ダーク・ファンタジー小説
- Re: 謝って済むのなら ( No.1 )
- 日時: 2022/03/17 22:26
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇1~神様の芸術~】
今夜は特別美しい夜だ。
紺青に染まる星空は、街並みを巨大な影で覆った。
その余りにも輝いた絵画の中では、何一つ欠けることのない真ん丸の月がよりいっそう存在感を増している。
満月は今宵を照らす。
月の光を浴びた桜が優しい春風と共に宴を催す。
近くの川では屋形船が走り、人々は桜の舞踊りを肴に酒をたしなむ。
太陽の光には描くことのできない神秘的な光景。
光と景で光景と言うように。
かつて、藤原氏の栄えた平安時代では、影は光を意味したように。
影と光は混ざり合うからこそ美しい。
それは人間だって同じはずだ。
影しか無ければ、ただ陰鬱なだけ。
光しか無ければ、ただ明朗なだけ。
優しくて残酷なもろい存在が人を惹き付けるのだ。
少なくとも、『彼』はそう思っていた。
彼自身も、同様に二面性を持ち合わせた人間であり、そんな自分に魅力を感じてさえいた。
どうして、神様は人間に多くの感情をお与えになったのだろう。
彼はその問いにこう返す。
それこそが、神様の芸術なのだと。
パレットに乗った様々な感情を混ぜて、複雑な心模様を真っ白なキャンバスに描く。
絵の具と違い、混ぜすぎて汚くなることはない。
重要なのは組み合わせだ。
家の自室の開いた窓から夜景を眺め、今日も彼は『彼なりの芸術』について思索にふけていた。
目を閉じ、両手を広げ、深呼吸をする。彼が思考を始める前のルーティーンだ。こうすると、体中を風が巡り、頭が冴える。
だが、今日はいつも以上に冴えすぎていた。
口元を邪悪に引きつらせた後は、子供のように無垢な笑いが溢れ出す。
彼は新たな芸術を手にいれた。
そして、彼の芸術をキャンバスに描いた。
そのキャンバスは人間だ。
彼の芸術が写し出されたそれは、今頃、鮮血を浴びているだろう。
想像するだけで背中にゾクゾクと寒気と快感が走る。
彼は、彼の芸術が彩られたキャンバスの一人、双神劇 鈴蘭をまた想う。