ダーク・ファンタジー小説

Re: ヨイヤミ ( No.2 )
日時: 2022/02/24 19:48
名前: むう (ID: Tiq8exr2)

「すみません……先輩はかなり、精神年齢が低いことで有名な方でして」
 一瞬固まった僕の横で、碧芽は大きなため息をつき、気持ちを落ち着かせるために首を左右に振った。

「おしりぺんぺんに、しっぺって……久しぶりに聞いたよ」
「はい、ですからあの、どうか……御許しを………」

 揉み手をしながらおずおずとこちらに歩み寄る少女。本当にコロコロ態度が変わる人だ。
 ようするに自分の気持ちに素直で染まりやすいってことか。感情があまり表に出ず、つねにボーっとしている僕からすれば羨ましいとさえ思う。

「まあ、君が書いたんではないでしょ? なら別に、怒るとかはしないけど」

 まあ最初は聞きなれない単語と文章とのギャップでフリーズしてしまったが、新しい場所で不安な人々たちに向けた先輩さんの思いやりだとこじつければなんとか。
 そしてその先輩さんは、話によると『年齢の割に幼い』らしい。かなりの萌え要素ではないか。おっと悪い、自分の中のロリ反応装置が誤作動したようだ……。

 ちなみに僕は漫画家を目指して絵を描いている。当然、男子キャラも女子キャラも設定を一から考えてデザインしているわけだが、どうしても書き手の好みが入ってしまう。
 僕のタイプは背が低くて可愛い子です。はい。

「ありがとうございます。貴方がもし私の文章だと言ったら、恥ずかしさと先輩への確かな憎悪が産まれるところでした」

 夜の冷たい風に、彼女の髪がふわりとなびく。その顔には爽やかな笑み。
 これにて一件落着かと安堵したくなる展開だが、僕は見逃さない。今明らかに目の前のこいつが、『先輩への確かな憎悪』と口走ったことを。

(え、先輩にそんなこと、大丈夫なの?)(口の悪い子だな)など色々思う所はあるが、これ以上話が進まないのは嫌なので心の中にしまっておく。

「まあ、その文章に一通り目を通していただければ」
「ああ、はい……?」

 この町、宵闇町には朝の時間帯がないこと。一日中空には星が輝き、平均体感温度も低い。
 町の施設は好きに使っていい。中央の交流所にて宿泊と娯楽ができる。他の来訪者や、この町の町民との交流もそこで行う。
 朝7時になると、強制的に元居た場所に帰還されて、ここのことは絶対に喋ってはいけない……か。

「質問してもいい? いくつか気になることがあるんだけど」
「では、交流所に向かいがてら話を伺いましょう。交流所で簡単な手続きをしないといけないんで」

 勝手に人を迷い込ませたわりには、色々と規則が多いなあと僕は内心穏やかではない。
 いくら丁寧に説明をされても、文書を渡されても、信じられないことは信じられないのだ。
 帰還できるのが朝7時ということなら、まだしばらくはこの場所に居なきゃいけない。果たして自分は本当に、ヨイヤミに慣れることが出来るのだろうか。無事でいられるのだろうか。

 先頭を歩く碧芽に続いて歩道に出る。
 外の空気はひんやりとしていて気持ちいい。一歩一歩足を進めるたびに、きりりと顔が引き締まるのを感じる。

 しかし街灯も時計もない場所で、彼らはどうやって過ごしているのだろう?
 懐中電灯、持ってきてないみたいだし。夜目が効くのかな。

「ねえ碧芽」
「どうされました?」
「なんで帰還時刻は朝7時なの? 7時になったらなんかあるの?」

 素朴な疑問だった。時間制限つきという設定には、何かしら裏があるものだ。例えば○○というイベントが起こるから、とか。それはゲームに関してもだいたい同じだったりする。「期間限定で、○○が無料でもらえます」とか。
 碧芽は一瞬こちらを見上げ、直後困ったように、申しわけなさそうに笑った。

「わかりません」
「え?」
「なぜ7時が帰還時刻なのか、それは私にもわかりません。なぜ、この町には朝がないのかも。なぜ、来訪者がやってくるのかも。私は生まれも育ちもヨイヤミですが、未だに何も知らないままです」

 ごめんなさい、と続ける彼女はなにも悪くない。
 案内役ということで、来訪者に正しい情報を伝えるのが目的なのに、今それが出来なかった。そのことを後悔しているのかもしれない。

「じゃあ、あの駅は? 電車はどこへ続くの?」
「………それも、わかりません。私が生まれた時にはもう既に廃車になっていましたから」

 謎の多いヨイヤミ町。これほどまでに与えられるものが少ないと、逆に気になって仕方がない。
 碧芽のあとに続きながら、僕は再三あたりを見回す。
 
 景色は住宅街へと変わる。どうやら、さっき自分が倒れていたところは町の最南にある入り口で、その横が駅だったようだ。
 住宅街は一戸建てが多く、マンションやアパートもちらほらあるが、全体としては少ない。窓から部屋の明かりが漏れているので、人はちゃんといるんだろう。

「良かった、人、ちゃんといるみたいで」
「ほとんどの人は交流所に居られますからね。交流所ではゲームをしたり、図書館もあるので利用者が多いのですよ」

 宿泊もできて遊べて図書館もあるだって? なにその完全設備。
 碧芽の話によるとヨイヤミに迷い込んだ方には二つのタイプがあるそうだ。翌朝7時に元の世界に帰り、以後は自分の世界で暮らし続ける人。もう一つは、ヨイヤミに対しての好奇心から、何度もこの町を訪れる人。

「一度ヨイヤミに来れた人は、次回から念じるだけで来れるようになるみたいですね」
「……今、僕がこうしてヨイヤミにいるじゃない? 元の世界では僕はいないってことかな」

 家族、心配してないといいけど。最悪の場合、警察に届け出てたりして。
 泣きながら捜索願を出した翌朝にひょっこりだなんて、お母さんの心臓ももたない。

「……すみません、それも、その、わからなくて……」
「……………」

 わからないの一点張りに、ついムッとして唇を尖らせてしまう。そんなんでよくこの町が発展出来たな。仕組みも分からないのに駅、交流所、何でもそろっているとは。

「あ、でも、ただ一人だけ、この町の全てを知っておられる方がいます」
「えっ」
 
 つまりその方に聞けば、この不思議な町の謎が全て解明されるということだ。凄い。
 三秒前、しゅんと萎れた僕は今瞳をらんらんと輝かせて彼女の話の続きを待っている。犬の尻尾も多分お尻から生えていた。

「誰なの、その、全てを知る人っていうのは」
「先輩です」

 その一言。その一言が耳の中に入った瞬間、一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。
 先輩……? 先輩って君の先輩? あのおかしな文章を書いた? 精神年齢の低い先輩?

 疑いの気持ちをこめて、碧芽を指さす。
 彼女は二度深く頷き、もう一度、今度はより大きな声でその名前を繰り返す。

「先輩………ヨルノメ総司令官・秤屋はかりやすす。彼女が唯一、この町の秘密を知っている人物です」