ダーク・ファンタジー小説
- 壁越しの語らい ( No.8 )
- 日時: 2024/05/02 21:13
- 名前: 柔時雨 (ID: ..71WWcf)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13011
ツインヘッドヴァイパー討伐の報酬を受け取り、これからどうしようかと
シルヴィアとアルガスの町をブラブラと歩いていた。
「ふむ……俺はあんまり、食材の鮮度に関しては疎いんだけど……その……市に並んでる野菜の鮮度は
あまり良くないのかな?」
「そうですね。主様、地図をご覧になっていただければ解ると思いますが、このアルガスの町は
ヴェルスティア大陸の内陸にある都市の1つです。森や山に囲まれた内陸に位置した場所にありますので、
どうしても物流の面で不足……滞りがあったりするのかもしれませんね。」
「なるほどなぁ。悪いな、シルヴィア。分からないことがあったら、すぐお前に質問して……」
「そんな!全然気にしていませんよ!むしろ、頼っていただいて嬉しい限りです!」
「そうか?そう言ってもらえると助かる……ん?」
「どうされました?主様。」
ふっと視線を上げると、『 Bath 』と書かれた看板を下げた、現実世界だと古民家くらいの大きさの建物が
目に入った。
「Bath……へぇ!この町には風呂屋があるのか。」
「風呂?」
俺の言葉に対し、シルヴィアが可愛らしく首を傾げる。
「あれ?知らない?」
「入ったことはありませんが、どういう物かは……確か、人間が汚れた体をお湯で洗う場所なのですよね?
私達は泉や川で、水浴びをしていましたので。」
「あぁ、なるほど。そういうことか。……せっかくだし、入ってみるか?」
「はいっ!」
扉を開け、シルヴィアと店に入ると、銭湯でいう番台に位置するであろう受付カウンターにいた爺さんから
それぞれ石鹸とタオル、そして鍵が手渡された。
「え?鍵?」
ふっと爺さんの後ろを見ると、奥の壁にそれぞれ1つずつ扉が設けられている。
「へぇ……個室なのか。」
俺が思っていたスパワールドっていうのか?公衆浴場とはちょっと違うみたいだ。
どちらかというと、サウナに近い施設なのかもしれない。
「主様、一緒に入りますか?」
「ぐっ……!おぉぉ……魅力的な提案だけど、変に欲情してシルヴィアに幻滅されたくないからな……
その提案は、いずれ自分達の拠点を手に居れた時の楽しみにしておくよ。」
心の中で血涙を流しながら、俺はシルヴィアの提案を何とか断った。
「うふふ。分かりました。それでは主様、また後程。」
「おう。」
シルヴィアと別れて目の前の扉を開けて、個室に入って内側から鍵をかける。
脱衣所でスキル・【 影の鎧 】を解除し、服を脱いで浴室へ入る。
店がそれほど大きくなかったので内装はあまり期待していなかったが、実際目の前に広がっているそこは
洗い場もしっかり設けられていて、1人で入るには充分大きすぎる浴槽が用意されていた。
「おぉ……こいつは、思ってたより凄いな。」
とりあえずまずは身体を洗い、その後浴槽に深々と入り、深々と溜息を漏らす。
同時に、俺は浴槽内に視線を向け、怪しい亀裂が無いか探してみた。
……まぁ、案の定そんな物は無かったわけで。
「仮にもし、こういう浴槽の何処かに亀裂が遭って、そこへ流れ込んでいくお湯に巻き込まれたら……
某テルマエ技師のように、別の世界、別の時代へタイムスリップできたりするんだろうか?」
俺の場合は、前に居た世界に帰ることになったりして……まぁ、帰りたいとは微塵も思ってないんだけどな。
仮に戻れたとして、どこかの銭湯の中ならともかく、俺が身投げしたあのビルの前なんかに
裸で戻されたら……
すぐさま、猥褻物陳列罪で捕まっちまうだろうなぁ。
『主様。どうですか?ちゃんと温まってらっしゃいますか?』
「シルヴィア?」
浴槽に亀裂が無いかを確認していると、壁の向こう側から、シルヴィアの声がハッキリと聞こえてきた。
洗い場や浴槽は立派だけど、男湯と女湯を隔てる壁は、俺が思っていた以上に薄いのかもしれない。
「あぁ。堪能させてもらってる。まさか、この世界でこんな立派な風呂にありつけるとは思わなかったよ。」
『うふふ。私も驚いています。温かいお湯というのも良いですね。この石鹸も凄く泡立って……!』
薄い壁の向こう側から、とても楽しそうなシルヴィアの声が聞こえてくる。
『はぁぁぁ……気持ち良いです……それにしても、そちらとこちらを隔てる壁が薄いですね。主様の声が
すぐ傍に居るかのように聞こえます。』
「あぁ、それに関しては俺もちょっと驚いた。たぶん、お偉いさん達が他人に聞かれたくない大事な内容を
話し合ったりするのにも使われてるんじゃねぇかな?良い感じに個室なわけだし。」
『なるほど……では、主様。せっかくですし、この機に少しお話ししませんか?』
「話?それは良いんだけど……俺が話せるようなことは、シルヴィアと初めて出会った時に、
殆ど話しちまったからな……」
『ん~……それでは、私がする質問に答えていただけますか?』
「あぁ、それなら。俺に応えられる範囲なら、何でも答えるぜ。」
『うふふ。ありがとうございます。では、えっと……主様が以前、生活されていた世界は
どのような感じの場所だったのですか?こういうお風呂屋さんはあったのですか?』
「おう!あったぞ。ただ、こういう個室の風呂屋はあんまり知らないな……どっちかというと、
公衆大浴場……大勢が一緒の浴室に入って、皆で裸の付き合いをするっていう風呂屋の方が
一般的だったかな。もちろん、男女は別れてるけどな!ただ、俺が生まれるよりずっと昔は、
混浴……男女一緒に入るのが当たり前だったらしい。」
『なるほど……他には?主様が居たその世界には、どのようなモンスターが……』
「いや、俺の前居た世界にモンスターは居なかったよ。まぁ、兎やイノシシは居たけど……それでも
この世界の物よりもっと小さいし、角は生えてない。」
『モンスターが居なかった!?そうなのですか……それは、随分と平和だったのですね。』
「う~ん……そうでもないかな。他の国では未だに戦争や内乱なんてものがあったし……
俺が住んでいた国でも『 キノコとタケノコ、どっちが好き? 』とかいう、そこそこ大きな
論争があったり……」
『待ってください。申し訳ありません、主様。キノコは存じておりますが、タケノコというのは?
キノコと比較されてるくらいですから、食材だとは思うのですけど……』
「あっ、あぁ!そうか。この世界にタケノコは無いのか。わかった。それじゃ、【 創造 】のスキルを
試してみて上手くいったら、今度出して見せるよ。」
『はい。楽しみにしています。』
「まぁ……話を戻して、今挙げたのが俺の居た世界で、割と有名な論争だんだけど……他にも、
大小の区別関係無く犯罪は少なからずあったし、俺が受けたような迫害みたいなモンもあったよ。」
『あ……申し訳ありません。嫌な事を、思い出させてしまいましたね……』
壁の向こうから聞こえてくるシルヴィアの声が、少しだけ気落ちしたように思えた。
「いや、シルヴィアが謝ることなんて何も無いよ。確かにイジメは辛かったけど……それまでの過程は
どうあれ、この世界に来ることができて、シルヴィアとも出会えて良かったと思ってるんだからな。」
『主様……うふふ。そう言ってもらえて、私も嬉しいです。はぁぁぁ……それにしても、
お風呂という物がこれ程までに良い物だとは……主様、拠点購入の際には、是非お風呂付きの
物件をお願いします。』
「そうだな。まだ試してないから何とも言えないけど、もし、自分で拠点を作れるってようになったら、
ちゃんと風呂を付けることを約束するよ。」
『ありがとうございます。』
「さてと……」
俺はゆっくりと立ち上がり、浴槽から出る。
『もう出られるのですか?』
「あぁ。ちょっと逆上そうになったからな……シルヴィアはどうする?もう少し入ってるか?」
『ん~……では、お言葉に甘えて、もう少しだけ。』
「わかった。それじゃ、先に出て待ってるけど……俺のことは気にしないで、好きなだけ
堪能してくれていいからな?」
『うふふっ……では、お言葉に甘えさせていただきますね。』
***
それからしばらくして……
公衆浴場の建物から出て外で待っていると、シルヴィアがゆっくりと出てきた。
「ふぅ…………申し訳ありません、主様。かなり待たせてしまいましたよね?」
「いや、全然気にしてねえよ。それより……ホラ。これを飲むと良い。」
俺はそう言ってシルヴィアにキンッキンに冷やした牛乳瓶を手渡した。
「きゃっ!冷たい!主様……これは?」
「フルーツ牛乳っていう俺の元居た世界の飲み物だ。今さっき、【 創造 】のスキルで出してみた。
上手くいって良かったよ……とりあえず、何も訊かずに、その紙の蓋を開けて一口飲んでみな?」
「え?あっ、はい。」
シルヴィアは少し手こずりながらも紙の蓋を開け、フルーツ牛乳を口へ運んだ。
「んっ!ごくっ……ごくっ………ぷはぁっ!何ですか、コレ!?もの凄く甘くて美味しいですっ!」
「だろ?他にもコーヒー牛乳ってのもあるんだけど、フルーツの方が甘いからな。ついでに、
フルーツ牛乳を初めとする、瓶に入った牛乳の正しい飲み方ってのを教えてやるよ。」
「正しい飲み方……ですか?」
「おう。まずは、こうして!」
俺はシルヴィアの目の前で両足を肩幅に開き
「こうして!」
左手を腰に当て
「こうだ!」
頭を45度の角度に傾けると
「ごくっ……ごくっ……んっ…………ぷはぁっ!」
右手に持っていたフルーツ牛乳を一気に飲み干した。
「おぉ~!凄い、凄いです!なるほど、そうやって飲むのが流儀なのですね。」
「まぁ、男女差別するつもりは無いけど……シルヴィアは女の子だしさ、無理して一気飲みしなくてもいいぞ。
ただ、こういう飲み方があるってだけだからさ。」
「そうですね。ですが、いつかは主様がやったように飲んでみたいですね……うふふっ。」
「ん?どうした?」
「いえ……別にお酒なんか飲まなくても、私達にはこれで充分ではないか……と、思いまして。」
「あぁ。確かに、そうかもしれないな。」
「それにしても……主様の以前住んで居られた世界は凄いですね。このような物があるだなんて……」
「最近見かけなかったけど、今でもある所にはあるんだろうな。ちなみに、今の物価が
どうなってるのか知らないけど、ちょっと値上がりしてるのかな?でも、だいたい銅貨2枚で、
その牛乳1本買えるぞ。」
「御冗談でしょう?こんな美味しい物が銅貨2枚で買えるわけが……銀貨1枚は必要でしょう?」
「その辺はやっぱり、文化や価値観の違いだろうなぁ。」
「主様の世界の物ですから、おそらく主様が仰っていることは本当なのでしょう。ですが、う~ん……」
そんな話をしながら俺の隣を歩くシルヴィアから、ほんのりと微かに石鹸の良い匂いが漂ってきた。
かなり気に入ってくれたみたいだし、風呂付きの拠点を手に入れたときには
要望に応えて出してやるとしよう。