ダーク・ファンタジー小説

Re: 謝って済むのなら【一部グロ注意】 ( No.4 )
日時: 2022/03/25 16:37
名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)

 【悲劇4~瞬間の死~】

 ──それは一瞬の出来事だった。
 

 少女は肩に置かれた湊の手を左手ではたき、同時に右手を背中にまわす。
 そして、セーラー服とスカートの境目に、右手を指先が上を向くように入れた。
 すぐに手を抜くと、少女は『それ』を月光にさらした。
 氷のように冷めた輝きを吐き、鉛一色を身にまとう。
 濁りのないなめらかな刃は、月光を先端一点に集中させ、刃の鋭い切れ味を否応なしに知らしめる。

 湊がそれをナイフであると認識したときには、既にそれは自身の喉元を貫いていた。

 喉から出た血がくうを飛ぶ。
 
 美少女は湊を真っ直ぐに見つめる。
 顔に返り血がついても何の反応も示さずに。
 だが湊の視界には、闇しか映らなかった。
 
 一瞬の出来事の後には静寂が生まれる。
 
「あ……」

 太郎の唇から漏れたかすかな声が、舞台をまた動かした。

 喉の中で刃を滑らせながら、少女はナイフを抜く。

「っが、ふぎィ……!」

 地面に倒れこんだ湊は両手で喉を押さえつける。
 だが、遅すぎる防衛本能はまるで意味をなさない。
 今まで感じたことのない苦痛、むせかえる血の匂い、中に残る刃波の感触が急激に全神経を伝う。
 
 少女は湊のわずかな意識を確認すると、今度は右手ごとナイフを突き刺した。

「はぐぁ!」

 右手の骨と刃が擦れ、ぎぎぎと耳障りな音を立てる。
 喉の神経を、いばらのとげのような刺激が走る。

 痛い 痛い 痛い痛い痛い
 痛い痛い 痛い痛い
  痛い 痛い痛い痛い
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 生暖かい熱が胸から喉にこみ上げる。
 この熱を悲鳴とともにさらけ出したい。
 しかし少女の刃がそれを許さない。

 喉でつっかえているナイフをさらに奥に押し込んだ。
 
「ふ……ぐ……」

 もう少しで出せるはずの雄叫びは喉元に溜まり続け、無意識の弱々しい音だけが小さく路地裏に響く。

 ──ナイフが押し込まれる。

「ふ……」

 全身の血の巡りを鮮明に感じる。
 真っ暗な視界に、『赤』が見えた。

 ──意識が遠のく。

「ひゅ……ぅ」

 鼻から息吹が抜ける。
 神経がはち切れそうだ。

 ──世界が白くなり始めた。

「…………」

 喉の熱が冷えていく。
 無を感じた。
 だが、

 ──少女はそれを許さない。

「……うぐぉ!」

 少女は無理やり押し込んだナイフを、喉奥を貫く前に、思い切り引き抜いた。
 
 湊の意識は、強い痛みとともに途絶える。

 少女は痛みを忘れて死ぬことなど許さない。
 刃の先端からは赤いしずくが垂れる。

 太郎は湊の死の一部始終を声一つ出さずに見届けていた。

 
 ──それは一瞬の出来事だった。