ダーク・ファンタジー小説

EP.1【9月の花】-3 ( No.4 )
日時: 2022/06/10 23:47
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: vWhir.lo)

──EP.1【9月の花】-3



 探偵の推理は見切り発車で行われた。勝算は自信のみ
ある種「こうだったらいいのに」たくさん思いつける人間が一番探偵に向いている。彼は常々そう思っていた。

 だから、●●が犯人だったらいいのに。
そんなルートをいくつも頭の中で走らせる。

「推理とは、目的地への行き方を調べる旅行のようのものだ」

 現場まで何を使えばたどりつけるのか、或いは乗り換えはどれくらい難しいのか。

 多くの目的地へのルートを考え、比較する。
その在り方は……あまりにも危うい。背後から呆れた、或いは呆気にとられたような少女の声が聞こえる。

「……もう分かったの?」

「いや、外れていればまた最初から考え直しの思い付き」

 証拠という名の乗り場のヒントもない、仮に現場が都会の街通りであったなら道に迷うしかなかったろう。
だがしかし、どうもこの事件にその気配はない。何なら峠もないかもしれない。一種の不完全燃焼の匂いを感じ取る。

「おひたしの材料、わざわざ山菜を使ったみたいだけど……ほかの班もみんな山菜を?」

「……ほかの班は……ほうれん草とか、大根の葉とか、その辺にありそうなものを持ってきていたわ」

「じゃあほかの班の生徒でも、教師の仕業でもない」

 なんということだ、出発の前にみんなやる気をなくして帰ってしまった。探偵は簡単に言い切った。
容疑者リストから二十四人の名無し生徒と一人の教師が消え去る。
 これには少女も思わず眉をひそめた。過程をすっ飛ばされ、置いてけぼりにされた気分なのだろうか。

「? なんで」

「まず単純に、時間がない。君、おひたしにする際の茹で時間ぐらいは覚えているかな?」

「……さあ、調理は全部Bに任せてたから」

「──1分もない。仮にくたくたの食感が好きで長くしたとして2分程度」

 これぐらい常識だよね、棚から今度は『独り男子の初歩レシピ』とついた本を出し、椅子に座って読み始めた。
……目が泳いでる当たり、薄い知識が間違っていないか確かめようとしているようにしか見えない。

「茹でた後は冷水で一気に絞める……えーとその後は」

 そしてどうやら目的のページにすらたどり着いていないようで、すぐに答えに詰まってしまった。
だからだろう、見かねた少女が思わずこぼす。

「水けを絞る」

 ページをパらりとめくる前に、少女が答えた。
すぐにハッとして少女は口をつぐんだが、

「……鰹節とか……ごま、調味料に浸して味をしみこませる。……その間に、混ぜられたんじゃない?」

 時間が足りないなんて反論は成り立たないだろう。そう言い切るために強く今度は探偵に問いただした。
しかしその指摘を、

「そうだね、意外と時間はあったのかもね」

「……は?」

 あっさりと手のひらを返し、受け入れた。むしろ想定内と言わんばかりに笑う。
本はもういらないと閉じて机に置いた。

「……ところで、料理ならBちゃん一人にさせなくてもよかったんじゃ?」

「……別に、出来るからやる。なんていつでも成り立つ訳じゃないでしょ」

 そういうもんかなー、そう言って探偵はもう一冊。先ほど出した植物の本と一緒に重ねるとしまうためにまた立ち上げる。
今日だけで棚と椅子を何往復したか。
もう目をつむってもできそうだなんて軽口をたたきながら……それにね、と付け足す。

「第一、班の人以外が料理にトリカブトを仕込むなんて……元から無理が過ぎる」

 それはつまり、今さっきの料理のやり取りは全くの無駄足だと言い出したようなものだ。
機嫌が決して良くなかった少女の顔がさらに険しくなるが、探偵はあまり気にしていない。

「山菜、君が用意したらしいけどさ。事前にクラスメイトに伝えたのかい?」

「……それは、してない」

「なら、どうやって他の人が"ニリンソウに似ているトリカブト"を用意できるんだ」

 少女は何も答えられずに押し黙る。答えようにも何の確証もない、偶然を叫ぶだけだ。
つまり反論にはならない。

「さて残りは3人。怪しいのはおひたしを食べずに体調を崩さなかったSとF」

 残った四人の内、被害者自身であるAを除く。これで残りはBちゃん,S君,Fくんの三人だ。
探偵はもう一度椅子に座りなおして天井を見上げる。少しばかり殺風景でやる気が失せる。

 ここから当てずっぽうで言っても33%の確率で当たる。
まあしないけれど、己には投げ出すよりもよっぽど簡単に正解を導き出せる頭がある。探偵は椅子の頭を後頭部でたたく。

「調理中、先生はちょくちょくは様子を見に?」

 この凶行を止めるべきであった教師は何をしていたのか。まさかサボっていたわけではないよな疑いをかける。

「いや、巡回自体はしてた。でも危ない、困ってる、そんな班ばっかり見てた」

「少し気になったんだけど、調理はBちゃん一人。なら君たちは?」

「私? 私は盛り付け。SとFは皿並べ。役割分担ってやつね」

 単なるパシリだそれは。
言いかけた言葉を飲み込んだ。とにかく先生も一人が頑張っている現状に目をつむり、ほかを回っていたなら三人の内誰かが仕込む瞬間がなかったなんて言いきれない。
これはここから詰めるのは難しそうだ……。

「なんだ、じゃあもう犯人は一人しかいないじゃないか」

 何せ、もうほぼ詰んでいるから。
探偵は落胆したように力を抜いた。どっと椅子に体を預け、再度何もない天井を見てやる気を削ぐ。

「……まだ、何もわかってないでしょ」

 ……そうしているうちに、探偵の視界を彼女の顔が埋めた。
長い髪がカーテンのように彼女以外を隠し、じっと見つめてくる。
もう少し化粧でもすればいいのに、探偵はまた出かかった言葉を飲み込んで投げやった。

「いや、なんなら毒の混ぜ方の想定もついた。

──犯人はBちゃん、彼女が君の二回目の殺害犯だ」

 真実への道を探す推理ショーの仕舞い。その言葉と主に。



◇◆◇◆◇◆



Prev EP.1【9月の花】-2 >>3
Next EP.1【9月の花】-4 >>5


感想、お気に入り大歓迎です!!