ダーク・ファンタジー小説
- 第一話 #1 ( No.1 )
- 日時: 2021/04/04 15:57
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
人生、どこで何があるのかわからない。平凡な日常だって、簡単に崩れ落ちる。
僕は今、それを嫌と言うほど感じていた。
別に何もない日だった。
新しくコーヒーメーカーを買いたいと、母に連れられ電気屋に行った。母が今、コーヒーにハマっていることを僕はもちろん知っていた。そして母が飽きっぽいことも。
「適当でいいんじゃない?」
「何言ってるの。こういうのはしっかり選ばないと」
そう言って母はたくさん並べられたコーヒーメーカーと、睨めっこを続ける。どうせすぐ飽きるのに。
「ちょっと別のところ見てくる」
「いいけど、すぐ連絡取れるようにしてよ?」
母の言葉を軽く流す。わざわざ休日を母の荷物持ちに使っているんだ。もうちょっと感謝して欲しい。
ぶらぶらと適当に店内を歩く。別に目当ての商品があるわけではない。ただの気晴らしだ。
店内を一周して母のもとへ戻る。その途中で、僕はふと足を止めた。
そこは電気屋にしては異様なスペースだった。アンティークな扉が開いていて、覗くとソファとアナログテレビのようなものがある。さっきここを通った時には、こんな場所なかった気がする。
なんとなく扉の中に入った。入ってみるとやっぱりそこは異様だった。まるで一昔前の外国のよう。奥にも同じような扉がある。
その扉の中もやっぱり部屋になっている。そこには豆をひく器具と、ひいた豆をこす器具、それから一昔前のラジオ。もしかして、ここはアンティークコーナーなのだろうか。
ラジオがなっている。雑音混じりに女性の声が鳴る。何かのニュースのようだ。
「…リギヴィズは今日も曇りです。街では…」
聞き慣れない地名に、ぎょっとする。これはなんかの演出なのだろうか。それにしてもリアルだ。
なんとなく不気味だ。慌てて部屋から出ることにした。最初に入った扉の前に行ってー
「え…?」
扉の向こうにあったのは電気屋じゃなかった。それこそ一昔前の外国のような場所。電車の高架下のような場所だった。
- 第一話 #2 ( No.2 )
- 日時: 2021/04/04 15:58
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
頭上からは電車が通るような騒音がする。いや、違う。正確に言うなら、この汽笛の音は汽車だ。
わけも分からず立ち尽くしていた僕は、ふと我に帰った。
「そうだ…!携帯…!」
母に電話でもメールでもすれば良い。ここがどこだろうが、連絡がつけばこっちのものだ。
電源を入れるとスマホのアンテナは全く反応しておらず、圏外の文字が虚しく光っているばかりだった。
自分の場所も分からず、母との連絡もつかない。16にもなって完全な迷子だ。恥ずかしいったらありゃしない。
とは言え、スマホが圏外だとマップを開くこともできない。今、僕にできることなんて、途方にくれて立ち尽くすことくらいだった。
どこからか人の声が聞こえてくる。どうやら、このわけのわからない場所にも人はいるようだ。自分以外にも人がいる。それだけで少し安心できる。
しかし、そのわずかな安心もすぐに消えた。聞こえてくる人の声は、よく聞くと男の怒鳴り声だ。それが少しずつ近くによってきている。
恐怖で体を震わせていると、1人の女の子が目の前に飛び出してきた。長く艶やかな黒髪をサイドテールにしている。黄色っぽい明るい色の瞳を、不安そうに揺らしていた。
「伊藤さん…?」
「渡辺くん?」
僕の目の前にいる彼女は、クラスメイトの伊藤六花その人だった。
- 第1話 #3 ( No.3 )
- 日時: 2021/04/04 15:59
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
伊藤はしばらく驚いた顔をしていたが、きっと僕を睨みつけた。
「その家に入れて。そんであのおじさん、追い返して」
「はぁ?」
「いいから!あとで話す!」
そう言うと滑り込むように扉の中に入った。
「おい」
立ち尽くしていると、頭上から野太い声が降ってくる。恐る恐る顔を上げると、スキンヘッドのいかつい男が、僕を見下ろしている。
「女がきただろ」
「いや〜、知らないですね」
男はギロリと僕を睨みつける。
「ほんとだろうな。嘘だったらどうなるか、わかってるよな?」
脅しのテンプレのようなセリフを吐く。僕はガクガクと頷くことしかできない。
男は舌打ちをすると去っていった。それを確認して、僕も滑り込むように扉の中に入った。
「ありがと」
伊藤は、ソファに座っている。見慣れない私服姿の彼女をチラリと見て、僕もソファに腰掛ける。もちろん、少し離れた位置だ。
「正直に言うとね、渡辺くんは私のこと、あのおじさんに突き出すと思ってた」
「なんで」
「渡辺くんって大人しいし、静かだし。守るって言うより守られる側っぽいもん」
伊藤は、僕の方を見てからかうように笑う。
「なんなら、私の方が強いかも」
伊藤の言っていることは間違っていない。たしかに僕は、学校では大人しい方だ。でも、さすがにイラッとはする。
「…馬鹿にしてる?」
「違うよ。感謝してるの」
ふと、伊藤は真顔になった。
「渡辺くん、ここがどこかわかる?」
僕は静かに首を振った。
「わからない。急にここにきて」
「そうだよね…。ねぇ渡辺くん、私のこと馬鹿にしない?」
伊藤の言葉に僕は頷く。クラスメイトをいきなり馬鹿にするほど、僕は嫌なやつではないつもりだ。
「ここきっと、異世界だよ。私たちの世界じゃない」
- 第1話 #4 ( No.4 )
- 日時: 2021/04/04 16:00
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
「異世界?」
「うん。私ね、いつも通り最寄りの駅で降りたの。でも、いつもの駅じゃなくて、ここに出た。これっておかしくない?渡辺くんもそうなんでしょ?」
「そうだけど、それだけで異世界って…」
いくらなんでもありえない。そんなことが起こるのは、ライトノベルだけで充分だ。こんな、なんの前触れもなくファンタジーなことが起こってたまるか。
「街も何もかも私たちの知ってるものじゃない。まるで一昔前の外国みたいなのに、機械とかは私たちが使っているのとほとんど同じ性能なんだよ?このテレビもそう」
そう言って伊藤の指差したテレビは、たしかにアナログテレビのような見た目に反して、流れる映像の画質は僕の知ってるものと大差ない。冷や汗が流れる感覚がする。
「そんなことって…。」
「でも、そうじゃなきゃどう説明するの?地名も知らない場所なんだよ?」
伊藤の言葉に僕は何も言えなかった。彼女の言う通りなのだ。そうじゃなければ、この状況をどう説明すればいいのだろう。
「そうだったら、どうするの?帰り方もわからないのに、こんなよくわからないとこで、どうすんだよ!」
つい声を荒げてしまった僕を見て、伊藤は優しく、でも困ったように笑った。
「やっぱり渡辺くんは守られる側だ、なんか守りたくなるもん。小柄だからかな」
「やっぱり、馬鹿にしてるでしょ」
まだ成長期が来てないだけだ。不貞腐れてる僕を見て、伊藤は力強く言った。
「大丈夫、だって1人じゃないもの。2人だったらきっとなんとかなる。それに拠点もあるし」
そう言って、ソファをバンバンと叩く。どうやらこの部屋、いや家のことを言っているようだ。
「誰か住んでるかもよ」
「もう私たちの家だよ」
伊藤はにっこりと笑った。
「絶対帰ろうね、伊藤くん」
こうして、僕と伊藤の異世界での生活が、唐突に幕を開けたのだ。