ダーク・ファンタジー小説

Re: 疾風の神威 ( No.34 )
日時: 2022/07/07 08:19
名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: GNo3f39m)

~第四章 急襲~

「……?」

先輩たちと連れだって歩いていた私は、ふと足を止めた。
微量ながら、妙な気配がする。人間のものではない。かといって、虚無のものでもない。一体何なのだろう。

「刹那ちゃん、どうしたん?」

「……いえ……何でもありません」

少し引っ掛かりながらも、歩を進める。念のため、警戒しておいた方が良いのだろうか__。

ピリリリリッ ピリリリリッ!

「わっ」

そう考えていると、突然通信機が鳴った。いつ任務が来ても良いように常時つけているのだが、なんだか変だ。とりあえず接続した。

「団長……?柚月です、どうかされましたか?」

皐月先輩がそう問いかける。通信機から、団長の焦ったような声が聞こえた。

<柚月か!?今すぐ戦闘態勢に移れ!交喙と刹那もだ!>

「え、えぇっ……!?」

突然の指示に当惑する。団長が焦るなど、らしくない。一体どうしたというのだろうか。戸惑う私たちに、団長は言った。

<早くしろ!たった今、その周辺にいた団員たちが襲われた。お前たちにも何が起こるか__>

団長が言いかけた、その時だった。




ドオォォォンッ!!




すぐそばで轟音が鳴り響き、何かが突っ込んできた。反射的に避けたので、負傷はしていない。身構え、そこをじっと睨み付ける。いつでも戦闘態勢に入れるよう、気は抜かない。




「……やはり、今までの団員とは、少し違う……」




女性の声だ。虚無と違い、きしんだ声ではない。土埃が晴れ、“その人”が姿を現した。

「……人間……?」

彼女の姿は、人間そのものだった。黒い絹のような長髪。漆黒の瞳。黒いポンチョ。美しい顔立ちだが、その生い立ちから連想されるものは、


死神。


「なんだ、こいつ……」

「……こいつだなんて、失礼なやつ」

彼女は私たちを射抜くようにじっと見る。黒く暗いその瞳から感じられるものは、憎悪、悲しみ、嫌悪だった。
彼女は素早く電灯の上に跳んで立ち、黒い瞳で私たちを見据え、右の人差し指で私たちを指差した。その右腕は、闇のように真っ黒だ。

「__私は、きり幽徒ゆうと……。
     ……お前たち神威団を、殺しに来た」

「……!」

ゾッ、と背筋に悪寒が走る。直感的に感じ取っていた。
彼女__霧幽徒は、今までのどんなやつより、格段に強い。

「……おい、交喙、夜明。準備はできてるだろうな?」

「もちろん。とっくにできとるよ」

「同じく」

私たちが何をするべきなのか、もう既にわかっている。私たちは、服装を団服に切り替えた。
先輩が息を吸う。

「__目標確認。これより、戦闘を開始する……!」



Re: 疾風の神威 ( No.35 )
日時: 2022/07/05 01:26
名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)

「……せいぜい、無駄な抵抗をすればいい……。お前たちを殺すまで、私の人生は終わらない」

「チッ……。舐めやがって……!行くぞ!!」

薙刀を手に、皐月先輩が走り出す。溝呂木先輩は後衛として、目立たない場所へと向かった。私も大鎌を持って、幽徒の方へ突っ込んだ。
彼女は、何の武器も持っていない__ように見えた。しかし次の瞬間には、右手に何かが握られていた。
それは、槍だった。柄が黒く長く、刃は闇のように真っ暗だ。その切っ先は、まっすぐ私の方を向いていた。

「……!」

私はとっさに横に跳んで避けた。彼女の持つ槍の刃が、先程まで私が立っていた地面に触れる。一瞬遅れて、凄まじい衝撃音が響いた。地面に亀裂が入り、土煙が上がる。まるで隕石でも落ちたかのような跡だ。

「っ……」

あんなものが刺さったら__そう思うだけで、背筋がゾッとする。それに、何の物質かもわからない。無闇に攻撃を喰らうのは危険だ。
それにしても、さっきまでは何も持っていなかったはずだ。どういうことだろう。

「……」

(……本当に、何を考えているんでしょうか)

彼女は、表情をぴくりとも動かさず、私たちを見る。これでは動きも考えも読み取れない。

「……っ、夜明!!」

「ぇ、どうしたん"っ……!?」

皐月先輩の声がしたときには、もう私の脇腹には槍の刃が食い込んでいた。痛い。だが、とにかく離れなければ。

「づ……、ぅう……!」

「夜明、大丈夫か!?」

「は、はい……。平気、です……!」

動きも考えも読み取れず、おまけに素早いときた。しかし、これぐらいの負傷でへばってはいけない。先輩たちの足手まといになってしまう。それだけは避けなければ。

「……その……じゃ、わか……ない」

幽徒が何かを呟いた。声が小さく、聞き取れない。「夜明」と、先輩が耳打ちしてきた。

「夜明、二人で一気に畳み掛けるぞ」

「二人で……ですか?」

「ああ。隙を作って、交喙あいつに一撃撃ち込んでもらうんだ」

「……了解しました。今はそれしか策もありません。溝呂木先輩には、どうやって伝えるんですか?」

「あいつには、きっと伝わる。今までだってそうだったんだからな。……それじゃあ、俺が合図を出す。合図を出したら、一気に動くぞ」

「はい」

そうと決まれば、構えなくてはいけない。足腰や武器を握る手に、ぐっと力を入れる。幽徒はこちらをじっと見ている。私たちの出方を伺っているのだろう。



「__行くぞ!」

「!」



合図と同時に、地面を蹴る。そして、彼女に向かってその切っ先を振り下ろす。幽徒はそれら全てを槍で弾く。

「っ……」

ほんの一瞬、幽徒の動きが鈍る。先輩はそれを見逃さなかった。

「交喙ッ!!」

そう叫び、私たちは瞬時にその場から退く。その瞬間、どこからともなく五本の矢が飛んでくる。矢の進路の先には、幽徒ただ一人。これで終わる__そう確信する。

ドスッ、ドスッ__

「……!!」

矢が、次々に刺さる。これだけ当たれば、致命傷だろう。そう思っていた。




「__……終わってなんか、いない」




__そう、思っていた。




「ぇ……」

「は……?」

矢をその身に受けたのは、彼女ではない。

「ぎ、ギ……」

黒い、生物だった。

「……言ったはず。

お前たちを殺すまで、私の人生は終わらない」

奈落の底のように黒い瞳を向け、彼女はそう言った。


Re: 疾風の神威 ( No.36 )
日時: 2022/07/17 00:47
名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)

「ギギ、ぎ」

目の前のスライム状の生き物は、耳障りな声を発してぷるぷると揺れている。

「なんだ、これ……」

「……」

幽徒は黙って、スライムをじっと見た。スライムはそれに反応するように揺れ、どこかへ跳ねていった。
その様子を見ていた先輩が、ハッとする。そして、焦ったように言った。

「夜明!」

「は、はい……!?」

「今すぐ交喙のところへ行け!」

「え、溝呂木先輩の……?」

「さっきのであいつの位置がバレた……!あれが何なのかまだ分からない。とにかく急げ!!」

「は、はい!」

先輩にそう言われ、私は急いで溝呂木先輩のもとへ向かった。

「__……一人で殺り合う気?」

「……ああ。隊員を守るのが、隊長の使命だからな」




―――――――――――――――――――

「はっ、はっ、はっ……!」

すっかり人気の無くなった道を、私は駆け抜ける。溝呂木先輩は、確かビルの屋上から援護していたはずだ。
私は一つのビルに入った。皐月先輩が言っていたビルはこれだ。しかし、何かの攻撃を受けたのか、ボロボロになっている。
エレベーターは、壊れて使えなくなっていた。手間だが、階段を上るしかない。

「……?先輩……!?」

屋上へ着いたが、そこには誰もいなかった。ただ大量の矢が散乱しているだけだ。ここも誰かの攻撃を受けたのか、外壁が崩れたり、床に穴が空いている。

「……っ……」

ひとまず安否の確認をしなければならない。私は通信機を起動し、溝呂木先輩へ通信した。
接続音が聞こえた。

「……こちら刹那です。先輩、応答願います」

<__ザザッ……ザッ……>

「……先輩……?」

呼び掛けたが、砂嵐しか聞こえない。接続はされているのに、どういうことだろうか。

(……とにかく、行かなければ……)

__そう思った矢先、向こうの方で土煙が上がった。

「……!」

ここから少し遠いが、土煙に混じって、黒い煙も微かに見える。あそこにあのスライムがいるに違いない。
屋上から飛び降りる。目と耳を頼りに、私は煙の方へ走り出した。



Re: 疾風の神威 ( No.37 )
日時: 2022/07/26 16:41
名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)

「__……はーっ……」

目の前で自分をじっと見ているスライムを前に、交喙いすかは大きなため息をつく。こいつが現れたのはつい先ほどだった。援護をしていたのに突然こいつが現れ、攻撃してきた。
こいつの相手をしている場合ではないのに。親友や後輩の手助けをしなければならないのに。

「ぎ、ギギぎ」

「おっと」

スライムが突っ込んでくるが、瞬時に避ける。スライムが壁に激突すると、ヒビが入った。あの柔らかな体のどこにそんな固さがあるのだろうか。スライムはまた交喙を見つめると、おもむろに上を見上げ、あの耳障りな声を発した。

「ギギぎぎぎギ」

「……!」

するとすぐに、背後からいつもの気配を感じた。
虚無やつらだ。

「お、ォ、おはよゥ」

「あ、遊ボぅ」

「チッ……またかいな」

わらわらとやってくる虚無を見て、交喙は舌打ちをする。スライムが虚無を呼び出すのは、これで三回目だ。こいつと虚無、そしてあの女は、何の関係があるのだろう。

「……あんたら一人一人相手にしてる時間は、こっちにはあらへんのや」

呟きながら、弓を折り畳む。現れたのはジャマダハル状の刃だ。交喙はその切っ先を虚無に向け、走り出す。背後からスライムが迫ってくるが、気には留めない。
刃を虚無の黒い体に当て、一気に引く。

「ぎァあぁァっ……」

「……黙っとってもろてええか?その声聞くと、虫酸が走るんや」

顔についた返り血を拭いながら、彼は低い声でそう呟いた。



Re: 疾風の神威 ( No.38 )
日時: 2022/08/08 04:40
名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)

「ねェ、待ッて。マってぇ……」

まただ。また虚無が出てきた。虚無が出てくるのはいつものことなので慣れているが、こうも連続で出てこられると、苛つく。

「邪魔なんですよ……」

そう言って“黒咲”を振り下ろす。顔にも服にも、その返り血がべったりと付く。
先程も虚無の大群に襲われた。まるで誰かが呼び寄せているみたいだ。

勿論、そんなことはあるはずがない。しかし、こうまで群がられると疑わざるをえない。

(溝呂木先輩は……大丈夫でしょうか)

考えながら、再び走る。あの人は皐月隊の副隊長。そう簡単に殺られるはずはないが、どうしても不安になってしまう。

走っている内に、周囲への被害が一際強い大通りへ入った。

「……!」

ここだけ空気が違う。嫌な気配が__いや、それはいつものことなのだが、入っただけなのに、冷や汗が頬をつたる。要するに危険な場所だ。

「ギギ、ぎぎギ」

__耳元で、耳障りな声がした。視界の端に黒い影が映る。

「ぎ、ギギ」

「こいつ……!」

あの黒いスライムだ。溝呂木先輩の姿は見当たらない。あの人は無事だろうか。先を急ぎたいところだが__

「……」

「……っ」

逃がしてはくれなさそうである。

(殺るしかない)

“黒咲”を出し、戦闘態勢に入る。やつは逃げない。ぷるぷると揺れて、体当たりしてくる。

「!!」

「ギ、ぎ」

瞬時に大鎌の柄で攻撃を受ける。あの体のどこにそんな力があるのか、スライムは物凄い力で押し返してくる。

「くっ……!」

離さなければ。

「ふっ!」

“黒咲”を振り、スライムを引き剥がす。スライムは吹き飛んだあと、壁にべたっと張り付いた。そしてまたすぐにこちらに向かってくる。

「ちっ……」

舌打ちをして、今度は受けずに避ける。すると、スライムはその体を変形させ、人型になった。

「あァ?」

人間のような姿をしているが、あれは間違いなく化け物である。鼻や耳は無く、目はぽっかりと開いた丸。口だけが異様に大きい。

風見さんの言葉を思い出す。姿を変える、という点では虚無と一致している。それに体が黒いので、虚無に分類しても問題はないだろう。

そいつは再び襲いかかってくる。今度は手の形を変え、鋭い爪を伸ばしてきた。

「ッ!」

咄嵯に大鎌を振るう。ギリギリのところで攻撃を弾いたものの、体勢が崩れてしまった。そこに追撃が来る。

「ぁ、ぐっ……!」

腹部に鋭い痛みが走る。団服に鋭い爪痕がついており、赤い血がにじんでいる。幸い深くはないようだ。しかし、奴がこちらへ向かってくる。

__殺らなきゃ殺られる。

走り出し、地面を蹴って跳ぶ。奴が腕を伸ばすが、避ける。そのまま空中で身を捻り、素早く切り刻む。

「ッ!!」

「ぎァ!?」

奴の体がバラバラになる。断末魔を上げて、その体はドロリと溶けて地面に崩れ落ちた。

「はあっ、はあっ……。殺った……?」

無意識に体の力が抜ける。安心しきっていた。

それが、いけなかった。

本来ならば動かないはずの手が、ぴくりと動く。判断が鈍っていた。

「ぐっ……!?」

その手が飛んできて、鋭い爪が私の肩に傷をつける。さっきとは違って、深い。どくどくと血が出てきて、団服に滲んでいく。
熱さと痛みに、視界が揺れた。

__普通の虚無ならば、これで死ぬはずだ。まさか、死んではいなかったのか?

「ぎ、ぎ……ぎギギぎぎギ!」

奴が起き上がり、甲高い声を上げる。さっき斬ったはずの体が再生していて、大きな口が三日月型に歪んでいる。わらっているようだ。

「っ……う……」

私は、こんなにも弱かったのか。

自分の甘さに腹が立つ。情けない。本当に、どうしようもないくらいに。

しかし、このままではまずい。出血が止まらないし、体力も限界に近い。早く殺さないと。
そう思って大鎌を構えるも__震える体のせいで、上手く握れない。

「ッ__……!!」

奴が腕を引く動作をする。まずい。次の攻撃が来る。

動くこともできず、私はそのまま__






「__ったく、ここにおったんか」

ヒュッ、と風を切るような音が聞こえた。それはまるで、矢が飛ばされたような音だ。
聞き覚えのある声がして、視界に赤い髪が映った。

「溝呂木、先ぱ__」

「ははっ。重傷やな、刹那ちゃん」

溝呂木先輩だ。息を切らす私に、「大丈夫か?」と八重歯を見せて笑う。

「ぎ、ギギぁ……!」

奴の片目に矢が一本刺さっている。悶える奴を見て、溝呂木先輩は私に言った。

「刹那ちゃん、あいつは死なへんで」

「え……?どういう意味ですか?」

「意味もなんも、そのまんまの意味や。あいつは不死身。僕もいっぺん体を切り刻んだけど、すぐに再生した。
その後逃げ出したさかい追いかけたんやけど……まさか君がおるなんてな」

先輩の説明に納得する。だから切り刻んだのに襲ってきたのか。

「さて、と」

先輩が私を見て、問いかける。

「刹那ちゃん、まだ動けるか?」

「はい」

「ほな、二人で足止めしよか。このまま逃げてもこいつは追うてくるし、殺しても再生する。それに、兄弟ゆづのとこへ行かれたら困る」

「……はい!」

「ぐ、ギ……」

私が返事をすると、奴が動き始めた。矢が刺さっている目の方から、赤い血が流れ出ている。

「ギャアァァッ!!!」

耳をつんざくような叫び声を上げて、奴は私たちを睨む。先輩は涼しげな顔をしている。

「……ったく、僕もめんどくさいことはあんまりしたないんやけどなぁ。

でも、ま。かわいい後輩も見とるさかい、カッコつけさしてもらおか」

先輩が“荒鷲”を折り畳み、刃を出す。私も“黒咲”を握りしめる。




「行くで」

「__はい!」


地面を蹴り、走り出す。




Re: 疾風の神威 ( No.39 )
日時: 2022/11/15 00:04
名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)

「__ぎっ!?」

奴が腕を振り上げる前に、大鎌でその腕を落とす。その隙に先輩が刃を振り上げ、奴の体を真っ二つにした。

「ぐ、ぎィ……」

奴の右半身がドロリと溶けて、地面に落ちる。しかし黒い液体はすぐに集まり、一瞬にして元の姿に戻った。

「やっぱりなぁ」

「ぐ、ぎ……あァッ!!」

奴は腕を生やし、再び襲いかかってくる。さっきまでは腕は二本だったが、今は五本だ。

「……っ!」

大鎌で受け止めるが、奴は物凄い力で押してくる。その力に、足がどんどん後方へ下がっていく。

「ぐ……ッ!先輩!」

「おう、任せとき」

私の呼びかけに答えて、先輩が奴の腕を斬り落とす。そのまま高く跳んで、奴の頭に蹴りを入れた。

「__ギ、ぎぃ!?」

頭が潰れ、赤黒い血液が飛び散る。それを見た先輩は舌打ちをした。

「チッ、頭潰したら流石に死ぬ思たんやけどなぁ……」

「ぎ、ぎぎギ!」

頭を再生させた奴が再び襲いかかる。先輩はそれを軽々と避けた。

「っと……危ないやんけ」

「ぎ…ぐ、ガガッ……!」

傷はつけてもつけても瞬時に塞がってしまう。皐月先輩があの女性を倒すまでに、こちらの体力が尽きなければ良いが。

「がぎ、ギ……!!」

奴は五本の腕を次々と振り下ろし、私たちを殺そうとしてくる。その度に地面に亀裂が走り、穴が空く。

「ギぎ、が……?」

しかし突然、奴が動きを止めた。私と先輩も動くのをやめるが、警戒は解かず、戦闘態勢のままだ。

「なんや……?」

しばらく観察していると、

「……ギ、ぎ……!」

「!?」

奴の体が一瞬にして溶け、黒い液体状になった体がひびだらけのコンクリートに染み込んだ。そしてそのまま、気配がなくなってしまう。

「まさか、今ので……」

「いや、死んだわけちゃうやろ。……けど、一体どこに……」

先輩はそう言って辺りを見回し、ハッと息を飲んだ。視線の先を追うと__

「!」

黒い液体が、亀裂の隙間からわずかに見える。それはひとりでに動き、どこかへ行こうとしていた。随分と速い。早く追いかけなければ見失ってしまう。

「あれは……!」

「ああ。追うで」

「はい!」

あれが何を察知し、どこへ行こうとしているのかは分からない。だが、嫌な予感がする。
黒い液体を見失わないよう、私たちはそれを追いかけた。



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[柚月]

「……っ、らッ!!」

「……」

幽徒に向かって刃を振り下ろす。が、奴はそれを避けずに槍で弾き返した。

「はっ、はっ、はあっ……くそっ……!」

「……」

あいつは無表情で俺をじっと見る。何を考えているんだか、分かりやしない。
俺が考えをこらしていると、幽徒はゆらりと横に揺れ、一瞬にして俺の前に現れた。突然のことに反応が遅れてしまう。

「なっ……!」

当然ながら、槍の切っ先は俺の腹部に向けられていた。どうすることもできず、俺は槍に貫かれる。

「ぁ、がッ……!?」

「……」

傷口が熱い。そんなことを気にするはずもなく、あいつは槍を振り下ろす。咄嗟に薙刀の柄で刃を受け止める。

「ぐっ……!」

足に力を入れ、必死で踏ん張る。傷口から血がポタポタと流れ落ち、地面に染み込む。あいつは槍を離し、その代わり俺のみぞおちに蹴りを入れた。

「がッ……!」

壁に背中を打ち付けたその時、ミシミシッ、と嫌な音がした。そのまま地面に膝をついてしまう。

「……」

血の滴る槍を持ったまま、幽徒が近寄ってきた。俺を静かに見下ろしている。
息を切らしながら、俺は訊いた。

「はっ、はあっ……幽徒、とか言ったか」

「……」

「何だってこんなことする……?俺たちを殺して、何になる……?」

「__……」

そう問いかけると、あいつは目を伏せた。

「……私は……」

幽徒は静かに呟く。

「あの人の……」

真っ暗で何も感じられなかった瞳の奥に、悲しみの色が浮かぶ。