ダーク・ファンタジー小説
- EP.1【9月の花】-1 ( No.2 )
- 日時: 2022/06/09 00:02
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: vWhir.lo)
──EP.1【9月の花】-1
◇◆◇◆◇◆
「舞台は何の変哲もない、とある高校の家庭科室で起きました。ええ、この高校は呪いやあるいは創作チックな風習はないことを確証しましょう」
己の身分をいまさら証明するように、少女は自分の首にかかった緩いリボンをいじる。探偵は特に気にすることもなく、頭に図面を描く。
「家庭科室の間取りは」
「説明する必要ありますか?
……はあ、面倒なことを聞くわね」
幽霊の少女に対し、探偵は紙とペンを無言で差し出した。しばし何か言いたげににらまれることとなったが、知らなければ何も始まらない。
やがて少女は根負けして仕方なくボールペンを右手で握った。綺麗な握り方だと探偵は心の内で思ったが、今気にすることではないなとその情報を頭の片隅にしまう。
「……廊下につながる出口は2つ、普通の校舎の3階に位置。教師用と生徒たち用の調理台が合計で7つ」
「生徒たちの机は縦の列が2、横の列は3……サイコロの6の目の形だな」
絵心がるのだろうか。文句をつけながらも少女はある程度把握できる図面を描いていく。
教師からして一番目に付くテーブルは手前の二つ。……そこに赤丸が付けられる。どうやらそこが事件現場らしい。
「教師の目の前で起きたのか?」
「ええ、より正確に言えば……調理が終わって実食した後」
図面の右上に[三・四限目 午前11:40頃]と書かれる。
そして現場の状態がある程度伝わったと思ったらしい、今度は小さい青い丸を図面に増やしていく。
……どうやら、当時その場にいた人間を表しているらしい。生徒と教師を含め三十人。
「……これは君が認識していた全員であって、家庭科室のどこかに誰かが隠れている。なんてオチは?」
推理ゲームにありがちな視点役の見落としを訪ねれば、少女は目に見えて不機嫌そうになった。
もう残り少ないクッキーを二枚重ねで噛み割って、バターの香り漂う溜息で返す。
「ないわ、そんな人いたらとっくに捕まってるでしょ。この日はいつも通り一人を除いて全員出席、部外者が入り込む余地はないわよ」
「一人? いつも休んでいる子がいるのか」
「特例でね、入学当初から学校に来ないやつがいるの。そいつは事件当時よりも前から遠くに行っていた。
だからそいつも残念ながら犯人なりえないでしょう?」
少し気になる話だったから確かに残念だったが、事件に関係ないならノイズになるだけかとまた頭の隅に置く。
探偵は、
・犯人は三十人の内、誰か一人
・その誰もがお互いの顔を知っている存在である
と前提を固めた。
「ちなみに私たちの班だけ4人だったの。生徒29名を6で割ったら足りないから」
そうして赤い大丸が付けられた調理台に記された、4つの青丸が強調された。このうち一人が目の前の少女らしい。
残りの調理台には五人ずつ、今のところ何もおかしいところはないようだ。
「話を戻すわ。その日のメニューは豚のけんちん汁におひたし。11:10、食べ終わって食器の後片付けをしたのが11:30」
最後に家庭科教師のつまらない話を聞いているうちに、事件は起きた」
「……(それで11:40)」
時系列にも不審な点はない。さてどうなると少女の喋りに注目する。
落ち着きながらも話していく様はやはり、自分が殺された事件にしては……そう疑問を持つに足るものだ。
しかし、ここで突如として少女は立ち上がった。あまりの勢いにコーヒーカップが揺れる。
「……どうし──」
「……! ッ、……!!」
聞く暇もなく、彼女は口元を手で押さえようとし、バランスを崩してソファに倒れこむ。顔色は見る見るうちに青くなっていく。
酸素……血液、果てどちらか切れたか、あるいはどちらもか。
右手はいまだに動いて吐き出そうになっているものを抑えようとしているが、左手は石膏で固められたようにピクリとも動かない。
「……シビレ、吐き気、呼吸不全か気道がふさがれたか?」
その様子を見て探偵は慌てふためくこともなく、さっと近づいて観察する。
動かなくなっている左腕を手に取り、手首に自身の指をあてた。
「当たり前だけど、脈もおかしいか」
「……ッ! コュッ! ……!」
今の幽霊少女が苦痛に苦しむ姿には同情するものがあるが、大事な症例の再現だ。
何一つ見逃してはいけない。そうこれは仕方のないことだ。探偵は自分の中の善性を説き伏せてそのまま観察を続けた。
「血の流れも遅くなっている。……腹も変か、体全体の動きがおかしくなっている」
やがて、少女の動きは鈍くなっていく。シビレが広がったのか、或いは酸素が行き届かなかったからか。
鼓動も急速に弱まっていく、幽霊にあるはずのない体のぬくもりすらも。
一分、一秒。見る。
そうして、
「……発症からおよそ2時間か」
その時間だけ、彼女は生きていた。
幽霊の心臓が、本来あるべき無音になるまで、探偵は彼女の死にざまをずっと、忘れることのないように目に焼き付けた。
◆◇◆◇◆◇
「私と、班のもう一人の子。二人ともが痙攣を起こして、そのまま倒れた」
「教室はパニックになっちゃって、救急車を呼ぶのが少し遅れたらしいわ」
「もう一人の子は処置が間に合った、私は……駄目だったらしいわ」
更に皺だらけになったセーラー服を治すこともせず、クッキーを再び彼女は口にする。
コーヒーはすっかり冷めきってしまったからか一瞥しただけで飲もうともしない。
「死因は?」
「心停止、体内からはトリカブトの毒がたくさん出てきたらしいわ……さて、探偵さん」
どうやらようやく謎解きのターンが来るらしい。汚れた床の掃除をしながら、探偵は顔をそちらに向ける。
「──私を毒殺したのは誰? 貴女ならわかるんでしょう?」
先ほどまで死が迫っていた……いやその逆、先ほどまで生に戻されていた少女が期待を込めた目で探偵を見ていた。
彼ははクッキー缶の中にはもう一枚もない、それを視界の端でとらえると、
「……コーヒーとお菓子のおかわりも必要そうだね」
そう笑顔で返した。
◇◆◇◆◇◆
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