ダーク・ファンタジー小説
- Re: 謝って済むのなら ( No.2 )
- 日時: 2022/03/18 11:58
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇2~月は見た~】
あかりの灯る幻想的な夜の街並みからは少し離れた路地裏。
生ごみの鼻を貫くような蒸れた腐敗臭が染み渡り、暗くじめじめとした哀愁が立ち込める。
それだけでも十分近寄りがたい雰囲気を放ち、人通りは全くと言っていいほど無かった。
その路地裏から広がる閑静な住宅街。
時刻は午後十時。
ほとんどの子供は既に床についており、部屋の電気は消え、月光だけが一人取り残される。
何も無い、何事もない、月の加護を受けた世界。
いつもならそうだった。
だが今宵は、いつもと違う劇を月に見せている。
月は見た。三人の演者を。
月は見た。一人の少女と二人の青年を。
月は見た。一つの亡骸を。
月は知った。その死体は、青年の一人であったと。
「お、お前お前お前ぇぇええぇ! なんなんだよ、ふざけんなよ! いきなりなんなんだよ!」
もう一人の青年は、要領を得ない雄叫びを少女に放ち、街を無理やり目覚めさせる。
だが無理はなかった。
それは本当に突然だったのだから。
二人の男、太郎と湊は夜の街を徘徊して、壁に落書きをする常習犯だった。
あまりに平和ボケした日本で、悪行をなすことで自分達は恐れられる。
人々は見えない自分達を感じてくれている。
それは自身の存在の証明とも言えた。
胸を貫くその快感は忘れられない。
もっと、もっと味わいたい。もっと恐れられたい。
自分達は今、国を敵にまわしている。
抑えられない高揚感が彼らを覆い尽くす。
快感に取り憑かれた二人は、今日もまた、静まる街に訪れた。
今夜の標的はこの路地裏だ。
太郎と湊は両手に持つ、小さなロゴが入った黒色のバッグから、四、五本のスプレー缶を取り出す。
太郎はまず赤色のスプレーを壁の左側に、放った。
もう一本、もう一本、もう一本……。
いくつものスプレー缶を使って書かれたたった一つの漢字。
それは『死』。
濃く、太く、そして汚ならしく書かれたその言葉は、人々により強い恐怖を感じさせるだろう。
壁の真ん中から右側にかけて湊が黒のスプレーで作り上げた言葉と合わせて見る。
死してつぐなえ
ドクン
二人の胸が高鳴る。
俺達はやってやった。
これでさらに俺達という存在が知らしめられる。
お互いに意地の悪い笑みを向けあい、彼らは逃げる準備をする。
彼女はその時現れた。