ダーク・ファンタジー小説

Re: 吸血鬼と暁月【外伝】 ( No.1 )
日時: 2012/08/14 20:53
名前: 枝垂桜 (ID: gZQUfduA)


※本編とは違って少し明るいです。

※朱音がまだアカネ(ややこしい)の時。つまり過去のある夜のお話です。




【第一之章】 眠りに着くまで


 綺麗な満月が昇っていた。

 ここに来るまでの苦労も、ここにいると安らいでいく。

 アカネは沙雨の隠れ家に泊まりに来ていた。

 幼くして両親を亡くしているので、両親の目を逃れながら家を出る、という関門はアカネにはないのだが、村の人間の目をも逃れる、というのも至難の業だ。

 特にここは港町なので、人目につきやすい。

 ここに来る途中に見つかってしまった事も少なくはないのだが、その時は沙雨が泊りに来てくれた。今回は運よく誰にも見つからず、ここに来る事が出来たのだった。


 溜まりに溜まっていた話を、時雨と寧々とで繰り広げ、離し疲れて全員寝てしまっていた。


 

 ふとアカネは目を覚ました。

 真夜中に目を覚ますというのは珍しい事だった。

 もう一度眠りに着こうと目を閉じるが、意識が完全に覚醒してしまっていた。

 アカネはそっ、と布団から出て、部屋から出た。

 眠たくなるまで、縁側で星でも見ていようか。そう考えたのである。


 この隠れ家は日本伝統の屋敷の作りをしており、縁側と言うものが近くにあった。


 誰にも使われていない部屋へとつながる襖を開ける。するとそこには、すでに先客がいた。


 縁側に腰を掛け、空に輝く満天の星を見上げている。

 誰かが来たことに気付いた先客は、こちらを見た。


「───まだ起きてたの?アカネ」


 沙雨は優しく微笑みながら言った。

 アカネは首を軽く横に振って、その言葉を否定した。
 

「目が覚めて……」


「僕と同じだ。───こっちへおいで」


 今夜はここで寝ていたのだろうか。敷かれていた布団を避けて沙雨の所まで歩いて行く。

 沙雨の隣に腰をかけた。


「今日はここで寝ていたの?」


「うん。こっちの部屋の方が好きだからね」


「そうなんだ」


 沙雨に向けていた視線を夜空へ向けた。

 満月が雲に隠れたと思ったら、また出てくるのを繰り返している。


 季節はもう秋へと移り変わる。虫たちの鳴き声が聞こえて来て、それは子守唄のようにも聞こえた。落ち着く合唱だった。


「綺麗だね」


「そうだね」


 合唱を声で掻き消さないように、小声で話しかける。

 途切れ途切れの短い会話であったが、寂しくはなかった。むしろ、沙雨がとても近くに感じられて嬉しかった。


 しばらく夜空と合唱を聞いていたら、瞼が重くなってきた。遂にはふらりと沙雨の方へ倒れ、それでまた意識が戻って来た。


「あ…ごめんなさい」


 体を沙雨に任せたこの状態を立てなおそうと、起き上がろうとする。そんなアカネの肩に手を掛けて、沙雨はそっと自分の方へ寄せた。


「良いよ。眠いなら、寝ていても」


「で、でも、重いよ?」


 アカネがそう言うと、沙雨が少し笑った。


「全然。だから、安心してお眠り」


 その言葉を聞いて、アカネはまた安堵した。

 たまに沙雨が言ってくるこういう言葉にドキリとする。

 先程も言った「おいで」という言葉にも何か不思議な力が込められているようだった。逆らえないのだ。


 また「おだまり」と言う時もある。その時は少なからずの恐怖を覚えて、押し黙ってしまうのだ。


 沙雨は時として、言葉に魔法を込めるのだ。


「──それともどうする? 部屋に帰る? やっぱりここで寝る?」


「……ここで寝る……」


 控えめに言ったアカネを見て、沙雨はまたふわりと微笑んだ。

 本当に優しい笑みだ。


「……じゃあ、今晩は一緒に寝ようね」


 沙雨はアカネの耳元に唇を持って行って、囁いた。


「───愛してる」


 深く、甘く、低い囁き。

 自分の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じた。


「私も……愛してる……」


「うん。おやすみ、アカネ」


 それを最後にアカネの意識は夢の世界へと誘われていった。