ダーク・ファンタジー小説

Re: 紅薔薇ソナタ ( No.1 )
日時: 2012/08/11 21:59
名前: 蝶歌 (ID: 4Pm8XsSm)

Prologue


 古時計の針が午前零時を指し、部屋全体に低い鐘の音が鳴り響く。
 黒川凪斗は閉じていた目をゆっくりと開いた。

「静空……」

 その名を呼んでも返ってくる事はない。
 分かっていても、毎晩呼んでしまうのだ。
 それは、彼の愛する人だから。

 愛しているからこそ、彼女が恋しい。
 もう一度だけでいいから、会いたい。

 凪斗は、溢れる感情を抑えながら、グランドピアノの前に腰をかける。
 そっと鍵盤に手を置いて、静空の好きだったピアノソナタ『月光』を弾き始めた。
 先程まで小ぶりだった雨が、次第に本降りになっていく。
 まるで、凪斗の心の中を表しているかのよう。
 『月光』という曲名から随分かけ離れた天気だ。

 曲を弾き終わっても、雨は一向に止む気配がしない。
 凪斗は鍵盤の上から手を離す様子もなく、虚ろな目で天井を見つめた。

「どうして、静空が……」

 吐き出すようにそう言って、彼はまた目を閉じた。