ダーク・ファンタジー小説
- EP.1【9月の花】-4 ( No.5 )
- 日時: 2022/06/10 23:46
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: vWhir.lo)
──EP.1【9月の花】-4
最後の宣告は辛いものだ、故に人は甘いものを取らなければならない。
真実は大抵、明らかになったときに人を傷つけるくせして癒してくれたりもしないのだから。
なのに、人は真実を知りたがる。
「チョコ菓子は嫌いかな?」
「……普通、お高そうなら好きに傾くかも」
「なら良かった、君の機嫌取りに使えそうだ」
そう言って探偵が差し出したのは、金縁の小瓶。その中にはたっぷりのクリームとかすかに見えるスポンジケーキ、見て濃厚だとわかるほどのクリーム。
その二つが合わさって確かな重さを瓶に合わせ彼女に伝える。
これは重たい、先ほどまでクッキーを山ほど食べていたはずの彼女も一瞬ひるむ。
「……ティラミス、苦手かな」
「……不思議に思っただけよ。何か、足りないって」
探偵からスプーンを受け取ると、そっとクリームに少女は差し込んだ。その感触は通常のクリームよりもやはり重く、混ぜられているクリームチーズの強さが確かにあった。
クリーム、スポンジ、クリーム、スポンジと四層になっている断層を横から眺めながら、それをスプーンでこそぎ取る。
一口、口の中に入れれば、スポンジケーキのしっとりとした口触り、仄かな苦み。それを和らげながらも口の中を埋め尽くそうとするチーズと甘み。
けれどその隙間を縫って苦味が味覚を冴えわたらせる。
なるほど、上等だ。少女は満足げに頷いた。
「言いにくいけど、まだそれ未完成なんだ」
途中で硬く止まったが。
「……」
「視線が冷ややかなのは、熱い紅茶が欲しいからかな」
生憎だけど今日はもう茶葉がない。冷めたもので我慢してくれ。そう言いながら、探偵は"茶色の粉"を取り出した。
ココアパウダー、少女に目配せをして彼をそれをティラミスの上にかけた。
白いクリームの上に、カカオの粉雪が降る。
「チョコの風味が強く、バランスが良くなるらしい」
「……ま、確かに」
かけ終わるとさっさとまたスプーンを突き刺し口に運んでいく。文句の一つも言いたいところだが、今喋れば甘い言葉になってしまいそうなほどの完成度だ。
少女は何も喋れずに、ただデザートを味わい続けた。
「──さて、どうやって毒を混ぜたか。なぜBちゃんを犯人としたのか。説明するとするよ」
「……まだ食べてるんだけど」
「まずこの事件において、Bちゃんの行動をおさらいしよう」
ティラミスの八割方が消えたところでの訴えは微塵も考慮されなかった。
探偵はさっさと椅子に戻り、また天井を見つめる。
「彼女は今回の調理実習において、調理の全工程を担当した。君たちは皿や作ってもらった料理の盛り付けなどをしただけ。
君が家庭科室で山菜を出すまでにトリカブトがどこかで混ぜられでもしない限り……この事件、毒の植物を混ぜ込めたのは彼女一人だ」
ならばこちらも気にせず……とするにはあんまりな暴論が飛んできた。思わず手が止まる。
「……Bちゃんがけんちん汁を作るとき、山菜から目が離れた可能性もあるのに?」
「こっそりと、調理に一切参加しない男子がトリカブトを足すのか。ずいぶんとリスキーだ
……ああいや、仮にBに山菜を渡す前に二人に混ぜられるチャンスがあったなら教えてほしいが」
「……」
仮にも食材を持ってきた君が足すならまだしもね。そう付け足して反論を封じた。
可能性の話をつぶせるのはまた別の大きな可能性のみ。いま彼女の頭の中にはそれは存在しない。
どう考えても無いものは無いのだから仕方がない。
「さて、これでBは君たちの目をかいくぐり毒を混ぜられる唯一の人間となった。
故に、容疑者たちの中で一番怪しいのは彼女だ。……時に君、ゴマは好きかな?」
今のところ一番頼れるルートはBだけだ、と推論で終わらせるにはまだ納得が足りない。
そんな少女の意をくんだのか、探偵は顔をこちらに向ける。つまらなそうな瞳と、楽しそうに不自然に吊り上がった口角が少々気味が悪い。
「ゴマすりならいくらでも受け付けるけど」
「残念だけどもう今日の茶菓子は品切れなんだ。質問を変えよう、おひたしはゴマをかけて食べるタイプだね?」
探偵が断定気味に尋ねれば、少女は今度こそ「は?」と聞き返すほかなかった。
なぜ知っている。そう口にするまでもない。
「君、さっき言ってたじゃないか。冷水の後、"ごま、調味料に浸して味をしみこませる"って
そこでひっかかってね。ボク的にはそれはゴマ和えって呼ぶんだけどさ……」
「……だから、どうしたんですか?」
思えば探偵にとってそれが一番の思い付きの材料だった。
不意に出た発言というのは、にじみ出た出汁。素の顔を推理するのに重要な要素だと彼は考えたらしい。
「いやね、もしそんな君が実食の際だよ。出てきたおひたしにゴマがかかってなかったら?
そしてそんな君を思いやって、目の目にゴマの容器があったら?」
「……」
沈黙は肯定。今まで何度も出てきた流れがまた決まる。
毒は盛られたのではない、自分が盛ったのだ。好みを把握され、行動を読まれ、まんまとはまったのだと。
証拠なんて自分の証言しかないはずなのに、まるで頭を覗かれている気分だった。
「ゴマの容器の中には、細かく砕かれたトリカブト……種が混ぜられていた。なんで二人とも同じおひたしを食べて片方が助かったのかにも説明が付く。
まあ、調味料を誰が用意したのかはまだ聞いてないけど」
「その辺を用意したのは……Bちゃん」
「ならよかった。ついでに言えばおひたしの中に混ざっていたトリカブトの茎は、まあダミー兼、自分も体調を崩すための策かな。知ってるかい、トリカブトの毒ってのは一番根っこや種が毒性が強いんだ」
葉っぱ一枚で死んでしまった例もあるから、一概には言えないんだけど。
葉と根、種を比べれば十数倍近い差があると彼は語る。毒性についてよく調べたことがあるのだろう。
「少しの茎を混ぜてさっと湯通し。そのゆで汁を飲んでもBはトリカブトの毒による中毒なれるけど、
毒の粉を振りかけて食べた君とは段違いだろう」
「……」
「ゆで汁に"特性ゴマ"を溶かしその一部を飲めばちょういいかもね。鍋からも毒の痕跡が出てくる可能性もある」
「……」
今回の事件ではそういった調査は行われなかった。もし行われていたとしても"茹でる段階でトリカブトは混ざっていた"そう誤認させるための手口。犯人のあったかもしれない逃げ道も思いつきでせき止めた。
実際はBは疑われることなく、むしろ雑な食材の入手経路の被害を被った悲劇の人と言われるかもしれない。もしかしたらこれを気にパシリじみた生活がなくなるかもしれない。
知る術があっても使う気はない、探偵は思う。
「という訳でBちゃんは──犯人だと思うか、幽霊少女さん」
しかし、目の前の幽霊にできることなどもうほぼほぼない。
だからこそ、探偵はあえて尋ねた。以前と同じように。自分を殺した人間を定められるかと。
少女は聞かれると少し俯いた。もうほとんど中身のなくなった小瓶を通して、クリームまみれの景色を見た。
十数秒、時間が過ぎ去って。
「……正解。犯人は、毒のゴマで殺したの」
その日、最も彼女らしい。傲慢さが消えた、小さい笑みを見せた。
--EP.1【9月の花】fin
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