらえないか?」
「地図を……ですか?」
「あぁ、この大陸の地図と世界地図を1枚ずつ……この大陸の地図は、簡略化された物じゃなくて、
軍隊が所有するような本格的な物を……って、商品にあるかな?」
「もちろんでございます!少々お待ちを。」
そう言ってグレン殿は荷馬車の中に戻り……しばらくして、筒状に巻いた紙を2本持って出てきた。
「お待たせしました!ちゃんと中身を確認して来ました。赤い紐で巻いてある方がこの大陸の地図、
青い紐で巻いてある方がこの世界の地図でございます。」
「ありがとう、グレン殿。それじゃ、お代を……」
「とんでもない!お代は結構でございます。いろいろ助けてもらったお礼なのですから。遠慮しないで
受け取ってください。」
「良いのですか?地図という代物は、かなり高価な物だと聞いたことがあるのですが……」
「そうですね。ですが、問題はございません。正直に申しますと、そちらの地図は先月仕入れた
物なのですが、ずっと売れなくて……その間に他の商品が売れて、そちらの地図を仕入れた分の
お金は、既に他の商品を売ったお金で賄えてしまいましたから、お金のことはあまり気にしていません。
それに……必要とされている方に提供してこその商売ですからね。はっはっは!」
「そっか、そういうことなら……ありがたく受け取らせてもらうとするか。悪いな、グレン殿。」
「いえいえ、お礼を言うのは私の方です!本当に何度お礼を言っても足りませんよ。私はこの大陸の
町をあちこち廻りながら商売しています。機会があったら、またどこかで会いましょう。」
「そうですね。その時は、また。」
「この後の商談、上手くいくといいな。」
「はい!ありがとうございます。では、これにて失礼します。」ニコッ
俺達とグレン殿は握手を交わし、笑顔で手を振り合ってこの場で別れた。