ダーク・ファンタジー小説

OP.1【ねぇ、探偵さん】 ( No.1 )
日時: 2022/06/06 18:00
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: vWhir.lo)

「──ひどく簡単で、悲しい真実をお伝えしなければならない」

 雨音響く小さな事務所の中、買ったばかりであろう木の匂い漂うテーブルの上。
客人用のコーヒーカップを置いて、湯気が湿気の一部となって消えていく。
カビ、生乾きに近い異臭をかき消すそれは、この場の二人にとっては清涼剤であった。

「……」

「ボクだってつらいさ。君とは初めて会う仲じゃあない。君の恥ずかしい姿だって見てしまったほどに縁深い。
だから、こうして告げるのも断腸の思いだと理解してくれると助かる」

 本意ではないんだよ、たった数文字を回りくどく話すこの男。
季節を感じさせない厚手のコートにワイシャツ、地味の中に埋もれる派手なネクタイ。今度は実用性を重視した、薄い縦じまの入ったスラックス。
ちぐはぐな組み合わせを好む、この部屋の主……探偵はとにかく大げさに語る。

「はぁ、さっさとお伝え願えますかねぇ。迷探偵さん?」

 それに見向きもせず、少女は次を促す。 
 かび臭いエアコンをやたら動かすものだから、部屋が寒くて大げさなのでは? そう彼女は思った。
皺だらけのセーラー服、規則正しいスカートの長さでは厳しいものがある。毛布の一枚でも寄越してくれないものかと念じる。

「……こういった前置きは嫌いですか?」

「好きではないですね」

 少女が切り捨てた。思わず咳払いをして探偵は間を図る。

 ……コーヒーをぶちまければその仮面は剥がれるかもしれない。
一瞬コーヒーカップに手が伸びれば、探偵が口を開くのはほぼ同時だった。

「では単刀直入に。残念ながら貴女は──死んでいます」

「知ってますけど」

 何をいまさら、ゴクリと黒い液体が彼女の体内に流れていく。
決して、滴り落ちたりしない。胃という器があるからだ。

「飲む必要あるのかい幽霊さん」

「ノーコメントで」

 セーラー服に袖を通すその存在は確かにそこにいる、だが死体だと宣言されるし当の本人は飲食をする。
部屋を冷やす空気は機械から。
彼女が死体らしい要素はどこにもないというのに、2人は確信をもって「少女わたしは死んでいる」を言い切る。

「じゃあ今日はお茶請けはいらないかな?」

「もらいますけど」

 なんとも、奇妙な光景だ。
探偵は独り言を聞かせ、棚に足を向ける。
戸棚には探偵が集めた覚えのある菓子がたくさん入っているが、やはりどうしたものかと頭を悩ませる。

「うーん、幽霊の依頼なんてそうそうないから、どうもてなしていいかわからないな」

「お構いなく、せいぜいあなたの1番大事な人と同じように扱ってくれればいいから」

 王族か何かか、ツッコミを入れて、さてこんな日のティータイムに似合ったお茶菓子なんてあったかな。
また独り言を聞かせた。

「……ねぇ、まだ?」

 暗に帰れと言っている。聞くわけがないけれど。 

「さっさとお菓子と真実を出してくださいよめい探偵さん」

「さらりと格の高いお茶請けを要求する君のずぶとさには恐れ入るしかないね……真実の方はお出してもいいけどさ」

 こんなものしかなかった、そう言い訳をして探偵は在庫の中で一番安いクッキーを机の上に置いた。
円の形をした缶の中には素朴な味のクッキーがたくさん入っている。質より量、そんな一品だ。

 皿の上に出すことすらしない潔さ。少女は容赦なく手を出す。
とりあえずお目にかないはしたようだ。

「……さて、お菓子も出したところでお待ちかね、推理ショーを始めるとしようか」

「ふぁやくひふぁって(早くしなって)」

「……被害者の態度じゃないなほんと」

 ぼりぼりと音を立ててむさぼる淑女を前に、もはやこちらはリズムのかけらもない。格好つける頑張り一つ成り立たないと探偵は弱音を吐きそうになる。
しかし、ここからがようやく本番だ。
探偵は今日一番大きい咳払いをしてのどの調子を確かめた。

「では──この事件、君が望む謎解きのルールを確認しようじゃないか」

「……えぇ、どうぞ」

 ゲームを始めるために、道化よりかは人形師のように。己を理想の回答者とするように演じ始める。
左手を挙げ、力強く指を一本一本立てていく。幼児にだってわかるようにそれが彼のポリシー……という訳ではないけれど。

「1つ、推理するための情報源の収集は何でもあり。ただし絶対この事務所から出てはいけない」

「スマホ、テレビ、あるいは窓から呼びかける。椅子に座りながらできそうなことだったらなんだっていい」

「出来れば、ね」

 まず親指が立つ。1番太い指を支えるように少女が付け足す。
……今日はあいにくの大雨。窓を開ければ風邪をひくこと間違いなしだろう。更にスマホ、テレビの類は"なぜか"使えない。
砂嵐という今どき珍しい現象で意味をなさなくなっている。

「2つ、時間制限は君がシビレを切らすまで」

「ただし、最後のチャンスがある」

 人差し指が立つ。銃の形になった手を顎に当てる。特に意味はない。
そしていつそのシビレがやってくるかもわからない。

「3つ、君は被害者として……嘘はつかない」

「逆に曖昧なことは言うかもしれないけどね」

 中指が立てば、少女は当然のことだとまたクッキーを口の中に放り込んだ。幽霊が食べたものはやはり霊界などに行くのだろうか。
そんな疑問を立てながら次へ行く。

「4つ、事件の犯人は1人だけである。仮に疑わしいものが複数いたのなら1番怪しい者を犯人とする」

「どうしたって推論しかできないんだから、全員が犯人なんて言われたらつまらないでしょ?」

「道徳的な推理をする気も毛頭ないけどね」

 薬指が立つ。いずれはこの指に指輪をはめるのだろうか。残念ながら探偵は今の今までそれらしい経験はない。
きっとこの先もないだろう。君の役目は別にあると心の中で励ました。

「……5つ、解決したら君はおとなしく帰る。ただし、解けなかったら──」

 そうこうしているうちに残りの指は一つ。クッキーはもう半分に差し掛かろうとしている。
これは1枚も食べられなそうだぞ。溜息代わりに最後のルールを吐き出した。


「──君は、幽霊としてボクを呪い殺す。以上5つ、間違いないね?」

「ええ、相違ないわよ」

 他愛ないことのように彼女は飲み込んだ。
視線一つこちらに寄越さず、砂糖をたっぷり入れたコーヒーをすする。
脅しではない、おやつの間にだってできることなのだろう。

 幽霊というよりかは悪霊の類。
そう思うと探偵は確かな死の恐怖に……怯えることはなかった。

「なら問題ない。ボクに解けない謎は何一つないからね」

 真実はいつもこの頭の中で丸裸にされてきた。つまり解けないなんてifは考えるだけ無駄なんだ。

 自信にあふれた所作で椅子に座りなおす。
勢いよく座って、ほんの少しかび臭さがでた。思わず顔をしかめる。

「……じゃあ今日の事件をお話ししましょうか」

 そんな探偵を見て、少女は楽し気に事件を語り始めたのだった。






--OP.1 【ねぇ、探偵さん】fin


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