ダーク・ファンタジー小説
- 疾風の神威 ( No.4 )
- 日時: 2022/05/19 22:47
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
~第一章 神威団~
___ここは県立水瀬高校。私たちはここの二年生だ。もちろん、学校周辺にも虚無は出る。そこで、政府は、小、中、高、大、全ての学校に、虚無に対しての防衛機能をつけることを命じた。水瀬高校は、周辺に虚無が出現すると、防御用のシャッターが窓や入り口に降りるようになっていたり、体育や部活動など、外での活動を行うために、グラウンドやサッカーコートなどに避難所を設置している。
「ふわぁ~…眠い…」
佐助が席に着くや、鞄を枕に眠り始める。それを杏が教科書で叩いて起こす。夜中の任務のあとは、いつもこうだ。私は鞄を横にかけると、窓の外を眺めた。
(…今日は何も起こらなければ良いですが…)
そうならないことは、知っている。
――――――――
「…つまり、この数の2乗を…」
ただいま三時限目。朝起こされたばかりなのに、佐助は隣で眠っている。杏はもう起こす気はないようだ。私はそれを横目に、黒板へ視線を戻した。
その時。
<正門付近より、虚無の出現を確認。シャッターを降ろします___>
放送が入り、生徒たちがざわつき始める。シャッターがあるとはいえ、やはり不安になるのだろう。
「ちょ、みんな、落ち着きなさい!大丈夫だから!」
先生が落ち着かせようとするが、みんな聞いている余裕はないようだ。席を立とうとすると、
<___刹那、佐助、杏。聞こえるか?>
耳元につけている通信機から、団長の声が聞こえた。佐助は慌てて起きる。私たちはその声に耳を傾け、「はい」と返事をした。
<そうか。水瀬高の近くに虚無が出たことは、もう知っているな?>
「ええ。既に情報は入っています」
<なら話は早い。今すぐ出動してくれ。柚月には既に指示を出した。…この場は、皐月隊の出番だ!>
「了解」
通信機が切れる。
「…つっても、どこから外に出りゃあ良いんだよ?」
「それは、なあ、刹那」
「ええ。佐助、放送が入ってから、そう時間は経っていませんよ」
「…え!? おいおい、嘘だろ…」
「私はそんなくだらない嘘はつきませんよ」
私たちは、シャッターの降り始める窓から飛び降りた。
―――――――――
「…おぃシそゥ、ィそ、おォ…」
「…あゥ、ェあ、?」
正門へ着くと、黒い化物の姿が二十体ほど確認できた。
「…お前ら、来たか!」
「先輩!」
既に団服姿になっている先輩が、私たちのもとへやってきた。
「俺は先に片付けてくる。お前らも早く来いよ!」
そう言い残すと、先輩は薙刀を構えて走っていった。
私はその後ろ姿を見て、前を向く。
「…目標確認。これより、戦闘を開始します」
服装を制服から団服に切り替え、それぞれ武器を出す。青いマフラーが、風でなびく。
「…頼みます。“黒咲”」
手元に現れる黒い大鎌に、私はそう呟いた。
- 疾風の神威 ( No.5 )
- 日時: 2022/01/23 21:02
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
「ェ、だ、レぇえ?」
「邪魔です」
目の前に現れる虚無を、ただひたすら切りつけていく。この調子だと、そう時間はかからないだろう。
「ぃイたいィィぃ」
腹部を切りつけた虚無が、そううめきながらこちらへ走ってくる。私は構えを取ると、大鎌を振り___
「ぅわっ…!?」
突然、体が後ろへ倒れ、私は背中を打った。
「っ…、!!」
「つ、っ…づカまェ、たあぁ」
前から、後ろから、虚無が迫ってくる。私は急いで起き上がった。マフラーの先端が、黒い靄に包まれている。おそらくマフラーを引っ張って、私を転ばせたのだろう。
大鎌を振るい、前方の虚無を切り倒す。だが、後ろの虚無を倒すには、間に合わない___
___ザシュッ
「…イタイ、いたィ、ィぃ、た…」
虚無が倒れる。
「刹那、大丈夫か!」
太刀を携えた杏が、私を心配そうに見ていた。
「き、杏…!ええ、大丈夫です。助かりました」
「それは良かった!さぁ、残りも早く片付けよう」
「はい」
- 疾風の神威 ( No.6 )
- 日時: 2022/05/19 22:44
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
___バンバン!! バン!!
銃声が鳴り響く。佐助は弾丸を込めると、再び前方を見た。まだ虚無は残っている。
(早く仕留めねぇと…!)
「何シてルノぉおおぉ?」
ハッとして振り返ると、虚無がゆらゆらと体を揺らしながら近づいてきていた。冷静に銃を構え、標準を合わせる。
「…消えろ…!」
バン!!
力強い音をたてて、銃が発砲される。弾は虚無の首の付け根に命中し、虚無の頭は体を離れていった。
「よっしゃあ!!センパイ、今の見ました!?完璧っスよね!」
「あーはいはい。凄かったから集中しろ」
「へーい」
「ったく…。…さて、と」
___薙刀を手に、前を見る。目があった虚無が、にた、と笑った。
「ねェ、遊ボぉぉ」
「あぁいいぞ。遊んでやるよ」
虚無がその大きな右腕を振り下ろす。柚月は跳び、薙刀を構え___その刃を突き刺す。
鮮血が飛ぶ。
「あ”ァあ…!!ィだい、いだィィ…!!」
虚無は腕を振り回す。柚月は刃を抜くと、また跳んだ。そして___首に刃をかける。
ザシュッ
赤い血を飛ばしながら、虚無は倒れる。柚月は地面に着地すると、頬についた血を拭う。
「はーっ…。もっとかわいい声とか出せないのかねぇ、こいつらは」
「センパーイ!今の見てましたー!?」
「あー、見てた見てたー。凄かったなー」
- 疾風の神威 ( No.7 )
- 日時: 2022/01/23 21:05
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
_二十分後。
「よっし、全員無事か?」
柚月先輩は周りを見回した。周囲には、虚無の姿も、気配もない。それを確認すると、先輩は通信機を起動し、団長へ報告を始めた。
「…団長、俺です。任務報告します。怪我人、死者共に無し。任務完了しました」
<そうか。無事に任務を果たしてくれたこと、感謝するよ。それじゃあ、それぞれ授業等に戻ってくれ>
「はい」
_ピッ
通信が切れる。私は団服から制服に切り替え、武器を仕舞った。
「…はあ~…」
佐助がため息をつく。
「なんだ、ため息をついて」
「だってよー…。この後は授業に戻るんだろ? …そんなのより、任務やってる方がよっぽど楽しいんだけどなぁ」
「まったく、あなたは…。自分が学習面で、どれだけ崖っぷちにいると思ってるんですか?」
「うっ…」
「まあまあ。ほら、お前ら、喋ってないで、授業に戻るぞ」
疲れたような顔をする佐助をたしなめながら、私たちは授業へと戻った。
- Re: 疾風の神威 ( No.8 )
- 日時: 2022/02/02 21:24
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
「お前ら、今日もすごかったな!」
「本当! あんなのと戦えるなんて!」
教室に戻るなり、クラスメートたちが口々にそう言う。佐助は得意そうな顔をし、杏は少し照れているようだ。
「神威団ってすげぇよな。みんな虚無と戦えるんだろ? それに、武器だってなんなく使いこなすって聞いたぞ」
「おう。俺も入りたての頃は、銃の扱い教わったんだぜ」
「すっごーい! 碓氷君と夜明さんも使えるの?」
「まあな」
「もちろんです」
みんなが私たちを取り囲む。虚無がいなくなった後は、ほぼ毎回こうだ。みんな、安心しきったような顔をしている。私はふっと笑みをこぼし、マフラーを軽く撫でた。
――――――――――
_お昼の時間になり、私はお弁当を持って、食堂に向かっていた。歩いていると、後ろから走ってくる足音がした。振り返ろうとすると、背中に強い衝撃を受けた。
「う"っ!?」
「先輩、こんにちは!」
背中を押さえて振り返ると、青いロングヘアーの女子生徒が、弁当箱を抱えて立っていた。
彼女は夏目燐音。私の後輩であり、そして、神威団の団員だ。
「これからお昼ですか?」
「えぇ。食堂で食べようかと」
「私もなんです。一緒に行きましょ!」
「わっ、とと…。そう急がないでくださいよ」
燐音さんは私の手を引っ張る。つまずきながらも、私も食堂へと向かうのだった__。
- Re: 疾風の神威 ( No.9 )
- 日時: 2022/02/01 15:15
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
「先輩、今回も大活躍したんですよね?ほんと、そんけーです!」
「ありがとうございます。でもあなただって、任務でいつも活躍しているでしょう?」
「えへへ…。先輩には敵いませんよ!」
昼食をとりながら、他愛もない会話をする。心が休まる時間は、この時くらいだ。心が休まる時間は、彼女はいつも、楽しそうに話をしてくれる。その姿が“あの子”のようで、私もつられて楽しんでしまうのだ。
「お、夜明…と、夏目も」
「あ。こんにちは、先輩。さっきぶりですね」
「こ、こんにちは、皐月先輩!」
柚月先輩が、お弁当と紙袋を持ってやってきた。彼はいつもお弁当を自分で作っていて、そして、弁当箱を入れているあの袋も、先輩のお手製だ。
先輩がやってくると、燐音さんは急にそわそわと落ち着きをなくした。
「…? …あ、そうだ。夜明、約束のもの、持ってきたぞ」
「…約束?」
「せ、先輩、何約束したんですか?」
「なんだ、忘れたのか?これだよ、これ」
先輩は、しょうがない、というような顔をして、私に紙袋を差し出した。私は何だか分からないままそれを受け取り、中身を見た。
「あぁ、これの事でしたか」
中に入っていたのは、黒い猫のぬいぐるみだった。そういえば、二週間前にこれをもらう、という約束をしていたような気がする。
「わ、かわいい…!これ、先輩が買ったんですか?」
「いや、作った」
「えっ。先輩、ぬいぐるみ作れるんですか!?」
「まーな。作りすぎて部屋が散らかるから、たまに夜明とか、クラスのやつらにあげるんだ」
「へー…」
燐音さんは、ぬいぐるみをキラキラした目で見つめ、その後、少し寂しそうな顔をした。
「おーい、柚月。何してんだよ」
少し遠くの方で、三年生が先輩を呼んでいる。先輩は私たちに小さく手を振り、彼らの方へと向かった。
その後ろ姿を見送っていた燐音さんが、不満げに顔を膨らませる。
「…先輩、ずるいです」
「ずるい?何がです?」
「先輩だけぬいぐるみ貰ってるなんて、ずるいですよぅ!」
そう言って、彼女はお弁当のおかずを口いっぱいに頬張る。事情を察した私は、思わず笑みを溢した。
「ふふっ…。そんなにぬいぐるみが欲しいなら、私から先輩に伝えましょうか?」
「え、本当ですか!? …いや、でも」
彼女は一度嬉しそうな顔をしたものの、すぐに、じとっとした目になった。
「…先輩、何か企んでるでしょ」
「そんな、まさか。私が一度だって何か企んだことがありますか?」
「ありますよー!先輩がその顔してる時、いっつもそうなんですから!知ってますよ!」
「あーあ、バレましたか」
「もー…。後輩に優しくしてください!」
「善処します」
文句を言いつつも、彼女はお弁当を片付けると、私に手を振って去っていった。
- Re: 疾風の神威 ( No.10 )
- 日時: 2022/02/06 11:40
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
_五時限目。今日は月曜日なので、授業はこれで終わりだ。佐助は月曜日が好きらしい。理由は、「早く帰れるから」。私も、早く帰れるのは嬉しい。だが、早く帰っても、というか、いつ帰っても、あの家には私しかいない。それが、なんとなく寂しかった。
「…」
「…け。おい、夜明!」
「っ、は、はい」
名前を呼ばれ、顔をあげると、先生がこっちをじっと見ていた。しまった。ぼーっとしていた。
「どうした、体調でも悪いのか?」
「…いえ」
「ノートを見返すのはいいことだが、今は授業中だ。俺の話を聞くように」
「…すみません。以後気をつけます」
先生が怪訝そうな顔をして、黒板に向き直る。佐助が心配そうに私を見たが、私は知らないふりをした。
―――――――――
家に帰り、先輩に貰ったぬいぐるみを、写真立ての横におく。長い茶髪の少女の写真だ。こっちをみて、花のように微笑んでいる。
“_わ、猫だ。かわいい!”
声が聞こえたような気がした。
「…ぅ、あ…」
薄暗い部屋で、一人、涙をこぼす。
- Re: 疾風の神威 ( No.11 )
- 日時: 2022/02/27 21:29
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
日が経つのは早いもので、土曜日を迎えた。今日までは、いつも通りの_私たちにとって、いつも通りの日々だった。
今日は、朝から団長に呼び出されていた。どうやら任務らしい。
「はーっ…。やだなぁ、朝から任務かよ…」
「何言ってるんです。重要なことですよ」
隣で佐助が愚痴を溢す。
「給料、まだかなぁ…」
「…まさか、あなた、もう使ったとか言いませんよね」
「使ったに決まってんだろ。欲しいゲームあったんだもんよー」
「…はあ…。次のお給料は、もう少し先ですよ」
神威団の団員には、月に一回、お給料が渡される。どんなアルバイトよりも高給で、お金のために入団している団員も、少なからずいる。
「あ。そういやお前、知ってるか?」
「何がです?」
「俺昨日知ったんだけどさ、四月に警察に新しい部署ができてたんだってよ!」
「四月のことを昨日…?」
「突っ込むところはそこじゃねーだろ!昨日初めてニュースでやってたんだぞ!」
「はいはい。で、なんですか。それ」
「“虚無対策部”だってよ。なんか、俺たちと違って、人を虚無から『守る』のが目的らしいぜ。神威団の『虚無を殲滅する』ってのと似てるよなー」
「へぇ。警察ですか…」
「絶対俺たちに対抗してんだろ。いっつも俺たちに噛みついてきてるじゃん」
世間体から見て、神威団と警察は、なぜか仲が悪い、という印象を持たれている。まあ、実際そうなのだが。
「まあ、手が増えるのは良いことじゃないですか。負担も減りますし」
「そーだけどさあ…。なんかムカつくんだよ…」
__話し込んでいる内に、本部へついた。杏と先輩は、既に到着していたみたいだ。
「あ、お前ら、来たか」
「さっさと行くぞー」
「へーい」
先輩たちと一緒に、私は団長の元へ向かった。
―――――――――――――
「…お。お前たち、来てくれたか」
「はい。_団長、話って何ですか?」
先輩が話を切り出す。団長は表情を切り替え、真剣な声で言った。
「ああ。…お前たちに、任務がある」
「任務…ですか?」
「ああ。任務ってのは__」
団長の言葉を聞き、私たちは驚いた。
「_隣町へ?」
- Re: 疾風の神威 ( No.12 )
- 日時: 2022/02/24 23:19
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
「_隣町へ?」
訊き返すと、団長はうなずいて説明をした。
「そうだ。…隣町では、最近になって虚無の数が増えてきている。そこでお前たちに、虚無の殲滅、及び調査をして欲しい」
「調査…」
「虚無の生態について、もう少し情報が欲しいんだ。…どうだ、引き受けてくれるか?」
彼の言葉に、もちろん私たちは力強くうなずいた。団長がフッと笑う。
「感謝する。では、直ちに現場へ向かってくれ。逃げ遅れた人がいた場合は、保護すると共に、避難場所まで護衛を頼む」
「了解」
__こうして私たちは、隣町へと向かった。
- Re: 疾風の神威 ( No.13 )
- 日時: 2022/02/27 21:11
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
~第二章 記憶~
「…ここが隣町みたいだけど…」
「…誰もいないスね」
__隣町へやってきたが、町はもぬけの殻で、人も、虚無の姿も見当たらなかった。だが、嫌な気配は感じる。どこかにいるのだろう。
「お前ら、気を引き締めろよ」
「はい」
町の中を進む。進めども進めども、見えてくるのは、誰も、何もいない町並みばかりだ。
その時だった。
「何シてルノお?」
「!!」
右側の通路から、十体の虚無が現れた。それぞれ武器を手に、戦闘態勢に入る。
「目標確認、戦闘開始!行くぞ!」
「はい!」
大鎌を構え、地面を蹴る。まず足を切り付け、転倒させる。転んだところで、虚無に刃を振り下ろす。耳障りなうめき声が、その場に響き渡る。
「ァあ…あ、ぁ…」
虚無は灰となって消えていく。おそらく彼らは弱い個体だろう。あっけない。
「イたぃ、ぃタイ」
「…」
その醜い断末魔を、顔をしかめて聞いていた。
―――――――――――
「…よっし。さあ、先を急ごう」
「はい」
早々に倒し終え、町の中を進む。虚無の数が多い、というとは、本当なのだろうか。先ほど出てきたのだって、いつもの任務に比べたら、比較的少ない方だ。
「…?」
考えながら歩いて、足を止めた。先輩たちが不思議そうに私を見る。
微かに、人の声が聞こえた気がしたのだ。
「どうしたんだよ、刹那」
「…すみません。先に行っていただけますか?確認しに行ってきます」
「え?あ、おい!…ったく。気を付けろよ!」
彼らの声に頷き、私は声の方へ向かった。
――――――――――――
(確か、こっちから…)
耳を頼りに、声のした方へ進んでいく。進むにつれ、確かに近づいているようだった。
やがて、私はひとけの無い小道へ入った。一番声が聞こえたのが、この辺りだったのだ。
「…!」
そこにいたのは__
「…ぐすっ…うぅ…」
幼い女の子だった。着ている服には砂ぼこりがついていて、足に擦り傷がある。逃げ遅れた子だろうか。
「大丈夫ですか?」
「っ!!」
声をかけると、女の子はびくっと肩を揺らした。そして、私の姿を見ると、少し涙を流した。
「どうしたんですか?」
優しく話しかけると、彼女は涙をぬぐって、事情を話した。
「…お出かけしてたら、お化けが出て…お母さんと逃げてたのに、はぐれちゃったの…。お母さん、お化けに捕まってたらどうしよう…!」
彼女は言い終わると、また泣き出してしまった。彼女の言う「お化け」とは、多分虚無の事だろう。
ずっと一人で、不安だっただろう。そう思い、私は彼女の前に屈み、微笑んでみせた。
「大丈夫、きっとお母さんは無事ですよ。私と行きましょう。お名前は?」
「…ゆり…」
「そうですか。…私は、刹那といいます。さあ、ここは危険です。行きましょう」
私は彼女の手を引いて、先輩たちの元へ向かった。
- Re: 疾風の神威 ( No.15 )
- 日時: 2022/03/13 16:34
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
ゆりさんを連れて小道を出ると、先輩たちが待ってくれていた。
「待っていてくれたんですか?」
「一人だけ置いてけないよ。…ところで、その子は?」
先輩は、私の後ろにいるゆりさんを見て言った。
「…ゆりさんといいます。母親とはぐれてしまったみたいで、避難所まで護衛をしようかと」
「そうか…。俺は柚月。よろしく」
「佐助ってんだ。よろしくなー」
「杏だ。よろしく」
先輩たちが笑って言うと、少し安心したのか、彼女はようやく笑顔をみせた。
「う、うん…!」
その笑顔を見て、私も少し、ほっとするのだった。
――――――――――――――
__歩く足を速め、避難所へと向かう。保護対象が少し幼いので、避難所へ向かうのが最優先だ。虚無の討伐はその後だ。
「おねえちゃんたちは、なんでここに来たの?」
「あぁ…まあ、簡単に言うと『お仕事』ですよ。少し大変ですけどね」
「ふうん…」
彼女は興味なさげだ。まあ、『お仕事』の話は退屈だし、聞きたくないだろう。
「先輩、避難所まではあとどのくらいですか?」
「んー…。だいたい、十五分くらいかな」
「…割とかかりますね」
「ま、いざって時は走るさ」
先輩はそう言って笑う。一抹の不安を覚えながらも、私も彼らに着いていった__。
それから、数十分後。
「どコ行くノおぉ」
「チッ…またか!」
「本当に多いな!」
また、虚無が出た。武器を出し、構える。
「お化け…!!」
「夜明はその子を安全な場所へ!」
「はい!」
彼女を庇いながら、安全な場所へと誘導する。だが、虚無は後ろから迫ってくる。
走るしかない。
「ぁあっ…!!」
「!ゆりさん…!!」
背後から、ドタッと音がして、振り返ると、彼女が転んでしまっていた。
「つかまエたあ」
「っ…!ゆりさん!!」
虚無が彼女に迫る。私は大鎌を構え、彼女を守ろうと走った。だが、間に合わない__
しかし。
「…ぇ?」
虚無はゆりさんを素通りして、私の方へ向かってきた。一瞬戸惑ったが、そのまま仕留める。
「…ぁあァ…」
虚無が消える。
「大丈夫ですか!ゆりさん!」
「ぅ、うん…」
彼女の安否を確認し、安心する。
だが、なぜ虚無は、彼女を素通りしたのだろう。視界に入らなかったのだろうか?
(…どういうことでしょうか…)
「おーい、夜明、ゆり!終わったぞー!」
遠くで、先輩の声がする。私はひとまず、彼女を抱き抱え、彼らのもとへ戻るのだった。
- Re: 疾風の神威 ( No.16 )
- 日時: 2022/03/13 22:35
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
(どうして彼女は…。虚無について、まだ分かっていない部分も多いですが…まさか、やつらには嗅覚が無い…?いや、でも…)
さっきの出来事について、一人でぐるぐると考える。なぜゆりさんは助かったのか。助かったのは良いことだが__虚無には、嗅覚が無いのだろうか?それとも、視力が弱いとか__。
「どうかしたのか?刹那」
考えを巡らせていると、杏が話しかけてきた。杏なら、いい答えをくれるだろうか。そう思い、さっきの出来事を伝えようとした。
「…えぇと、実は__」
ドオォォオ…ォオン…!!
「!?」
突如聞こえてきた轟音に、弾かれたように顔を上げる。見ると、遠くの方で煙が上がっていた。向こうは確か、都市区だったはずだ。
「な、なんだ!?」
困惑していると、
<お前たち、無事か!?>
通信機から、団長の声が聞こえた。焦っている様子だ。
「は、はい!無事、ですけど、何が起きたんですか!?」
<今、隣町の現状を見ていたんだが、都市区に突然虚無が大量に出現した!動けるなら、至急討伐に向かってくれ!>
「はい…って、でも、幼い女の子がいるんです!」
<女の子…!?…それなら、その子を安全な場所へ隠してくれ!頼んだ!>
「り、了解!」
_ピッ
「…夜明。その子を安全な場所へ頼む。できるか?」
「ええ。なるべく早くそちらへ向かいます」
「ありがとう。俺たちは先に向かう。お前たちも気を付けろよ」
「はい」
先輩たちが、煙の上がった方へと走り出す。私はそれを見送り、ゆりさんの手を引いて、安全そうな場所へと急いだ。
――――――――――――――――
比較的誰の目にもつかなそうな、隠れ場所の多い道にやって来た。瓦礫の多い道の角に、彼女を誘導する。
「…ゆりさん、私は行かなければいけません。私が戻るまで、ここで待っていてください」
「…おねえちゃん、行っちゃうの…?」
彼女は泣きそうな顔をした。彼女を安心させようと、微笑む。
「大丈夫。あなたも、お母さんも、助けてみせます」
そう言って、ゆりさんに背を向ける。先輩たちのもとへ向かおうとすると、裾をぎゅっと掴まれた。
「…ゆり、置いてっちゃやだよ…」
「大丈夫、必ず戻ります。ですから、それまでここで__」
「嫌!やだやだやだっ…!」
ゆりさんは、頑なに手を離そうとしない。かわいそうだが、連れていく方が危険だ。無理矢理こんなことはしたくなかったが、私は彼女の手をとって、離そうとした。
ところが。
「や、だ。嫌だ。置いテかなィで…。ゃだ、やダ、イゃだ、嫌だ、ャだだだだだだだ」
突然、彼女の様子がおかしくなった。さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、今は、虚ろな目をし、きしんだ声で、同じ言葉を繰り返している。私は危険を感じ、手を振り払い、距離をとった。
__目を見開く。
「おねェぢゃ、ぉいて、かなィでぇ」
「…!!」
彼女の体が__黒い靄に包まれていた。
- Re: 疾風の神威 ( No.17 )
- 日時: 2022/05/15 13:40
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
「そんな…まさか…」
唖然としていた。彼女の体は、どんどん黒く__まるで、“虚無のように”変貌を遂げていく。
私は“黒咲”を出し、構えた。
__殺るしかない。
走り出し、大鎌を振り回す。
「ゃメて。置いてィかなイデ…」
「なっ…!!」
刃を振り下ろした瞬間、彼女の足元に、黒い墨のようなものが広がった。そこから無数の黒い手が飛び出し、私に襲いかかる。避けようと体を反らせたが、黒い手は、私の肩を掠めた。
「づっ…!!」
ほんの少し、肩を負傷してしまった。あの黒い手は何なのか、傷口から、シュウウゥ…と音がする。
「はっ…はあっ…。…!!」
息を整える暇も無く、黒い手が襲いかかる。避けようとしたが、体が動かない。そのまま、私は壁に打ち付けられた。
「ぐ…ぅう…!」
目の前にいる彼女は、もうさっきまでの面影は無かった。もう体の半分以上は黒く染まり、周りの地面からは、何本もの黒い手が突き出ている。
もう、少女だと思って躊躇ってはいけない。
「…ふっ…!」
壁を蹴り、大鎌を振る。またあの手が飛び出してきたが、大鎌で弾く。
「いダいっ…」
「はっ…!」
腹部に傷をつけ、さらに大鎌を振る。私の“黒咲”は刃が鋭く、大抵のものなら簡単に傷つける。“黒咲”を渡されたとき、ハズレ武器だとよく言われた。だが、私は一度だってそう思ったことはない。 “黒咲”は、私の手によく馴染むのだ。“黒咲”を手にして以来、重傷を負ったことなど一度もない。だから、今回だって勝てるはずだ__。
「ゃめて。イたぃ。痛イ。やメて…」
再び飛び出る黒い手を避け、素早く彼女の足元に大鎌をやる。両足を傷つけると、彼女はうめき声をあげて、崩れ落ちた。
「…ゥ、う…」
「…」
武器を握りしめ、一歩一歩、歩み寄る。この状態では、立ち上がることも、襲ってくることも、困難だろう。とどめをさすならば、今しかない。
そう思い、首めがけて、大鎌を振り下ろす。
「…嫌ダ…」
__手を止める。
「いゃだ。ィやだ。死ニたくナぃ。ごメんなさい。“おねえちゃん”…」
虚無と化した少女が、瞳を失った目から涙を流して、そう繰り返している。
「…ぁあ…」
その光景と、私の中にある記憶が重なった。
“お姉ちゃん…ごめんね…”
「…あ…あぁあ…!!」
奥底にあった記憶が、蘇る。
- Re: 疾風の神威 ( No.18 )
- 日時: 2022/04/16 23:53
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
__あの日の光景。匂い。色。全てが、次々と私の頭に流れ込む。その度、心臓が強く打つ。
「はあっ、はあっ…!」
息を整えなければ__そう思うのに、上手く息が吸えない。武器を落とし、口を押さえ、その場に膝をつく。
「ぁ、ははハはハ…!」
目の前で、あの子が嗤う。人のものではなくなった口もとが、三日月型に歪んでいる。彼女の足元の闇が地面に広がり、黒い手が現れる。あの攻撃が来る。避けなければいけない。だが、それを拒むようにめまいが襲う。
動けない。
「消ェ、ちャえ…!」
「!!」
黒い手が、私に飛びかかる。成す術もなく、私はそのまま壁に打ち付けられる。
ミシッ、と音が響く。
「ぃ、あ"ぁッ…!?」
何が起きているのか、わからない。視界が歪み、手足の力が抜ける。何も出来ずに、その場に座り込む。
「いナくなレッ…!」
とどめを指すように、黒い手が私に向かって飛び出す。動け、動け__何度も自分に言い聞かせる。だが、私の体がそれを拒否する。
私は、死ぬのだろうか。
どうすることも出来ず、ただ、目の前にある死を見つめる。
黒い手が、私を貫く__
「__刹那ぁあぁぁあッ!!」
__瞬間、体がふわりと浮き、黒い手から遠ざかった。かすんだ視界に、紫色の髪が映る。
「きょ、う…?」
「大丈夫か!?刹那!」
私を抱き抱えた杏が、私を心配そうに見ていた。
「碓氷!夜明は無事か!」
「は、はい!でも、重傷です…!」
「マジかよっ…!?」
先輩と佐助の声も聞こえる。
「邪魔、スるなアあぁぁあっ!!」
「な、なんだあいつ!?」
「くそっ…。俺と男虎で倒す!碓氷は夜明を守れ!」
「了解!」
- Re: 疾風の神威 ( No.20 )
- 日時: 2022/05/15 13:47
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
「邪魔すルなアぁぁあっ!!」
「うおっ!?」
黒い手が、俺たちに向かって飛び出す。危うく触れるところだったが、ギリギリのところで避けた。
「あっぶねー…」
「チッ…!男虎、二手に別れろ。そうすれば、まとめて攻撃を食らうなんて無くなるはずだ!」
「了解!」
俺が指示を出すと、男虎はすぐに俺から離れる。あいつは成績こそ良くないが、要領は良い。戦闘の時でさえ、いつも冷静だ。
二手に別れ、攻撃を仕掛ける。
「っ、おらあっ!」
勇ましい音をたて、男虎が銃を撃つ。ヘッドショットを狙ったようだが、弾は黒い手に弾かれてしまった。
こんな状況じゃ、俺も、あいつらも危険だ。何か作戦を考えなければ難しいか。
「男虎、足だ!足を狙え!!」
「足…!?り、了解っス!」
地面を滑り、黒い手を避け、男虎は虚無の足元を狙う。黒い手は攻撃を防ごうと蠢いているが、どうやらあまり下の方には移動できないようだ。
「…ここだ!」
「…ゥう…!?」
標準が合い、銃が撃たれる。足を撃たれた虚無は、血を流してその場に膝をついた。ただでさえ夜明に傷を与えられていたから、ダウンするのが早い。
「センパイ!やるなら今っスよ!!」
「ああ。でかした、男虎!!」
とどめをさすならば、やつが怯んでいる今しかない。次々と飛び出す黒い手を弾き、虚無の頭に薙刀を振り下ろす。
__赤い鮮血が吹き出る。
「ぅ…ギゃあァぁアぁっ…!!」
虚無が耳障りな声で絶叫し、黒い煙をあげて消える。存在の消滅をもの付けるかのように、黒い手も消えていった。
まるで何事もなかったように、その場に静寂が訪れる。
「…よっしゃ!やりましたね、センパイ!」
「ああ。一度はどうなることかと思ったけどな…」
息を吐き、夜明の傷の具合を確認しようと、碓氷の方を振り返ろうとする。
その時だった。
「…おい、刹那!?」
碓氷の焦ったような声が聞こえた。
「どうした__…っ!?」
「刹那!」
夜明が、意識を無くしていた。恐らく、あの虚無に負わされた重傷が祟ったのだろう。
『お前のせいだ』と、体の内側で声がする。
__そうだ。俺のせいだ。俺が夜明を一人で行かせなければ。虚無の存在に早く気づいていたら。早くあいつを倒していたら。
あの時と一緒だ。あの時も、俺のせいで__
「__先輩!!」
「っ!!」
碓氷に呼ばれ、ハッとする。
「先輩、早く本拠地に…!」
「あ、あぁ…!」
今は、考えている場合じゃない。
俺たちは、夜明を担いで、急いで本拠地へと戻っていった。
- Re: 疾風の神威 ( No.21 )
- 日時: 2022/04/12 18:07
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
__ここは、どこだろう。
私は、どうなったのだろう。
「__…。__!」
聞き覚えのある声がして、ここが私の知っている場所だと思い知る。
そう。よく知っている場所だ。そして、今も。
「__だ。…ないで__」
目の前に、黒髪の少女がいた。こちらに背中を向けているので、顔はよく見えない。ただ、彼女のことも知っている気がする。
少女は、誰かを抱き抱えて、何か叫んでいた。泣きたくなるような、悲痛な叫びだ。
ふと我に返り、思い出す。
「…そうだ。戻らないと…」
『__このまま戻るんですか?仲間のもとに』
踵を返そうとすると、また違う声がした。目の前にいた少女はいなくなっていて、代わりに、セーラー服を着た少女が立っていた。
「…誰、ですか?」
『…あなた、自分のこともわからないんですか?』
「…?」
皮肉っぽく少女は言う。そして、恨みがましそうに私を睨む。
『…私がこうなったのは、全て“私”のせいなんですよ?』
「…何を言ってるんですか?」
『“私”ならわかるでしょう?』
怪訝そうな顔をする私に、彼女はニヤッと笑う。そして、私にグッと顔を近づけて言った。
『“私”があの子を差し置いて幸せになるなんて、あってはいけない未来なんですよ?』
「…ぇ…?」
『あの子が死んだのは、全て“私”の責任なのに
“私”が選択肢を間違えなければ、あの子は死ななかったのに
全て、全て、“私”のせいで__』
「__…!」
くらり、と視界がくらむ。
そのまま、意識が深い場所へと堕ちていく。
少女が笑う。
『私に幸せになる資格なんて、ないんですよ__』
――――――――――――――――
「__…ぅ、う…?」
目を開く。体中が痛い。団服の学ランとマフラーが外され、上はワイシャツ一枚になっている。
「目が覚めたかな?」
すぐそばで声がした。起き上がって見ると、金髪に緑眼の女性がいた。
「あなたは…」
「泉ナナ。神威団の医者だよ。Dr.ナナって呼んでくれ」
Dr.ナナは、にかっと笑って言った。この人の話は人伝で聞いたことがある。たしか、ハーフだという話だ。
「ぁ…夜明刹那といいます」
「うんうん。礼儀正しくてよろしい。…さて、と。君、自分がどうなったのか覚えてるかな?」
「…虚無と戦っていて、急に苦しくなったことは覚えています」
「そうか。あ、皐月君たちは無事だよ。安心してくれ」
「そうですか…」
ほっとした。彼女の話によれば、重傷者は私だけらしい。情けないことだ。
「どうして君ほどの実力を持つ団員が、虚無の戦闘で意識を無くしたのかな」
「…彼女…いえ、虚無が私に向けて言ったんです。『お姉ちゃん』と。それで、あの子のことを…妹のことを、思い出したんです。…そうしたら、あの日のことが頭に流れ込んできて、苦しくなったんです」
「…PTSD、かもな」
「…PTSD…?」
Dr.ナナの言葉に私が訊き返すと、彼女は説明してくれた。
「私たちが個人の力ではどうにもならないような圧倒されるほどの衝撃的な出来事を経験した場合、それが大きな傷となって、その後様々な精神的、身体的問題を残すことがあるんだ。
PTSDは、傷を受けた後、その傷が癒えないまま後遺症として残る病気の一つだよ。もちろん、君がそうと決まったわけじゃないがな」
「…傷…」
私は考えた末に、彼女に言った。
「私の話を…聞いてくれますか?…妹のことです」
「いいのかい?途中でまた__」
「いいんです。私が望んでいるんですから」
そう言って、思い出そうとするが、心臓が強く鳴った。私は深呼吸をして、あの日のことをつらつらと語り始めた。
「__私の妹は__」
- Re: 疾風の神威 ( No.22 )
- 日時: 2022/06/06 23:24
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
私の妹は、凪という名前だった。青いマフラーに茶髪がよく似合う、明るくて優しい自慢の妹だった。
両親は、三年前に死んでしまった。出掛けた先で知らない男と揉めて、殺されてしまったのだ。男は国の偉い人の息子で、どう手を回したのか、重い罪には問われなかった。もちろん、再審を何度も訴えた。だが、私の声が届くことはなかった。
__それ以来、私は妹と二人で生きてきた。両親が遺したお金と保険金を使って、なんとか暮らしていた。
あれは、二年前__私が中学三年生の時だった。当時、凪は小学五年生。11歳だった。
「凪、買い物に行ってきますね」
「あ、もうそんな時間?わかった、行ってらっしゃい!」
「ええ。一人で大丈夫ですか?」
「もう、心配性だなぁ…。大丈夫!だって私、もう五年生だよ?」
「ふふっ…。それもそうですね。じゃ、行ってきます」
「うん!行ってらっしゃい!」
私は、あの子の太陽のような笑顔が、何よりも大好きだった。
その日は特売の日だったので、行きつけの店は混んでいて、帰るのが二十分近く遅くなってしまった。
歩いていると、スマホが鳴った。見ると、通知が来ていた。
《水守街道付近に黒い化け物が出現。付近の方はお気をつけください。》
当時は、まだ奴らに“虚無”という名前は無かった。というのも、見られる姿も少数で、被害もごく稀だったからだ。__だから、私は気にとめず、急ぐことをしなかった。
「ただい__…ま…」
何気ない気持ちで家に帰ると、中から嫌な空気が押し寄せてきた。両親の知らせを聞いたときと、同じ空気だ。家の奥から、わずかに黒い靄が溢れ出す。胸騒ぎがして、いつも凪がいるリビングへと向かった。
「…おね…ちゃ…」
「…ぇ…」
私は、絶望した。
凪が、血塗れになって床に倒れていたから。
「凪…!!」
まだ意識はある。だが、呼吸が弱々しい。私に心配をかけたくないのか、凪は衰弱しきった笑みを私に向けていた。
「…おねぇ…ちゃ…だい、じょ…ぶだか、ら…」
「凪、喋ってはいけません…!」
凪を抱き上げ、鞄からタオルを出し、血を止めようと傷口に押し付ける。なのに、血は止まらない。私はすごく焦っていた。大切なものを、なくしたくなかったから。
「どうして…!!」
私たちが、何をしたのだろう。
なぜ、こんなひどい仕打ちばかり受けるのだろう。
私は必死で手を動かした。もう、何も失いたくなかったから。凪は、私に残されたすべてだったから。
「大丈夫、必ず助け__」
彼女が、私の頬に触れた。私は何も言えなかった。その手が、どんどん体温を失っていく。
「…おねぇちゃん…最…後の、わがまま…聞いて、くれる…?」
「…な、凪…駄目ですよ…」
今にも消えそうな声で、凪が私に言う。
「…幸せに、なって…。私、の…分まで…」
私の腕の中で、彼女は冷たくなっていく。その顔は、幸福に満ち溢れた、幸せそうな笑みだった。
最後の力を振り絞るように、凪は言った。
「ありがとう…。ごめんね…」
彼女は息を吐き出して、目を閉じた。
「…凪…?凪!!」
凪は、その後目を開くことは無かった。私はその体を何度も揺さぶった。無駄だと分かっていたが、そうせずにはいられなかった。
「…は、ははっ…」
自嘲するように、乾いた笑いが出る。
__涙をこぼす。
「…あ、あぁ…
うわあ"あぁぁぁあぁぁッ!!」
たった一人の大切な人さえ、守れない。
そんな自分が、憎かった。
――――――――――――――――――――
「…このマフラーは、あの子の形見なんです。あの時の気持ちを、二度と忘れないように」
マフラーを撫で、遠くを見つめる。そんな私を、Dr.ナナは心配そうに見つめた。
「私が選択肢を間違えなければ、妹は死ななかったかもしれないのに」
「…それで、神威団に来たのかい?」
「ええ。あの日から、虚無を根絶やしにすると決めたんです」
Dr.ナナは、それ以上何も言わなかった。早く行かなければ__そう思い、ベッドから出ようとする。彼女が慌てて言う。
「骨にひびが入ってたんだ。無理に動かない方が__」
「いえ、そういうわけにはいきません。…私には、休んでいる暇などないんですから」
「…応急措置はしてあるけど、決して無理はするなよ」
「はい。ありがとうございました」
Dr.ナナに頭を下げ、私は医務室をあとにした。
- Re: 疾風の神威 ( No.23 )
- 日時: 2022/04/23 16:12
- 名前: 野良 (ID: vGUBlT6.)
「あっ…!」
「おや…」
医務室を出ると、杏がいた。私を見て目を丸くし、その後ほっとしたような顔をした。
「良かった、目が覚めたのか…!」
「ええ。…あ」
言いながら、私はあの時のことを思い出し、「あの時は、助けてくれてありがとうございました」と、頭を下げた。杏は照れくさそうに笑うと、首をふった。
「いやいや。仲間を助けるのは、当然のことだろ?」
「ふふっ…。…そういえば、先輩たちはどこへ?」
「ああ、先輩たちは談話室で休んでるよ。お前が起きるのを待ってたみたいだから、顔を見せたらどうだ?」
「ええ。そうします」
そう聞かされた私は、杏と共に談話室へ向かった。
――――――――――――
「あ、刹那ぁ!」
「夜明!」
談話室に入るや、先輩は立ち上がり、佐助は駆け寄ってきた。「もう動いていいのかよ?」と訊いてきたので、笑ってうなずいてみせる。
「そっか…。べ、別に心配だったわけじゃねーからな?」
「…素直じゃないな…」
「先輩、何か言いました!?」
「あー言ってねえよ。…まあ、お前なら大丈夫じゃないかって、なんとなく思ってたけどさ」
その言葉と裏腹に、まだ不安が顔に残っているように見える。だが、先輩にそう言ってもらえるのは光栄だ。安心させたくて、私はほほえんでみせた。
「そういえば、刹那の様子を見に行く時に見たことない人がいたな」
「見たことない人?」
「ああ。赤髪に緑色の目の人だ。団服を着てたから、多分団員の人じゃないか?」
「…赤髪に緑眼?」
杏の言葉に、先輩が反応した。
「え、あ、はい。誰か探してる感じで__」
ガチャ
杏が言い終わらない内に、突然扉が開いて、男の人が入ってきた。その人は部屋の中を見回して、先輩を見ると嬉しそうな顔をした。
「__なんや、ここにおったんか」
「え?」
その人の口から出た言葉は、のんびりとした京都弁だった。びっくりしている私、杏、佐助にほほえんで、「ああ、僕のことは気にせんでええよ」と言う。目線は先輩の方を向いている。一方で、先輩も驚いているようだった。
「元気やったか、“兄弟”?」
「「「き、兄弟!?」」」
彼の言葉に、私たち三人の声が重なる。驚いた。先輩に兄弟がいるなんて、聞いたことがなかった。だが、先輩は慌てて訂正した。
「あー違う違う!そういう血縁的な兄弟じゃなくて…」
「パートナー、やろ?」
「あー、んー…まあ、分かりやすく言えばそういうことだ」
赤髪の人は、八重歯を見せてにっと笑った。そして、思い出したように言った。
「ああ、自己紹介がまだやったな。僕は溝呂木交喙。君らの先輩で、皐月隊の副隊長や。よろしゅうな」
「ふ、副隊長…!?」
「そや。まー色々事情があって、これまで顔は出せへんかったけどな」
「素直に重傷負ってたって言えよ…」
色々不思議なところのある人だ。人当たりは良いのだろうが、どこか飄々としている気がする。好奇心を隠しきれていない佐助が、「武器ってなに使うんスか?」と訊く。
「あー、武器なぁ。僕が使うんは、コンパウンドボウの“荒鷲”や」
「コンパクト棒?」
「佐助…コンパクト棒じゃなくて、コンパウンドボウですよ」
「そや。見るか?」
そう言うと、溝呂木先輩は武器を出現させ、見せてくれた。ブン、と音がして、黒と鳶色の弓が現れた。よく見てみると、赤いお守りがついている。弓に関しては素人の私が見ても、かなり重そうな弓だ。
「僕の“荒鷲”には、照準器、レーザー照射器、無線リモコンやら、色んなカスタマイズがされてるんや。最大で、矢を9本添えての発射なんかもできんで」
「すっげー!」
「その弓…何キロあるんですか?」
「んー、何キロやったかなぁ…。“荒鷲”が160ポンドやから…72キロ?」
「ななじゅっ…!?」
度々驚く私たちに、彼は「そないに驚くことかいな」と言う。…驚かない方が不思議だと思うが。
「いいなー!俺もスコープとか欲しい!」
同じ遠距離武器を持つ佐助は、きらきらと目を輝かせている。溝呂木先輩は、八重歯を見せて笑った。
「んじゃ、僕のことはここまで。君らのこと教えてくれへん?」
「えー、と…。一年、夜明刹那です。よろしくお願いします」
「男虎佐助!よろしくおなしゃす!」
「碓氷杏です。よろしくお願いします」
私たちが自己紹介すると、溝呂木先輩は笑って、「よろしゅうな」と言った。
「…ま、色々つかみどころのない奴だけど、言うこと聞いてやってくれよ」
「兄弟から君らのことは聞いとったでー。ま、僕も副隊長として頑張るわ」
緑色の目を細めて、溝呂木先輩は笑って言った。
- Re: 疾風の神威 ( No.24 )
- 日時: 2022/05/05 13:07
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
「そんで…君ら、こないな場所で何しとったん?」
溝呂木先輩が不思議そうに訊いてきた。私自身も疑問に思っていた。
「ああ、夜明が起きるまで待ってたんだ。団長にまだ報告してないからな」
皐月先輩が言うと、溝呂木先輩は、ちょうどいい、と言いたげに笑った。
「ちょうど良かったわ。僕も戻ったこと団長に報告してへんかったさかい、一緒に行くわ」
ということで、私たちは団長の元へ向かうのだった。
――――――――――――――――――――――
コンコン
「団長、柚月です。報告が遅れてしまいすみません。入ってもよろしいですか?」
部屋の扉をノックし、先輩がそう呼びかける。数秒の後、「ああ、いいぞ」と声がした。いつもはすぐに返ってくるのに、誰かと話でもしていたのだろうか?
「失礼しま…す…?」
部屋に入った瞬間、皐月先輩は驚いたような顔をした。無論、私たちも驚いた。団長の他に、久しぶりに見る、彼の姿があったからだ。
「ゼロ…!」
そう呼ぶと、彼は振り返った。いつもと変わらない微笑みを浮かべている。
「…久しぶり…」
数秒の沈黙の後、彼はそう言った。皐月先輩と溝呂木先輩が、不思議そうに言う。
「え?君ら、知り合いなん?」
「それ、俺も思った。こいつ誰なんだよ?」
「…」
ゼロは黙ってしまう。彼は昔のことが原因で、ほとんど喋ることができない。それを知っている私は、代わりに説明した。
「彼は…ゼロといいます。私たちの同級生です。本名は“春川れい”といいますが、私たちは“ゼロ”と呼んでいます」
「…え?“彼”って…君、男の子なん?」
「…」
私の説明に、ゼロはこくんと頷いた。佐助が嬉しそうに言う。
「ひっさしぶりだなぁ!今までどうしてたんだよ?」
「…特訓…」
ゼロはそう言った。どうやら長い間、特訓に言っていたらしい。彼は任務に対する意識が強い。おそらくそのためだろう。
「ゼロは別の隊に属してるよ。…それで、柚月。報告に来たんだろう?」
団長にそう言われ、皐月先輩がハッとする。私たちもすっかり忘れていた。
「えっと、隣町の虚無は、全て討伐しました。まだ、大量発生した虚無のことは、わかってません。…それと、途中で予想外のことが…」
「…それは、私の口から話します」
先輩に代わり、私が口を開く。
「…逃げ遅れた避難者の、ゆりという女の子を、あの時安全な場所へ隠そうとしていました。しかし、私が先輩たちのもとへ向かおうとした時、異変が起きたんです」
「異変…?」
「はい。…彼女の体が黒い靄に包まれ、虚無のように変貌を遂げたんです。そして、彼女と戦闘になり、私は傷を負いました。…杏や先輩たちが来てくれなければ、私はとっくに死んでいた」
「…まさか、奴らは…」
私が説明を終えると、団長は何か考え込んだ。私たちは、団長の言葉を待っていた。
その時だった。
「__“他の生物に化ける”__それこそが、奴らの能力ですよ」
「!?」
男性の声が聞こえた。驚いて振り返ると、そこにいたのは、
「お初にお目にかかります、神威団の皆様」
三人の男性だった。一人目は、白髪に右目に包帯を巻いた糸目の人。二人目は、灰色の髪に紫目の男性。三人目は、水色っぽい白髪に灰色目の少年。いずれも、水瀬警察署の制服を着ていて、右胸に金色のバッジをつけている。
「お、お前ら、誰だ…!」
佐助が警戒して牙を向く。白髪の男性はクスッと笑い、「そう警戒なさらないでくださいよ」と言った。
「私、水瀬警察署虚無対策部の風見氷室と申します」
「俺は楪恵斗。よろしく」
白髪の人と灰色の髪の人は名乗ったが、少年は黙っている。少年に向けて、白髪の人は言った。
「紗羅、自己紹介を」
彼の言葉に、少年は反応した。
「…命令を承諾。…紗羅といいます。僕は対虚無用として創られたアンドロイドです。よろしくお願いいたします」
本当に、彼はアンドロイドなのだろうか。どこからどう見ても、普通の人間にしか見えない。
「虚無対策部って…こないだニュースでやってたやつ…?」
「その通り。主に私が指揮を執っています」
風見さんが笑って言う。いい人そうだが、なぜ警察が神威団へやって来たのだろう。
「団員たちにはまだ話してなかったな。これから、虚無対策部と連携してやっていこうって話になったんだ」
団長の説明に、みんな驚いている。それもそうだろう。神威団と警察、といえば、仲の悪いイメージしかないのだから。
「…急、ですね…」
ゼロが呟いた。確かに、なぜ今までいがみ合っていたのに、急に連携などという話になったのだろう。風見さんが説明した。
「昨今、虚無の数は増えるばかりです。それにともない多くの命が奪われているのに、いつまでもいがみ合っている訳にはいかないでしょう?」
いがみ合っている訳には、なんて理由、今更すぎると思うが。まあでも、何にせよ戦力がアップするのは良いことだ。
ふと思い出したことを、私は訊いてみた。
「虚無が他の生物に化ける、という話…詳しくお聞かせ願えませんか?」
「もちろん。お話ししましょう」
風見さんは微笑んで頷いた。
- Re: 疾風の神威 ( No.25 )
- 日時: 2022/05/12 12:30
- 名前: 野良 (ID: Oiud.vUl)
「まず…ゆりという女の子のこと、ナナさんから聞きました。何でも、突然虚無へと変貌を遂げたとか」
「はい」
「そこで、その子の事を紗羅に調べてもらいました。…ゆりさんは、一ヶ月前から行方不明になっていたようです」
「…行方不明?」
一ヶ月前と言ったら、もう既に虚無の被害が多発している時期だ。彼女は虚無に襲われたのだろうか。だとしても、なぜ虚無がゆりさんに化けるのだろう。
「それって、虚無に殺られたんですか?」
私が訊くと、風見さんは首を振った。
「さあ…遺体も、遺品も発見されていませんので。死んだとも、生きているとも明言できません」
「…そう、なんですか」
「ですが、奴らが他の生物に化けるというのは、確かな情報かと。近頃、傷害や殺人事件なども多発しているのですが…その多くの目撃情報に、“黒い靄”があるんです」
「それって、もしかして…」
杏の言葉に、風見さんは「ええ」と頷いた。
「人間に化けた虚無、ですよ。…奴らが人に化け、罪無き人を襲っている。そして多くが、被害者と関係を持つ人間に化けているんです。
恐らく刹那さんの場合、あなたとは何の関係も無く、ただ襲いたかった、もしくは食料としたかっただけでしょう」
そう言い終わると、風見さんは私たちをじっと見据えた。さっきまでの穏やかな雰囲気はどこへやら、微笑んではいるが、上手く感情が読み取れない。
風見さんは、笑い飛ばすようにクスッと笑った。
「虚無をずっと相手にしている皆様のことですから、これくらいのことは分かっているのだとばかり思っていましたよ」
「「「「…は?」」」」
そう言われ、私たちは思わず声を出した。警察署の人にしてはいい人そうだと思っていたのに。
「…マスター、そろそろお時間です」
紗羅にそう言われると、風見さんは「もうそんな時間ですか?」と言って、私たちに笑みを向けた。
「残念ながら、ここでお暇しなければならないようです。…では、これからよろしくお願いいたしますね」
そう言うと、彼は部屋を出ていった。
と思ったら、黒髪の男性__楪さんが、私たちに寄ってきた。
「ごめん、気を悪くさせちゃったかな」
そう言ってきたので、私たちは驚いて首を振る。楪さんは、困ったように笑った。
「なら良いんだけど…。上の人からの指示とか、色々キツくてね。風見さんも、別に君たちのことが嫌いだからああ言ってる訳じゃないんだ。あの人も必死なんだよ」
「…なら、良いですけど」
楪さんは申し訳なさそうに苦笑いして、「じゃ、またね」と言って、部屋を出ていった。
――――――――――――――――
「…チッ。なんだ、あいつら」
彼らがいなくなった後、佐助が舌打ちをしてそう言った。さすがの私も、少々不愉快だ。
「なんか、けったいな人やな。ころころ雰囲気変わって…」
「あれって、本当に協力する気あるんですかね…」
口々にそう言って、顔を渋らせる。急に協力しよう、何て言ってきた時点で、信用する気は無かったが…まさかあそこまで煽ってくるとは思わなかった。
「…団長は…あの人たちを、信用しているんですか」
ゼロが訊くと、団長も困ったような顔をした。
「…信用は、まだしてない。あくまで利害の一致だからな」
「…それ、大丈夫なんですか?」
「断言はできない。だが、虚無が増え続ける今、追い払う訳にはいかない」
そんな団長の言葉に、私たちは不安を覚えるのだった。
- Re: 疾風の神威 ( No.26 )
- 日時: 2022/05/19 22:30
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
「んだよあいつら…!」
解散して本部を出てからも、佐助はまだ怒っていた。佐助は怒りっぽいので、余計気が立っているのだろう。
「まともな奴らかと思ってたのに、急に態度変えやがって…。あいつら協力する気あんのかよ!」
「団長の言うことだから、何か考えてることがあるんじゃないか?」
杏がそう言うも、佐助はなおも不満そうにしている。そりゃそうだろうとは思う。協力だの連携だのと言っておきながら、あの言い方。私だってまだ腑に落ちない。
「だから俺は嫌だっ__」
ガサガサッ
佐助がそう言った瞬間、道脇の植え込みが揺れて、何かが飛び出してきた。
「うぉわっ!?」
「な"ぁお~」
飛び出してきたのは、ただの猫だった。こっちを一瞥すると、すぐに走り去ってしまった。だが、驚くのはこの後である。
「…あれー…?行っちゃったかなぁ…」
猫に続いて、白い長髪の少女が出てきた。水瀬高の制服を着ているが、植え込みから出てきたせいで、あちこち葉っぱが付いている。
私たちは、彼女を知っていた。
「…あれ、夜明ちゃん?」
「凍玻璃さん…!?」
私たちが驚くと、彼女は「奇遇だねー」と手を振った。顔は相変わらずの無表情である。
凍玻璃雪娜。それが彼女の名前だ。仲は良いが、名前が同じなので、お互い苗字で呼びあっている。
「びっくりしたー…!お前どっから出てきてんだよ」
「…えー…?植え込みだけど…」
「んなの分かるっての!」
「…相変わらずぽーっとしてるな…」
凍玻璃さんは、いつも不思議な雰囲気を醸し出している。初めての時は戸惑いはしたが、今は和ませられる。
「…あ、そうだ。夜明ちゃんたちに朗報だよー。団長さんが、一週間休暇とって良いよーって」
「え、マジ!?」
真っ先に食いついたのは、佐助だった。任務の時は生き生きしているくせに、切り替えが早すぎる。凍玻璃さん曰く、団長は私たちが動きっぱなしだったのを案じてくれたそうだ。
「よっしゃー!じゃ、明日学校終わりにどっか行こーぜ!」
「それは良いな」
「ええ。…ですが、代わりは一体どの隊が…?」
私がそう言うと、凍玻璃さんが胸を張った。無表情で分かりづらいが、自信のようなものを感じる。
「皐月隊の代わりは、私たち“凍玻璃隊”が努めるよ」
そう言う彼女の言葉は、決して伊達ではない。凍玻璃さんは、私たちと同い年なのに隊長を務めている、凄い人なのだ。
「それは安心ですね」
「お前は強いもんなぁ」
「うん。…だから、任せてよ」
警察との一件で曇っていた私の心は、彼女のお陰で少し落ち着いた。
- Re: 疾風の神威 ( No.27 )
- 日時: 2022/05/27 19:45
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
~第三章 休暇~
「__それじゃあ、この間出した課題忘れるなよー」
そう言って先生が話を締め括る。ただいま午後四時。ホームルームが終わると、教室にいつもの賑やかさが戻った。私は小さくあくびをし、体を伸ばす。佐助と杏が私の元へやって来た。
「刹那ー、遊びに行こうぜー。柚月先輩と交喙先輩も誘ったし!」
「構いませんが…どこに行くんです?」
そう訊くと、佐助は子供のように顔を輝かせて言った。
「遊園地だよ、遊園地!」
「遊園地って…『みなせドリームランド』のことですか?」
「おう。こっからなら電車で行けるし!」
「行こう、刹那。久しぶりの休暇だし、楽しまなきゃ損だ」
杏も若干楽しみそうにしている。まあ、休暇なんて月に何回あるか分からないし、今はゆっくり羽を伸ばそう。
「分かりました、行きましょう」
「決まりだな!」
こうして、私たち皐月隊は遊園地に行くことになった。
――――――――――――――
「着いたー!」
__水瀬高校付近の駅から十五分。ここが『みなせドリームランド』、略して『みなドリ』である。週末といえど平日だからか、人は少ない。
「ここに来るのも、随分久しぶりですね」
「そうだな。あんまり変わらないなぁ」
「ジェットコースター行こうぜ、ジェットコースター!先輩たちも行きますよね?」
「ハイハイ。分かったから落ち着けって…」
「なんや佐助君、子供みたいやなぁ」
興奮気味の佐助に、私たちもついていった。
――――――――――――――
「なあなあ、もう一回乗ろーぜ!良いだろー?」
「…佐助、何回めだと思ってるんですか…」
「僕ちょっと休みたいんやけど…」
「同じく…」
__数分後、私たちはベンチに座ってぐったりしていた。ただ一人、佐助を除いて。逆にピンピンしている方が不思議だ。ジェットコースターはさっきので4回目なのに。
「えー…、しょーがねぇなー…」
「はあ…助かった…」
「じ、じゃあ、次はもう少し落ち着いたやつに…そうだな、観覧車に乗ろう!みんな疲れたろ?」
皐月先輩の言葉に、私たちは頷いた。
「…そんじゃ、二組に分かれよか。二人、三人でええやろ?」
「そうだな。じゃあ、グーとパーで別れよう」
先輩にそう言われ、私たちはそれぞれ手を出した。
「「「グッとパーで分かれましょ!」」」
声を揃えて言う。
みんなが出したのは、皐月先輩がパー、佐助がグー、杏がパー、溝呂木先輩もパー、私がグー。…ということは…
「んじゃ、俺と交喙、碓氷でAチーム、夜明と男虎でBチームってことで」
「…え?」
佐助の方を見ると、なぜか頬を紅潮させて、気まずそうな顔をしていた。
- Re: 疾風の神威 ( No.28 )
- 日時: 2022/05/27 23:46
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: AtgNBmF5)
こんにちはベリーです。
わああぁぁあぁあぁぁぁあああぁぁあい!
佐刹だ!(佐助×刹那)
最終的に誰とくっつくのか、くっつかずに最期を迎えるのかを決めるのは野良さんですが私的に好きだった組み合わせが描かれるのは楽しみです!
休暇で遊園地!めちゃめちゃワクワクします!もちろん只遊園地に遊びに来て何か起こらないわけが…ありませんよねぇ(ニヤニヤ)
影ながら楽しみにしています!感想ペラッペラですみません…
アッ、ここに感想書いても大丈夫ですかね…
ダメでしたら消してリク板に書きます。
あとっ、もし良ければ野良さんの雑談掲示板を立ててみてはいかがでしょうか?沢山集まると思います!
本当に石ころの戯言失礼しました…
- Re: 疾風の神威 ( No.29 )
- 日時: 2022/05/28 09:41
- 名前: 野良 (ID: dzc33jqI)
>>28
ベリーさん、ありがとうございます!そうですね…埋もれちゃうかもしれませんが、立ててみようかと思います。感想本当にありがとうございました!
- Re: 疾風の神威 ( No.30 )
- 日時: 2022/06/19 00:09
- 名前: 野良 (ID: JGdWnGzk)
ゴウン……ゴウン……
二人だけの空間に、観覧車の音が響く。私と佐助は、それぞれ別々の方角を見ていた。先輩たちは、一つ前のゴンドラに乗っている。
「……なぁ」
佐助が口を開いた。ここには彼以外に私しかいないので、当然私に呼び掛けたのだろう。私は顔を佐助の方に向け、「なんですか」と応えた。
「楽しい?」
「……はい?」
突然そんなことを訊いてきて、拍子抜けする。彼は照れくさそうにすると、ふいっとそっぽを向いた。
「なんです、急に」
「べ、別に何でも良いだろ!……ただ、お前が楽しめてれば良いなって、そう思ってるだけだよ」
「……私が?」
「……無自覚かよ。お前、いつも自分の気持ち押さえつけて、毎日毎日、弱音も吐かずに任務やってるだろ。だから…少しでも気が抜けれてたら良いなって……」
口ごもりながらもそう言われ、思わず「ふふっ」と笑いが声に出る。佐助は少し驚いたようにしていたが、つられて笑っていた。
「あなたがそんなことを言うなんて、珍しいですね」
「お前こそ、声に出して笑うなんて珍しいな?」
彼はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
確かに、佐助の言う通りなのかもしれない。もう随分休暇なんて無かったし、こうして羽を伸ばすのも久々だ。遊園地だなんて、何年ぶりに来ただろう?
「……俺なりに、お前__みんなのこと、考えてるんだよ」
「……」
「みんな自分の首を絞めて、色んな過去とか、覚悟とか抱えて、必死で戦ってんのは、分かってる。……でも、そのせいでみんなが任務のこと以外考えられなくなんのは、嫌なんだよ」
「……そうですね」
佐助はそう言うが、私の方はもう手遅れなのかもしれない。もう、凪のための復讐や、任務のことで頭の大半が埋め尽くされているのだから。
彼もそれを分かっているのだろう。私の顔をふいに見て、うなだれるようにうつむき、息を吐いた。
__私だって、誰かのことを考えていないわけではない。
「__……」
私は席を立ち、彼の前にしゃがみこむと、うつむく佐助の肩に、そっと手を置いた。
「佐助」
「……なんだよ」
弱々しく、でもいつものようにぶっきらぼうな口調で、佐助が応える。私はいつもとは少し違う笑みで、佐助に向けて言った。
「ありがとう」
それが、彼にとってどんな意味になるのか、私には分からない。それでも言う。そうしなければ、私は本当にただの“復讐者”になってしまうから。
- Re: 疾風の神威 ( No.31 )
- 日時: 2022/06/19 00:10
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
__観覧車を降りた私たちは、先に降りていた先輩たちと合流した。
「おっ。お二人さん、どうだったかいな。“二人きり”の観覧車は?」
溝呂木先輩がニヤニヤしながらそう言う。佐助は顔を真っ赤にして、「変な言い方しないでくださいよっ!」と叫んだ。
「なんや、ちょっとからかっただけやんか。冗談真に受けんでほしいわぁ」
「……そういうところだぞ、交喙」
「兄弟までそんなこと言うん!?酷いわぁ…」
言いながらも、溝呂木先輩はにへっと笑いながら皐月先輩を肘で小突く。さながら、本当の兄弟みたいだ。
杏が寄ってきて言った。
「刹那。凍玻璃たちは任務みたいだぞ。さっき連絡が来た」
「そうですか……」
それを聞いて、心配になる。杏も少し不安そうに、だがそれを悟られたくないのか、微笑んでいる。
彼女たちが強いのは、十分分かっている。だが、いつ誰が死ぬかも分からない日々の中で、心配せずにはいられなかった。
「……無事に終わると良いですが」
「大丈夫。あいつは強いんだから」
杏にそう言われ、少しだが、私の心は落ち着いた。
――――――――――――――
〔燐音〕
「目標確認……。これより、戦闘を開始」
凍玻璃先輩がそう呟くと、先輩の手に白い双銃が現れた。私たちに「行こう」と言って、虚無にその銃口を向ける。
「……お願い、“玉響”」
ぽつりとそう呟くと、私の手の中にも武器が現れる。深い紺の鞘。青く、水に濡れたような美しい刀身。これが私の武器だ。
鞘から刀を抜き、刀を構えて虚無に向かって走り出す。
「なニぃ?」
「あ、ァ、遊んで」
「はぁっ……!」
刀を振り、その刃を虚無の首に滑らせる。血が溢れだし、道を染める。断末魔をあげて、虚無は塵となって消えていく。
「ひ、ぁ……っ!」
聞き覚えのある悲鳴が聞こえ、急いで振り返る。遠くの方で、紅梅色の髪が揺れている。妹__胡羽が、武器を虚無に弾かれて飛ばされてしまったようだ。まわりには虚無がいる。
このままじゃ、殺される。
「胡羽っ!!」
「待てェ、えぇェえ」
「!」
急いで向かおうとするも、虚無が邪魔をする。間に合わない。そう思ったのも束の間。
「__“赤牙”」
そんな声が頭上から聞こえて、何かが一瞬で頭上を通りすぎていった。ちら、と視界に白い髪が映る。
__ゼロ先輩だ。
「ゥあ、ェえ?」
「“蒼牙”」
ゼロ先輩がそう言うと、左手から蒼い鞘が現れた。先輩が鞘を抜くと、諸刃が姿を現す。先輩はそれを振るい、虚無の体を二等分にした。
「……」
ゼロ先輩は虚無が消えるのを見届けると、諸刃を仕舞い、胡羽に手を差しのべた。
「……大、丈夫……?」
「はっ……。ご、ごめんなさい。大丈夫です……」
「先輩、さすがですね!大丈夫か、胡羽?」
緋色の刀身の刀を手に、同級生の冬樹が駆けつける。胡羽は申し訳なさそうな顔をして、静かに頷いた。
「あソ、あ、遊ぼぉオ」
「わっ、とと……!それはお断り!」
飛びかかってくる虚無に、刃を押し付ける。そのままの勢いで、他のやつらも倒していく。
「これで、終わり……?」
「……ううん。まだ。まだいる」
いつの間にか隣にいた凍玻璃先輩が、静かにそう呟く。どこにいるのだろう__そう考えている暇は無かった。
「あそこ」
凍玻璃先輩が、何も見えない“はず”の道の角へ、銃口を向ける。銃が撃たれ、弾が飛んでいく。すると、「ぎャぁっ…!」というきしんだ声が聞こえて、塵が飛んでいくのが見えた。やつらが倒れた時に出る、特有の塵だ。
「すっごい……」
「……任務報告。怪我人、死者共に無し。任務完了」
通信機の電源を入れて、凍玻璃先輩が報告をする。私は胡羽のもとへ向かった。
「胡羽、大丈夫……!?」
「う、うん……。ごめん、お姉ちゃん。私、また……」
「ううん、大丈夫。私と一緒に特訓しよう」
励まそうとそう言うけれど、胡羽は目を伏せるだけだった。
「さあ、戻ろう。先輩や団長が待ってる」
「……」
「う、うん!」
冬樹とゼロ先輩の言葉に、私たちは凍玻璃先輩のもとへ戻っていった。
――――――――――――――
「……はぁ、本当に使えない。……所謂、“未完成”か」
半壊したビルの上に、黒い影が一つ。
「……奴らが、神威団」
その人物の足元で、黒い二体の生命体がうごめく。その人物は町を見下ろし、その漆黒の目を細めた。
「……思い知らせてやる。全てを失った悲しみを。
本当の恐ろしさを」
その人物は、黒い長髪を揺らし、二体の生命体と共に、フッと消えてしまう。
これから先、どんな刺客が待っているのか。
どんな戦いが__運命が待ち受けているのか。
彼女たちは、まだ知らない。
- Re: 疾風の神威 ( No.32 )
- 日時: 2022/06/26 00:15
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
〔柚月〕
__翌日。土曜日だ。今日は、夜明と買い出しに付き合ってもらう約束をしている。待ち合わせは駅前に午前十時集合。私服を着るのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
俺は集合時間の三分前にやってきた。まだ夜明は来ていないと思ったが、
「あれ、夜明?」
「ああ。こんにちは、先輩」
「まずいなぁ。待たせちゃったか?」
「いえ、私もつい先ほど来たばかりです」
もうとっくに夜明は来ていた。いつも団服か制服姿なので、私服姿は新鮮だ。さすがにマフラーは巻いていない。
それよりも、一つ疑問があった。
「……なんでお前も来てんだよ。交喙」
「えー。僕がおると何か不都合でもあるん?兄弟」
なぜか交喙まで来ていたのだ。別に嫌ではないが、なぜいるのだろう。
「私がお呼びしたんです。お二人とも仲がよろしいようなので」
「そ、そうか。いや、別に不都合は無いけどさ。……ま、賑やかでいいや」
「そやろ?どうせ出かけるんやし、賑やかな方がええやんか。二人とも真面目すぎるとこあるし」
交喙はニッと笑ってそう言う。「じゃあ行くかー」と、俺たち三人は連れだって歩きだした。
―――――――――――――――――
俺たちは駅前から歩いて三、四分のデパート、『ダルコ』へやってきた。たいていのものは売っている。今日買いに来たのは、ぬいぐるみを作るための布である。こういったことに興味がありそうなので、夜明を誘ったのだ。
「この布とか良いんじゃないですか?ほら、うっすら花柄がありますよ」
「本当だ。いいな、可愛いよ」
「相変わらず可愛いもの好きやなぁ。作り終わったら、また今度僕にくれへん?」
「いいけど……。またあの子にあげるのか?」
そう訊くと、交喙は昔を思い出したのか、一瞬顔を曇らせた。だが、すぐにいつもの笑みを浮かべて頷く。
「そや。目ぇは見えへんけど、ちゃんと手でわかるんやで」
「そうか。俺のでよかったらいつでもやるよ」
そんな俺たちを、夜明は微笑ましそうに見ていた。
――――――――――――――――
〔刹那〕
デパートでの用事を済ませた私たちは、荷物を手に外をぶらついていた。
「こんな風に出かけるなんて、いつぶりだろうな」
「さあな。いかにも『普通の学生です』って感じやなぁ」
「今は虚無のせいで、普通の学生でも外を歩く人は減りましたけどね」
何気ない会話をしながら、私はふと上を向いた。あの気配を感じていたから。
私の目はどうにかしてしまったのだろうか。商業ビルの上に、何かの影が見える気がする。
「__……?」
しかし、ほんの瞬きの間に、影は消えてしまった。
(……気のせいでしょうか)
「おーい、夜明ー」
先輩たちに呼ばれ、我に帰る。
「早うしいひんと置いてってまうでー」
「すみません。今行きます」
あまり深く考えないようにし、先輩たちのあとを追う。
気のせいでなければ、あれは人間のようだった。
- Re: 疾風の神威 ( No.33 )
- 日時: 2022/06/27 22:55
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
〔燐音〕
「……以上で報告を終わります」
凍玻璃先輩がそう言って口を閉ざす。団長さんに任務報告をしていたのだ。さっきの任務では、虚無の量はいつもとなんら変わりなかった。
「……そうか、ありがとう。虚無の数は、増える一方だな」
団長さんは悔しそうだった。私も悔しい。このまま、抗うだけで人間だけが苦しむなんて嫌だった。
「それじゃあ、次の任務まで各自休んでくれ。今は不安定だから、突然任務が来るかもしれな__」
ピリリリッ
団長さんの言葉を遮るように、通信機が鳴った。団長さんの通信機だけじゃない。先輩のも、私のも鳴っている。全員接続になっているみたいだ。
「どうした?」
団長さんが接続し、問いかける。通信機の向こうからは、浅い息継ぎが聞こえてくる。
<だ、団長ですか!?お願いです、今すぐ他の隊を呼んでください!!>
別の隊の人だ。怯えたような声で、その人は必死で言う。しかし、状況が理解できない。一体どうしたんだろう。
「ど、どうしたんだ!?何があった!」
<俺たちはもう駄目です……!みんな殺られてしまった。次は俺だ……!!>
「状況を説明してくれ!何があった!?」
<黒いスライムみたいなのが、突然襲ってきたんです……!そいつにみんな殺された……!>
「黒……!?虚無か……!?」
<分からない!!とにかく、早く応援を__>
その人が言いかけた途端、声が途切れ、ぐちゃ、と音がした。声も聞こえなくなってしまう。それが何を意味するのか、分かってしまう。
「__……!!」
団長さんがハッと息をのみ、すぐに電子パネルを操作する。水瀬市全体が記されたパネルで、団員の位置や情報が示されているパネルだ。
「ゼロ、今の隊がどこなのか分かるか」
「……おそらく、本倉隊かと」
「本倉隊……任務先はどこだ……?」
手の動きが速い。冷静な団長さんや先輩たちに反して、胡羽はガタガタと震えている。恐ろしくてたまらないのだろう。
「__任務先は銀杏街道……。付近にある建物は、ダルコ……」
「ダルコって……デパートじゃないですか!人が多いところですよ!近くに団員はいないんですか!?」
焦って語気が強くなってしまう。団長さんは、すぐにみんなの通信機から団員の位置情報を割り出した。パネル上に、三つのマークが現れる。
「__いる」
「……いるって、誰が……」
凍玻璃先輩とゼロ先輩が、パネルに視線を移す。団長さんは言った。
「__皐月隊隊長、柚月。副隊長、交喙。隊員、刹那」
「……夜明ちゃん……?」
「刹那君……」
感情の起伏が少ない二人が、わずかに目を見開く。私の心臓は、バクバクと音をたて始めた。
「先輩……!」
- Re: 疾風の神威 ( No.34 )
- 日時: 2022/07/07 08:19
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: GNo3f39m)
~第四章 急襲~
「……?」
先輩たちと連れだって歩いていた私は、ふと足を止めた。
微量ながら、妙な気配がする。人間のものではない。かといって、虚無のものでもない。一体何なのだろう。
「刹那ちゃん、どうしたん?」
「……いえ……何でもありません」
少し引っ掛かりながらも、歩を進める。念のため、警戒しておいた方が良いのだろうか__。
ピリリリリッ ピリリリリッ!
「わっ」
そう考えていると、突然通信機が鳴った。いつ任務が来ても良いように常時つけているのだが、なんだか変だ。とりあえず接続した。
「団長……?柚月です、どうかされましたか?」
皐月先輩がそう問いかける。通信機から、団長の焦ったような声が聞こえた。
<柚月か!?今すぐ戦闘態勢に移れ!交喙と刹那もだ!>
「え、えぇっ……!?」
突然の指示に当惑する。団長が焦るなど、らしくない。一体どうしたというのだろうか。戸惑う私たちに、団長は言った。
<早くしろ!たった今、その周辺にいた団員たちが襲われた。お前たちにも何が起こるか__>
団長が言いかけた、その時だった。
ドオォォォンッ!!
すぐそばで轟音が鳴り響き、何かが突っ込んできた。反射的に避けたので、負傷はしていない。身構え、そこをじっと睨み付ける。いつでも戦闘態勢に入れるよう、気は抜かない。
「……やはり、今までの団員とは、少し違う……」
女性の声だ。虚無と違い、きしんだ声ではない。土埃が晴れ、“その人”が姿を現した。
「……人間……?」
彼女の姿は、人間そのものだった。黒い絹のような長髪。漆黒の瞳。黒いポンチョ。美しい顔立ちだが、その生い立ちから連想されるものは、
死神。
「なんだ、こいつ……」
「……こいつだなんて、失礼なやつ」
彼女は私たちを射抜くようにじっと見る。黒く暗いその瞳から感じられるものは、憎悪、悲しみ、嫌悪だった。
彼女は素早く電灯の上に跳んで立ち、黒い瞳で私たちを見据え、右の人差し指で私たちを指差した。その右腕は、闇のように真っ黒だ。
「__私は、霧幽徒……。
……お前たち神威団を、殺しに来た」
「……!」
ゾッ、と背筋に悪寒が走る。直感的に感じ取っていた。
彼女__霧幽徒は、今までのどんなやつより、格段に強い。
「……おい、交喙、夜明。準備はできてるだろうな?」
「もちろん。とっくにできとるよ」
「同じく」
私たちが何をするべきなのか、もう既にわかっている。私たちは、服装を団服に切り替えた。
先輩が息を吸う。
「__目標確認。これより、戦闘を開始する……!」
- Re: 疾風の神威 ( No.35 )
- 日時: 2022/07/05 01:26
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「……せいぜい、無駄な抵抗をすればいい……。お前たちを殺すまで、私の人生は終わらない」
「チッ……。舐めやがって……!行くぞ!!」
薙刀を手に、皐月先輩が走り出す。溝呂木先輩は後衛として、目立たない場所へと向かった。私も大鎌を持って、幽徒の方へ突っ込んだ。
彼女は、何の武器も持っていない__ように見えた。しかし次の瞬間には、右手に何かが握られていた。
それは、槍だった。柄が黒く長く、刃は闇のように真っ暗だ。その切っ先は、まっすぐ私の方を向いていた。
「……!」
私はとっさに横に跳んで避けた。彼女の持つ槍の刃が、先程まで私が立っていた地面に触れる。一瞬遅れて、凄まじい衝撃音が響いた。地面に亀裂が入り、土煙が上がる。まるで隕石でも落ちたかのような跡だ。
「っ……」
あんなものが刺さったら__そう思うだけで、背筋がゾッとする。それに、何の物質かもわからない。無闇に攻撃を喰らうのは危険だ。
それにしても、さっきまでは何も持っていなかったはずだ。どういうことだろう。
「……」
(……本当に、何を考えているんでしょうか)
彼女は、表情をぴくりとも動かさず、私たちを見る。これでは動きも考えも読み取れない。
「……っ、夜明!!」
「ぇ、どうしたん"っ……!?」
皐月先輩の声がしたときには、もう私の脇腹には槍の刃が食い込んでいた。痛い。だが、とにかく離れなければ。
「づ……、ぅう……!」
「夜明、大丈夫か!?」
「は、はい……。平気、です……!」
動きも考えも読み取れず、おまけに素早いときた。しかし、これぐらいの負傷でへばってはいけない。先輩たちの足手まといになってしまう。それだけは避けなければ。
「……その……じゃ、わか……ない」
幽徒が何かを呟いた。声が小さく、聞き取れない。「夜明」と、先輩が耳打ちしてきた。
「夜明、二人で一気に畳み掛けるぞ」
「二人で……ですか?」
「ああ。隙を作って、交喙に一撃撃ち込んでもらうんだ」
「……了解しました。今はそれしか策もありません。溝呂木先輩には、どうやって伝えるんですか?」
「あいつには、きっと伝わる。今までだってそうだったんだからな。……それじゃあ、俺が合図を出す。合図を出したら、一気に動くぞ」
「はい」
そうと決まれば、構えなくてはいけない。足腰や武器を握る手に、ぐっと力を入れる。幽徒はこちらをじっと見ている。私たちの出方を伺っているのだろう。
「__行くぞ!」
「!」
合図と同時に、地面を蹴る。そして、彼女に向かってその切っ先を振り下ろす。幽徒はそれら全てを槍で弾く。
「っ……」
ほんの一瞬、幽徒の動きが鈍る。先輩はそれを見逃さなかった。
「交喙ッ!!」
そう叫び、私たちは瞬時にその場から退く。その瞬間、どこからともなく五本の矢が飛んでくる。矢の進路の先には、幽徒ただ一人。これで終わる__そう確信する。
ドスッ、ドスッ__
「……!!」
矢が、次々に刺さる。これだけ当たれば、致命傷だろう。そう思っていた。
「__……終わってなんか、いない」
__そう、思っていた。
「ぇ……」
「は……?」
矢をその身に受けたのは、彼女ではない。
「ぎ、ギ……」
黒い、生物だった。
「……言ったはず。
お前たちを殺すまで、私の人生は終わらない」
奈落の底のように黒い瞳を向け、彼女はそう言った。
- Re: 疾風の神威 ( No.36 )
- 日時: 2022/07/17 00:47
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「ギギ、ぎ」
目の前のスライム状の生き物は、耳障りな声を発してぷるぷると揺れている。
「なんだ、これ……」
「……」
幽徒は黙って、スライムをじっと見た。スライムはそれに反応するように揺れ、どこかへ跳ねていった。
その様子を見ていた先輩が、ハッとする。そして、焦ったように言った。
「夜明!」
「は、はい……!?」
「今すぐ交喙のところへ行け!」
「え、溝呂木先輩の……?」
「さっきのであいつの位置がバレた……!あれが何なのかまだ分からない。とにかく急げ!!」
「は、はい!」
先輩にそう言われ、私は急いで溝呂木先輩のもとへ向かった。
「__……一人で殺り合う気?」
「……ああ。隊員を守るのが、隊長の使命だからな」
―――――――――――――――――――
「はっ、はっ、はっ……!」
すっかり人気の無くなった道を、私は駆け抜ける。溝呂木先輩は、確かビルの屋上から援護していたはずだ。
私は一つのビルに入った。皐月先輩が言っていたビルはこれだ。しかし、何かの攻撃を受けたのか、ボロボロになっている。
エレベーターは、壊れて使えなくなっていた。手間だが、階段を上るしかない。
「……?先輩……!?」
屋上へ着いたが、そこには誰もいなかった。ただ大量の矢が散乱しているだけだ。ここも誰かの攻撃を受けたのか、外壁が崩れたり、床に穴が空いている。
「……っ……」
ひとまず安否の確認をしなければならない。私は通信機を起動し、溝呂木先輩へ通信した。
接続音が聞こえた。
「……こちら刹那です。先輩、応答願います」
<__ザザッ……ザッ……>
「……先輩……?」
呼び掛けたが、砂嵐しか聞こえない。接続はされているのに、どういうことだろうか。
(……とにかく、行かなければ……)
__そう思った矢先、向こうの方で土煙が上がった。
「……!」
ここから少し遠いが、土煙に混じって、黒い煙も微かに見える。あそこにあのスライムがいるに違いない。
屋上から飛び降りる。目と耳を頼りに、私は煙の方へ走り出した。
- Re: 疾風の神威 ( No.37 )
- 日時: 2022/07/26 16:41
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「__……はーっ……」
目の前で自分をじっと見ているスライムを前に、交喙は大きなため息をつく。こいつが現れたのはつい先ほどだった。援護をしていたのに突然こいつが現れ、攻撃してきた。
こいつの相手をしている場合ではないのに。親友や後輩の手助けをしなければならないのに。
「ぎ、ギギぎ」
「おっと」
スライムが突っ込んでくるが、瞬時に避ける。スライムが壁に激突すると、ヒビが入った。あの柔らかな体のどこにそんな固さがあるのだろうか。スライムはまた交喙を見つめると、おもむろに上を見上げ、あの耳障りな声を発した。
「ギギぎぎぎギ」
「……!」
するとすぐに、背後からいつもの気配を感じた。
虚無だ。
「お、ォ、おはよゥ」
「あ、遊ボぅ」
「チッ……またかいな」
わらわらとやってくる虚無を見て、交喙は舌打ちをする。スライムが虚無を呼び出すのは、これで三回目だ。こいつと虚無、そしてあの女は、何の関係があるのだろう。
「……あんたら一人一人相手にしてる時間は、こっちにはあらへんのや」
呟きながら、弓を折り畳む。現れたのはジャマダハル状の刃だ。交喙はその切っ先を虚無に向け、走り出す。背後からスライムが迫ってくるが、気には留めない。
刃を虚無の黒い体に当て、一気に引く。
「ぎァあぁァっ……」
「……黙っとってもろてええか?その声聞くと、虫酸が走るんや」
顔についた返り血を拭いながら、彼は低い声でそう呟いた。
- Re: 疾風の神威 ( No.38 )
- 日時: 2022/08/08 04:40
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「ねェ、待ッて。マってぇ……」
まただ。また虚無が出てきた。虚無が出てくるのはいつものことなので慣れているが、こうも連続で出てこられると、苛つく。
「邪魔なんですよ……」
そう言って“黒咲”を振り下ろす。顔にも服にも、その返り血がべったりと付く。
先程も虚無の大群に襲われた。まるで誰かが呼び寄せているみたいだ。
勿論、そんなことはあるはずがない。しかし、こうまで群がられると疑わざるをえない。
(溝呂木先輩は……大丈夫でしょうか)
考えながら、再び走る。あの人は皐月隊の副隊長。そう簡単に殺られるはずはないが、どうしても不安になってしまう。
走っている内に、周囲への被害が一際強い大通りへ入った。
「……!」
ここだけ空気が違う。嫌な気配が__いや、それはいつものことなのだが、入っただけなのに、冷や汗が頬をつたる。要するに危険な場所だ。
「ギギ、ぎぎギ」
__耳元で、耳障りな声がした。視界の端に黒い影が映る。
「ぎ、ギギ」
「こいつ……!」
あの黒いスライムだ。溝呂木先輩の姿は見当たらない。あの人は無事だろうか。先を急ぎたいところだが__
「……」
「……っ」
逃がしてはくれなさそうである。
(殺るしかない)
“黒咲”を出し、戦闘態勢に入る。やつは逃げない。ぷるぷると揺れて、体当たりしてくる。
「!!」
「ギ、ぎ」
瞬時に大鎌の柄で攻撃を受ける。あの体のどこにそんな力があるのか、スライムは物凄い力で押し返してくる。
「くっ……!」
離さなければ。
「ふっ!」
“黒咲”を振り、スライムを引き剥がす。スライムは吹き飛んだあと、壁にべたっと張り付いた。そしてまたすぐにこちらに向かってくる。
「ちっ……」
舌打ちをして、今度は受けずに避ける。すると、スライムはその体を変形させ、人型になった。
「あァ?」
人間のような姿をしているが、あれは間違いなく化け物である。鼻や耳は無く、目はぽっかりと開いた丸。口だけが異様に大きい。
風見さんの言葉を思い出す。姿を変える、という点では虚無と一致している。それに体が黒いので、虚無に分類しても問題はないだろう。
そいつは再び襲いかかってくる。今度は手の形を変え、鋭い爪を伸ばしてきた。
「ッ!」
咄嵯に大鎌を振るう。ギリギリのところで攻撃を弾いたものの、体勢が崩れてしまった。そこに追撃が来る。
「ぁ、ぐっ……!」
腹部に鋭い痛みが走る。団服に鋭い爪痕がついており、赤い血がにじんでいる。幸い深くはないようだ。しかし、奴がこちらへ向かってくる。
__殺らなきゃ殺られる。
走り出し、地面を蹴って跳ぶ。奴が腕を伸ばすが、避ける。そのまま空中で身を捻り、素早く切り刻む。
「ッ!!」
「ぎァ!?」
奴の体がバラバラになる。断末魔を上げて、その体はドロリと溶けて地面に崩れ落ちた。
「はあっ、はあっ……。殺った……?」
無意識に体の力が抜ける。安心しきっていた。
それが、いけなかった。
本来ならば動かないはずの手が、ぴくりと動く。判断が鈍っていた。
「ぐっ……!?」
その手が飛んできて、鋭い爪が私の肩に傷をつける。さっきとは違って、深い。どくどくと血が出てきて、団服に滲んでいく。
熱さと痛みに、視界が揺れた。
__普通の虚無ならば、これで死ぬはずだ。まさか、死んではいなかったのか?
「ぎ、ぎ……ぎギギぎぎギ!」
奴が起き上がり、甲高い声を上げる。さっき斬ったはずの体が再生していて、大きな口が三日月型に歪んでいる。嗤っているようだ。
「っ……う……」
私は、こんなにも弱かったのか。
自分の甘さに腹が立つ。情けない。本当に、どうしようもないくらいに。
しかし、このままではまずい。出血が止まらないし、体力も限界に近い。早く殺さないと。
そう思って大鎌を構えるも__震える体のせいで、上手く握れない。
「ッ__……!!」
奴が腕を引く動作をする。まずい。次の攻撃が来る。
動くこともできず、私はそのまま__
「__ったく、ここにおったんか」
ヒュッ、と風を切るような音が聞こえた。それはまるで、矢が飛ばされたような音だ。
聞き覚えのある声がして、視界に赤い髪が映った。
「溝呂木、先ぱ__」
「ははっ。重傷やな、刹那ちゃん」
溝呂木先輩だ。息を切らす私に、「大丈夫か?」と八重歯を見せて笑う。
「ぎ、ギギぁ……!」
奴の片目に矢が一本刺さっている。悶える奴を見て、溝呂木先輩は私に言った。
「刹那ちゃん、あいつは死なへんで」
「え……?どういう意味ですか?」
「意味もなんも、そのまんまの意味や。あいつは不死身。僕もいっぺん体を切り刻んだけど、すぐに再生した。
その後逃げ出したさかい追いかけたんやけど……まさか君がおるなんてな」
先輩の説明に納得する。だから切り刻んだのに襲ってきたのか。
「さて、と」
先輩が私を見て、問いかける。
「刹那ちゃん、まだ動けるか?」
「はい」
「ほな、二人で足止めしよか。このまま逃げてもこいつは追うてくるし、殺しても再生する。それに、兄弟のとこへ行かれたら困る」
「……はい!」
「ぐ、ギ……」
私が返事をすると、奴が動き始めた。矢が刺さっている目の方から、赤い血が流れ出ている。
「ギャアァァッ!!!」
耳をつんざくような叫び声を上げて、奴は私たちを睨む。先輩は涼しげな顔をしている。
「……ったく、僕もめんどくさいことはあんまりしたないんやけどなぁ。
でも、ま。かわいい後輩も見とるさかい、カッコつけさしてもらおか」
先輩が“荒鷲”を折り畳み、刃を出す。私も“黒咲”を握りしめる。
「行くで」
「__はい!」
地面を蹴り、走り出す。
- Re: 疾風の神威 ( No.39 )
- 日時: 2022/11/15 00:04
- 名前: 野良 ◆hPknrgKNk. (ID: JGdWnGzk)
「__ぎっ!?」
奴が腕を振り上げる前に、大鎌でその腕を落とす。その隙に先輩が刃を振り上げ、奴の体を真っ二つにした。
「ぐ、ぎィ……」
奴の右半身がドロリと溶けて、地面に落ちる。しかし黒い液体はすぐに集まり、一瞬にして元の姿に戻った。
「やっぱりなぁ」
「ぐ、ぎ……あァッ!!」
奴は腕を生やし、再び襲いかかってくる。さっきまでは腕は二本だったが、今は五本だ。
「……っ!」
大鎌で受け止めるが、奴は物凄い力で押してくる。その力に、足がどんどん後方へ下がっていく。
「ぐ……ッ!先輩!」
「おう、任せとき」
私の呼びかけに答えて、先輩が奴の腕を斬り落とす。そのまま高く跳んで、奴の頭に蹴りを入れた。
「__ギ、ぎぃ!?」
頭が潰れ、赤黒い血液が飛び散る。それを見た先輩は舌打ちをした。
「チッ、頭潰したら流石に死ぬ思たんやけどなぁ……」
「ぎ、ぎぎギ!」
頭を再生させた奴が再び襲いかかる。先輩はそれを軽々と避けた。
「っと……危ないやんけ」
「ぎ…ぐ、ガガッ……!」
傷はつけてもつけても瞬時に塞がってしまう。皐月先輩があの女性を倒すまでに、こちらの体力が尽きなければ良いが。
「がぎ、ギ……!!」
奴は五本の腕を次々と振り下ろし、私たちを殺そうとしてくる。その度に地面に亀裂が走り、穴が空く。
「ギぎ、が……?」
しかし突然、奴が動きを止めた。私と先輩も動くのをやめるが、警戒は解かず、戦闘態勢のままだ。
「なんや……?」
しばらく観察していると、
「……ギ、ぎ……!」
「!?」
奴の体が一瞬にして溶け、黒い液体状になった体がひびだらけのコンクリートに染み込んだ。そしてそのまま、気配がなくなってしまう。
「まさか、今ので……」
「いや、死んだわけちゃうやろ。……けど、一体どこに……」
先輩はそう言って辺りを見回し、ハッと息を飲んだ。視線の先を追うと__
「!」
黒い液体が、亀裂の隙間からわずかに見える。それはひとりでに動き、どこかへ行こうとしていた。随分と速い。早く追いかけなければ見失ってしまう。
「あれは……!」
「ああ。追うで」
「はい!」
あれが何を察知し、どこへ行こうとしているのかは分からない。だが、嫌な予感がする。
黒い液体を見失わないよう、私たちはそれを追いかけた。
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[柚月]
「……っ、らッ!!」
「……」
幽徒に向かって刃を振り下ろす。が、奴はそれを避けずに槍で弾き返した。
「はっ、はっ、はあっ……くそっ……!」
「……」
あいつは無表情で俺をじっと見る。何を考えているんだか、分かりやしない。
俺が考えをこらしていると、幽徒はゆらりと横に揺れ、一瞬にして俺の前に現れた。突然のことに反応が遅れてしまう。
「なっ……!」
当然ながら、槍の切っ先は俺の腹部に向けられていた。どうすることもできず、俺は槍に貫かれる。
「ぁ、がッ……!?」
「……」
傷口が熱い。そんなことを気にするはずもなく、あいつは槍を振り下ろす。咄嗟に薙刀の柄で刃を受け止める。
「ぐっ……!」
足に力を入れ、必死で踏ん張る。傷口から血がポタポタと流れ落ち、地面に染み込む。あいつは槍を離し、その代わり俺のみぞおちに蹴りを入れた。
「がッ……!」
壁に背中を打ち付けたその時、ミシミシッ、と嫌な音がした。そのまま地面に膝をついてしまう。
「……」
血の滴る槍を持ったまま、幽徒が近寄ってきた。俺を静かに見下ろしている。
息を切らしながら、俺は訊いた。
「はっ、はあっ……幽徒、とか言ったか」
「……」
「何だってこんなことする……?俺たちを殺して、何になる……?」
「__……」
そう問いかけると、あいつは目を伏せた。
「……私は……」
幽徒は静かに呟く。
「あの人の……」
真っ暗で何も感じられなかった瞳の奥に、悲しみの色が浮かぶ。