ダーク・ファンタジー小説
- Re: 疾風の神威 ( No.27 )
- 日時: 2022/05/27 19:45
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
~第三章 休暇~
「__それじゃあ、この間出した課題忘れるなよー」
そう言って先生が話を締め括る。ただいま午後四時。ホームルームが終わると、教室にいつもの賑やかさが戻った。私は小さくあくびをし、体を伸ばす。佐助と杏が私の元へやって来た。
「刹那ー、遊びに行こうぜー。柚月先輩と交喙先輩も誘ったし!」
「構いませんが…どこに行くんです?」
そう訊くと、佐助は子供のように顔を輝かせて言った。
「遊園地だよ、遊園地!」
「遊園地って…『みなせドリームランド』のことですか?」
「おう。こっからなら電車で行けるし!」
「行こう、刹那。久しぶりの休暇だし、楽しまなきゃ損だ」
杏も若干楽しみそうにしている。まあ、休暇なんて月に何回あるか分からないし、今はゆっくり羽を伸ばそう。
「分かりました、行きましょう」
「決まりだな!」
こうして、私たち皐月隊は遊園地に行くことになった。
――――――――――――――
「着いたー!」
__水瀬高校付近の駅から十五分。ここが『みなせドリームランド』、略して『みなドリ』である。週末といえど平日だからか、人は少ない。
「ここに来るのも、随分久しぶりですね」
「そうだな。あんまり変わらないなぁ」
「ジェットコースター行こうぜ、ジェットコースター!先輩たちも行きますよね?」
「ハイハイ。分かったから落ち着けって…」
「なんや佐助君、子供みたいやなぁ」
興奮気味の佐助に、私たちもついていった。
――――――――――――――
「なあなあ、もう一回乗ろーぜ!良いだろー?」
「…佐助、何回めだと思ってるんですか…」
「僕ちょっと休みたいんやけど…」
「同じく…」
__数分後、私たちはベンチに座ってぐったりしていた。ただ一人、佐助を除いて。逆にピンピンしている方が不思議だ。ジェットコースターはさっきので4回目なのに。
「えー…、しょーがねぇなー…」
「はあ…助かった…」
「じ、じゃあ、次はもう少し落ち着いたやつに…そうだな、観覧車に乗ろう!みんな疲れたろ?」
皐月先輩の言葉に、私たちは頷いた。
「…そんじゃ、二組に分かれよか。二人、三人でええやろ?」
「そうだな。じゃあ、グーとパーで別れよう」
先輩にそう言われ、私たちはそれぞれ手を出した。
「「「グッとパーで分かれましょ!」」」
声を揃えて言う。
みんなが出したのは、皐月先輩がパー、佐助がグー、杏がパー、溝呂木先輩もパー、私がグー。…ということは…
「んじゃ、俺と交喙、碓氷でAチーム、夜明と男虎でBチームってことで」
「…え?」
佐助の方を見ると、なぜか頬を紅潮させて、気まずそうな顔をしていた。
- Re: 疾風の神威 ( No.28 )
- 日時: 2022/05/27 23:46
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: AtgNBmF5)
こんにちはベリーです。
わああぁぁあぁあぁぁぁあああぁぁあい!
佐刹だ!(佐助×刹那)
最終的に誰とくっつくのか、くっつかずに最期を迎えるのかを決めるのは野良さんですが私的に好きだった組み合わせが描かれるのは楽しみです!
休暇で遊園地!めちゃめちゃワクワクします!もちろん只遊園地に遊びに来て何か起こらないわけが…ありませんよねぇ(ニヤニヤ)
影ながら楽しみにしています!感想ペラッペラですみません…
アッ、ここに感想書いても大丈夫ですかね…
ダメでしたら消してリク板に書きます。
あとっ、もし良ければ野良さんの雑談掲示板を立ててみてはいかがでしょうか?沢山集まると思います!
本当に石ころの戯言失礼しました…
- Re: 疾風の神威 ( No.29 )
- 日時: 2022/05/28 09:41
- 名前: 野良 (ID: dzc33jqI)
>>28
ベリーさん、ありがとうございます!そうですね…埋もれちゃうかもしれませんが、立ててみようかと思います。感想本当にありがとうございました!
- Re: 疾風の神威 ( No.30 )
- 日時: 2022/06/19 00:09
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
ゴウン……ゴウン……
二人だけの空間に、観覧車の音が響く。私と佐助は、それぞれ別々の方角を見ていた。先輩たちは、一つ前のゴンドラに乗っている。
「……なぁ」
佐助が口を開いた。ここには彼以外に私しかいないので、当然私に呼び掛けたのだろう。私は顔を佐助の方に向け、「なんですか」と応えた。
「楽しい?」
「……はい?」
突然そんなことを訊いてきて、拍子抜けする。彼は照れくさそうにすると、ふいっとそっぽを向いた。
「なんです、急に」
「べ、別に何でも良いだろ!……ただ、お前が楽しめてれば良いなって、そう思ってるだけだよ」
「……私が?」
「……無自覚かよ。お前、いつも自分の気持ち押さえつけて、毎日毎日、弱音も吐かずに任務やってるだろ。だから…少しでも気が抜けれてたら良いなって……」
口ごもりながらもそう言われ、思わず「ふふっ」と笑いが声に出る。佐助は少し驚いたようにしていたが、つられて笑っていた。
「あなたがそんなことを言うなんて、珍しいですね」
「お前こそ、声に出して笑うなんて珍しいな?」
彼はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
確かに、佐助の言う通りなのかもしれない。もう随分休暇なんて無かったし、こうして羽を伸ばすのも久々だ。遊園地だなんて、何年ぶりに来ただろう?
「……俺なりに、お前__みんなのこと、考えてるんだよ」
「……」
「みんな自分の首を絞めて、色んな過去とか、覚悟とか抱えて、必死で戦ってんのは、分かってる。……でも、そのせいでみんなが任務のこと以外考えられなくなんのは、嫌なんだよ」
「……そうですね」
佐助はそう言うが、私の方はもう手遅れなのかもしれない。もう、凪のための復讐や、任務のことで頭の大半が埋め尽くされているのだから。
彼もそれを分かっているのだろう。私の顔をふいに見て、うなだれるようにうつむき、息を吐いた。
__私だって、誰かのことを考えていないわけではない。
「__……」
私は席を立ち、彼の前にしゃがみこむと、うつむく佐助の肩に、そっと手を置いた。
「佐助」
「……なんだよ」
弱々しく、でもいつものようにぶっきらぼうな口調で、佐助が応える。私はいつもとは少し違う笑みで、佐助に向けて言った。
「ありがとう」
それが、彼にとってどんな意味になるのか、私には分からない。それでも言う。そうしなければ、私は本当にただの“復讐者”になってしまうから。
- Re: 疾風の神威 ( No.31 )
- 日時: 2022/06/19 00:10
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
__観覧車を降りた私たちは、先に降りていた先輩たちと合流した。
「おっ。お二人さん、どうだったかいな。“二人きり”の観覧車は?」
溝呂木先輩がニヤニヤしながらそう言う。佐助は顔を真っ赤にして、「変な言い方しないでくださいよっ!」と叫んだ。
「なんや、ちょっとからかっただけやんか。冗談真に受けんでほしいわぁ」
「……そういうところだぞ、交喙」
「兄弟までそんなこと言うん!?酷いわぁ…」
言いながらも、溝呂木先輩はにへっと笑いながら皐月先輩を肘で小突く。さながら、本当の兄弟みたいだ。
杏が寄ってきて言った。
「刹那。凍玻璃たちは任務みたいだぞ。さっき連絡が来た」
「そうですか……」
それを聞いて、心配になる。杏も少し不安そうに、だがそれを悟られたくないのか、微笑んでいる。
彼女たちが強いのは、十分分かっている。だが、いつ誰が死ぬかも分からない日々の中で、心配せずにはいられなかった。
「……無事に終わると良いですが」
「大丈夫。あいつは強いんだから」
杏にそう言われ、少しだが、私の心は落ち着いた。
――――――――――――――
〔燐音〕
「目標確認……。これより、戦闘を開始」
凍玻璃先輩がそう呟くと、先輩の手に白い双銃が現れた。私たちに「行こう」と言って、虚無にその銃口を向ける。
「……お願い、“玉響”」
ぽつりとそう呟くと、私の手の中にも武器が現れる。深い紺の鞘。青く、水に濡れたような美しい刀身。これが私の武器だ。
鞘から刀を抜き、刀を構えて虚無に向かって走り出す。
「なニぃ?」
「あ、ァ、遊んで」
「はぁっ……!」
刀を振り、その刃を虚無の首に滑らせる。血が溢れだし、道を染める。断末魔をあげて、虚無は塵となって消えていく。
「ひ、ぁ……っ!」
聞き覚えのある悲鳴が聞こえ、急いで振り返る。遠くの方で、紅梅色の髪が揺れている。妹__胡羽が、武器を虚無に弾かれて飛ばされてしまったようだ。まわりには虚無がいる。
このままじゃ、殺される。
「胡羽っ!!」
「待てェ、えぇェえ」
「!」
急いで向かおうとするも、虚無が邪魔をする。間に合わない。そう思ったのも束の間。
「__“赤牙”」
そんな声が頭上から聞こえて、何かが一瞬で頭上を通りすぎていった。ちら、と視界に白い髪が映る。
__ゼロ先輩だ。
「ゥあ、ェえ?」
「“蒼牙”」
ゼロ先輩がそう言うと、左手から蒼い鞘が現れた。先輩が鞘を抜くと、諸刃が姿を現す。先輩はそれを振るい、虚無の体を二等分にした。
「……」
ゼロ先輩は虚無が消えるのを見届けると、諸刃を仕舞い、胡羽に手を差しのべた。
「……大、丈夫……?」
「はっ……。ご、ごめんなさい。大丈夫です……」
「先輩、さすがですね!大丈夫か、胡羽?」
緋色の刀身の刀を手に、同級生の冬樹が駆けつける。胡羽は申し訳なさそうな顔をして、静かに頷いた。
「あソ、あ、遊ぼぉオ」
「わっ、とと……!それはお断り!」
飛びかかってくる虚無に、刃を押し付ける。そのままの勢いで、他のやつらも倒していく。
「これで、終わり……?」
「……ううん。まだ。まだいる」
いつの間にか隣にいた凍玻璃先輩が、静かにそう呟く。どこにいるのだろう__そう考えている暇は無かった。
「あそこ」
凍玻璃先輩が、何も見えない“はず”の道の角へ、銃口を向ける。銃が撃たれ、弾が飛んでいく。すると、「ぎャぁっ…!」というきしんだ声が聞こえて、塵が飛んでいくのが見えた。やつらが倒れた時に出る、特有の塵だ。
「すっごい……」
「……任務報告。怪我人、死者共に無し。任務完了」
通信機の電源を入れて、凍玻璃先輩が報告をする。私は胡羽のもとへ向かった。
「胡羽、大丈夫……!?」
「う、うん……。ごめん、お姉ちゃん。私、また……」
「ううん、大丈夫。私と一緒に特訓しよう」
励まそうとそう言うけれど、胡羽は目を伏せるだけだった。
「さあ、戻ろう。先輩や団長が待ってる」
「……」
「う、うん!」
冬樹とゼロ先輩の言葉に、私たちは凍玻璃先輩のもとへ戻っていった。
――――――――――――――
「……はぁ、本当に使えない。……所謂、“未完成”か」
半壊したビルの上に、黒い影が一つ。
「……奴らが、神威団」
その人物の足元で、黒い二体の生命体がうごめく。その人物は町を見下ろし、その漆黒の目を細めた。
「……思い知らせてやる。全てを失った悲しみを。
本当の恐ろしさを」
その人物は、黒い長髪を揺らし、二体の生命体と共に、フッと消えてしまう。
これから先、どんな刺客が待っているのか。
どんな戦いが__運命が待ち受けているのか。
彼女たちは、まだ知らない。
- Re: 疾風の神威 ( No.32 )
- 日時: 2022/06/26 00:15
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
〔柚月〕
__翌日。土曜日だ。今日は、夜明と買い出しに付き合ってもらう約束をしている。待ち合わせは駅前に午前十時集合。私服を着るのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
俺は集合時間の三分前にやってきた。まだ夜明は来ていないと思ったが、
「あれ、夜明?」
「ああ。こんにちは、先輩」
「まずいなぁ。待たせちゃったか?」
「いえ、私もつい先ほど来たばかりです」
もうとっくに夜明は来ていた。いつも団服か制服姿なので、私服姿は新鮮だ。さすがにマフラーは巻いていない。
それよりも、一つ疑問があった。
「……なんでお前も来てんだよ。交喙」
「えー。僕がおると何か不都合でもあるん?兄弟」
なぜか交喙まで来ていたのだ。別に嫌ではないが、なぜいるのだろう。
「私がお呼びしたんです。お二人とも仲がよろしいようなので」
「そ、そうか。いや、別に不都合は無いけどさ。……ま、賑やかでいいや」
「そやろ?どうせ出かけるんやし、賑やかな方がええやんか。二人とも真面目すぎるとこあるし」
交喙はニッと笑ってそう言う。「じゃあ行くかー」と、俺たち三人は連れだって歩きだした。
―――――――――――――――――
俺たちは駅前から歩いて三、四分のデパート、『ダルコ』へやってきた。たいていのものは売っている。今日買いに来たのは、ぬいぐるみを作るための布である。こういったことに興味がありそうなので、夜明を誘ったのだ。
「この布とか良いんじゃないですか?ほら、うっすら花柄がありますよ」
「本当だ。いいな、可愛いよ」
「相変わらず可愛いもの好きやなぁ。作り終わったら、また今度僕にくれへん?」
「いいけど……。またあの子にあげるのか?」
そう訊くと、交喙は昔を思い出したのか、一瞬顔を曇らせた。だが、すぐにいつもの笑みを浮かべて頷く。
「そや。目ぇは見えへんけど、ちゃんと手でわかるんやで」
「そうか。俺のでよかったらいつでもやるよ」
そんな俺たちを、夜明は微笑ましそうに見ていた。
――――――――――――――――
〔刹那〕
デパートでの用事を済ませた私たちは、荷物を手に外をぶらついていた。
「こんな風に出かけるなんて、いつぶりだろうな」
「さあな。いかにも『普通の学生です』って感じやなぁ」
「今は虚無のせいで、普通の学生でも外を歩く人は減りましたけどね」
何気ない会話をしながら、私はふと上を向いた。あの気配を感じていたから。
私の目はどうにかしてしまったのだろうか。商業ビルの上に、何かの影が見える気がする。
「__……?」
しかし、ほんの瞬きの間に、影は消えてしまった。
(……気のせいでしょうか)
「おーい、夜明ー」
先輩たちに呼ばれ、我に帰る。
「早うしいひんと置いてってまうでー」
「すみません。今行きます」
あまり深く考えないようにし、先輩たちのあとを追う。
気のせいでなければ、あれは人間のようだった。
- Re: 疾風の神威 ( No.33 )
- 日時: 2022/06/27 22:55
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
〔燐音〕
「……以上で報告を終わります」
凍玻璃先輩がそう言って口を閉ざす。団長さんに任務報告をしていたのだ。さっきの任務では、虚無の量はいつもとなんら変わりなかった。
「……そうか、ありがとう。虚無の数は、増える一方だな」
団長さんは悔しそうだった。私も悔しい。このまま、抗うだけで人間だけが苦しむなんて嫌だった。
「それじゃあ、次の任務まで各自休んでくれ。今は不安定だから、突然任務が来るかもしれな__」
ピリリリッ
団長さんの言葉を遮るように、通信機が鳴った。団長さんの通信機だけじゃない。先輩のも、私のも鳴っている。全員接続になっているみたいだ。
「どうした?」
団長さんが接続し、問いかける。通信機の向こうからは、浅い息継ぎが聞こえてくる。
<だ、団長ですか!?お願いです、今すぐ他の隊を呼んでください!!>
別の隊の人だ。怯えたような声で、その人は必死で言う。しかし、状況が理解できない。一体どうしたんだろう。
「ど、どうしたんだ!?何があった!」
<俺たちはもう駄目です……!みんな殺られてしまった。次は俺だ……!!>
「状況を説明してくれ!何があった!?」
<黒いスライムみたいなのが、突然襲ってきたんです……!そいつにみんな殺された……!>
「黒……!?虚無か……!?」
<分からない!!とにかく、早く応援を__>
その人が言いかけた途端、声が途切れ、ぐちゃ、と音がした。声も聞こえなくなってしまう。それが何を意味するのか、分かってしまう。
「__……!!」
団長さんがハッと息をのみ、すぐに電子パネルを操作する。水瀬市全体が記されたパネルで、団員の位置や情報が示されているパネルだ。
「ゼロ、今の隊がどこなのか分かるか」
「……おそらく、本倉隊かと」
「本倉隊……任務先はどこだ……?」
手の動きが速い。冷静な団長さんや先輩たちに反して、胡羽はガタガタと震えている。恐ろしくてたまらないのだろう。
「__任務先は銀杏街道……。付近にある建物は、ダルコ……」
「ダルコって……デパートじゃないですか!人が多いところですよ!近くに団員はいないんですか!?」
焦って語気が強くなってしまう。団長さんは、すぐにみんなの通信機から団員の位置情報を割り出した。パネル上に、三つのマークが現れる。
「__いる」
「……いるって、誰が……」
凍玻璃先輩とゼロ先輩が、パネルに視線を移す。団長さんは言った。
「__皐月隊隊長、柚月。副隊長、交喙。隊員、刹那」
「……夜明ちゃん……?」
「刹那君……」
感情の起伏が少ない二人が、わずかに目を見開く。私の心臓は、バクバクと音をたて始めた。
「先輩……!」
- Re: 疾風の神威 ( No.34 )
- 日時: 2022/07/07 08:19
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: GNo3f39m)
~第四章 急襲~
「……?」
先輩たちと連れだって歩いていた私は、ふと足を止めた。
微量ながら、妙な気配がする。人間のものではない。かといって、虚無のものでもない。一体何なのだろう。
「刹那ちゃん、どうしたん?」
「……いえ……何でもありません」
少し引っ掛かりながらも、歩を進める。念のため、警戒しておいた方が良いのだろうか__。
ピリリリリッ ピリリリリッ!
「わっ」
そう考えていると、突然通信機が鳴った。いつ任務が来ても良いように常時つけているのだが、なんだか変だ。とりあえず接続した。
「団長……?柚月です、どうかされましたか?」
皐月先輩がそう問いかける。通信機から、団長の焦ったような声が聞こえた。
<柚月か!?今すぐ戦闘態勢に移れ!交喙と刹那もだ!>
「え、えぇっ……!?」
突然の指示に当惑する。団長が焦るなど、らしくない。一体どうしたというのだろうか。戸惑う私たちに、団長は言った。
<早くしろ!たった今、その周辺にいた団員たちが襲われた。お前たちにも何が起こるか__>
団長が言いかけた、その時だった。
ドオォォォンッ!!
すぐそばで轟音が鳴り響き、何かが突っ込んできた。反射的に避けたので、負傷はしていない。身構え、そこをじっと睨み付ける。いつでも戦闘態勢に入れるよう、気は抜かない。
「……やはり、今までの団員とは、少し違う……」
女性の声だ。虚無と違い、きしんだ声ではない。土埃が晴れ、“その人”が姿を現した。
「……人間……?」
彼女の姿は、人間そのものだった。黒い絹のような長髪。漆黒の瞳。黒いポンチョ。美しい顔立ちだが、その生い立ちから連想されるものは、
死神。
「なんだ、こいつ……」
「……こいつだなんて、失礼なやつ」
彼女は私たちを射抜くようにじっと見る。黒く暗いその瞳から感じられるものは、憎悪、悲しみ、嫌悪だった。
彼女は素早く電灯の上に跳んで立ち、黒い瞳で私たちを見据え、右の人差し指で私たちを指差した。その右腕は、闇のように真っ黒だ。
「__私は、霧幽徒……。
……お前たち神威団を、殺しに来た」
「……!」
ゾッ、と背筋に悪寒が走る。直感的に感じ取っていた。
彼女__霧幽徒は、今までのどんなやつより、格段に強い。
「……おい、交喙、夜明。準備はできてるだろうな?」
「もちろん。とっくにできとるよ」
「同じく」
私たちが何をするべきなのか、もう既にわかっている。私たちは、服装を団服に切り替えた。
先輩が息を吸う。
「__目標確認。これより、戦闘を開始する……!」
- Re: 疾風の神威 ( No.35 )
- 日時: 2022/07/05 01:26
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「……せいぜい、無駄な抵抗をすればいい……。お前たちを殺すまで、私の人生は終わらない」
「チッ……。舐めやがって……!行くぞ!!」
薙刀を手に、皐月先輩が走り出す。溝呂木先輩は後衛として、目立たない場所へと向かった。私も大鎌を持って、幽徒の方へ突っ込んだ。
彼女は、何の武器も持っていない__ように見えた。しかし次の瞬間には、右手に何かが握られていた。
それは、槍だった。柄が黒く長く、刃は闇のように真っ暗だ。その切っ先は、まっすぐ私の方を向いていた。
「……!」
私はとっさに横に跳んで避けた。彼女の持つ槍の刃が、先程まで私が立っていた地面に触れる。一瞬遅れて、凄まじい衝撃音が響いた。地面に亀裂が入り、土煙が上がる。まるで隕石でも落ちたかのような跡だ。
「っ……」
あんなものが刺さったら__そう思うだけで、背筋がゾッとする。それに、何の物質かもわからない。無闇に攻撃を喰らうのは危険だ。
それにしても、さっきまでは何も持っていなかったはずだ。どういうことだろう。
「……」
(……本当に、何を考えているんでしょうか)
彼女は、表情をぴくりとも動かさず、私たちを見る。これでは動きも考えも読み取れない。
「……っ、夜明!!」
「ぇ、どうしたん"っ……!?」
皐月先輩の声がしたときには、もう私の脇腹には槍の刃が食い込んでいた。痛い。だが、とにかく離れなければ。
「づ……、ぅう……!」
「夜明、大丈夫か!?」
「は、はい……。平気、です……!」
動きも考えも読み取れず、おまけに素早いときた。しかし、これぐらいの負傷でへばってはいけない。先輩たちの足手まといになってしまう。それだけは避けなければ。
「……その……じゃ、わか……ない」
幽徒が何かを呟いた。声が小さく、聞き取れない。「夜明」と、先輩が耳打ちしてきた。
「夜明、二人で一気に畳み掛けるぞ」
「二人で……ですか?」
「ああ。隙を作って、交喙に一撃撃ち込んでもらうんだ」
「……了解しました。今はそれしか策もありません。溝呂木先輩には、どうやって伝えるんですか?」
「あいつには、きっと伝わる。今までだってそうだったんだからな。……それじゃあ、俺が合図を出す。合図を出したら、一気に動くぞ」
「はい」
そうと決まれば、構えなくてはいけない。足腰や武器を握る手に、ぐっと力を入れる。幽徒はこちらをじっと見ている。私たちの出方を伺っているのだろう。
「__行くぞ!」
「!」
合図と同時に、地面を蹴る。そして、彼女に向かってその切っ先を振り下ろす。幽徒はそれら全てを槍で弾く。
「っ……」
ほんの一瞬、幽徒の動きが鈍る。先輩はそれを見逃さなかった。
「交喙ッ!!」
そう叫び、私たちは瞬時にその場から退く。その瞬間、どこからともなく五本の矢が飛んでくる。矢の進路の先には、幽徒ただ一人。これで終わる__そう確信する。
ドスッ、ドスッ__
「……!!」
矢が、次々に刺さる。これだけ当たれば、致命傷だろう。そう思っていた。
「__……終わってなんか、いない」
__そう、思っていた。
「ぇ……」
「は……?」
矢をその身に受けたのは、彼女ではない。
「ぎ、ギ……」
黒い、生物だった。
「……言ったはず。
お前たちを殺すまで、私の人生は終わらない」
奈落の底のように黒い瞳を向け、彼女はそう言った。
- Re: 疾風の神威 ( No.36 )
- 日時: 2022/07/17 00:47
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「ギギ、ぎ」
目の前のスライム状の生き物は、耳障りな声を発してぷるぷると揺れている。
「なんだ、これ……」
「……」
幽徒は黙って、スライムをじっと見た。スライムはそれに反応するように揺れ、どこかへ跳ねていった。
その様子を見ていた先輩が、ハッとする。そして、焦ったように言った。
「夜明!」
「は、はい……!?」
「今すぐ交喙のところへ行け!」
「え、溝呂木先輩の……?」
「さっきのであいつの位置がバレた……!あれが何なのかまだ分からない。とにかく急げ!!」
「は、はい!」
先輩にそう言われ、私は急いで溝呂木先輩のもとへ向かった。
「__……一人で殺り合う気?」
「……ああ。隊員を守るのが、隊長の使命だからな」
―――――――――――――――――――
「はっ、はっ、はっ……!」
すっかり人気の無くなった道を、私は駆け抜ける。溝呂木先輩は、確かビルの屋上から援護していたはずだ。
私は一つのビルに入った。皐月先輩が言っていたビルはこれだ。しかし、何かの攻撃を受けたのか、ボロボロになっている。
エレベーターは、壊れて使えなくなっていた。手間だが、階段を上るしかない。
「……?先輩……!?」
屋上へ着いたが、そこには誰もいなかった。ただ大量の矢が散乱しているだけだ。ここも誰かの攻撃を受けたのか、外壁が崩れたり、床に穴が空いている。
「……っ……」
ひとまず安否の確認をしなければならない。私は通信機を起動し、溝呂木先輩へ通信した。
接続音が聞こえた。
「……こちら刹那です。先輩、応答願います」
<__ザザッ……ザッ……>
「……先輩……?」
呼び掛けたが、砂嵐しか聞こえない。接続はされているのに、どういうことだろうか。
(……とにかく、行かなければ……)
__そう思った矢先、向こうの方で土煙が上がった。
「……!」
ここから少し遠いが、土煙に混じって、黒い煙も微かに見える。あそこにあのスライムがいるに違いない。
屋上から飛び降りる。目と耳を頼りに、私は煙の方へ走り出した。
- Re: 疾風の神威 ( No.37 )
- 日時: 2022/07/26 16:41
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「__……はーっ……」
目の前で自分をじっと見ているスライムを前に、交喙は大きなため息をつく。こいつが現れたのはつい先ほどだった。援護をしていたのに突然こいつが現れ、攻撃してきた。
こいつの相手をしている場合ではないのに。親友や後輩の手助けをしなければならないのに。
「ぎ、ギギぎ」
「おっと」
スライムが突っ込んでくるが、瞬時に避ける。スライムが壁に激突すると、ヒビが入った。あの柔らかな体のどこにそんな固さがあるのだろうか。スライムはまた交喙を見つめると、おもむろに上を見上げ、あの耳障りな声を発した。
「ギギぎぎぎギ」
「……!」
するとすぐに、背後からいつもの気配を感じた。
虚無だ。
「お、ォ、おはよゥ」
「あ、遊ボぅ」
「チッ……またかいな」
わらわらとやってくる虚無を見て、交喙は舌打ちをする。スライムが虚無を呼び出すのは、これで三回目だ。こいつと虚無、そしてあの女は、何の関係があるのだろう。
「……あんたら一人一人相手にしてる時間は、こっちにはあらへんのや」
呟きながら、弓を折り畳む。現れたのはジャマダハル状の刃だ。交喙はその切っ先を虚無に向け、走り出す。背後からスライムが迫ってくるが、気には留めない。
刃を虚無の黒い体に当て、一気に引く。
「ぎァあぁァっ……」
「……黙っとってもろてええか?その声聞くと、虫酸が走るんや」
顔についた返り血を拭いながら、彼は低い声でそう呟いた。
- Re: 疾風の神威 ( No.38 )
- 日時: 2022/08/08 04:40
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「ねェ、待ッて。マってぇ……」
まただ。また虚無が出てきた。虚無が出てくるのはいつものことなので慣れているが、こうも連続で出てこられると、苛つく。
「邪魔なんですよ……」
そう言って“黒咲”を振り下ろす。顔にも服にも、その返り血がべったりと付く。
先程も虚無の大群に襲われた。まるで誰かが呼び寄せているみたいだ。
勿論、そんなことはあるはずがない。しかし、こうまで群がられると疑わざるをえない。
(溝呂木先輩は……大丈夫でしょうか)
考えながら、再び走る。あの人は皐月隊の副隊長。そう簡単に殺られるはずはないが、どうしても不安になってしまう。
走っている内に、周囲への被害が一際強い大通りへ入った。
「……!」
ここだけ空気が違う。嫌な気配が__いや、それはいつものことなのだが、入っただけなのに、冷や汗が頬をつたる。要するに危険な場所だ。
「ギギ、ぎぎギ」
__耳元で、耳障りな声がした。視界の端に黒い影が映る。
「ぎ、ギギ」
「こいつ……!」
あの黒いスライムだ。溝呂木先輩の姿は見当たらない。あの人は無事だろうか。先を急ぎたいところだが__
「……」
「……っ」
逃がしてはくれなさそうである。
(殺るしかない)
“黒咲”を出し、戦闘態勢に入る。やつは逃げない。ぷるぷると揺れて、体当たりしてくる。
「!!」
「ギ、ぎ」
瞬時に大鎌の柄で攻撃を受ける。あの体のどこにそんな力があるのか、スライムは物凄い力で押し返してくる。
「くっ……!」
離さなければ。
「ふっ!」
“黒咲”を振り、スライムを引き剥がす。スライムは吹き飛んだあと、壁にべたっと張り付いた。そしてまたすぐにこちらに向かってくる。
「ちっ……」
舌打ちをして、今度は受けずに避ける。すると、スライムはその体を変形させ、人型になった。
「あァ?」
人間のような姿をしているが、あれは間違いなく化け物である。鼻や耳は無く、目はぽっかりと開いた丸。口だけが異様に大きい。
風見さんの言葉を思い出す。姿を変える、という点では虚無と一致している。それに体が黒いので、虚無に分類しても問題はないだろう。
そいつは再び襲いかかってくる。今度は手の形を変え、鋭い爪を伸ばしてきた。
「ッ!」
咄嵯に大鎌を振るう。ギリギリのところで攻撃を弾いたものの、体勢が崩れてしまった。そこに追撃が来る。
「ぁ、ぐっ……!」
腹部に鋭い痛みが走る。団服に鋭い爪痕がついており、赤い血がにじんでいる。幸い深くはないようだ。しかし、奴がこちらへ向かってくる。
__殺らなきゃ殺られる。
走り出し、地面を蹴って跳ぶ。奴が腕を伸ばすが、避ける。そのまま空中で身を捻り、素早く切り刻む。
「ッ!!」
「ぎァ!?」
奴の体がバラバラになる。断末魔を上げて、その体はドロリと溶けて地面に崩れ落ちた。
「はあっ、はあっ……。殺った……?」
無意識に体の力が抜ける。安心しきっていた。
それが、いけなかった。
本来ならば動かないはずの手が、ぴくりと動く。判断が鈍っていた。
「ぐっ……!?」
その手が飛んできて、鋭い爪が私の肩に傷をつける。さっきとは違って、深い。どくどくと血が出てきて、団服に滲んでいく。
熱さと痛みに、視界が揺れた。
__普通の虚無ならば、これで死ぬはずだ。まさか、死んではいなかったのか?
「ぎ、ぎ……ぎギギぎぎギ!」
奴が起き上がり、甲高い声を上げる。さっき斬ったはずの体が再生していて、大きな口が三日月型に歪んでいる。嗤っているようだ。
「っ……う……」
私は、こんなにも弱かったのか。
自分の甘さに腹が立つ。情けない。本当に、どうしようもないくらいに。
しかし、このままではまずい。出血が止まらないし、体力も限界に近い。早く殺さないと。
そう思って大鎌を構えるも__震える体のせいで、上手く握れない。
「ッ__……!!」
奴が腕を引く動作をする。まずい。次の攻撃が来る。
動くこともできず、私はそのまま__
「__ったく、ここにおったんか」
ヒュッ、と風を切るような音が聞こえた。それはまるで、矢が飛ばされたような音だ。
聞き覚えのある声がして、視界に赤い髪が映った。
「溝呂木、先ぱ__」
「ははっ。重傷やな、刹那ちゃん」
溝呂木先輩だ。息を切らす私に、「大丈夫か?」と八重歯を見せて笑う。
「ぎ、ギギぁ……!」
奴の片目に矢が一本刺さっている。悶える奴を見て、溝呂木先輩は私に言った。
「刹那ちゃん、あいつは死なへんで」
「え……?どういう意味ですか?」
「意味もなんも、そのまんまの意味や。あいつは不死身。僕もいっぺん体を切り刻んだけど、すぐに再生した。
その後逃げ出したさかい追いかけたんやけど……まさか君がおるなんてな」
先輩の説明に納得する。だから切り刻んだのに襲ってきたのか。
「さて、と」
先輩が私を見て、問いかける。
「刹那ちゃん、まだ動けるか?」
「はい」
「ほな、二人で足止めしよか。このまま逃げてもこいつは追うてくるし、殺しても再生する。それに、兄弟のとこへ行かれたら困る」
「……はい!」
「ぐ、ギ……」
私が返事をすると、奴が動き始めた。矢が刺さっている目の方から、赤い血が流れ出ている。
「ギャアァァッ!!!」
耳をつんざくような叫び声を上げて、奴は私たちを睨む。先輩は涼しげな顔をしている。
「……ったく、僕もめんどくさいことはあんまりしたないんやけどなぁ。
でも、ま。かわいい後輩も見とるさかい、カッコつけさしてもらおか」
先輩が“荒鷲”を折り畳み、刃を出す。私も“黒咲”を握りしめる。
「行くで」
「__はい!」
地面を蹴り、走り出す。
- Re: 疾風の神威 ( No.39 )
- 日時: 2022/11/15 00:04
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「__ぎっ!?」
奴が腕を振り上げる前に、大鎌でその腕を落とす。その隙に先輩が刃を振り上げ、奴の体を真っ二つにした。
「ぐ、ぎィ……」
奴の右半身がドロリと溶けて、地面に落ちる。しかし黒い液体はすぐに集まり、一瞬にして元の姿に戻った。
「やっぱりなぁ」
「ぐ、ぎ……あァッ!!」
奴は腕を生やし、再び襲いかかってくる。さっきまでは腕は二本だったが、今は五本だ。
「……っ!」
大鎌で受け止めるが、奴は物凄い力で押してくる。その力に、足がどんどん後方へ下がっていく。
「ぐ……ッ!先輩!」
「おう、任せとき」
私の呼びかけに答えて、先輩が奴の腕を斬り落とす。そのまま高く跳んで、奴の頭に蹴りを入れた。
「__ギ、ぎぃ!?」
頭が潰れ、赤黒い血液が飛び散る。それを見た先輩は舌打ちをした。
「チッ、頭潰したら流石に死ぬ思たんやけどなぁ……」
「ぎ、ぎぎギ!」
頭を再生させた奴が再び襲いかかる。先輩はそれを軽々と避けた。
「っと……危ないやんけ」
「ぎ…ぐ、ガガッ……!」
傷はつけてもつけても瞬時に塞がってしまう。皐月先輩があの女性を倒すまでに、こちらの体力が尽きなければ良いが。
「がぎ、ギ……!!」
奴は五本の腕を次々と振り下ろし、私たちを殺そうとしてくる。その度に地面に亀裂が走り、穴が空く。
「ギぎ、が……?」
しかし突然、奴が動きを止めた。私と先輩も動くのをやめるが、警戒は解かず、戦闘態勢のままだ。
「なんや……?」
しばらく観察していると、
「……ギ、ぎ……!」
「!?」
奴の体が一瞬にして溶け、黒い液体状になった体がひびだらけのコンクリートに染み込んだ。そしてそのまま、気配がなくなってしまう。
「まさか、今ので……」
「いや、死んだわけちゃうやろ。……けど、一体どこに……」
先輩はそう言って辺りを見回し、ハッと息を飲んだ。視線の先を追うと__
「!」
黒い液体が、亀裂の隙間からわずかに見える。それはひとりでに動き、どこかへ行こうとしていた。随分と速い。早く追いかけなければ見失ってしまう。
「あれは……!」
「ああ。追うで」
「はい!」
あれが何を察知し、どこへ行こうとしているのかは分からない。だが、嫌な予感がする。
黒い液体を見失わないよう、私たちはそれを追いかけた。
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[柚月]
「……っ、らッ!!」
「……」
幽徒に向かって刃を振り下ろす。が、奴はそれを避けずに槍で弾き返した。
「はっ、はっ、はあっ……くそっ……!」
「……」
あいつは無表情で俺をじっと見る。何を考えているんだか、分かりやしない。
俺が考えをこらしていると、幽徒はゆらりと横に揺れ、一瞬にして俺の前に現れた。突然のことに反応が遅れてしまう。
「なっ……!」
当然ながら、槍の切っ先は俺の腹部に向けられていた。どうすることもできず、俺は槍に貫かれる。
「ぁ、がッ……!?」
「……」
傷口が熱い。そんなことを気にするはずもなく、あいつは槍を振り下ろす。咄嗟に薙刀の柄で刃を受け止める。
「ぐっ……!」
足に力を入れ、必死で踏ん張る。傷口から血がポタポタと流れ落ち、地面に染み込む。あいつは槍を離し、その代わり俺のみぞおちに蹴りを入れた。
「がッ……!」
壁に背中を打ち付けたその時、ミシミシッ、と嫌な音がした。そのまま地面に膝をついてしまう。
「……」
血の滴る槍を持ったまま、幽徒が近寄ってきた。俺を静かに見下ろしている。
息を切らしながら、俺は訊いた。
「はっ、はあっ……幽徒、とか言ったか」
「……」
「何だってこんなことする……?俺たちを殺して、何になる……?」
「__……」
そう問いかけると、あいつは目を伏せた。
「……私は……」
幽徒は静かに呟く。
「あの人の……」
真っ暗で何も感じられなかった瞳の奥に、悲しみの色が浮かぶ。