ダーク・ファンタジー小説

第4話 #0.5 ( No.17 )
日時: 2021/04/04 16:11
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 街中を1人の青年が歩いていた。
 見事な金髪は乱雑に切り揃えられ、頭にはゴーグル、作業着のような服を着ている。本当に何かの作業員なのだろう。服と顔が所々、煤で汚れていた。
 そんな青年の横を、小綺麗な紳士たちが通り過ぎていった。その手には、新聞が握られている。
万能薬エリクサーの本格導入だとさ」
「なんでも治る薬なんて、便利なもんを実用化させるなんてな」
「錬金術ってのはすごいね。煤まみれをなって機械を弄るより、よっぽど便利だ!」
 聞こえてくる言葉に、青年は大きく舌打ちをする。
 ふと青年が足を止めた。そこは高架下の二階建ての家。玄関には看板が下がっている。
 『なんでも屋 歯車のランプ』
 その下のランプのさらに下にもう一つ、小さな看板が下がっていた。
 『綺麗な宝石、お作りします』
 青年は苛立ちのままに店に入った。

第4話 #1 ( No.18 )
日時: 2021/04/08 11:28
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 玄関から入ってすぐそこに、キラキラとしたアクセサリーが並べられる。
 リュカが、自分の作った結晶体を加工・販売しているスペースだ。この家に住み始めてすぐに、彼はこのスペースを作ってしまった。悔しいことに僕等のなんでも屋業よりも、儲かっている。
「いっそのこと、リュカのアクセサリーショップにした方がいい気がしてきた」
「何言ってんの、アラタ〜」
「なんでも屋のほうも、ちょくちょくお客さん来てるじゃん!」
 伊藤が慌てて言った。僕は知っている。伊藤も同じことを、前にリュカに言っていたことを。
「それにしても、すごいよね。物置を一晩で研究室に替えるし、こんな綺麗なの作って。DIYもできるなんて」
「そんな褒めても何も出ないよ〜」
 リュカは照れているが、実際すごいことだ。
「でもよかったの、リュカちゃん?研究室と部屋、一緒にしちゃって」
 この家は、一階がリビングとダイニングと、キッチン。2階が寝室2つ。そして地下に物置といった間取りだ。
 2階の寝室を1つ空けておいたのだが、リュカはそのまま改造した物置ですごしていた。僕をソファで寝かせるのが嫌だったらしい。本当に申し訳ない。
「も〜!大丈夫だって!」
 リュカはそう言うが、年下のリュカが地下にいるのだ。こちらとしては、とてつもなく申し訳ない気持ちになる。
 カランと来客を知らせる鐘が鳴った。
 入ってきたのは、僕等より1つか2つ上の男だった。アンティークなゴーグルが頭に乗っかっていて、厚手の手袋とブーツ、首元にはスカーフ、ベルトにはポシェットがいくつかついていた。所々、煤で汚れている。
「いらっしゃいませ」
 伊藤が笑顔で男に話しかける。彼はどこか不機嫌そうに、家を見渡した。
「これ、錬金術だよな?作ったの、誰だ」
 そのまま、リュカの作った結晶を乱雑に指さす。
「ボクだけど」
 リュカが、静かに手を挙げた。
「ならおまえ、俺と勝負しろ」

第4話 #2 ( No.19 )
日時: 2021/04/07 00:04
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 リュカは、目をパチクリとさせた。
「勝負〜?」
「蒸気機関は知ってんだろ」
 僕と伊藤は頷いた。
 世界史の授業でも習った。産業革命のきっかけとなった発明。この世界では主流で、機械の動力源はほとんど蒸気だ。
「俺は蒸気技師だ。錬金術師はみんなして見下しやがる。どっちが優れているか、はっきりさせてやる」
 この人が不機嫌な理由は、それなのか。錬金術は、突き詰めれば無から有を生み出すこともできるという。だからといって、見下すのはどうかと思う。
 でも、彼もどこかやけになっている。無理もないかもしれないが、リュカに当たるのもいかがなものか。
「いいよ、受けてたってやる。ボクも、自分の技術がどこまであるか、興味あるしね」
 リュカがニヤリと口元を歪める。相当自信があるようだ。
「じゃあ、あなたの依頼は…」
「俺とこいつの勝負の手伝いと、判定。」
 ぶっきらぼうに答える彼に、リュカが頬を膨らませた。
「こいつじゃないんだけどっ!リュカっていうかわいい名前が、あるんだけどっ!おにいさんのこと、無愛想デカブツって呼ぶよ!」
「やめろ、ほとんど悪口じゃねぇか。ヴィルヘルムだ、ヴィルヘルム。そう呼んだら許さねぇかんな」
 リュカとヴィルヘルムさんが、バチバチと火花を散らす。その様子を見た伊藤が、僕に耳打ちをする。
「この2人、いいライバルになりそうだね」
 犬猿の仲の間違いな気がする。伊藤はやっぱり楽観的な気がする。
 なんだかまた、一悶着ありそうだ。

第4話 #3 ( No.20 )
日時: 2021/04/07 20:03
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 次の日から2人の対決が始まった。毎日何かを作って店に持ち込んでは、僕等が気に入ったほうを決める。勝負は5本勝負だった。
 リュカの作るものはほとんどが装飾品。それに対してヴィルヘルムさんが作るものは、より実用的な機械類だ。正直に言って比べられるものじゃなかった。
 3日目に入って、結果はリュカの1勝1敗1引き分けとなった。
「なんで!?なんでそっち選んだのさ!」
「なんていうか、食洗機がすごくほしくて…」
 気まずくなって目を逸らす。今日、引き分けになったのは、言わずもがな僕と伊藤で割れたからだ。
 リュカは、昨日に続いて今日もヴィルヘルムさんに票を入れた僕のことが、心底気に食わなかったようだ。
 もちろん、リュカの作ったランプもすごく綺麗で素晴らしい。だが、家事をしている僕的には、ボタン1つで皿洗いが終わるのは、とても魅力的だった。
 完全に僕の私情である。
「ほら、新くん手がガサガサだったじゃん?何がなんでも、水仕事したくなかったんだよ」
 完全に僕の私情で選んだが、伊藤のその言い方はどうかと思う。リュカの慰めにもなっていないし、何より僕の手はそこまで荒れていない。
「駄々こねるなよ、選んでもらえなかったからって」
 ヴィルヘルムさんは、そう言いながら食洗機の最終調整を始める。家のキッチンにこのまま設置してくれることになったのだ。
「大体、俺はおまえと違って遊びじゃねぇんだよ。蒸気機関これに命かけてんの」
「…何それ」
 リュカが静かに、でも吐き捨てるように呟いた。
「あんたがそれで仕事してるから、学会に入ってもないボクはお遊びってこと?仕事にしてるかどうかで、本気度が変わるってこと?」
 彼にしては珍しく感情的だった。
「ふざけんな。ボクは本気だ。偉ぶってんじゃねぇよ。蒸気機関なんて、錬金術の研究のおこぼれの癖に!」
 叫んで、リュカは俯いた。その肩が小さく震えている。伊藤が、そんなリュカの肩を優しく支える。
「ボクの好きな気持ちを、侮辱するな…!」
 絞り出すような声だった。リュカはそのまま、逃げるように家を飛び出す。
「待ってリュカちゃん!」
 慌てて伊藤が追いかけていく。後には、唖然としている僕とヴィルヘルムさんだけが、残された。

第4話 #4 ( No.21 )
日時: 2021/04/08 12:09
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 ヴィルヘルムさんは、面倒くさそうに頭をかいた。
「んだよ」
 無意識にヴィルヘルムさんの方をみていたのだろう。彼は僕にじとりとした視線を送る。
「えっと…」
「言いたいことあるなら言えよ」
 ヴィルヘルムさんの言葉に、僕はあからさまにたじろいだ。
 苦手なのだ。思ったことを言うことには、それなりの責任がついてくる。相手を傷つけてまで、自分の意見を言おうとはどうしても僕には思えなかった。
 いや、これはただの言い訳な気がする。ただ、自分の意見を否定されるのが怖くて、何か言って嫌われるのが怖くて、逃げているのだ。
「えっと…、言い方が悪かったと思います」
 おっかなびっくり、声を出した。まとまっているようで、まとまっていない。
「リュカは、本当に錬金術が好きで…。自分の好きなことを自由にできるのを、喜んでいるんです。詳しくは言えないけど、今までずっと否定されてたみたいで…。だから、リュカはきっと、また自分を否定されたと思ったんだと思います」
 ヴィルヘルムさんは小さなため息をついた。しばらく黙っていたが、彼もゆっくり喋り出した。
「俺も、言い過ぎたとは思う。ガキ相手にムキになって情けねぇ」
 彼も、言葉を探りながら話しているようだった。
「好きなもんを否定されるのは、悲しいし辛い。でも、やっぱ負けるわけにはいかねぇし、こっちのが優れてんだってみんなに知らせなくちゃいけないんだ」
「なんでですか。僕から見れば、どちらもすごい技術なのに。勝ち負けなんてないのに」
 ヴィルヘルムさんが、僕の顔をまじまじと見た。それから、少し意外そうに口を開いた。
「普通はさ、話題になってるほうを褒めるんだよ。おまえみたいに、どっちもすごいとか言わねぇんだわ。比べて、どっちかは遅れてるって文句言いつつ、遅れてるほうにも頼って暮らすんだ」
 そんなことないとは言えなかった。ヴィルヘルムさんは、技師だと言っていた。発明や発展の最先端にいるこの人は、きっと散々そう言われてきたのだろう。
 ヴィルヘルムさんは立ち上がりながら、押し黙ってしまった僕の頭を優しく叩いた。
「ま、おまえはそのままでいてくれよ?あ〜、弟がいたらこんなの感じかなぁ」
 彼の顔は、今までの腹ただしそうなものではなく、どこか優しい。僕と彼は、そんなに年も離れていないと思うのだが。
「リュカは、あいつらと違う。もちろん、俺とも違う。純粋に楽しんでる、あいつが羨ましい。でも、俺はやつらに見せつけねぇと。じいちゃんの発明を馬鹿にしたやつらに…!」

第4話 #5 ( No.22 )
日時: 2021/04/09 01:23
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 ヴィルヘルムさんは、拳を握りしめて微かに震えた。
 それから、僕の方をチラリと見た。しばらく悩んだ様子だったが、彼はソファに勢いよく腰掛けた。
「ここまで話したから、もう全部言うわ。リュカとロッカが戻るまで、時間もありそうだしよ」
 ヴィルヘルムさんは、そう言ってコーヒーをひとくち飲んだ。僕もテーブルを挟んで反対側のソファに座る。僕が座ったのを見届けると、ヴィルヘルムさんはポツポツと語り始めた。

 ヴィルヘルムさんの祖父は、蒸気技師の中でも、得に優秀な人だったらしい。新しいものを発明しては、世に出してきた。研究熱心で向上心のある人だった。だからこそ、他の技師たちからも一目置かれていた。
 そんな彼の祖父が、最後に発明したもの。それが電気も使った機関の発明だった。この家にあるラジオも、テレビも、ヴィルヘルムさんの祖父が、開発したらしい。
 しかし、彼の発明は錬金術学会に奪われてしまったのだ。
『これには、電気が使われている。なので、厳密言うとこれは蒸気機関ではない。電気を発見したのも我々だ。だから、これは我々のものだ。』
 学会の会長は、そう言い切った。
 もちろん彼の祖父も抵抗した。しかし、それも虚しく、発明は奪われてしまった。
 周りの目は冷たかった。人々の態度は、機関車を発表した時とはまるで変わっていた。
「許せなかった。じいちゃんから盗んだのはあっちなのに。ここぞとばかりに、俺たちに当たってきた。きっと最近になって生まれたパッと出の俺たちが気に食わなかったんだな」
 学会の人たちが、蒸気技師たちを炎上させたということだ。何も知らない一般の人たちは、『蒸気機関は錬金術のパクリ』という情報を信じてしまった。学会の思惑通りに…。
「俺は認めさせたい。じいちゃんのためにも。じいちゃんの発明だって、世に知らしめる」
 ヴィルヘルムさんの顔には、固い決意の色満ちていた。

第4話 #6 ( No.23 )
日時: 2021/04/10 00:07
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 決意に満ちてはいたが、どこか辛そうだった。
「焦ってたんだな、俺。結局、認めてほしかっただけ、褒めてほしかっただけだったんだ」
 きっと、ヴィルヘルムさんは、リュカと張り合っている間は楽しかったんだろう。自分の使命も忘れて。
 でも、忘れきることも出来なかった。
「自分が嫌だったことは、やらねぇって決めてたのにな」
「謝ればいいですよ。リュカはいいやつだから、すぐ仲直りできるはずです」
「仲直りってほど仲良くねぇよ」
 ヴィルヘルムさんも、根がとてもいい人なのだろう。だから、リュカに言ったことも気にしているのだ。
 なら、少し傲慢かもしれないが、2人が仲良くなれば良いと思う。伊藤が言った通り、いいライバルになるはずだ。
「それに、ヴィルヘルムさんのは、本当に便利だと思っているんです。だから、自信がなくなったり、つらくなった時は、僕が褒めます」
 ヴィルヘルムさんは、一瞬ポカンとした。それから、照れ臭そうに笑った。
「俺、いい弟分ができたわ」
「弟分にはなってないです」
「もっと砕けてもいいんだぜ?」
 そう言って、わしゃわしゃと僕の頭を撫でる。僕は、不機嫌な目線を彼に送った。
「…僕はそこまで子どもじゃないよ、ヴィル」
 ヴィルの笑い声が、2人きりの店内に微かに響いた。

第4話 #7 ( No.24 )
日時: 2021/04/11 21:40
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 しばらくして、少し目を腫らしたリュカが、紙袋を両手に抱えて帰ってきた。
「リュカ、それ何?」
「明日作るやつの材料。明日のは、ぜっったいにアラタも気にいるから!」
 そう言って、隣の伊藤に視線を送る。伊藤も笑顔で頷いた。
 それから、ビシッとヴィルに指を指す。指した方の手で持っていた袋が落ちて、中身が床に転がった。
「調子乗んなよ、ヴィルヘルム!こう見えてボクは、天才なんだからな!あんたに、認めさせてやる!」
 転がった袋の中身を、リュカが丁寧に拾っていった。
 全て拾い終わる時に、ふとリュカが手をを止めた。チラリとヴィルに目線をやる。
「…あんなこと言ったけど、ボクだってすごいって思ってるんだからな」
 ヴィルは、驚いた顔でリュカを見た。それから、ニッと笑った。
「俺からしたら、おまえはまだまだだけどな」
「ふざけんな!そこは褒めるところでしょ!?」
 取っ組み合いを始める2人を見て、伊藤が微笑ましそうに目を細めた。
「やっぱりあの2人、いいライバルだね。」
「どうなることかと思ったけどね。あと、伊藤さん。俺はそんなに手荒れしてない。」
 不貞腐れて答える僕を尻目に、伊藤は楽しそうに笑っていた。