ダーク・ファンタジー小説

第3話 #1 ( No.8 )
日時: 2021/04/04 16:03
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 成り行きで始めたなんでも屋だが、お金がなければ僕等は飢え死にする以上、お客さんに来てもらう必要がある。しかし、SNSもないこの世界で、子どもが始めた店なんて宣伝のしようもない。
「これはまずいかもね」
 ソファに腰掛けた伊藤が、焦ったように言った。
「新くんが朝ご飯食べなくなったし。早くお客さん来ないかな」
「来たところで、俺たちにできない頼みごとされたらどうするの?」
「その時は、その時だよ」
 相変わらず焦っているのか、いないのかわからない返事を伊藤は返す。
 クラスの中でも、伊藤は明るくて人気者だった。いつも誰かが隣にいて、彼女もいつも笑っていた。本当だったら、今日は月曜日で、伊藤も仲の良い友達といつもみたいに笑って過ごしていただろう。
「帰したいな…伊藤さんだけでも」
「帰る時は、2人一緒だよ。それと、そろそろ六花って呼んでよ」
 カランと小さな音がして、僕等は家の入り口を見た。小学生ぐらいの子どもが立っていた。ボブくらいの栗色の髪の毛についた、赤っぽいリボンが揺れていた。袖口がひらひらとしたブラウスに、カーテンみたいに真ん中で分かれている、ふんわりとしたスカートを履いている。そのスカートの分かれ目からは、これまたふんわりとした短パンが見え隠れしていた。
「看板見たから入って来たけど〜、なんか普通のお家みたいだね」
 ケラケラと笑うその子を見て、伊藤は慌ててソファから立ち上がった。僕も彼女と同じように立ちあがり、お客さんにソファに座るように促す。
「新くん!お客さんだよ、お客さん!」
「伊藤さん、落ち着いて。あの、どんな頼みごとですか?」
 促されるままソファに座った、その子は僕等を見て可愛らしく微笑む。
「楽にしてよ〜。おにいさんたちの方が年上でしょ?ボクは、お願い聞いてもらう側だしさ〜」
「私たちにできることなら、なんでもやるよ」
「ふふふ、ありがと。ほんと、簡単なお願いごとなんだけどさ〜」
 その子は、ニヤリと口元を歪めた。
「ボクの実験、手伝って欲しいんだ♪」

第3話 #2 ( No.9 )
日時: 2021/04/04 16:04
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 僕等は、呆気に取られて押し黙った。子どもの簡単なお願いなんて、自分の代わりにお使いをやってとか、どっかの昼寝が得意なアニメキャラみたいなものだと思っていた。
「なに?ボクなんか変なこと言った?」
 黙った僕等を見てオロオロとしたその子は、しばらく考えて、それからわかりやすく手を鳴らして何か閃いた。
「そっか〜、お願いするのに名前も、いくら払うかも言ってなかったもんね〜!ボクは、リュカ!あと、これがボクがおにいさんたちに渡すお金です!」
 リュカはそう言って、少し分厚い札束をテーブルに置く。これには、さすがの伊藤も驚いたようだった。
「待って!こんなにもらえない!てか、このお金どうしたの⁉︎」
「どうって、パパのお金だよ。あいつ、ボクの好きなことさせてくれないのに、つまんねぇ習いごとばっかさせるんだもん。お小遣いくれるって前言ってたし、勝手に前借りした」
 この世界の物価はわからないが、札束は札束だ。この子の家は裕福なのだろうが、度を超えている。
「もしかして、ボクの心配してくれてる?ありがと♪ちょっと余分にパクってるから、まだ材料代は残ってるんだ〜。それになんかおにいさんたち、困ってる感すごかったからさ〜」
 リュカはニコニコと告げる。たしかに困っていたしありがたいが、さすがに札束は気がひける。
「ほんとにこの金額を受け取るかは別として、君のお願いを詳しく聞きたいんだけど」
 僕の質問に、リュカは待ってましたとばかりに話し始めた。
「実験って言っても簡単なやつだよ〜。錬金術で〜、綺麗な結晶体を作るってだけ!ほとんどボク1人でやるから、実験に使う石を買ったり、作ったりする時に、ボクの近くにいてもらうだけ!」
 錬金術。ここは、思っている以上にファンタジーな世界のようだ。子どもでもできるほど、この世界で錬金術はメジャーな存在なのか。
「ここってなんでも屋なんでしょ?だったら1日ぐらい、友達ごっこしてくれるでしょ?」
 さらりとリュカが、言った。
 先程少し話していた父親の話し。リュカは父親の言いつけで、あまり自由な行動はできないようだった。友達と一緒に自分のやってみたいことを自由にやる。リュカはそれに憧れているんだ。リュカにとってそれは、大金を出すに値することなのだ。
「私、ごっこ遊びって嫌いなの」
 リュカにどんな言葉をかけるべきなのか迷っている間に、伊藤ははっきりと告げた。リュカの肩が不安そうに揺れる。
「そんなこと頼まなくても、私たちはもう友達。いい?仲良くなりたい子とお話しできたら、それはもう友達になれたってことだよ。私のお兄ちゃんが言ってた。」
 伊藤は優しくそう言って、リュカの手を包み込んだ。
「私たちは、あなたと友達になりたい。で、話したからもう友達。だったら、あなたのお願いは?」
「ボク…ボクは」
 リュカは顔をあげた。その目は少し潤んでいる。
「ボクは、お友達と遊んでみたい。お友達にボクの好きなこと、好きなものを見てもらいたい。」
「わかった。今日は僕たちと一緒に好きなこと、やってみたいこと、たくさんやろう」
 リュカは、本当に嬉しそうに笑った。

第3話 #3 ( No.10 )
日時: 2021/04/04 16:06
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 鼻歌を歌いながら、リュカは街を歩く。家の外を歩き回るのが初めてな僕等は、リュカについていった。
「まずはブッティック覗こうよ〜」
 リュカが楽しそうに、伊藤の服を掴む。
「ボク、センスあるからさ〜。可愛いの選んであげる♪」
「ほんと⁉︎嬉しい。私も服欲しかったの」
 僕等は、身一つで異世界に来た。代えの服なんてもちろんない。洗濯する時に、タンスの服を拝借したが、それもシャツ二枚ほとんどしかなかった。
「ロッカだけじゃなくて、アラタのも選んであげる〜」
 リュカは、機嫌よく服屋に入った。
 アレやコレやと服を持っては着替えを、伊藤とリュカは繰り返す。さながら、ファッションショーだ。僕は少し気まずくて、離れた場所からそれを見ていた。
「新くん」
 しばらくして、伊藤が駆け寄って来た。リュカの着ていた服とよく似たシャツと、スカート。歯車モチーフのヘアピンもしている。
「どう?リュカちゃんが選んでくれたの」
「まぁ、似合うんじゃない?」
 少し視線をずらす。見慣れない格好のに伊藤は、なんとなく眩しい。
「え〜⁉︎それだけ⁉︎だめだよアラタ!可愛いものは、可愛いって言わなくちゃ!」
 リュカはぷくーと、頬を膨らませる。
「ほら、こっち!今度はアラタの番!ボクがアラタをカッコ可愛いくしてあげる!」
「あ!ちょっと、引っ張んないでよ!」
 半ば強制的に僕は試着室に連れて行かれる。そんな僕等を見て、伊藤は楽しそうに笑っていた。

第3話 #4 ( No.11 )
日時: 2021/04/04 16:06
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 しばらく着せ替えられたあと、リュカが納得した服を買い、服屋を出る。
「材料はいつ買うつもり?」
「アラタってほんとわかってないな!こういうのは、寄り道するのが1番なの!」
 リュカは怒ったように言うが、その口元は楽しそうに笑っている。
 少し小さな店の前で止まると、リュカは元気よくその店を指差した。
「あ、ここだよ〜。ここで材料買うの」
 店内に入ると、石や試験管、フラスコ、なんかよくわからない薬品が並んでいる。その1番奥の方で、老人が1人座っていた。
「すごいね、ここ」
「そう?慣れたらそんなことないよ〜」
 伊藤にそう返しながら、リュカは迷わず石の並んでいる場所に行く。しばらく吟味したあと、気にいったものを3つ、僕に渡した。
 それから薬品の棚に移動すると、また同じように吟味する。リュカの顔は、真剣そのものだ。
「なんか、私たちが入る隙がないね。リュカちゃん、すごい」
 選び終わったのか、薬品の入った瓶を数本持つと、リュカは僕等を手招きした。
「これでね、結晶を作るんだ。石の中の綺麗な部分を抽出する。そのあと抽出したものを結晶体として凝固させる。そうすると純度が高い結晶が生成できる。」
 申し訳ないが、僕にはリュカの言っていることが半分も理解できない。隣を見ると、伊藤もぽかんとしていた。
「見たら多分わかるよ」
 そんな僕等のことを、リュカは別段気にしなかった。選んだ材料を老人から買い、店を出る。
「あのね、2人とも。これからボクの実験室に行くんだけど…パパに見つからないようにね」
「見つかったらどうなるの?」
「くそ面倒くせぇ」
 リュカは腕をくんで、心底うんざりとした顔で言った。
「パパはボクの錬金術も、ボクが誰かといるのも嫌いなんだ。見つかったらきっと、怒鳴りちらす」
「わかった。気を付けよう」
 頷く僕等を見て、リュカは少し安心したようだ。
「ま、パパは今日遅いらしいし、多分平気〜。じゃ、案内するね〜」
 僕等は街の奥のほうまで歩いて行った。

第3話 #5 ( No.12 )
日時: 2021/04/04 16:07
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 街の奥のほうにある屋敷。それがリュカの家のようだった。
 リュカは、生垣の間から敷地に入る。どうやら、ここからこっそり出入りしているようだ。そのまま、離れのような建物を目指す。
「あそこがボクの実験室だよ〜。いい?こっそりだよ?」
 僕等は、神妙な顔つきで頷く。
 と、そこにいきなり声がかかった。
「おかえりなさいませ、ルーカス坊っちゃん」
「きゃっ⁉︎」
 伊藤が素っ頓狂な悲鳴をあげる。リュカは、小さなため息をつくと背後に立った中年の男を見上げた。
「ジェームズ、ルーカスはやめてって言ってんだろ。全然可愛くねー」
「申し訳ございません」
 ジェームズと呼ばれた男は、リュカに丁寧に謝罪をする。
「待って!リュカちゃん、男の子だったの⁉︎」
「伊藤さん、今そこじゃないと思う」
「だって!ずっと女の子だと思ってた!新くんは気づいてたの⁉︎」
「いや、気づいてなかったけど」
 あわあわと捲し立てる伊藤を、必死に宥める。今大事なのは、リュカの名前でも性別でもない。家の人に見つかったことだ。
「よくも坊っちゃんに無礼な口を…!」
 現にジェームズは、ものすごく敵意丸出しで僕等を見下ろしているのだ。
 息巻くジェームズを、リュカが宥める。
「やめて、ジェームズ。この2人はボクのお友達だよ。ボクが招待したんだ」
「…承知いたしました。無礼をお許しください。」
「いい、ジェームズ?パパには内緒ね?絶対に実験室に入れないで」
「かしこまりました」
 ジェームズは、一礼すると去っていった。
 ジェームズを見送ったリュカは、こちらを見て、しゅんとした顔でうつむいた。
「やっぱり、男の子で可愛いのが好きなのダメ?」
「ダメじゃないよ、別に。驚いただけ」
 僕の言葉は少しそっけなく聞こえたかもしれない。でも、個人の好きなものに口出しするなんて傲慢だ。好きなものは好き。それでいいじゃないか。そんなの人それぞれだ。
「パパは、ダメって言うんだ。ボクは跡取りだから、可愛いのはダメ。好き勝手したらダメ。アレもダメ、これもダメ。」
 リュカは、舌打ちをする。
「ボクはボイド家の跡取りの前に、ただのリュカなのに」
「パパ以外の人はなんて言ってるの?」
「ママも、ジェームズも、ボクの好きでいいとは言ってくれてるけど…」
「なら、それでいいよ。俺たちもリュカが好きなものは好きでいいと思う。そんなこと言うのは、君のパパだけなんだから」
 リュカは驚いた顔をして、伊藤のほうもチラリと見た。伊藤も静かに頷いた。
 リュカはスカートの裾をぎゅっと掴んで、深く息を吐いた。それから、可愛らしくスカートを広げながら、一回転した。
「ふふふ♪ボクの初めてのお友達が2人でよかった」
 リュカは僕等の間に入ると腕をくんで、実験室へと引っ張っていった。

第3話 #6 ( No.13 )
日時: 2021/04/04 16:08
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 リュカの実験室は、材料を買った店の中と似た雰囲気の場所だった。
 見慣れない器具や薬品で溢れていて、独特な薬品臭が漂う。あまり綺麗とは言えないが、整頓はされていて、よくある綺麗に散らかっている部屋という印象だ。
 リュカは小さな椅子を2つ、どこからか持ってきて僕等を座らせると、自分は先程買った石を乱雑に取り出した。それから、黒っぽい薄手の手袋をつける。
「2人とも、ちゃんと見ててね!きっと、すごいってなるから!」
「もちろん!頑張ってね、リュカちゃん」
 リュカは笑顔で頷くと、手際よく作業を始めた。
 薬品を丸フラスコに捧ぐと、石をその中に投げ入れる。じゅわっという音をたてる石には目もくれず、理科の濾過ろかの実験で使ったような、複数の器具をセットする。濾過器に、石を浸けた薬品を通す。驚いたことに、石は溶けきって無くなっていた。濾過した液体を、別の器具に入れると一息ついて僕等の隣に座った。
「しばらくしたら、できると思う。それまで暇だけど、ごめんね〜」
「なんだか、理科の実験みたいだったな」
「理科?錬金術だよ?」
 僕の言葉にリュカは首を傾げた。説明をするのは少々面倒だ。
「一発で結晶になるといいけどな〜。そうじゃないと、違う薬品付け足すことになるんだ〜」
 そう言いつつも、リュカはとても楽しそうだった。

第3話 #7 ( No.14 )
日時: 2021/04/04 16:08
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 試験管を入れた装置は、どうやら冷却に使うものらしい。約5分ほどで、固まって結晶体になるのだという。
 リュカは、丁寧に試験管を取り出した。3本の試験管には、それぞれ色の違う結晶体がキラキラと輝いている。
「すごい。綺麗だね」
「でしょ?今回はなかなかいいできだよ〜」
 リュカが試験管から結晶を取り出す。簡単にやって見せたが、実は難しいんじゃないだろうか。薬品や使用する器具と装置を間違えてしまうと、全く別のものが…、ヘタしたら何か有害なものができてしまうんじゃないか。
「もうちょっとまってもらっていい?」
「いいけど、これで完成じゃないの?」
 僕の質問に、リュカはいたずらっぽく笑った。
「結晶体の生成はね♪ここからは錬金術でもなんでもない、ただのボクの趣味かな〜」
 錬金術も趣味なんじゃないのか。あえて口には出さないが。
 リュカは小さな作業机に向かった。机の上には、工具のようなものがたくさん置かれている。
 リュカは、マスクをつけるとできた結晶の形を整え始めた。3つとも丁寧に整えると、研磨を始める。
 そのあとは、金属のチェーンと少し丸まった金属、あと指輪のような金属を取り出す。それらに、加工した結晶体を取り付けた。
「ジャーン‼︎リュカ特製アクセサリー!」
 出来上がったのは、ネックレスと指輪とイヤリングだった。結晶の生成から、アクセサリー製作まで、リュカ1人で全ての工程を終わらせてしまったのである。普通だったら考えられない。
「これがロッカので〜、これがアラタのね!こっちがボクの!」
 リュカは伊藤にネックレスを、そして僕にイヤリングを渡すと、自分は指輪をつけた。
「お友達の証ね!」
「ありがとうリュカちゃん!」
「大事にするよ」
 早速、伊藤はネックレスをつける。僕も、彼女にならってイヤリングをつけた。そんな僕等を見てリュカも、満足そうに笑っている。
 その時、すごい勢いで部屋の扉が開けられた。

第3話 #8 ( No.15 )
日時: 2021/04/04 16:09
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 扉の向こうに立っていたのは、男だった。リュカにどことなく顔が似ている。しかし、まとっている雰囲気はリュカとかけ離れていた。
「…パパ」
 リュカが小さくつぶやいた。
 父親。この男が。
「ルーカス、おまえはまたこんなことをやって!それに誰だ、こいつ等は!」
「ごめんなさい、パパ!この2人はボクのお友達で…、ボクが勝手に…」
「言い訳は聞きたくない!」
 父親はリュカの手を乱暴に掴んだ。その手には、かなり力が入っているのだろう。リュカの顔が苦しそうに歪む。
「…痛っ」
「おまえは、家の跡取りなんだ!自覚を持て!悪魔でも人間のフリくらいできるだろう⁉︎」
 父親は、リュカの手を掴んだまま怒鳴り散らす。リュカが痛がっていることなどお構いなしに。リュカに罵声を浴びせ続ける。
 気がついたら体が動いていた。リュカの手を無理矢理、父親から引っこ抜く。無意識のうちに、僕は父親を睨みつけていた。
「リュカが痛がってます。やめてください」
「なんだ、おまえ」
「僕はリュカの友達です。」
 多分、イラついていたのだと思う。普段なら絶対に、こんな行動は取らないだろう。もしかしたら、伊藤の大胆なところがうつったのかもしれない。
 とにかくこの時の僕は、怒鳴り散らしている見ず知らずの男なんて、怖くなかった。
「おまえ、知らないんだな…。こいつは、悪魔だ。おまえたちは、騙されているんだ。こいつは…」
 父親が言いかけた時、銃弾がどこからかとんできた。弾丸は、父親の頬をかする。
 見ると、扉の前に拳銃を構えたジェームズが立っていた。
「坊っちゃんに無礼を働くものは許しません。たとえそれが旦那様でも」
 淡々とジェームズは告げた。リュカは、尻餅をついた父親に近づく。そしてはっきり言った。
「パパ、ボクは家を出るよ。ボクは自由に、自分のやりたいことをやりたい。ボクらしく生きたい」
 父親はしばらく震えていたが、しばらくして小さな声を洩らした。
「好きにしろ…。家から悪魔が消えるなら十分だ」
 父親はつめたく言い放った。ふらふらとゆっくり立ち上がり、去って行った。
「待てよ!せめて謝って…」
「いいんだ。ありがと、アラタ」
 リュカは、寂しそうに笑った。
「ジェームズさんは、大丈夫なの?リュカちゃんのお家の使用人でしょ?」
「私のご主人マスターは、ルーカス坊っちゃんだけです。なんの支障もございません」
 ジェームズは、やはり淡々と言った。
「リュカ、家から出るって言ってたけど、これからどうするの?」
 僕の質問にリュカは、口元を綻ばせる。いたずらっ子のような顔だった。
「ボクから新しく、なんでも屋に頼みたいことがあるんだ〜」

第3話 #9 ( No.16 )
日時: 2021/04/04 16:10
名前: 夏菊 (ID: SLKx/CAW)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13014

 あれから数日が経った。
 最近見つけた小さな物置を改装した部屋から、降りて窓を開ける。朝食を作って、玄関に看板をかけると、そのまま玄関の掃除を始める。この一週間のうちに習慣になった、僕のモーニングルーティーンだ。
 この後は、テレビを見るかラジオを聞くかしながら伊藤とぼんやり過ごすのだが、今日は来客が決まっている。
「もうそろそろくるかな?」
「くると思う」
 伊藤もソワソワしながら、来客を待っている僕は昼食の準備をしようと立ち上がった。
 ちょうどその時、カランと来客を知らせる鐘が鳴った。
 玄関には、可愛らしい洋服に身を包んだ男の子と、男の子より頭二つ分くらい背の高い男が立っている。リュカとジェームズだ。
 あの日、リュカが僕等に頼んだ“お願い”。それは、自分をこの家に居候させて欲しいというものだった。僕等は二つ返事で了承した。
 それから、リュカは荷物のまとめを、僕等はリュカ用の部屋の確保をして、今日から本格的にリュカの居候が始まる。
「坊っちゃん、本当にお一人で大丈夫ですか?」
 リュカの荷物を置きながら、ジェームズが聞く。
「ジェームズは心配性だな〜。家でのボクの仕事、押し付けてるのに」
「構いません。主人マスターの命令ですので」
 ジェームズは、淡々と答えた。
 リュカの荷物を全て運ぶと、ジェームズは帰っていった。やはりリュカのことが心配なのか、ちらちらと振り返りながら。
「改めて、2人とも。ボクのお願いを聞いてくれてありがとう」
「気にしないで。なんでも屋だし」
 そう言った僕の背中を、伊藤が勢いよく叩く。
「そうそう。それにリュカちゃんは友達でしょ?友達のお泊まりなんて大歓迎よ」
 リュカはこの言葉で、心底安心したようだった。
「じゃ、リュカの歓迎会やるか。気にいる料理、あるといいけど」
「もしかして、アラタが作ってるの⁉︎」
「新くんのご飯、結構美味しいんだよ?」
「マジ⁉︎」
 
 その日は、晩までずっと歓迎会が続いた。僕等のこの世界での生活は、まだまだ始まったばかりだ。