ダーク・ファンタジー小説
- Re: 謝って済むのなら【一部グロ注意】 ( No.5 )
- 日時: 2022/04/01 14:52
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇5~最後の救済~】
月夜の下で、太郎の裏返った悲鳴が響いた。
人気の無い路地裏とはいえ、このあたりは住宅街。きっと街の人間がこの惨状にすぐ気づいてくれるはずだ。
彼の視界の右側に見える一軒家の窓に光が灯る。それを境に、他の家の窓もまばらに光が色付けられていく。
とにかく今は少女から逃げなければならない。
路地裏から通りに出る道は一本のみ。
つまり、少女がその出口から離れている今この瞬間しか逃げるチャンスはない。
太郎は右左両方の眼球に血の筋を走らせながら、勢いよく出口へと向かう。
後ろから、水滴が地面を跳ねるような音がする。
しかし、おそらくそれは少女のナイフをつたう湊の血だ。
どうして俺達がこんな目に遭っているのか。
そんな疑問とともに涙が空を流れていく。
壁への落書きだってほんの些細な出来心からだった。
でも、やめられるわけがない。
朝、昼にこの街を歩くと聞こえてくるのだ。
女性や子供が、壁の赤や黒の文字に怯える声が。街を恐怖で覆う俺達に向ける、男性の怒声が。
その横を平然と通り過ぎる時の快感は何ものにも代えがたい。
自分の存在が特別に思えてくるのだ。
そうだ、落書きを始めたのは俺を認めてくれなかった周りの奴らのせいだ。
家族も友達も学校の先生もみんな俺をバカにした。
路地裏の出口に向かう最中、太郎の頭の中では過去の嫌な思い出が流れ出す。
そう、なんだか走馬灯のような。
いやこれは自分が故意に思い出しているものだと、彼はすぐに走馬灯を否定する。
まだ死にたくない。
出口はすぐそこ。今は深夜のはずが、出口が天国のように輝いて見える。
その光がなんとか彼の冷静さを保つ。
出口までもう残りわずか。
歯を食いしばっていた太郎の口からわずかに、ひきつった笑みがこぼれる。
そのときだった。
足元に何か、物の存在を感じると同時に、顔がアスファルトの闇に叩きつけられる。
彼は転んだ。
少女の仕業ではない。少女は太郎が逃げるのを余裕そうに眺めているだけだった。
ではなぜ転んだのか。
太郎は止まらない鼻血を右手でおさえながら、足元へと視線を合わせる。
「あ、あ、あぁ……」
それは──スプレー缶だった。
落書きの最中、太郎と湊はそれを適当に地面に放っていた。
使い切ったスプレー缶。
そんな価値のないようなものが太郎の希望を残酷に断った。
それさえなければ、『もう少し』長く生き延びれたのに。
少女がゆっくりと近づいてくる。
それに呼応して、頭の中を流れる今までの思い出が、より鮮明に、濃く映し出される。
それでも、彼は死に抗う。足を震えさせながら、左手を地面について後ずさりしていく。
そんな生にしがみつく彼に、神は最後の救済を与えたのだろう。
太郎の左手にアスファルトとは違う感触が広がる。
ここに来るとき持ってきた、黒のバックだ。
中には一本、赤のスプレー缶が入っている。
太郎はそれを手に取り、
──そして、