ダーク・ファンタジー小説

EP.1【9月の花】-2 ( No.3 )
日時: 2022/06/09 23:05
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: vWhir.lo)

──EP.1【9月の花】-2



「……前も思ったが、情報が足りなすぎる」

 こもった湿気蔓延る事務所の中に、爽やな香り。一杯の紅茶がティーカップに注がれる。
金細工、バラの意匠が刻まれたソレは少しばかり探偵と事務所には不釣り合いで、恐らくは誰かのススメか、はたまた貰い物かと想像させる。
少女もそう思ったようで、意外そうにカップを覗き込んだ。

「前も言ったけど、何が大事かなんてわかってたらあなたを頼らないわ」

「頼るだけならマシだが、呪い殺そうとされている状況では文句の一つも言うさ。
……そのカップは事務所の開いた時の祝い品でね。生憎ボクは使わないからさっきまで箱に入ってたけどね」

 あら、どおりで木の香りがするはずね。
少女はそう言って注がれたカップを傾け──飲み干し空にすると、探偵からティーポッドを奪い取り、自分で淹れ始めた。急須じゃないんだぞと少し文句を言いたげに席に座る。
背もたれに体重の乗せながら、仕方ないと頭を回す。

「まず、君の班にいた……調理台にいた人間について教えてくれ」

 確か彼女の班は四人班、少なくとも三人ばかり怪しい人物がいるということになる。
それを知らないことには何も始まらないだろう。

「……ええ、いいけど」

 三杯目の紅茶を半分残して机に置き、彼女は紙の端っこに英字が中心に入れられた青丸を書き始める。
A,B……と来て、急にFとSにアルファベットが飛ぶ。苗字のイニシャルか、それとももっと別の何かか。ふとよぎるがあまり今回の真相に関係はなそうだ。

「まず被害者かしら。私はAちゃん。次に、同じく体調を崩して病院に運ばれた……Bちゃん。
そして特に何ともなかった二人。S君にFくん。まぁ、いつものメンバーかな」

「……二人とは同じものを食べたのか?」

 いつものメンバー、というなら顔見知り以上の仲だろうと推測をつけつつ質問を続ける。
仮に調理したものに毒が混ぜられたのなら、班の全員が体調を崩さなければ逆におかしい。
当たり前の疑問をぶつければわざとらしく彼女を手をたたいた。

「うーん……あ、S君はそもそも山菜が苦手だっておひたしは食べなかった。Fくんなんてコッソリ持ち込んだお菓子を食べて、何も手を付けなかった」

「……いろいろ言いたいことはあるけど、共通していることは"山菜のおひたしは食べなかった"っ、だね」

「そうね。せっかく用意したのにもったいない」

 ずいぶんと問題児が班に紛れ込んでいたようだ。
しかしそれよりも山菜、そのワードが探偵には気になったようで彼は事務所の棚に向かい、一冊の本を取り出してきた。
『恐怖! ソックリ毒花大図鑑』と書かれたソレを開き、白い花弁の花を指さす。

 ニリンソウ、そう書かれている。
詳細には、おすすめの食べ方として炊き込みご飯、天ぷら……おひたしとも記されていた。

「トリカブトとよく似ているということでよく話題に上がる花だ。……ちなみに誰が山菜を──」

 素人の山菜の判別は難しいというけれど、逆に言えば故意に頼らずとも毒物が手に入るということだ。
現状怪しいのはどう考えてもこのおひたしだと探偵は考えた。さてその入手先は……そう尋ねれば、待ってましたと言わんばかりに彼女が答えた。

「──私だけど」

「……まさかその辺で摘んできたなんて言わないよね」

 いきなり事故による自爆を疑わないといけないのはひどいことだ。思わず探偵は心の内で天を仰いだ。
だがそれが気に食わなかったらしい、残していた紅茶をまた一飲みし、少女はくってかかる。

「まさか、ちゃんと検査されている"らしい"ところのネット販売を使ったわ。……ただ」

 最初は語気が強かったが、すぐに収まり声が小さくなっていく。
これはあからさまだと探偵は思った。

「ただ?」

「……S君とFくんが食べなくて、Bちゃんが持ち帰る予定だったおひたしの中から……一本、トリカブトの茎が発見された」

 それじゃあ、最初から分かり切っているじゃないか。探偵もわざとらしく答えた。

「……その中に微量にトリカブトが混ざっていて、起きた事故」

 生徒がスーパーに行くことを面倒ぐさがらずにちゃんとしたところで買えばこんなことにはならなかったろうに。
きっと事件の全貌が見えた人はこう思ったに違いない。
やれやれそろそろ自分も一息付けそうだ。

 そう、探偵はテーブルですっかり冷えてしまった自分のコーヒーを

「──そんな適当が最終的にこの事件のシンジツとして決まってしまった」

「……本当は違うにきまっている。その核心があるから脅しをかけてるの」

 もう飲めなそうだと、残念そうに見下ろした。
そっと近くにタオルを添えると、新品だったマグカップが割れて、冷たい液体がタオルを浸した。

「何も壊すことはないだろう、お気に入り……になるかもしれない逸品だったのに」

「え、そうだったの? 値札シールついたままだったけど、220円税込みくん」

 安物買いの銭失い……いやこの場合は似合わない。脳内ツッコミをしながら、探偵はマグカップの破片をゴミ箱に投げ捨てる。
今日は本当に何も口にできないのかも、そう思いながら別のコップを探す。
その間、

「……さて、じゃあ推理を詰めようか」

 何となく見えた直感、推理と対極に位置するものにたどり着けるかどうか。
確かめることにした。






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