ダーク・ファンタジー小説
- 第6話 #1 ( No.33 )
- 日時: 2021/04/24 16:38
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
その日の来客は、珍しい人物だった。
黒い燕尾服の背の高い男。中年と呼ぶには若いし、青年と呼ぶには歳を食っている。リュカの実家の使用人、ジェームズだった。
「いらっしゃいませ、ジェームズさん」
六花がにこやかにジェームズを出迎える。ジェームズの方は相変わらずの無表情だ。
「アラタ様、ロッカ様、いつも坊ちゃんがお世話になっております。本日は、ルーカス坊ちゃんに用事があり、お邪魔させていただきました」
「ちょっと待っててください」
僕は、ジェームズにそう言ってリュカのいる地下室に向かう。
ジェームズは、なんていうか苦手なのだ。無表情で淡々としていて接しづらい。六花は誰とでもすぐ打ち解けるし、たとえ相手がジェームズでも、問題ないだろう。
地下室は、リュカの実験室と寝室を兼ね備えている。おそらく徹夜で何かしていたのだろう。机のの上にのっている、何か難しい数式のようなものを書き殴った紙の上で、リュカは寝ていた。
「起きて、ルーカス坊ちゃん」
「その呼び方、いや。可愛くない」
「そう言うなって。ジェームズさんが来てるよ」
リュカは寝ぼけ眼のようだ。パチクリと瞬きをする。
「ジェームズ?なんで?」
「知らない。なんかおまえに用事があるって言ってた」
リュカは椅子から降りて、軽く伸びをする。大きなあくびをひとつして、リビングへ向かった。
- 第6話 #2 ( No.34 )
- 日時: 2021/04/26 08:50
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
リビングに出たリュカは、ジェームズの座っている来客用のソファの正面にある、もうひとつのソファに腰掛ける。
足と腕をくんで触るリュカは、いつもの可愛らしい雰囲気とは少し感じが違う。ジェームズの方も一度立ち上がって、リュカに礼をする。2人の絵面は漫画か何かで読んだ、主従そのものといった感じだった。
「ジェームズ、座って。ボクに用事なんて、一体何があった?」
「坊ちゃんの今後に関わる大事なことでございます」
「何?ついに勘当?」
ジェームズは、静かに首を振った。彼は懐から一枚の封筒を取り出すと、机の上にそっと置く。
「赤い封筒…。これ、リュカちゃん宛の手紙?」
「その通りです、ロッカ様」
リュカは、訝しげに封筒を手に取る。そして、宛名を見て目を丸くした。
「これ…学会から!?」
「学会?」
「確か、この辺の有名な錬金術師が所属してる研究機関だよ」
六花が驚いたように僕の顔を見る。
「新くん、よく知ってるね」
「そうかな?」
リュカは、しばらく封筒を見ていたが、そっと机の上に置いた。
「ジェームズ、考えさせて。研究発表は気になるけど、いきなりすぎて…」
「承知しました。返事の期限まであと一週間ございます。考えると時間は充分かと」
「うん。ありがとう、ジェームズ」
「では、失礼いたします」
ジェームズは、礼をすると去っていった。
- 第6話 #3 ( No.35 )
- 日時: 2021/04/29 11:07
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
それから2日が経とうとしている。
リュカは、ずっと考え込んでいて元気がないし、六花も前より深刻そうな顔をしている。僕と目があってもすぐそらすのだ。
そういうわけで、珍しく『歯車のランプ』は、静まりかえっている。
「よお、昼飯の依頼に来たぜ!…って、んだよ?辛気臭ぇ」
だから、ヴィルのこの反応も当たり前だ。
来客の依頼をこなすため、僕はキッチンに向かう。僕等も昼食はこれからだ。ちょうどいいタイミングだ。
「あー、リュカが進路で悩んでるんだよ」
「進路?」
「そう。学会から手紙が来たみたい」
「マジ?やるじゃねぇか、チビのくせに」
ヴィルがバンバンとリュカの背中を叩く。
「ヴィルヘルムさん、リュカちゃん痛そう」
「痛くないだろ?これくらい」
「痛ぇよ、デカブツ馬鹿力。ボク、真剣に悩んでるんだけど?」
リュカが睨みながら呟く。あの口調からして、相当苛立っている。
ヴィルは別段気にしていないようだった。
軽く謝ってから、ソファに勢いよく座る。
「でもよ、そんな悩むか?俺だったら二つ返事で了承するぜ?」
「事情があるんだよ。下手したらボク、勘当されるし」
リュカの父親は、彼のことをあまりよく思っていなかった。だからリュカは悩んでいたのか。
「リュカちゃん…」
「お前の家庭の事情は知らねぇけどさ」
ヴィルは頭をかいたあと、リュカの顔を見つめる。彼の目は真剣そのものだった。
「お前は、本気でやってるんだろ?」
- 第6話 #4 ( No.36 )
- 日時: 2021/05/02 02:16
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
「え?」
「自分で言ってただろ?本気だ〜って」
「確かに言ったけど‥」
「なら、おまえに家とか他人の目を気にするん必要はねぇよ」
リュカは、しばらく驚いた顔をしていた。そんな彼の目の前に、昼食のサンドイッチを置きながら、僕は頑張って言葉を探した
「リュカの好きにしていいと思う。もしちょっとでも行きたいと思うなら、行ったほうがいい。あとで後悔するよ?」
リュカはしばらく悩んで、それから赤い封筒を持って自室へ向かった。
それから5分程たった。リビングに戻ってきたリュカの手には、白い封筒が握られている。
「ボク、行くことにしたよ。不安もあるけど、やっぱり気になるもん」
「わかった。リュカなら大丈夫だよ。堂々としてればなんとかなるよ。ね?伊藤さん」
「…え?ああ、うん、私もそう思う」
話しを聞いてなかったな、これは…,,。
こうしてリュカは、学会に参加することになった。
- 第6話 #5 ( No.37 )
- 日時: 2021/05/06 01:13
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
❇︎
町のはずれにある大きな建造物。一見教会にも見えるそこで、約半年に一回、錬金術学会の集会が行われている。
老人がほとんどと言っても過言でない中、1人の少年の姿はひどく目立っていた。
「坊ちゃん、緊張しておりますか?」
「まさか。ボクがそんなヤワに見えるの?ジェームズ」
「いいえ」
リュカの装いは、普段のヒラヒラとした可愛らしいものではなく、きっちりとしたスーツである。髪留めなどの装飾品も外されていて、今の彼を少女と見間違える者はまずいないだろう。
「じゃあ、行こうか」
リュカは、勇気を出して建物に入った。
学会での研究発表は、リュカにとって、とても有意義なものであった。知らない理論、新たな発見。それらをリュカに与えていく。
とうとう全ての発表が終わった時だった。
「今日は、新しく若き研究者が来てくれた。ルーカス、挨拶してもらえるかね?」
学会長の突然のふり。リュカは慌てて、立ち上がった。
「は、はい!ルーカス・ボイドと申します。以外、お見知り置きを」
パチパチと拍手がされる。
「ルーカスは、齢13にして、その才覚をあらわにしている。実に有望な若者じゃ」
リュカは学会長の言葉に、深く礼をした。誰かにこんなに褒めてもらったのは、初めてだ。
「時にルーカスや」
学会長は、目を細めた。
「君が人体の生成に成功したというのは、本当かね?」
- 第6話 #6 ( No.38 )
- 日時: 2021/05/12 10:05
- 名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
人体の生成。それは錬金術では、賢者の石に並ぶ最大目標である。生成方法、材料などは偉大な先人が確立しているが、彼以外の者が成功した例はひとつとしてない。
「恐れながら、学会長殿」
リュカは、凛とした態度を崩さないように口を開いた。その声は僅かに震えている。
「試みたことはございますが、成功したことはありません」
「…そうか。私の勘違いだったようだ」
学会長はため息をつくと、リュカを座らせた。
「ルーカス、あとで私のところへきなさい。それでは、本日はこれで解散とする」
1人、また1人と席を立っていく。
そんな中、リュカは動けずにいた。心なしか顔色も悪い。
「ジェームズ、どこから漏れたと思う?パパも隠蔽していた。なのに、なんで…」
「私には分かりかねます。ただ、坊ちゃんがお呼ばれした理由は、わかりました」
そんなの、リュカもとっくにわかっている。学会はリュカから人体生成の秘技を聞き出すために呼んだのだ。
コツコツと足音が近づいて、リュカは顔を上げた。学会長が立っていた。
「ルーカス、君に私の研究を託したくて呼んだのだよ。まずは私の研究を聞いてくれるかね?」
「は、はい。ボ…私でよければ」
老人は、優しく微笑むとリュカを連れて建物の地下に入った。
薬品、石、鍋、フラスコなど、実験器具が乱雑に置かれている。大きな黒板には、複雑な計算式が書いてあった。
「さて、どこから話そうかね」
学会長はリュカを椅子に座らせる。
「ルーカス、こことはまた別の次元があると言ったら信じるかね?」
「別の次元…ですか?」
「ああ。私は、別の次元につながる歪みのようなものを発見したのだよ。3ヶ月前くらいのことだ。すぐに観測できなくなり、あれから現れたことはないがね」
突拍子のない話してある。全くもって非科学的な話しだ。
「だから考えたのだ、歪みを生成する技術を。だが、私ももう歳だ。病が見つかりもう長くない。そこで若く優秀な君に、引き継いで欲しいのだ。どうかね?」
リュカは、黒板を見る。洗練された図式だ。それとは逆に、器具類は埃をかぶっている。この老人は、倫理だけ組み立てて実験はしていないのだろう。
無から有を生み出すのが錬金術だが、さすがに突拍子もない老人の妄想にしか思えない。
しかし、仮にもこの老人は、錬金術師の中でもトップに君臨する者だ。リュカに断る権利は、ほぼない。実験をしてみて、歪みが計測されなかったら、この研究を降りるという手もある。それでいくしかない。
「わかりました。やらせてください」
爽やかに微笑むリュカの目は、しかし笑っていなかった。
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- 第6話 #7 ( No.39 )
- 日時: 2021/05/25 20:58
- 名前: 夏菊 (ID: 0O230GMv)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014
学会から帰ってきたリュカは、どこか不機嫌な感じだった。
「ジェームズさん、何かあったんですか?」
六花が同伴していたジェームズに尋ねるが、彼は首を振るだけである。
「私からは話せません」
ただそう言うだけである。
リュカの好物、ビーフシチューを彼の前におく。リュカの顔があからさまに嬉しそうに緩んだ。
「何かあったの?俺でよければ、聞くよ?」
リュカは、少し迷ってから口を開いた。
「学会長の研究の後任になった」
「すごいじゃん」
「ぜんっぜん!」
リュカは、ぷんぷんと頬を膨らませる。
「あの爺さん、理論を組み立てただけで、実証はボクに丸投げ!!しかも、別の次元とか、きっとボケてー」
リュカの言葉は最後まで紡がれなかった。六花が、身を乗り出して声を荒げたからだ。
「別の次元!?ほんとにその偉い人がそう言ったの!?」
「伊藤さん?どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、新くん!これがほんとなら、私たち帰れるんだよ!?」
六花のあまりの剣幕に僕は唖然となった。いや、リュカは僕以上に混乱していた。
「帰れる?何?何の話し?」
「リュカ、その…」
なんて言おう。リュカには、どうせ信じてもらえないと思って黙っていたのだ。今更なんて説明すれば…。
「リュカちゃん、私たち異世界から飛ばされてここに来たの。ずっと帰る方法を教えて探してた」
僕が迷っている間に、六花はあっさりとリュカに告げた。その目は、嫌に輝いている。
「これでやっと帰れるんだ…」
僕もリュカも、何も言えないまま六花を見つめることしか出来なかった。